「おっと、遂にドンパチが始まったか」 「思ったより――随分とスムーズな侵攻です。目も当てられない戦争は連中の十八番ですからね。流石はバロックナイツと言うべきか。エチオピアやギリシャの再現は考えただけで笑い話にしかならない。尤も、バルバロッサの失敗はこちらの受けた『笑えない大迷惑』ですがね!」 三高平市付近、上空。ヘリから双眼鏡を構えた軍人らしき二人組が遠く死者の満ち溢れる非常の戦地を見て笑っていた。二人共、『どうにも時代がかった軍服』に身を包んでいるのが特徴だ。見る人間が見れば一目で分かるその姿は『最早この世に存在しない軍勢』の――亡霊の残滓そのものである。精悍にして屈強を思わせるゲルマン系の顔立ちをした二人は共に三十代後半程度に見える。但し口にした戦争は軽く七十年は前の出来事で、冗談を交えながらも『状況』をつぶさに観察する視線は鋭い。 「状況が動いた。成る程、俺には分からんがどうもパスタ野郎の隠蔽魔術を破ったか?」 「例の『神の目』ですか?」 「恐らくはな。連中の狙いは『後からの一手』か。 戦線を伸ばし、突出した頭を叩く。実に合理的で的確だ。 作戦行動を支える情報戦にアレが機能しているのは間違いないだろう。『組曲』の防備状況と今回の状況を合わせて推測するなら『神の目』は『限定環境』で機能が向上するのではないか?」 「……マンシュタイン・プランじゃあるまいし。さて、どちらが勝ちますかね」 「さあ。結論を言えばどちらでもいいな。『楽団』にせよ、『箱舟』にせよ。これだけ『競った』勝負をしている以上、クリスティナ中尉に上げる報告は決まっている。情報の獲得は十分だろう。敵、侮るべからず。尤も、優秀な軍隊には改めて言うまでもない事ではあるがね」 二人――アルトマイアー少尉とブレーメ曹長のコンビは情報収集を行う為の先遣隊として暫くこの日本に潜り込んでいた。無論、偵察と状況確認以外に目立った行動は取っていない。ミュンヘンで戦力を編成中の『本隊』が近く動き出す事は決定事項である。『本隊』が動いた時点で日本にケイオスが居ようと、アークが残っていようと、その両者が第二ラウンドを行っていようと基本的に作戦行動に変更は無いのだ。つまる所、リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター少佐は疲弊した何れか、或いは両者を共に飲み込む為の計画を実行に移そうとしているのだから。 「しかし、これだけ離れても『臭いますな』」 「ああ。久しく嗅いでいない、これは戦場の臭いか。いや、死の臭いそのものか」 ヘリのメインローターがバラバラと夜に騒音をばら撒いている。 耳障りなその爆音は何処か剣呑に、まるで曲の『アクセント』であるかのようだった。 |