「少佐、少佐の砲撃を待つまでもなく穴周辺の敵主力部隊が撤退しました」 「うち等の攻撃も上手くいきましたよ。流石、少尉殿ですな」 「心にも無い事を良く言う」 クリスティナの報告に続き、ブレーメとアルトマイヤーが冗句めいた。 撤収するアーク側リベリスタの動きは早かった。 波のように素早く、規律的に。『撤退の上手い軍は強い』という格言を全く疑う余地も無い程に、三ツ池公園を舞台にした激戦は彼等の能力を証明していたと言える。 「……予想以上の苦戦になりましたね。 基本的にアークはエース頼みの組織だと認識していたのですが」 「戦力分析に問題は無かったのかい?」 「ご心配なく。少佐から預かった貴重な戦力を全滅させておめおめ逃げ戻ってきたのは研究者である貴方だけです、ドクトル」 クリスティナの冷たい切り返しに『ドク』は不快な笑みを浮かべて肩を竦めた。部下達の状況報告を聞くリヒャルトは憮然とした顔のまま。彼の機嫌がどれ程に悪いかを察していない者は居ない程である。 「少佐、勝利です」 「……無様な……! この戦場の何処が予定通りだ!?」 「戦争にイレギュラーはつきものです。少佐の采配は完璧でした」 クリスティナは非常に冷静にリヒャルトを賞賛した。 確かにこの戦場を取り仕切ったリヒャルトの仕事は抜群だ。 「当然だ。だが、結果は完璧足り得なかった。 少なくともこの僕の考えにおいてはね!」 『親衛隊』は確かに頑強な抵抗を見せたアーク側防衛戦力を押し切った。しかして損耗が大きかったのも事実である。リヒャルトにとってみれば些か不愉快な出来事があったのも。 唇の端から滴る血を彼の手袋が拭った。 白い布に滲んだ赤い鮮血を凝視した彼は拳を握り締めて彼方を見つめた。 「次は――いよいよ高くつくぞ、劣等共……!」 戦いの舞台は次のステージへと姿を変える。 その先にあるのが亡霊の夢見る世界大戦なのか、再び訪れる日本束の間の平穏であるのか――それを知る者はまだ、居ない。 |