「手痛い一撃を蒙ったと言える。元から不利は分かっちゃいたが、実際後退させられた以上は今回は連中が上回ったっていう事だろうな」 本部で溜息を吐いた沙織は黙って報告の先を促した父に小さく苦笑して先を続けた。 「つまり、『頭を使うバロックナイツ』ってのはかなり厄介って事だ。 今回の戦いも恐らくだが――こっちの主力戦力の相当数が外に釘付けにされなければ際どい所で拾えた勝負かも知れない。勿論、残った三高平側の防衛戦力が不手際だった訳じゃない。連中も十分以上に力を発揮したって上での上積みの話だが」 「三ツ池公園陥落の予想影響は?」 貴樹の台詞に沙織が頷いた。 「第一にラ・ル・カーナ側との移動の制限。戦略司令室にも届いていた懸案事項である『忘却の石』のチャージはこの現状じゃ不可能だ。フュリエ側と万全に連絡を取り合うのも難しいな」 「……ラ・ル・カーナの安全は大丈夫なのか?」 智親の台詞は相当数のリベリスタが気にしていた重要な問題である。彼の問い掛けに沙織は「多分な」と答えた。 「リヒャルト側の狙いは『この世界』だ。あいつ等は異世界なんかよりこの世界に固執している。アークが完全に敗退すれば話は分からないが、当面は自分達の最優先課題を捨て置いてリスクの高い未知の世界に触手を伸ばすとは思えないね。良くも悪くも、あいつ等が見ているのはドイツとそれから米英さ」 沙織は「続ける」と前置きして話を再開した。 「第二の問題は『親衛隊』側の研究開発の加速だ。 閉じない穴は魔術的に極めてレアリティの高い特異点だ。バロックナイツすら垂涎で欲するアレは連中の有する『革醒神秘兵器』の戦力を向上させる可能性が高い。変な時間を与える事は無意味だが、急いて突撃するのも愚かだ。主流七派にも牽制を入れなければならないし、防衛側の有利は今度は連中が持っているからな」 沙織の言葉に首脳は沈思黙考する。 主流七派が再び動き出せば厄介極まりない。乾坤一擲の勝負をかけるにはそれ相応の準備が要るのは明白だ。しかして、『親衛隊』に時間を与え過ぎるのも上手くは無い。作戦立案は極めてシビアかつ極めて合理的に行われなければならない状況なのだ。 「幸いに士気は高い。ま、うちの連中らしいといえばらしいが。 幸いっていうか、俺にとっちゃ抱きしめてキスしてやりたい位だぜ。 次は負けないって、そう思えるだけの連中が味方に居るって言うのはね」 そう言った沙織に貴樹と智親の顔が綻んだ。 漸く少しだけ人心地を取り戻した空気に――しかし。 「……っ!?」 突然、エマージェンシーが鳴り響く。 「どうした!?」 噛み付くように通信機に叫んだ沙織の耳に悲鳴染みた和泉の声が突き刺さる。 『とんでもない事態、とんでもない非常事態が発生しました!』 「落ち着け、何があった!?」 『三高平に、出現したんです!』 「だから、何が――」 『――キースです!』 「……は?」 『ですから、キース・ソロモンが……! 三高平に出現したんです!』 リベリスタにはどうやら、人心地つく暇は無いらしい―― |