困難を目の前にした時、人間はその真価を試される。 目前に聳える山は、その人物によって千差万別だ。誰かにとって容易いハードルが、別の誰かにとって越え難い大山となる事もあるし――その評価は常に主観に塗れて一定しない。 だが。一口に『戦士』という称号を持つ人物の中でも、最も強靭な精神を持つ部類であろう――クェーサー一族がそれを困難と認めたならば、本物中の本物である。 「……驚いた。これが人類の迎える預言の結末って訳ね」 「五百年前の占星術師が悪戯に残した預言を律儀に本当にしてやる必要は無い」 かの大ノストラダムスが残した終末の預言は世紀末の世に確かに現れた。 彼が如何なる神がかった異能の持ち主だったのか――或いは大法螺吹きだったのか。その辺りは最早現世には定かでは無いが、神秘討滅の矜持を誰よりも強く持つクェーサーの二人にとってそれは些事であろう。 「……深雪、状況をどう見る?」 「余りいいとは言えないわね。『赤の子』の増殖速度は速い。まぁ――神様(ミラーミス)なんてものが出張って来た位だもの。何よりこれで終わる事は無いでしょう」 「全くだ」 妻の意見にコンセンサスを得たハインツは大した感慨も込めずに頷いた。 済し崩しに始まった遭遇戦は既に数回を数えている。風の噂にこの静岡県で大きな事件が起きると聞く事が出来たのは幸いだった。クェーサーがもっとも忌避しなければならない人類の黄昏は、意識するしないに関わらず今まさに目の前にあるのだ。 次元の穴を震源に始まった戦いは、市街地へと広がりを見せている。知った顔も、知らない顔も――リベリスタ達は必死の鎮火に努めているが、本質的解決はそこにはない。 「あちこちで、戦いは起きている。私達は――どうするの? ハインツ」 深雪は夫の答えを半ば推測してからかうようにそう尋ねた。 「愚問だ」 「そうね。安心したわ」 僅かに冗句めいた深雪は、駆け出したハインツの後を追う。 全長はどれ程のサイズになるかも知れない赤の巨人のおぞましい顔が、平和だった街を見下ろしている。 この破滅的状況を食い止める手段が存在するのだとしたら、それは元凶を断つ他は無い。 可能か、不可能かでは無い。成るか成らぬかは問題ではない。 全ては為すか、それとも為さぬか――選択は一に過ぎぬ。 何故ならば。 「――『私達はクェーサーなのだもの』」 |