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衝撃の後>

「事態は我々の想定を大きく越える……最悪と言ってもいいかも知れない」
 提示されたデータ、情報の何処を見ても強烈な頭痛を禁じ得ない……
 状況を改めた沙織の口調が強い憂鬱と憔悴を孕んでいたのは全く不可避の事だった。
「……聞きたい話は到底聞けそうにねぇな」
「だが、それでも触れない訳にはいかないな。我が仕事ながら、つくづく因果だとは思うがな」
 ほぼ断定的にそう言った智親に無表情の沙織が答えた。
 室内にはアーク両輪の両室長に加えて本部の参謀的な役割になっている深春・クェーサー、『ヴァチカン』より緊急来日を果たした協力者であるチェネザリ・ボージア枢機卿の姿もあった。外部組織のチェネザリ枢機卿を迎えるに辺り、アークのシステムとは一時的に切り離されたブリーフィング・ルームを会談、事後検討の場としているが、必要な情報を適宜展開するに不便は生じないように智親が事前の調整を済ませている。
「北陸四県に出現したペリーシュ一党の迎撃は不完全に終わった、か。
 いや、それを不完全と呼ぶには余りにも適当が過ぎるな……
 何せ、アークの迎撃計画は『ほぼ成功した』のだから」
 深春の言葉に沙織の表情の苦味はより強いものになった。その存在自体が一国の革醒者組織に匹敵されるとされるバロックナイツだが、それ等の構成員――『使徒』をもアークは複数回破っているのだが……
 或る意味で今回の事件は薄れ掛けたその認識の意味を改めて彼等に投げかけるものになったと言える。沙織に今の表情をさせているのは日本を襲った『ペリーシュ一党』では無い。今回、アークを震撼させた事態は『ペリーシュ一人の存在』とイコールする。それは石川県に出現した彼の作った作品も含めてだ。
「被害規模は計測不能。少なくとも数十万人単位の人間が命を落としたのは間違いない。
 その一方で被害エリアの動植物には影響が無く、建物等にも被害は出ていない。
 現状の社会の認識は――多分テレビで見た通りだよ。『謎の超大規模神隠し』。
 ……いいんだか、悪いんだか。どれだけ大混乱が生じても、原理が分からないから対処が立たない。『取り敢えず新潟県の現場付近は封鎖の上、政府が調査する』って事に落ち着けたが、親父も現役じゃねぇからな、何処まで支えられるかは不透明って所だ」
 ペリーシュの拠点と化した新潟県都市部に一般人が近付けば更なる被害が拡大する可能性は高い。一般人はペリーシュの存在を説明された所で理解出来ないだろうが、仮に理解したとしても大恐慌が起きるだけである。
「いっその事、米軍や自衛隊にでも頼みたい気分だぜ」
 智親の冗句が真剣味を帯びた理由は、帰還したリベリスタのレポートを見れば明白だ。
 しかし、彼の儚い希望も表情を少しも変えないチェネザリによってすぐに断たれた。
「神秘を知る表社会の上層も居るには居る……言ってしまえば私も、貴方方も同じくそうだ。
 しかし、お勧めはいたしかねますね。事態はそういうレベルではない。
 ウィルモフ・ペリーシュは最悪の狂人だが、馬鹿では無い。
 彼が表の社会に挑発的に行動を開始したという事は――彼がそれを恐れていないという証左になります。あくまで可能性の問題ですがね。確率の低い駄目で元々で神秘が露呈し、多くの犠牲が出る事を我々は望まない」
 チェネザリの言葉は言い換えれば『ヴァチカン』はそれを許さない、と言っているに等しい。
 しかして彼の言は的外れではないだろう。リベリスタ達は上位アザーバイドの一部がこの世界の兵器を無効化する性質を備えている事を熟知している。仮にも『神(ミラーミス)超え』を僭称するペリーシュが、階位障壁の真似事を出来ないとは思えないからだ。
「……全ては『希望の箱舟』に託された、という訳です。
 しかし、この戦いは我々のものでもある。先にもお伝えしましたが『ヴァチカン』は正式にペリーシュを『聖戦対象』に指定しました。我々の信仰と矜持にかけて彼は野放しに出来るものではないという事です」
 被害に遭った新潟にも多くの信徒が居たのは確実だ。
『聖杯の男』を自称する彼は『ヴァチカン』の沽券に関わる存在なのは間違いないだろう。
「……事態は惨憺たるものだ。
 だが、リベリスタ達の行動は無駄じゃない。同様に新潟で発生した犠牲もだ」
 深春は静かに言う。
「ウィルモフ・ペリーシュは己の成果を見せびらかしたい……子供と同じだ。
 奴の幼稚な精神性は、少なからず我々に情報をもたらしている」
「……これまでの情報で、分かった事は多くないだろう?」
「いいや?」
 深春は意地悪く笑った。
「類推に過ぎないがな。私は『聖杯』の正体に多少の見当をつけている。
 少なくとも『聖杯』と呼ばれるそれが現在『出来る事』と『出来ない事』は理解した」
「ほう」とチェネザリが声を上げた。深春は枢機卿のプレッシャーにも構わず自論を展開する。
「欧州でのキース・ソロモンとの対戦。日本でのリベリスタとの対戦。そして新潟の被害。
 これ等に使われたのは同じ『聖杯』だが、結果は全く異なる。
 まず、第一にキース・ソロモンとの戦い。キース・ソロモンは推測するに『聖杯』により致命的なダメージを受けた筈だが、第二の戦いでリベリスタ達はこれを受けていない。新潟の一般人と――力の弱い革醒者が消滅したにも関わらず、アークのリベリスタ達は『無事』だった」
「……どういう事だ?」
「『聖杯』は微調整が出来ないのさ。ペリーシュの態度からして『聖杯』の使用は示威目的。
 奴は恐らく新潟の時効果範囲を『人間』に絞った。
『シャイン』のような力の低い革醒者は諸共巻き込まれたんだろうが……
 リベリスタ達は『聖杯』を使わずとも、独力で十分と踏んでいた筈だ。だが、奴は我々の部隊の九人を『逃がしている』。あれだけプライドの高い男が、おいそれと逃がすと思うか?
 紅涙殿ウラジミール殿達に粘られたのは想定外だったという事だよ」
 深春は「逆凪でも何処でも――有力な革醒者を抱える組織に新潟での被害状況を問い合わせてみろ」と言う。
「連中も今回の件には腸が煮えくり返っている筈だ。ましてや自分達が矢面に立ちたくないならば、その程度の協力は二つ返事でしてくれるだろうよ。
 検証は必要だが、私の推論はこうだ。『聖杯』は連続使用が出来ない。そして、キースと新潟の件から最大効力は効果範囲と反比例の関係にある。私の言はあくまで殺傷力についてのものだ。アレに存在するであろう『願望機』の性能は不明瞭であると言わざるを得ないがね。それすら奴の『飲んだ』行為から想像は出来なくない。
 ペリーシュは、先人(ラトニャ)に学ばない。己が至高と疑っていないからだ。しかし、それはアークに残された唯一の勝機であり、彼に残った唯一つの弱点であると言えるのだろう。