佐賀県鳥栖市―― 東西南北区別する事なく全国的に発生した『楽団』による『混沌組曲』は九州の豊かな田舎にもその爪牙を伸ばしていた。『あの』アークが対応し切れなかったエリア……では無い。とある事情で男が――『バランス感覚の男』千堂遼一が『アークの戦力手配を断った』エリアである。 「スコアがいいかどうかは置いといてねぇ…… 剣林の皆さんやらは流石だし。首領皆々様は楽勝でしょうけども」 千堂は『アンバランスな戦果』に深い溜息を吐きながらそんな風に一人ごちた。今回の戦いで七派が仕留めた『楽団』はそれなり。返り討ちに遭った戦力はその数倍である。確かに単一のフィクサードが『部隊』を保有する楽団の性質からしてスコアの偏りは如何ともし難い部分ではある。主要本丸を仕留めるに到るか否かという部分のみが重要視される対楽団戦は『腰の重い首領皆々様』が動き出す程度には『割りの合わなさ』で格別だ。しかし、そんな首領の戦いはさて置いて、一般戦力も全てやられるばかりではなくなったのは流石に蛇の道は蛇と言えるだろう。非常に実戦的な主流七派の構成員達は当初の襲撃でこそ翻弄されたが、今は痛み分けも含めて全敗ではないのだから今は一矢を報いる事が出来ている……という話でもある。 (逆を言えばアークも『それ相応』にはやってくれるだろうって事だ) やはり、整備率の悪い『気まぐれなエース』だけで戦争は出来ない。 七派――特に恐山――は自分の戦力を必要以上にすり減らさずに面子を立てなければいけない。『楽団』が無差別に喧嘩を売ってきた以上、マフィアとしては買わない訳にはいかないが、剣林、裏野部、黄泉ヶ辻を除く七派は間違いなく『買いたくは無い』。理由は明々白々でそれは単なる損益機会にしか成り得ないからだ。 千堂自身も含めた『常識人枠の戦果』は彼が期待している『この日本を守る主戦力たるアークの戦果』の予想の根拠と成り得るものだ。千堂の計算する『それ相応』が予想を上回れば彼の名は七派首領の間でもまた覚えが良くなるだろう。逆に『それ相応』が『その程度』だったとしても責任はアークに押し着せれば良いのだから気は楽だ……という寸法である。 「実にバランスが良い仕事だね――これは」 これは。 そう呟いた千堂に言葉を投げてきた女が居た。 「何を一人でブツブツ言ってるのさ!」 「いえ、まぁ、『楽団』との会敵はそろそろですかねって」 「気を入れなよ。わざわざ佐賀くんだりまで足を運んだんだ。 何で佐賀だったのかは良く分からないけどね!」 「あっはっは……」 「しっかりしてくれよ。爺の名代なんだろ、アンタ!」 声を掛けられて我に返った千堂の視線の先には――些か薹が立った――美人が居た。戦場で見るには少し華美過ぎる、化粧も、固めた仕立ての良いブランドの服も、アクセサリーも。「若作り」と一言呟けば三度は命を落とせそうな雰囲気。鉄火肌の姉御は言わずと知れた三尋木凛子である。千堂は今回その三尋木と恐山の連合軍を彼女と組む形で楽団事件の対応に当たる事になったのだが…… 「しかし、あの爺が良くこんな戦力をもってきたね」 「精鋭ですからねぇ」 「うちも負けちゃいないけどね。ギッタンギッタンにしてやんなきゃ気が済まないし」 「……凛子さん一人で十分じゃないんですか?」 「冗談はよして欲しいね。この珠の肌に瑕でもついたらどうしてくれる!」 「対神秘戦用にチューンした徹甲弾でも持ってきますか?」 「死ぬか謝るか選びな」 「ごめんなさい、凛子さん」 漫才は兎も角として三尋木・恐山連合軍が用意したのは何れも精鋭ばかり。数は五十近くにも及ぶ。こんなものと会敵すれば流石の楽団員も同情出来るレベルと言えるのだが…… 「もう一度聞くけどさ。何で佐賀なんだい? 作戦に重要なのかい?」 「……」 千堂は答えなかった。 『七派の調和』を一応重んじる裏野部と黄泉ヶ辻以外の五派は今回比較的緊密に連携し事に当たっている。アークとの一時的な不可侵然り、『対策本部』で状況の推移を見守り要請を飛ばす斎翁の存在然りである。この佐賀遠征はその斎翁の要請で行われた。 「それから、アレ、何だい」 凛子が視線を向けたその先には―― ――佐賀のへいわはあたしがまもるですぅ! ――その、何て言うか……変なのが居た。 「佐賀は苺のめいさんちなのですぅ。 いつもあたしの苺を作ってくれるのうかのひとたちをいじめるとかありえないのですぅ。 すべてのいちごはあたしのものなので、あたしがまもってやるのですぅ」 怪盗ストロベリーを名乗るフィクサードはこの佐賀遠征の恐山組に混ざりこんでいた異物である。しかして実は凛子が口にした違和感は彼女の存在をなしにしては説明が不可能なのだった。 (何時もは出し渋る癖に、本当に困った御老人だ……) 佐賀遠征の特別な理由等、この場合――あって無きが如しである。 つまる所、『珍しく恐山が派遣した正真正銘本気の戦力』は対楽団のものである以上に……『絶対に何が起きても問題なく勝てる過剰戦力』そのものだった。『可愛い我侭』を叶える為に他派の首領をいいように使ってやろうという斎翁の意図には流石の千堂も呆れ通り越して感心の域である。 「まってるのです! らくだん! あたしのいちごマシンガンが火をふくのですぅ!」 「……千堂、アレは何なんだい?」 「はぁ……」 千堂は幾度目かの溜息を吐き出して血生臭には不似合いな良く張れた青空を眺めた。 中間管理職も楽じゃあ、無い―― |