「……やれやれ。何度味わっても『こういう戦い』は嫌なものです。 乾く程に掌から滑り落ちる水のように、悲願はいつもつれないままだ」 クリスティナ中尉の知る戦況は圧倒的に芳しいものとはいかなかった。彼女等『親衛隊』が敵に回したアークという組織は成る程、バロックナイツを連破しただけの事はある。 「……きっと少佐は勝つでしょう。少佐ならば、あの方ならば」 さりとて、フロックならぬアークの実力を目にしてもクリスティナは悠然とした構えを解いていない。リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターという男には言いようの無い、言い知れぬ程の執念が存在している。他の誰も――『親衛隊』の誰も追随を許さぬその情念は彼が極めて『若く』、極めて『人間的』であるが故に絶大に強大なのだと。神秘界隈では些か皮肉な人間性と能力の反比例に奇妙な反証を果たしているとさえ言える。 「少佐は勝つ。それは殆ど疑う余地の無い事実だとは思いますが、ジャック・ザ・リッパーやケイオス・カントーリオも、彼等の配下もそれを疑った事はありますまいね……」 戦いは常に対戦相手を生じるものだ。勝利に必要なのは絶対値ならぬ相対値。純粋な能力ならぬ勝利する為の遂行力だ。強い者が勝つのではなく、勝った者が強い事を先の大戦を越えた彼女は嫌という程知っている。素晴らしいものも時に敗北するのだ。 「……さて」 さあさあという水音がクリスティナの鼓膜をくすぐる。 状況柄、比較的後方に位置する彼女はまだ喧騒に塗れていない。薄い闇の中に光が瞬く。その発生源は彼女の至近であった。 「……はい、はい。分かっています。分かっていますとも」 この場に第三者は居ないが、クリスティナの言葉は独白めいたこれまでとは異なり、まるで何かに受け答えるかのようなものになった。 肝胆寒くする魔性が美しい女の周囲を取り巻いている。 「これが最後の機会では無い」 切れ長の目の中に炎が燃える。 大凡冷静さを切り離す事の無い女にも、渇望が、妄執がある。 「『我等が渇望』はまだまだ続く。全ての同志を糧にして『貴方』に醸造された『それ』は如何なる堰とて止められはしない。さて、何れにしても『転機』は近付いているのでしょうが――後、どれ位で『貴方』は満腹なさるのでしょうね?」 |