「……と、いう訳です」 都内某所のあるオフィス――ブラインドの下ろされた室内で応接用のソファに腰掛けた『バランス感覚の男』千堂遼一は執務机についたまま自身のクライアント恐山に事の顛末の報告を済ませていた。 「ジャック・ザ・リッパーにけしかけた連中は全滅か」 「まぁ、想定内です。だから外のを使ったでしょ? 一人頭五百万として前払いの分は百万から二百万ってトコですか? 安い予算で効率的な結果を出したのは実にバランスが良いと思いますね」 「捨て駒の使い方が上手くなったな」 「そうですか? 僕は何時もと同じようにやってますよ」 苦笑いの混ざった恐山の言葉に頓着せず千堂は小さく肩を竦めた。千堂が組織内部の人間を使わなかった理由は彼の態度から簡単に知れる所である。日本のフィクサード組織――例えば『逆凪』とて望んでバロックナイツを引き込んだ訳ではないが、向こうから接触してくれば話を呑まない訳にもいかなかった事情がある。大方の予想通りにバロックナイツの手綱を握り切れなくなった現状においては『組織』なるフィクサード達にとっても彼等が邪魔な存在なのは間違いがない。 「ジャック・ザ・リッパーの能力を偵察するにはいい手だったでしょう? ましてや……これは予想外でしたけどね。あのアークが絡んできたお陰でその意味合いもより大きなものになった。流石に『霧の都の伝説』だ。対策が立つ立たないは別にして『初見でアレをやられたら』たまらない。 難しい所ですねぇ。組織の総力を挙げればひょっとしたらあのジャックに何らかの痛手を与える事は出来る――かも知れない。しかし、そうした所で得は無い。僕等の場合、生き馬の目を抜く商売ですからね。下手に痛めば待っているのは他所の組織からの侵略でしょ。それにあのジャック達に『復讐の対象』にされる矢面は御免蒙ります。リスクとリターンのバランスが良くないって訳です。はい」 「放っておくか? 混乱を考えれば組織が蒙る被害も小さいものにはなりそうもないがな」 「いえいえ。まぁ、どれ程有効かは知りませんが手は打ちますよ」 苦虫を噛み潰したような顔をした老人に千堂は軽く答えた。 「ジャック・ザ・リッパーの元には後宮シンヤとその兵隊達が集まっているらしい。そしてアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアはフォーチュナ能力に対する対抗手段(カウンター)を持っている。二点の事実が導き出す答えは我々には交渉材料(アドバンテージ)があるという事ですよ」 「交渉材料(アドバンテージ)?」 「ええ。蛇の道は蛇。フィクサードの動きはフィクサードの方が良く知っているものです。 情報のパイプも持ってますし、その動きを足で探し、アナクロで突き止めるのもね。我々の方がずっと上手いし分かってる。神出鬼没のバロックナイツが相手じゃそれさえ分も悪いですが、後宮シンヤや元々この国に居たフィクサードの動きを探る事は簡単とは言わないまでも不可能ではないんじゃないですかね」 「確かに」 頷いた恐山に千堂は満足そうな顔をした。 愉快そう、とも言える表情である。『バランス感覚の男』は自身の前髪のメッシュ――『バランスの悪い部分』をくるくると指で巻き、至極楽しそうに言葉を続けた。 「だからですよ。今朝、僕の子飼いの連中にアーク側からそれとないコンタクトが入りました。何処となく話をしたい空気に感じますね。 あの時村の御曹司の事だ。用件は想像がつきますが、アークの力に一定の信頼感がある以上、こちらとしても悪い話じゃない。 最終的には交渉次第になりますがね。だから交渉材料が大事です」 そう言った千堂はもう一度恐山の表情を伺った。 「そういう訳で御老人。この件は引き続き僕に任せて頂いても構わないでしょうかね?」 問う言葉はその実問う意味すらなく、ある種の自信に満ちていた。 |