国外からの招かれざる客が蠢く一方で、国内の神秘界隈にも少なからぬ動きが生じようとしていた。 それは、今に始まった出来事ではない。 ことこれに到るまでの積み重ねが、潮目の変化が――キャスト達に『新たな結論』を生じさせたと言える。 それは、日本の裏側でいつからか生まれ、現代まで脈々と続いてきた出来レースの会場である。 彼らは彼ら自身の利益を維持するため、社会の経済を裏側からコントロールし続けてきた。 参加者は政治家や資産家に始まり医療警察司法報道暴力など国を動かせる力を持った一握りの権力者たちだ。 その上座。巨大な三尋木紋を背に座っているのが三尋木凛子である。 彼女は黙ったまま、場の成り行きを見守っていた。 能面を被った政治家が言う。 「時代が、ナイトメアダウン前に戻りつつある」 中でも新顔の男が首を傾げたので、横分けの弁護士の男が言った。 「ここ十年の間に入ったアナタなら分からないのも無理はないでしょう。当時は三尋木もフィクサード・リベリスタ・一般人と隔てなく複雑に入り交じった『人間の組織』でした。しかしナイトメアダウンが全てを変えてしまったのです! 勇敢なリベリスタたちは次々と犠牲になり三尋木連合の顔ぶれはフィクサードとそれに従う一般人だらけとなってしまったのですああなんて可哀想な話でしょう、か!」 「およしなさい。あなたはいつも他人の感情を煽るようなことをしますね」 眼鏡の警察官僚が落ち着いた声で言う。 「フィクサードとリベリスタが拮抗していた状態から一気にフィクサード主導へと傾いたことから、三尋木連合もまたフィクサード主導の組織になりました。というより、国家のありようがそうなったというべきでしょうね。しかし……」 「しかしアークが日本を変えてもうたゆーんやろが」 古狸のような医療権力者がぼやくように言う。 「日本ちゅう枠だけで言えばオマエ、リベリスタの立場はフィクサードと同じかそれ以上やぞ。このまんまやとワシらおまんま食い上げになってまうかもしれんのやぞオマエ」 「つまりー……アレね? 日本から完全撤退して、国外で開拓してる畑にがっつり移っちゃおうってハラね?」 首に赤いセーターを巻いた報道権利者がパチンと指を鳴らした。 「じゃ、それで行っちゃう?」 「冗談じゃねえぞテメェ!」 椅子を蹴って立ち上がる男。億の金を指先だけで動かす資産家である。 「俺ら何人ぶっ殺してここまでやってきたと思ってんだよ、あ? 日本で生まれて日本で働いて日本の金吸い上げてなぁにが悪いってんだ、あ!? おいあんたはどう考えてんだ三尋木さんよ。人を養分にして育ってきて今更ごめんなさいできるかよ。ごめんなさいで済んだら警察いら――!」 銃声。 資産家の額に穴が空き、彼は目を剥いてその場に倒れた。 一同の視線が銃声のしたほう。つまり、今なお煙をふいているフリントロック銃をもつ……凛子のほうへと集まった。 凛子はため息のように言った。 「バカだねえ」 銃をテーブルに置くと、台の中心へと滑らせる。 「ごめんなさいで済ませるために警察がいるんだよ。で、警察の坊やたちは現状をどうにかできそうかい」 「無理でしょうね。E能力者が犯した罪を正当に裁ける法律が存在していませんから」 「じゃあ司法の坊や、そっちはどうだい」 「はー!? 千人殺しても無罪って判例なら作れますけどー!?」 「それで『正義マン』のアークが納得するかねえ」 「おい待てやオマエ、ここでアークゆーたらオマエ……」 「あそこ通さずにコトを済ますのは無理っしょ?」 しん、と現場が静まりかえった。 全員がそれぞれに顔を見合わせ、そしてもう一度凛子へと視線を集めた。 「三尋木の目的はトップの利益追求。暴力大好き裏野部やらキチガイ集団の黄泉ヶ辻とも違う。言っちまえばE能力もった金持ちだ。アタシ個人で言うなら、美容と健康が永久に維持されれば文句なしさ。 ……ま、逆凪辺りは簡単にそうもいかないんだろうけどね」 「マジかよ……いや言われてみりゃそうか。俺も金さえ稼げりゃそれでいいや、うん」 額に絆創膏を当てて、資産家の男が机に這い上がってきた。 逆を言えば、国内で頑張る連中が居る限り、国外で悠々自適たる三尋木は防波堤に守られているようなものだ。 畳んだ扇子を首に当てる凛子。 「日本からは完全徹底。市場もルートも時村財閥にくれてやろうじゃないか。でもって後は行動で示すんだよ。口約束や契約書じゃ信用は勝ち取れないからね」 「えっ、行動って、え?」 「『この通りご免遊ばせ』ってのを態度で示すんだよ」 「……やはりそうなりますか」 三尋木が日本で培ってきた市場といえばとてつもない規模になる。 だが幸いにも中国への市場制圧は着々と進んでおり、他アジア圏における水面下の活動もおおむね順調だ。 アークの目の届く範囲。つまり日本から出てしまえば、今までと同じとはいかないまでも安全に利益を出し続けることができるだろう。 「まあまず、ごめんなさいするためには自分で処刑台に上がらないとね。今から連合命令を出すからよくお聞き――」 凛子は立ち上がり、声を張った。 「三尋木連合はアークと合同でエリューション及びE能力者事件の解決にあたる準備に入る。 大いに怪しまれ、大いに警戒され、その上での行動をもって『誠意』を見せて、ね。 引越しってのは全く忙しいイベントだからねぇ、しっかり頼むよ」 |