●首のない騎士 ――とある郊外の2階建アパート。深夜。 彼女(浦野・香織)は、1階の端にある部屋に住むOL。まだこの春に短大を卒業して就職したばかりの、フレッシュな新人だった。 その日は職場のお花見で、少し飲み過ぎた体で帰ってきたにも関わらず、しっかりとシャワーを浴びて、メイク落としも忘れずやって。 「あ~っ、もうこんな時間。早く寝ないと……」 パジャマを着て、倒れ込むようにしてベッドに入ったのは、壁の時計がまもなく2時30分を告げようかとしている頃。 ピンポーン! ドアホンのチャイムが部屋に響く。 (「やだ。何、こんな時間に……」) 音で気付かれないよう、そっと電話口に手を伸ばし、壁のコードを引き抜いて、電話と一体になっていたスイッチを切る。 トントン。 (「うそ! まだ諦めない訳? 酔っ払いかな。まさか変質者だったり……」) 一抹の恐怖を感じ、布団を頭から被る香織。 トントン。トントン。 (「警察、警察……」) 布団に入ったまま、携帯を手に取るも、警察はおろか登録済の友達にすら繋がらない。 トントン。トントントン。 (「何でよ……いったい何が起こってるの!?」) 一行に止む様子のないノックの音に、やむなく玄関先まで行ってドアスコープ越しに覗く。 もしかしたらアルコールが残っていたのだろうか……普段なら、恐怖を感じた時点でこんなことはとても出来ない筈なのに。 覗いた先にいたのは、時代錯誤どころか国柄をも無視した中世ヨーロッパ風の甲冑を付けた騎士。それが、大ぶりな剣を手にしながら彼女を見つめ返す。小脇に抱えた自らの首にある2つの瞳で。 「え~っ、何これっ???」 訳が分からない。そう思った瞬間……騎士がその手の大剣を一閃。 香織の身体がアパートのドアごと斬られ、自身の首から上と別れを告げた瞬間だった。 ●猟奇殺人を止めろ! 「……ひとことで言うなら猟奇殺人事件。でも、実はこの女性より前に2つ、同様の事件が起きてるの」 アーク本部に設けられた1室で、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集められた者たちに向かって淡々と事実のみを告げた。 「犯人は、ファンタジーの世界ではそこそこ有名な存在かも。デュラハンと呼ばれる首のない騎士――要はフェーズ2、戦士級のE・アンデッドの一種ね。甲冑のせいで防御は固く、攻撃方法はその大剣のみ。効果はデュランダルの皆が使う『疾風居合い斬り』に呪いの力を付加したようなものみたい」 「今回はそのデュラハン退治、って訳か……」 「その通りよ。今話した女性を狙ってやってくる騎士を、確実に消して欲しいの」 イヴは大きく頷いた後で、だけど……と言葉を紡ぐ。 続く説明によると、騎士は最初、2頭のヘッドレス・ホースに曳かれたチャリオットに乗ってやって来る。事件の起こるアパートに着く前に片を付けるつもりなら、まずはこれをどうにかする必要があると言う。 「ヘッドレスホースを2頭とも片付ければ、チャリオットは無効化する筈……」 が、チャリオットに乗っている間の突進は驚異的な破壊力を発揮し、轢かれるとすぐには起き上がれず、麻痺と同様の状態になると言う。 「相手にしたくないなら、アパートの前で降りる瞬間を待つことね」 そうすれば相手はデュラハンのみで済むが、アパートの前ということもあり、余計な被害や目撃の可能性が出てこないとも限らない。 いずれにするかは皆で考えてね、と。 「それから……彼女が狙われるのは、きっと理由がある。そっとしておきたいなら聞く必要はないけど、気になるなら調べてみて」 「聞かなかったら、どうなる?」 「聞かなくても構わない。何かが大きく変わる訳でもないし、いずれ分かるでしょうから」 イヴは、さほど興味がないかのように話を終えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:斉藤七海 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月02日(月)22:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●迎撃! チャリオット 「おそらくこの道を通るでしょうから、この辺りで準備ですかね?」 雪白 桐(BNE000185)は、テーブルの上にアパート周辺の住宅地図を広げ、サインペンでキュッと×印を描き込んだ。 浦野香織のアパートに着く前の敵を、待ち受けて倒すためのポイントに。 「そうだな。チャリオットを相手にするのは危険だが……他の人間を巻き込む可能性を考えるとアパート付近で戦うわけにはいかないからな」 『うめももFC(非公認)会長』セリオ・ヴァイスハイト(BNE002266)も状況を鑑み、それしかないだろうな、と。 「危険な目にあうのは俺達リベリスタだけでいい……」 ――でも。 と、『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)が口を開いた。 「デュラハンは死の運び手とか死そのものとか聞いた事が、ある。……あると言っても本で読んだに過ぎないけど。あの人、今夜死ぬ予定でも立っているの……かな」 今この時点で死亡フラグが立っているとは限らない――誰も言及してはいなかったが。 「伝承では、デュラハンは死神と同一視されるような妖精らしいですから、女性は近いうちに何かしら命の危険があるのかもしれませんね?」 死を告げる者。それは国によっては忌み嫌われ、あるいは恐怖される存在。 「もしくは、戦女神とか不正を正す女神とかって起源もあるんだけど、そっち方面の問題かなぁ?」 桐と『兎闊者』天月・光(BNE000490)が顔を見合わせるも、勿論真実は分からない。 「面倒だな、いずれ分かるなら今知る必要もないだろう。その時に気が向けば、またくればいい」 それだけだ――『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が紫煙を燻らせながら告げた。 『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)も、強敵の予感に気分が幾らか高揚しているらしく、 「今宵の相手は伝承に聞きし『首無し騎士』か……面白い。まあ、本物であろうが紛い物であろうが同じ事――我が剣にて、完膚なきまでに粉砕してくれる!」 と、自らの大剣にちらりと目をくれてから立ち上がる。 ――行くか! と。 「首の無か騎士……相手に不足はなかね」 その隣に、由緒正しき神事服を纏った神音・武雷(BNE002221)も並ぶ。 体格のいい2人が居並ぶ様は、さながら威圧の壁と言った体で。 (なんか、この2人だけでもチャリオットを止められそうだね……) 間宵火・香雅李(BNE002096)は思わず、くすりと微笑んだ。 やがて、新興住宅地に広がる道に来た8人は、浦野香織の帰宅を確かめた上で、予め決めていたそれぞれのポジションにつく。時計は深夜2:00を廻っていた。 ――張り巡らされた結界の中、何処からともなくアスファルトを蹴る蹄の音が響く。 「……来た」 朱子と香雅李が見守る中、2頭のヘッドレスホースに曳かれたチャリオットが駆け抜ける。 馬の前脚が、道の両脇にある電柱の根元にピンと張られたワイヤーに引っ掛かる! が、ワイヤーはブチッと音を立てて引き千切れ、軍馬の突進が止まることはない。これだけの広い道。強度の落ちたワイヤーは前脚を覆う鉄甲に抗しえなかったから。 が、それでも多少は傷つけることが出来たらしく、数滴ほどの黒い血が残っていた。 「騎士様は弱者を赦す事を美徳とするそうだし、これくらいのハンデなら、いいよね」 「うん、こんなもんでしょ。こんなんで止まっちゃ……ね」 光はすかさず工事中の看板を道路に置くと、チャリオットに併走して走り出す。 そのチャリオットが進む先、香織のアパートへと続く道に待ち受ける桐と武雷。 「ここを通りたくば、我々を倒していっていただこう!」 武雷の挑発。加えて立ちのぼる桐の爆発的な闘気に惹かれるように、迷わず速度を上げて突き進むチャリオット。 が、2人の元にたどり着く少し前、武雷の撒いた石コロのせいで車体がガタガタと揺れた。当然、スピードも若干ではあるが減衰。 「チャンス! ちょっと借りますね?」 桐が武雷の背を駆け上がり、肩に足を掛けそのままジャンプ。身の丈を超すほどの大剣にエネルギーを集中し、馬の頭越し(頭はないけど)にダイレクトアタック! 首のない騎士は、自らの大剣を抜き放って振り回す。刃と刃がぶつかり合う激しい金属音。 そのまま力任せに弾かれ、桐が着地。しかしチャリオットの方も一段と速度が落ちた。 「今だねっ!」 追い付いてきた光が、ガードレールに足を掛け横っ飛びに蹴りを放つ。硬そうな騎士の肩当ての辺りに全体重を乗せるように激しく蹴るも、軽量級の光ではあまり大した衝撃にはならず。 やはりチャリオットの上に直接攻撃を掛けるのは難しいのか。 しかし、ここで速度を落とせたのは大きい。チャリオットが武雷を弾き飛ばすも、起き上がるのに支障はない。 「……大したことなかとね」 「時代錯誤で、しかもアンデッド……見るに堪えんな。とうに舞台から降りる時は過ぎている、さっさと引きずり下ろしてやるとしよう」 鉅の身体から細く、何より丈夫な気の糸が伸びる。糸は手綱にはならぬ故、軍馬の脚を絡め取る。そこに、横合いから大剣を構えた刃紅郎が駆け込んだ。 「戦といえばチャリオットは浪漫よな……しかしこの街では馬すら許可が下りんときた」 馬は得意なれど、あまり機会に恵まれないのが残念でならぬよう。その無念さを迸る力と化し、握った大剣に注ぎ込む。 膂力の限り、力いっぱい上に斬り上げる一撃。大きな刃が馬の雄々しき胸元を半ばまで斬る。 その重厚な一撃に一頭はほぼ力を失いかけたが、慣性に従ったまま駆け抜けてゆく。 そして先まで行ったところで方向転換。チャリオットが再び一同の方へとって返す。 「それを待ってたんだよねー」 香雅李がチャリオット全体を包むように、騎士を中心に据えた魔炎を召喚。 激しく燃え上がる異界の炎は、死にかけたヘッドレスホースを真っ赤に包み、そのまま灰にしてしまう程の勢いで、激しく、いつまでも激しく燃え盛っていた。 「そっちも……終わりにしよう」 朱子の剣に込められた力が、もう一頭のヘッドレスホースに炸裂。 その隙に光はチャリオットの車輪に鎖を巻きつけてやろうとするが、完全に停止した状態ではないだけに難しい。 すぐに諦め、レイピアで中心軸を砕こうと試みるが、そこまでするには時間が……。 その間に騎士は、燃えている馬を切り放し、残る一頭に力強く引かせ始める。 勢いよく走り出したそれは、一心に鉅のことを狙うかのように。が、今度ばかりは途中に誰もなく減速を試みるのは難しい。 「危なかっ!」 武雷が気付いて叫ぶも、位置的に庇いに向かうのは厳しい。 「任せろっ!!」 代わりに走るセリオ。辛うじて鉅を轢くより前にその身体を押し出すも、セリオ自身はそのまま弾き飛ばされてしまう。 「くうっ……」 護りに自信があると言っても、苦痛に強い訳ではない。骨をも砕くような衝撃に、表情を歪ませたまま地面に叩きつけられる。たぶん、すぐには起き上がれまい。 「それ以上、やらせませんよ!」 桐が再び武雷の背を使って跳ぼうと試みるが、敵のスピードと合わずに見合わせ、代わりに馬の方に刃を連続で叩きつける。 「少しだけ待っててくれぃ」 武雷の元から神々しき光が放たれる。その光に照らされるやセリオは全身の痛みが楽になるような気がして立ち上がった。 「すまなかったな。感謝の代わりは結果で示そう」 再び、鉅の身体から気糸が無数に立ちのぼる。首のない馬にそれを見ることができたかは知らないが、無数の糸が絡みつくように馬の脚を包んだかと思うと、キュッと絞るようにして脚を取って横倒し。倒れた馬は慣性に抗えぬチャリオットに轢かれ、戦車を倒す代わりに、全身が肉片と化していた……。 ●首のない騎士 が、横転する戦車から、寸前に飛び降りたのは重厚な鎧の首なし騎士。正確には首を小脇に抱えていたけれど……思ったよりは遥かに身軽(?)な様子。 「来るがいい……貴様を我の英雄譚に一筆書き加えてやる!」 一瞬で騎士の力を見抜き、早々に決着をつけるべく、刃紅郎が刃を幾度も叩きつける。 さらに香雅李が早口で詠唱。魔法陣を描いて放った魔力の弾丸で騎士を貫く。 「その剣は……飾り?」 朱子が敢えて剣を大きく振り被って派手に立ち回る。 そしてセリオも、女の子にばかり戦わせちゃ置けないと、広刃の剣を思いっきり叩きつけた。 が、それらの攻撃はいずれも騎士に届いているのか、いないのか。 苦痛に歪めるべき顔は小脇に抱えられ、蒼白な表情で虚ろな瞳を覗かせるだけで、全くと言っていいほど読み取れず。 そのまま空いた方の手で大剣を軽々と振り抜く騎士。 剣風が、衝撃波となって朱子に飛び、易々と腕の装甲を切り裂いた。機械化した筈の両腕から、鮮血の代わりに力が零れだす。 やはり長期戦は拙そうか!? スピードで翻弄すべく光が全身のギアをあげる。騎士の剣を掻い潜るようにして、鎧の継ぎ目を狙って幻影の如き高速の剣で刺し貫く。 「桐ぽん!」 更なる敵の追撃を阻止すべく、桐が大剣をぶんと振り回して後方に弾き飛ばす。 その間に武雷が再び神々しい光を放って朱子の出血状態を止めようと試みるが、強固な闇の呪いにも似た力に阻まれる。 「先に倒すしか、ないのか……」 先ほど見た鎧の継ぎ目を狙い、幾つものダガーをいっぺんに投げつける鉅。 その刃は直接のダメージが目当てではなく、騎士に防御姿勢を取らせるのが目的だったのだが……、不死者にそこまでの意識はなく、大半はそのまま鎧に弾かれてしまう。 ――しかも。 騎士が返す刀で放った真空の剣戟が、逆に鉅の服を切り裂き、胸元に風穴を穿った。 「ばか……なっ……」 凄まじいまでの威力に為す術もなく斃れる鉅。そこには奇跡も希望もなく、夥しく流れ落ちる紅い血が、すべてを物語っていた。 「その程度の傷、死ぬにはまだ早過ぎる! 意思を。生への意思を強く持て!!」 刃紅郎の檄。視線は斃れた鉅に向けたまま、大剣を騎士に向かって叩きつける。 「やらせ……ない」 朱子が自らの傷も顧みず、刃を連続で叩きつける。例えその度に力を失うとしても。 それに仲間も続いた。勿論、鉅へのトドメだけでなく朱子への追撃すらも阻むべく。 しかし、世界は無情と不条理に満ちていた。 騎士の真空の刃は周りを囲む誰でもなく、明らかに傷付いた朱子のみを狙って飛んだ。 再び切り裂かれる重装甲。今度は朱子自身も耐え切れず、ゆっくりと崩れ落ちてゆく。 「……まあ。あの人が死ぬ予定だったとしても……これで……なし?」 一瞬、ほろ酔いで帰宅した香織の顔が脳裡に浮かんだ。これで良かったのかな、と。 「愚かな! 他者が死をとって代わるなど、あるものかっ!!」 再び刃紅郎の檄が飛ぶ。 「そう、ね。予定は……未定。……決定ではない」 朱子が死線の淵で踏み止まる。自らの傷口を撫でるようにして力の流出を止めると、再び剣を振り抜いた。 そんな彼女を支えるように身体を密着させながら、セリオが再び剣を上段から振り下す。 「暗くて帰り道が分からない? お帰りはこちらですよ!」 香雅李が開いたグリモワールから、魔界の炎が弾け飛ぶ。 続く、桐と光の高速連携。 「起源の、妖精の方のデュラハンで出直してきてね~」 飛び跳ねた末に、唯一防具のない首に垂直に剣を突き刺すのだった……。 こうして首なしの騎士が斃れるや、そこらで無惨な姿を晒していたヘッドレス・ホースや、大きな残骸と化した筈のチャリオットは、いずれも跡形無く綺麗に消え去っていた。 刃紅郎は、唯一残った騎士の遺体の傍らで、彼の家の紋が入っていたと思しき鎧の留め金を外し、ポケットに仕舞いこむ。 これだけの者。あるいは敬意を払うべき相手であるやかも知れぬから、と。『強さ』を認めるに足る相手、と言うことなのだろう。 ●浦野香織 ――翌朝。 休日ということもあって、少し遅めのゴミ出しに出てきたラフな格好の香織に、武雷が声を掛ける。 「信じてもらえるか判らんとばってん、首の無か騎士ばあんたを狙っとったばい。何か、死人に狙われるげなコトでもしたんとー?」 「はぁ? 何言ってんのよ。それって新手のナンパな訳? それとも何かの宗教とか? 勧誘ならお断りだから! ……ったく最近多いのよね。昨日も……」 眠そうな目をしていた香織だったが、武雷が声を掛けるや不機嫌さMAXな様子で返した。 (昨日も……?) 何となく脳裡に引っ掛かったものの、このまま話を聞いていても、騒ぎになりそうだったので一旦退くことに。 アークに戻った彼を待っていたのは、香雅李。 「前2つの事件の被害者と香織さんだけどさ、みんな事件の起きた日に同じ駅を利用しているみたいなんだ。これって……偶然だと思う?」 が、駅から何処へ行ったのか、あるいは何があったのかまでは洗い切れておらず、それが事件と関わっているかどうかの確証は得られていない。 ただ、少なくとも本当の意味ではまだ、事件が片付いていないことくらい誰にだって分かる。 いずれ分かる――そう言ったイヴの言葉を、今は信じるしかないのだろう。 「理由がわからないままってのも気持ちわりぃな。なら、せめて……次は、誰かが危険な目に遭う前だといいが」 遠くないうちに、きっと何かが動く――セリオの胸中には、確かな予感が渦巻いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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