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倫敦の闇は深く……>

「そうか」
 薄闇に包まれた地下の穴倉、大英帝国帝都の底の底に眠る時を忘れたその場所で電話を取った一人の老紳士は短く何度も頷いていた。
『……日本、三ツ池公園における抗争は『教授の見立て通り』アーク側の勝利に終わりました。倫敦側の被害は些少。ミス六道の側はそうはいかなかったようですが……』
「結構、結構」
『モリアーティ・プランの達成率は87%といった所ですか。この先に多少の軌道修正は要るでしょうが、細かい修正材料は後で送信させて頂きます。まぁ、教授なら問題はありますまい』
「無論。私もこの世の中の全てを『計算のみ』で支配出来るとは思っていないよ。蜘蛛の頭はその脚があるからこそ機能する。今回は、良い仕事をしてくれた。ありがとう、ポーロック」
 受話器の向こうから丁寧に状況を伝えてくるのは彼の部下。聞き役に徹する老人は『謙遜』したその言葉とは裏腹に気難しそうな老人の表情をほんの少しだけ緩めて『ほぼ全てが自分の予定通りに進んだ――何時もの未来』を当然の事のように受け止めていた。
『……恐縮です。細かい話はさて置いて、それで簡単な状況ですが。
 ミス六道の『キマイラ』は以前よりも格段にその完成度を向上させておりました。彼女は教授のアドバイスを仕事に生かしたようですね』
「さもありなん。彼女はカレッジの頃から素晴らしい才能の持ち主だった」
『教え子の自慢話は良く伺っていますからね。
 ……ともあれ『キマイラ』は実用段階に入っている。とは言え、時間をかけて用意していた中核戦力は今回の件で消滅、言わば彼女の手足となる研究者達は相当数が死亡と。彼女が再起するには相当の時間が掛かる見込みでしょうな』
 乱戦の中で紫杏派の一部を暗殺したのは『倫敦』派の仕事である。まるで他人事のようにそう言うポーロックが報告を受ける老人の意向を最大限に汲んでいる事は言うまでも無い。老教授の台詞の端々に滲む教え子への愛情は本物なのである。全く愛情とそれ以外を切り分けて、自分のプランを優先させているだけだ。『世界で最も秘匿された場所の一つ』であるこの『本部』から情報を掠め取れる存在があろう筈も無いが、もし部下が直接的表現を使ったならば彼の眉は気難しく動く事になっただろう。その辺りも部下は良く『出来ている』。
『アークも直接見てきましたよ。これについては後程、大佐の方から詳しい報告が上がるでしょうが ――少なくとも我々が相対した連中は中々やる。それ以外についてもミス六道を退けたのですからそれ相応でしょう。突出した戦力は無いが、作戦遂行能力は極めて高い。『まるで運命を味方にしているような』その戦い振りは件の万華鏡の成せる奇跡なんでしょうね。この点も教授の慧眼の内ですな』
 モリアーティ・プランに従い動く倫敦派と神の目の導きを持つアークの動き方は奇妙に符合する部分があったのは確かである。倫敦派は最初からある程度最終局面の状況を見越して動いていたし、逆を言えばその援軍は最初から『こうする為の』ものだった。
『しかし派手にやりあったもんです。うちの連中も無傷とはいかなかった位ですし』
「結構。リアリティの演出には多少のトラブルは必要だ」
 倫敦の蜘蛛の巣が日本に派遣した部隊は『紫杏派とアークのスペック、あの楽団の存在を加味した上で最大程度の激戦を発生せしめ、加えて紫杏派を敗北させる程度』の物量であったという事だ。戦いが激しさを増す程に紫杏派がその力をすり減らすのは必定。更に言うならば『勝利の目が見える限りは紫杏も早い段階で撤退を考える、或いは計画を諦める事は無い』という事だ。あの歳若い天才は究極のバランスを取らなかったとしても瑞々しい自信過剰を発揮したのかも知れないが、その辺りはそこはそれ。合理的に確率を向上させる事が老教授の『やり方』である。
『これでも、同情はしていますけどね』
「奇妙な事を言うな。お前達の仕事は完璧だったのだろう?」
『勿論。だが、感想ってのは時に不合理なモンです』
「成る程、やはり感情(ブラックボックス)は解析の余地が深い」
 しかし、この場合真に重要なのは『何故そのプロセスが必要だったか』の方である。教授は有力なフィクサードである六道紫杏から『大抵の場合は自身を信じて行動する』程度の信頼を実際に勝ち得ている。そんな『可愛い教え子』を何故殊更に破滅させる必要があるのか?
「今頃、泣いているのかな。可愛い私の教え子は」
『そりゃあ酷いもんでしょうよ』
「慰めてあげなければいけないな。力を貸してあげなければ。『その内、そう遠からぬ未来、態勢が整わぬ内に今度はアークに追撃を受ける立場になるだろうから』」
 幾度目かの繰り返しになるが、六道紫杏は天才である。
 極めて自我が強く、極めて奔放な――何より『六道の女』だった。その野心は無限で、その向上心は何処までも続く。彼女を師事した老教授はそれを嫌と言う程知っていた。彼女のような人間を、『自分で考え、自分で動く力を残したまま支配する事』の難しさを重々に知っていた。ならばどうするか、どうすればいいか。それは――
『きっと彼女は教授がどれだけ頼りになり、どれだけ素晴らしい師であるかを理解するでしょうね。家も、恋人も頼れない。そんな時に一体誰が――誰だけが自分を救い、導く人間であるかを知るでしょう。そして、教授は彼女の期待に応えてみせる――』
「実に悲しい事件だった」
 ――人間は寄る辺なしには動けまい。それは自身の才覚であり、自身を支える仲間達であり、自身が心を配る特別な人間である。大敗し――例え道具のように扱っていたとしても――仲間を失い、最後に居場所を失う。条件が揃った時、老教授は唯囁いてやれば良いのだ。

 ――大丈夫、君には私がついている。君を連中の手に等渡してなるものか。
   大丈夫だよ、六道紫杏。私がきっと君を助けてあげる。

 彼女は六道が魔道を極め、非道を尽くした結果を――六道なる怪物が湯水のように資金を掛け、労力を注いだ結果を、研究成果を倫敦に持ってくるだろう。翼を折られた小鳥はその才能を如何なく発揮し、彼の用意した黄金の檻の中で倫敦派に多大なる利益をもたらすだろう。
 モリアーティ・プランは一人の少女を人形のように変える仕事。
 必要だったコストは『その気もない援軍を幾らか送った』事実だけ。
 後は彼の――ジェームズ・モリアーティの仕事ばかりを御覧じろ。