「全く、面倒な事この上無い」 恐山斎翁はモニター画面を通して他の『五人』の首領の顔を眺め、深く溜息を吐き出した。 国内主流七派と呼ばれるフィクサード大組織の首領が一同に介する事は少ない。『日本』という国を利益活動の場とする七派はお互いの目的をバッティングさせる事も少なくは無い。故に多少の仲、不仲こそあれど相互間に距離を置き、知己でありながら安直な馴れ合いを否定してきた。リベリスタは――例えばあのアークは――フィクサードの明確な敵だが、他派が味方かと問われれば大いに疑問だという事だ。『仁義』等というもので一つにくくれる連中ならば話は早いが、何れも毛色こそ異なれど相当の曲者ばかりなのだからそれも当然である。 「実に、厄介極まる」 故に――二度呟いた斎翁が『他の首領』を会談に集めたのは『現況がそうせざるを得ない程に深刻であるから』。斎翁自身、出来れば避けたい――気乗りしない七派の会談をセッティングした理由は言わずと知れているだろう。それは簡単な論理である。非常に明確な損得の足し引きから導き出された結論であった。あのケイオスの――『楽団』の動きがアークのみならず自派を含めた主流七派に大きな損害を与えているからなのは言うまでもない。 「だが、厄介極まるが故に『考え時』なのは確かであろう」 七派が会談を持てば議長役を務める事の多い斎翁が『比較的同調する事が多い事になっている』逆凪黒覇をちらりと見やり、水を向けた。国内最大勢力を誇る逆凪は三尋木と剣林とも比較的親しい。つまる所、七派の内の四が意見を一に纏めれば一定の格好はつく……という訳だ。恐山が『表向きは』逆凪に追従するのはパワーゲームのキャスティングボードを握り続ける目的それそのもの。 閑話休題。改めて説明されるまでもなく状況を良く理解している黒覇は蛇の描かれた黒い皮手袋に収めた右手で軽く自身の顎を撫でる仕草をした。 「恐山翁は『対処』派かね?」 「それは無論。バロックナイツと言えど異邦人の増長は目に余る。 これを放置すれば七派が日本を統べる、という事実も形骸化の憂き目を見よう。これは黒覇殿にこそ由々しき事態となるまいか?」 「成る程、尤もらしいお言葉だ」 黒覇の口元に浮かぶ幽かな嘲りの色に斎翁は気付かぬ振りをした。斎翁の口にした『逆凪にこそ由々しき事態』とは暗に恐山が逆凪を日本のリーダー格と認めている――と持ち上げている意味である。安いおべっかではあるが、霊峰よりも高いプライドを持つ黒覇の気は多少は擽る部分はある。さりとて黒覇も斎翁の思惑は知れたもので、彼が『対処を決めたとしても何だかんだで兵隊を出さない』人間である事を承知の上である。故に、嘲笑。 「……ま、テメー等の政治はどうでもいいけどよ」 温い空気をかき回し始めたのは三番目に口を開いた裏野部首領、裏野部一二三だった。 「ケイオス・“コンダクター”・カントーリオと『楽団』が俺達に喧嘩を売ってきたのは事実だ。コケにされて黙ってる心算はねぇよ。頼まれなくても全員、ぶっ殺してやるさ」 刺青の入った凶相を獰猛に歪めた一二三は然したる計算もなく実にシンプルな結論を口にした。彼とて組織の長である。無意味な抗争で貴重なリソースをすり潰す事を好みはしないが――ジャックの時はまだしも、今回は武闘派としては黙っていられる筈が無い。 「俺も同意見だぜ、一の字よ」 一二三の言葉に重く頷いたのは裏野部以上の武闘派である剣林首領、剣林百虎だった。大きな虎の白い耳を動かした半人半獣の大親分は眉を顰め、吐き捨てるように言った。 「てめぇの目で確認してきたがな、臭ぇんだよ、奴等は」 百虎は虫唾が走る、とばかりに機嫌の悪い顔をしていた。彼は自身が悪党たる事を否定しないが、彼に言わせれば『悪党にも流儀とやり方はある』といった所である。簡潔に言うならば百パーセント『気に食わないからぶっ潰す』という至極分かり易い結論に一二三は手を叩いて笑っていた。 「まぁ、捨て置く訳にはいかないさね。 こちとらこれでも『三尋木』って七派の金看板上げてンだ。 あんまり見くびってもらっちゃ、下の連中だって黙っちゃいないしね」 「……貴殿はどうだ、羅刹殿」 少しとうが立った鉄火肌の美人と言えばしっくり来る――三尋木首領、三尋木凛子の言葉に大きく頷いた斎翁は沈黙を貫いていた六人目の首領――六道羅刹に問い掛けた。 「……」 「貴殿は、どうしたい」 たっぷりと時間をかけた羅刹は二度目の問いに重く言葉を発する。 「正直、我は『楽団』とやらに興味が無い。主等にも、不肖の妹の企み事にもな」 「……言うな、六道羅刹。それは額面通りの意味と受け取っても構わないのかね?」 細い眉を神経質そうに歪めた黒覇は彼の真意を問い質す。彼とて羅刹が冗談を言わぬような男である事は承知の上であるから、その問い掛けは些か剣呑な事に『確認』に過ぎない。 「言葉通りの意味だ。我が進むべき六道に主等はおらぬ。当然、つまらぬ毛唐もな」 羅刹はにべもなく言った後、しかし言葉を付け足した。 「されど、今朝――一つ報せを聞いた。新潟のある小村が死人共に襲われたという。修行時代、我に美味いおけさ柿を振舞ってくれた夫婦が住んでいる村だった。故に、六道は参戦す」 「……と、なると」 元より考えて分かるような男では無い。羅刹の述べた『理由』には苦笑いを浮かべ追求はせず、凛子はちらりと黒覇を見た。彼が小さく頷いたのを確認した彼女は、 「取り敢えず全会一致――って訳だ。『居ないの』を除いては」 足りない首領のそのモニターを半眼で眺めてそう纏めた。 「……あの人、勝手に飛び回ってるの」 「『ウチは勝手にやるから皆も好きにどーぞ』だって。信じられない」 本来ならばそこに映っている筈の黄泉ヶ辻首領に代わり、肩を竦めて溜息を吐くのは『名代』を押し付けられたナツキとフユミの二人である。黄泉ヶ辻京介の迷惑な奔放さを痛い程に知る首領達は彼女等に何かを言う事は諦め、六人による結論を出した。 「七派は互いを完全休戦とし、『楽団』を共通の敵とする。だが、問題は……」 斎翁はそこで言葉を切って、モニターの中に在らぬ最後の一人――中央で黙って話を聞いていた千堂遼一に視線をやった。 「――はい、所謂一つの正義の味方、正義マン。あのアークですね。どうするか」 『ほぼ斎翁のプラン通り』に進んでいる会談で彼が為すべき事は決まっていた。『恐山に利する要素の追加』である。百虎や一二三はいざ知らず、まともに参戦して『楽団』の火の粉を浴びる気等、斎翁には毛頭無いのだからそれは当然。汲まねばなるまい。 「僕としてはですね。アレは利用した方が得だと思いますよ。 どうせ、僕達以上に狙われてるし、僕達以上に放っておけない立場なんだし。何なら、機を見て向こうの様子を見てきますけど。どうでしょうね? お任せ頂ければね。首領の皆様方としては、どうお考えでしょうか?」 モニターの中の震える位の大物達を見回して、狂言回したる千堂は身震いがする位の興奮を感じていた。『国内主流七派とは国内の神秘勢力のバランスを司る究極の柱である』。それに伸張著しいアークを加えてBIG8。その事実は何とも全く揺らぐまい。それ等のバランサーたる自分たるや、これは究極の遣り甲斐、至高の陶酔である。 「渡りをつけますよ、宜しければ。 連中を盾に剣に使えばいい。こう見えて、結構自信がありましてね。 ね、御老人。試してみる程度の価値はありますよね?」 一二三はその言葉を鼻で笑い、凛子は興味深そうに彼を見た。 何れにせよ、事態は動き出している。ケイオスが来日したから、ではない。或いはひょっとして――『相模の蝮』が動くよりも前からだと、千堂はそう思っていた。 (君達は、手酷い運命を引き寄せる。そしてそれを沈める装置。 まるで『バランスの良い』吸引機みたいじゃないか――?) 彼は『静岡の友人達』を思って笑っていた。 「まぁ、取り敢えず、全ては六道の姫君の件が落ち着いてから、という事で!」 すぐそこまで近付く嵐を千堂は気に留めて居ない。 死なばそれまで、プランを変更するだけだと。 『薄情な風見鶏』は実に気楽に笑っていた―― |