「いきなり呼び出すから何事かと思えば」 キース・ソロモンは久し振りに会った『同僚』に何とも言えない苦笑の表情を向けていた。 竹を割ったような性格である彼の場合、そういう表情をする事はそう多くは無いのだが…… 「トコトン、そういう服が似合わない性格だよな、オマエ」 ……そんな彼が苦笑いを浮かべるには浮かべるだけの理由があった。 バロックナイツの十二位に席を置く『彼』は、バロックナイツの中でも異色の経歴の持ち主である。或る者は英雄と称え、或る者は梟雄と蔑む――名声の二極化は、まるでその立ち位置を表しているかのようだ。 「私は、貴方に情報を与えているに過ぎませんよ。貴方が最も望む情報をね」 「良く言うぜ。俺様を体良く使う心算なだけだろうに」 落ち着き払った聖職者の威厳ある言葉にキースは唇を尖らせた。 相手が何を考えているかは先刻承知だ。しかして彼としては踊らざるを得ないというのが本音。 正直、そういう腹芸は好まないが……好む者が提示された先にあるのは確かである。 「貴方は貴方の為したいように為せば良い。神も、私もそれを止める無粋はいたしますまい」 「フィクサードの手を借りて、か。オマエってつくづく『どっち』なんだろうな?」 キースの切り返しに『彼』は小さく含み笑った。 バロックナイツの一席であるという点を鑑みればフィクサードである事は間違いない。 しかして、『かの組織』の重鎮である事を鑑みればリベリスタである事に疑う余地は無いだろう。 それだけシビアな場所に居る事は間違いないが、諜報の取り扱いに自分以上の存在がいるものと彼は考えていない。 「どちらでも構わないではありませんか、そんな事は」 「まーな」 「重要なのは、貴方が『究極研究』に挑むか否か、という部分。 『黒い太陽』は近く欧州を出て、日本に侵攻する構えを見せています。 日本には貴方が御執心の連中が居る筈だ。どちらが倒れても貴方には損。確実に挑むには今しかない。 キース・ソロモンにとってそれ以上に重要な事がありますかね?」 「……正直、無ぇな」 頬を掻いたキースはあっさりとそれを認めた。 確かにアークの世話は焼いた。つい先立っても迷惑な魔女の残した嫌がらせに出来る限りの手当てもした。 アークの事は非常に気に入っているのは否定しないが、キースには彼等を守る心算は無い。同時に守る必要があるとも思っていない。しかし、どういう結果に転ぶにせよだ。『黒い太陽』とやり合う機会を逃せばこれは終生の後悔になる。わざわざ『究極研究』の完成まで待っていたのに先を越されては笑い話にもなりはしないのだ。 「貴方は為したいように為せば良い」 「それで、オマエもしたいようにするって?」 「無論。『黒い太陽』に『魔神王』。双方の首を取れれば良し、そうでなくとも……」 「最悪『究極研究』の封印指定か。成る程、蝙蝠も忙しいな」 彼の影達(まっしょうきかん)が暗躍を狙っているのは言うまでも無いだろう。 悪びれない『彼』の態度をキースはむしろ好ましく感じていた。 言葉遊びで虚飾を彩られた所で本音は知れているのだから、それでいい。 当て馬にしたいならそう言われた方が余程スッキリするではないか。 「まぁいい。さて、折角の御指名だ。これは俺様の出番としておこうかね」 キースは首を鳴らして彼方を眺めた。 待ちに待った『黒い太陽』との対決だ。期するものはある。しかして…… (……さぁて、俺様に勝てる相手かね?) そんな単純な事実が心より嬉しい。 彼がそんな事を考えたのは――殆ど初めての出来事だった。 |