リビングへの扉が小さな音を立てて開かれた。 「珍しいですね、こんな時間に」 高級マンションの洒落たカウンターの前、スツールに腰掛けるアシュレイは新しく部屋に入ってきた人影に朗らかに微笑みかけた。 「ジャック様はいらっしゃいませんよー」 全身の気配を張り詰めさせる登場人物――後宮シンヤは柔らかな女の笑みを認め、皮肉な調子で唇の端を持ち上げた。 「いえ、今日は貴女に用があったのですよ。塔の魔女」 「私に?」 「ええ、貴女に。少し『問題』が発生しましてね」 「問題、ですか……?」 小首を傾げ顎に指を当てるアシュレイの『あざとさ』は何時もと全く変わらない。薄ら笑みを浮かべるシンヤに殺気の如き焔が点っても、少なくともまるで頓着していないように見えた。 「ええ、問題です。……私のアジト、そう。あの『鳥籠』についてのお話なのですがね。貴女に『特別の努力をお願いして、外界から切り離して貰った筈』のあの場所です」 「空間を弄る類の魔術は結構な労力が要るんですよね。 水も漏らさぬ態勢ってやつです。それがどうかしましたか?」 「実はね、その『鳥籠』から私の小鳥が逃げ出しまして。 追っ手は出したのですがそれにも掛からなかった。実に不思議な事ですが」 「何と。いやぁ、あの陣地を破るなんて日本には凄い使い手が居るんですね!」 淡々と言葉を紡ぐシンヤ。アシュレイの大仰な反応に彼の柳眉が僅かばかり持ち上がる。 「……成る程、何者かが『外部から彼女を逃がした』と。世界最強と謳われるバロックナイツの、世界最高級の魔女の結界を技で破って」 「これからは一層の注意が必要ですねぇ。力及ばず申し訳ない限りです」 ぺこりと頭を下げたアシュレイにシンヤは変わらぬ温い笑みを投げかけた。 「いえ、『貴女に頼った私が間違いだったのです』。 やはり、大切な物事は自分の手のみで成し遂げなければ。 それはそうと、塔の魔女。私は今回の出来事について『外部から何者かが小鳥を手引きした』よりは幾らか合理性のある回答を持っているのですがね。それが気のせいである事を願っていますよ、誰の為にも。ええ、お互いの為にもね!」 |