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ベルリンの獣>

 ドイツ、ベルリン。
 運命が力無き何者をも寄せ付けぬ理を定義した地下大聖堂。
 朽ちた信仰の場をそれに最も似つかわしくはない聖書の獣が拠点に選んだのは最高の皮肉であり、悪趣味な冗談そのものである。
「……アルベール」
 自身に遅れて穴蔵より這い出した黒衣の美青年に声を掛けたのは対照的に見る者に『白』を意識させる妙齢の女だった。バロックナイツでも有数の実力者と目される『黒騎士』アルベール・ベルレアンと北欧の魔狼の因子をその身に取り込む『白騎士』セシリー・バウスフィールドの二人である。一人あらば一国の神秘組織が滅ぶ、とまで言われる魔人達は二者共に周囲の誰とも隔絶された圧倒的な存在感を放っている。二人がこのベルリンを訪れたのは主人と呼ぶべきかの獣に召還されたからであった。
 当然、それは滅多無い『例外』に違いない。
「どう思う。ディーテリヒ様の考えを」
「……」
 比較的饒舌なセシリーに対してアルベールは黙したままだった。彼等の主たる『疾く暴く獣』ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンは底の知れない、底を『知らさない』人物である。それは長い時間、彼に仕えるアルベールにとっても、幼少の頃より――人生の大半を彼と共に歩んでいるセシリーであっても同じ事なのだ。
「私は、好き勝手な動きを見せる連中を監視しろという事だと思っている」
 セシリーはアルベールの答えを待たずにやや早口でまくし立てた。
「『黒い太陽』や『四番目』こそ欧州に引き篭ってはいるが……
 連中の動きは、ディーテリヒ様を蔑ろにする態度は目に余る。
 この上、日本という『特異点』を手に入れればその増長はいよいよ限度を越えかねない。つまり、私達はその楔になるべきではないか」
 自身の言葉に憤慨するセシリーは誰よりも明白に『バロックナイツのメンバーを単なる敵としか看做していない』。彼女の中で常に最優先足るのはディーテリヒであり、彼を除けば彼女が気を許すのは兄のようであり、師匠の一人のようであるアルベールのみなのだ。
「不快な連中だ。いっそ、私が斬り捨ててやりたい位だ」
「……事態はそう単純なものではない。我々、歪夜逆十字の騎士もな」
 一つ嘆息したアルベールは『バロックナイツを本質的には理解していない』セシリーに「お前には無理だ」と言う代わりに静かな言葉を向けていた。
「アーティファクト『ヨハネの黙示録』は運命を捲るもの。あの方が我々に日本での活動を命じられたという事はそこにあの方の『大望』に関わる何かが存在し得るという事だ。唯の部下ではなく、他ならぬ両騎士をそれに派遣するという事は簡単な事実では無い」
 聖書の獣は自身の描かれた書を片手に微笑(わら)っていた。
 アルベールとセシリーに下された命は他のバロックナイツとは一線を画すものである。二人の行動目的は『アークを破壊する事』では無い。『特異点を奪取する事』でも無い。セシリーの解釈はさて置き、強く意識し、注視するべきはあの『塔の魔女』の動向であり、特異点――三ツ池公園の状況であった。
「全ては詮無き事。時が来ればその意味も知れよう」
「む……」
 唸るセシリーもアルベールにそう言われれば口を噤む。
 アルベールはディーテリヒがその実、多くの場合バロックナイツのメンバーに殆ど興味を持っていない事を知っている。主人の『大望』を忠義なる黒騎士はこれまで決して詮索する事は無かった。セシリーは声高に「ディーテリヒ様のなさる事に間違い等あろう筈は無い!」と叫ぶだろうが、アルベールにしてもそれは同じ事である。道がある故に主人は征くのでは無い。主人が歩いたそれが道になるのだから。故に例外の意味は大きい。
「……日本、か」
「ああ、当面は静かにか……余り得意では無いが」
 セシリーの返答にアルベールは小さく苦笑した。
 極東の空白地帯と呼ばれた遥かな島国の姿を二人は知らない。
 しかして、あのジャックが倒れ、ケイオスが望み――ミラーミスさえ倒したと響く『箱舟』のリベリスタ達は最早、甘く見れる存在では無いのだろうとそこには確信以上の予感がある。
 何故ならば、獣は言ったのだ。
 何故ならば、歪夜の主は言ったのだ。

 ――錆びた歯車は時を取り戻した。全ての宿命に快哉を――

 バロックは歌う。遥か極東を舞台に、幕は開いた。