戦いの末、ラトニャ・ル・テップは異界の果てに隔絶された。 泥のような疲労感を隠せない多くの戦士達は安堵し、漸く人心地をついていたが…… 『剣姫』イセリア・イシュター(BNE002683) 、そして多くのリベリスタ達の決死の覚悟により、辛うじて勝利の状況への道を示した『ネクロノミコン』は未だ夜に佇んだままだった。 緩みかけた空気の中でも何名かのリベリスタは、現場に現れた『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアを前に未だ緊張を解いてはいなかった。 「アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア。今回の展開も貴方の目論見通りなの……?」 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は彼女を睨み、そんな風に呟いた。 「何処まで計算しているかは分かりませんけど、これ以上は、ね」 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)と合わせて――彼女達は、アシュレイの狙いがアーティファクト回収である事をこれまでの経緯から勘付いていた。 今回のハイライトにおいて最も重要なアイテムは『ネクロノミコン』だ。 故に二人は魔女を遮るような位置にその身を置き、その様子を伺っていた。 「……正直を言えば、計算出来るレベルじゃありませんでしたけどね。 信じてくれなくても良いですけど、ラトニャ様を何とかしようと頑張ったのは本当ですよ。 どちらかと言えば皆さんが思う存分やれるように――後方支援ではありましたけど」 肩を竦めたアシュレイはその言の通り、余りリベリスタ達に期待してはいないようだ。 少なくとも彼女が今夜それなりの役割を果たしたのは事実ではあるが。それはこれまでも同じなのだから、この後何を考えているかの物差しにはならない所である。 「『ネクロノミコン』を奪われたらコトですもの」 会話は危険な綱渡りのようなものだ。 海依音の言葉は裏を返せば早くそれを回収しろという意味合いを持っていた。 「信用ありませんねぇ」と溜息を零したアシュレイは「悲しい」と泣き真似をした。 しかし、彼女はその直後表情をコロリと変えていた。 「――まぁ、して貰うのも気が引けるんですけど」 「!?」 言葉と共に閃光を発したのはリベリスタ達の足元――『狙い』を戴く魔法陣だった。 アシュレイは過去数回のやり取りから厳重にリベリスタ達が守る『アーティファクト』を横合いから奪取する難しさを理解していたのだろう。彼女は作戦に必要不可欠な要素に自身の罠を紛れ込ませた。リベリスタ達は『塔の魔女』の存在そのものには警戒を向けてはいたが、それ以前の舞台装置にまで意識を巡らせていた者は居なかった―― 「『やっぱり』ね!」 ――深い魔術造詣を持つ『大樹の枝葉』ティオ・アンス(BNE004725)を除いては! 地中より噴出した茨が『ネクロノミコン』に絡み付く。 魔法陣の最中に居たティオは罠の魔術に可能な限りの干渉を試みた。 そのまま『ネクロノミコン』を地中に引きずり込もうとした茨の動きを辛うじて食い止める。 「……やりますねぇ、結構」 頬を掻いたアシュレイの金色の瞳が微かな剣呑を帯びた。 この期に及べばこの手段で『ネクロノミコン』を奪い去る事は難しい。アシュレイは瞬時にそれを判断したが、今回に限っては『ネクロノミコン』が概念存在に近かった事が辛うじて彼女に利したと言えた。 「……いけないっ!」 ティオが茨を絶ち斬ったのは次の瞬間。だが、この一瞬の間にアシュレイは自身の茨を介して魔力の塊とも言えるそれから力と概念の幾ばくかを吸い上げていた。 ティオの活躍で全ては奪われなかったが、これは分け合う格好までか。 「お前、相変わらずいい性格してやがるな?」 歯を剥いた『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)は一瞬即発の雰囲気を醸している。 アシュレイは目をすっと細め、それから肩の力を抜いて彼に応えた。 「普通ですよ。私は、ほら。唯女の子なだけって言うか……うん、きっとそうですね」 毒気を抜いてへらりと笑った彼女をそれ以上詰問するのは無意味だろう。 だが、ランディの鋭敏な感覚は刹那のやり取りからアシュレイの闇を感じ取っていた。 真偽は分からねど、彼は確かにそう思ったのだ。 (テメェはどっか俺と同じ臭いがするぜ。 この世界が憎くて憎たらしくても諦められないほど愛しい…… それを変えるか殺すためには全てを投げ打っても構わねぇってな……!) |