「ふむ、珍しいな。卿が晩餐を中座するのは。 付き合いはそれなりに長いが、中々珍しいものを見た――」 魔神という激動の波が引いて暫し。キース・ソロモンは顕現したバアルと酒を酌み交わす――何とも優雅な時間を過ごしていた。 「我ながら予定外も予定外だぜ。それと言うのも、『王様』が負けるから悪いんじゃねぇか」 「戯け。余が道理で敗れるか」 敗れるとしたらばその理由は卿にある、そう言わんばかりのバアルの一言にキースは肩を竦める他は無い。 バアルの指摘した事実はまさにキース本人が口にした魔神の敗因だ。つまる所、彼等が機能制限を余儀なくされたのは『術者の未熟さ』の為に他ならない。並の魔術師とは比較にならぬ程の力を持ち、バロックナイツでも有数と呼んでいい実力者のキースを単純に『未熟』とするのは度を越えて馬鹿馬鹿しい話ではあるが、『ゲーティアの深奥』は元より並の術士等を求めてないのだからそれは必然でもある。 「俺様は未だ発展途上。何百年と経ったがまだまだ。 まだまだ俺様は強くなるぜ。だが、それは連中も同じだと思ったのさ。 或いは萎びたバロックナイツ何ぞより余程可能性があるかも知れねぇ。俺様を本当に熱くする、最高の戦いが――ま、可能性の問題だ。尤も前菜なら喰っちまう心算だったけど、よ?」 「ふむ。悪食の卿らしい。だが、分からんでもないぞ?」 「ご機嫌だもんな、王様は」 「彼奴等めは蟻の一噛みで獅子を倒すと囀ったのだぞ? 余を前に――愚者も賢者もそんな見得を切る者は居らぬ。 強いて言うならば卿位のものだ。これを愉快、痛快とせずして何と呼ぶ」 「はっは、確かに言いそうだ」 キースは実に楽しそうなバアルに首肯した。 アークのリベリスタは魔王達に比すれば脆弱だ。 しかし、真に脆弱な存在に運命は微笑まない。確かに小手調べの風情が無かったとは言わぬ戦いだが、『負け越しの味』は舌の上を転がる美酒のそれ以上にキースとバアルを酔わせていた。 「……まぁ、アンドラスめは荒れているやも知れないが」 バアルが肩を竦めて杯を傾ければ、空の月が湖面に崩れた。 |