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<後宮 シンヤ&バロックナイツ>

 会員制のショット・バーの一幕である。
「お二人で呑んでいる所を、失礼しますよ」
「……あァ?」
 後宮シンヤの涼やかな言葉に外国人のカップルの片割れ――男の方が面倒そうに視線を向けた。強いアルコールを呷るように飲み干しているのに酒気に濁らない視線は底冷えするような色合いを湛えている。蒼白と言っても良い肌色に色のついたサングラス。奥から覗く剣呑な瞳は光の加減の所為か、ファッションか。二色にも見える。
「相変わらずの殺気ですね。私の事を覚えているでしょうか?」
「知らねェな。殺すぞ、消えろ」
「……もう、ジャック様ったら。相変わらずですねー。
 はい、覚えておりますよ。シンヤ様……でしたっけ。剣林様のお屋敷で確か……先の作戦は大変だったみたいで、お疲れ様でした」
 展開のあやとは言え、シンヤの仲間を殺しておいて余りにもにべもない男――ジャックに対してにこやかな笑みを浮かべたのは美しい女――アシュレイの方だった。ウェーブがかった髪を揺らして愛想の無い男に代わるように声を掛けてきた男に対応する。
「でも、良くここが分かりましたね。連絡先等は差し上げていなかった筈なんですけどねー」
「この辺りは私に協力的な人間が多いんですよ。
 お二人は目立ちますからね。探せない話じゃなかった……って所ですか」
 小首を傾げたアシュレイにシンヤは薄い笑みで応えた。
 蛇の道は蛇という言葉がある。
 蛇の道を知るのは蛇こそであるという諺であり、言うまでもなく専門を知るのは専門である……といった意味合いである。
 大都市東京の眠らない街、新宿・歌舞伎町。昏く密やかに時間を潰す一組の男女に――彼が辿り着いたのは、彼が長くこの街で売れっ子のホストとして鳴らし、同時に荒事に関わり続けた経験のある蛇だからに違いない。
「……ああ、あの時の」
 この期に及んで漸くジャックはシンヤが誰かを思い出したようであった。シンヤが印象に残らない男という訳ではない。フィクサードの中でも危険な男として鳴らしている彼である。問題はジャックの方にある。彼が他人をまともに認識していない――獲物としか思わない獰猛で尊大な性質をしているのがこのやり取りの原因である。
 とは、言え。そんなジャックに辛うじて覚えられていたのだからシンヤもなかなかどうして大した男である事には変わり無い。
「何の用だ、小僧。失敗した腹いせがしたいか?
 それとも、仲間の仇討ちでもしたいのか?
 いいぜ、どっちでも。あの中じゃお前を一番殺したかったんだ」
「ちょっと、ジャック様……」
 苦笑いを浮かべたアシュレイにジャックもシンヤも頓着はしていなかった。彼女のフォローも待たずにシンヤは小さく首を振る。
「いいえ、どちらでも。作戦の失敗なんて私にはどうでも良い事です。既に組織のフィクサードは辞めさせて頂きましたからね」
 背筋を貫くような『二人の』気配に憶する事は無く、かえって決意を強めた彼は余裕たっぷりに言葉を続ける。
「……それに仇討ちなんてナンセンスでしょう。失礼にも仕掛けたのは此方。結末がああなったからといって泣き言を言う程、甘ったれる心算はありませんよ」
「……じゃあ、何の用だ」
 シンヤの意図を掴みかねてジャックが訊いた。
 何件かの殺人を積み重ねて――彼が比較的『安定』している状態だったのはシンヤにとっての幸運であったと言えるだろうか。
「私はね、ジャックさん。貴方を訪ねさせていただいたんですよ」
「……あぁ?」
「現代の殺人鬼の聖典(バイブル)。史上最もセンセーショナルにして、美学的な生きているミステリー。正真正銘のメジャーリーガー。『あの』バロックナイツの七位にして、倫敦の悪夢。
 貴方に出会って、貴方に触れて……私は組織の飼い犬である事から逸脱してしまった。逸脱して、強くなった」
 薄笑みを浮かべたままのシンヤの口調は気付けば熱を帯びていた。語り続ける彼に構わずジャックはジンを飲み干した。
「私が貴方を訪ねた理由は一つですよ。
 他ならぬバロックナイツが目的も無く日本を観光する筈は無いでしょう? 平和ボケした組織の連中は恐れか、それとも本気なのか。極東の橋頭堡を作る為に協力するといった貴方達の言葉を信じたようですが……それは『貴方達的』では無い。貴方達は何か他の目的をもって日本を訪れたのでしょう?
 私はね。私を売り込みに来たのですよ。
 いや、その表現は正しくは無い。私は私を唯使って欲しいと思って来たのですよ。これから史上最も有名な殺人鬼が引き起こすであろう『伝説』の端役としてね」
 シンヤはそう言いながらもアシュレイには目もくれていなかった。彼は殺人者である。殺人者として憧れを抱き、黒いカリスマに共感するのはあくまでジャックの方にであった。
「損はさせませんよ。如何でしょうか?」
 そんな言葉にジャックは大きく笑い出した。
 大笑である。この上なく愉快、といった風に笑っている。ジャック・ザ・リッパーは劇場型殺人を完成させた自己顕示欲の塊である。彼は自分が注目される事が好きだった。シンヤの言葉は『平静な』彼の自尊心を否が応なく擽るそれ。
「シンヤって言ったな。面白ェ男だ。
 いいぜ、付き合わせてやる。お前等じゃ一生かけても到達出来ねぇ最高のショーに参加させてやろうじゃねえか。但し――」
 グラスを置き、シンヤの目を見たジャックの視線はギラギラと獰猛な殺気を帯びていた。これまでシンヤが感じた事は無い、仲間の老人をバラした時にも感じた事は無い正真正銘の本気であった。
 シンヤは息を呑む。アシュレイは「わー、ぱちぱち」と手を打った。
「――その前にちょっと外に付き合えよ。何、ちょっとしたテストだ。カスを引き入れる心算はねぇからな。一分間、お前が生きてりゃ手下にしてやる。一分持たなかったらGo to Hell」
 シンヤは知っている。腕前を認めていた老人が『バラされた』のはまさに刹那の出来事だ。
 シンヤは知っている。メジャーリーガーの本気の意味を。それを知っている。だが――
「簡単だろう?」
 ――口角を吊り上げ、席を立った魔人に彼が向けた返答は。
「ええ、簡単ですね。シンプルで素晴らしい提案だ」