●Dentist 「今日はどうされましたぁ?」 「いや、近頃どうにも奥歯が痛くて……仕事にならんのです」 いかにも人の良さそうな歯科医に問いかけられ、男はそう答える。 「そうですかぁ。それは大変ですねぇ……」 そう言って歯科医は目を細める。 清潔感のある薄水色のマスクの向こうに隠れているが、その口元がにんまりと笑んでいるところは容易に想像できた。 「先程、レントゲン撮って頂きましたでしょぉ? あなたの虫歯、随分酷いみたいでしてぇ。ちゃんと歯磨きしてなかったでしょお?」 「はぁ……面目ありません。最近忙しくて……」 「ダメですねぇ。そういう疲れの溜まる時期こそ、虫歯の菌は活発になるんです。とりあえず、虫歯になったところは全部削っちゃいますねぇ?」 ちょっと待っててくださいよ、と言い残し。 歯科医がカーテンの奥から持ち出して来たのは。 身の丈程はあろうかという、巨大な棒だった。 口を開けて横たわる男の意識がそれを歯科用のドリルであると認識するのには、幾分の時間を要した。 「……は?」 「ええ。歯です」 事も無げに答えると、歯科医は男の口にゴム手袋をした指先をねじ込む。 「はぁあああい。お口、あぁあああん」 言うとともに、ドリルの先端が回転を始める。その威容に見合って拡大された不快な高音は、男の鼓膜をつんざいた。 まさかこの歯科医は、明らかに口より径の大きいこのドリルで歯を削ろうというのではあるまいな、と男は青ざめる。 「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」 歯科医の指先から身を捩って逃れ、男は叫んだ。 「はいぃ? ごめんなさいね、ちょっとドリルの音が五月蝿くてね、聴こえませんね」 「や、やめろっ。な、何をする気だっ!!」 「あー……花田くぅん。ちょっと患者さん抑えてて? いい歳してドリルが嫌みたい」 高速回転するドリルが、男の口に迫る。逃れようとしても、現れた歯科助手『花田君』にがっちりと身動きを封じられ……その『花田君』の顔はあろうことか、人間のそれではなかった。茶色い毛に覆われ、長い鼻先を持った、鹿のようなその顔。 ああ、これは現実ではない。先程打たれた麻酔が見せる、タチの悪い悪夢なのだ、と男は思考を停止する。 「痛かったら、手を挙げて下さいぬぇえええ」 残念ながら。 痛みを感じた時にはもう、遅い。 迸る悲鳴もまた、ドリルの音にかき消され—— 「ああ、ダメですね。虫歯、顎の骨まで進んでますねぇ」歯科医は言った。 「ええ、先生。そのようです」花田君は答える。 「それじゃあ、顎の骨まで、削りましょうか」 ドリルはまわり、白い飛沫が飛んだ。 「ああ、ダメですね。虫歯、脳味噌まで進んでますねぇ」歯科医は言った。 「ええ、先生。そのようです」花田君は答える。 「それじゃあ、脳味噌まで、抉りましょうか」 ドリルはまわり、赤い飛沫が飛んだ。 ●Tempest 「今回の討伐対象はフィクサード。特定の組織に所属するプロの犯罪者ではなく、野良の快楽殺人者です」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はいつものように淡々と、敵の情報を纏めたファイルの要点をかいつまんでゆく。 「歯科医院を開業し一般人に偽装した彼らは、当該医院を訪れた独り身の患者を狙って、アーティファクトを用いた殺人を繰り返しているようです。現代の『スウィーニー・トッド』でも気取っているのでしょうか。 ……手の施しようのない、倒錯者ですね」 フィクサードの写真に目を落として厳しく言い放つと、和泉はリベリスタたちに向けて視線を上げる。 「フィクサードは二名。『テンペスト=デンティスト』芝峰龍一。問題の歯科医院の院長にして、ジーニアスのマグメイガス。及びその歯科助手にして『鹿助手』花田伸子。こちらはビーストハーフのホーリーメイガスです。 そして芝峰医師が所持しているアーティファクトは、彼らの影響を受けて革醒したもの。歯科ドリルのアーティファクト、銘を『ペアレンツ=ドント=ノウ』。単に大型のドリルとしても強力な兵装ですが、アーティファクトとしての効果は……」 和泉はここで、僅かに口ごもる。しかしリベリスタたちの視線に先を促され、彼女はゆっくりと重い口を開いた。 「『ペアレンツ=ドント=ノウ』の効果……このアーティファクトが発する高周波を聴いた者は。 奥歯が。奥歯が痛くなります。正確には、親知らずが」 控え目に開いた口内を指差す和泉に、リベリスタたちの間から僅かに乾いた笑いが漏れる。だから言いたくなかったのだ、と言わんばかりにちょっと唇を尖らせると、和泉はすこしだけ棘のある口調で続ける。 「下らない能力だと侮らないでください。最終的にはその親知らず……爆発しますから」 「な……、ば、爆発!? 親知らずが爆発ってどういう意味だよ」 「そのままの意味です。誤解のしようはありません。巫山戯た名前に巫山戯た能力ですが、八対二という彼我の戦力差を覆しうる危険な存在です。その脅威、必ずや除いてください。 戦場となるのは芝峰歯科医院。彼らは千里眼によってリベリスタの接近を感知、駐車場で迎え撃つ腹づもりのようですね。相手にしてみれば多勢に無勢、アーティファクトの『音』の能力を、最大範囲で活用するための方策でしょう。不意を衝くことはできないと心して、こちらも万全の体勢で任務にあたってください」 以上です、と言いおいてファイルを閉じ。ブリーフィングルームを去ろうとした和泉は、ふと振り返ってこう付け足した。 「あ、それと最後に。親知らずを未処置の方は出発前の対処をお勧めしますが、そのために芝峰歯科医院を訪れて、頭蓋骨を抉られるなんて間抜けなことにはならないよう、どうかお気をつけて……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:諧謔鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月13日(日)22:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●knock on the door ベートーヴェン曰く。 運命は人家を尋ねるときドアをノックする。 この運命という奴は、徹底的に理不尽であるくせに随分と礼儀正しいではないか。 例えばそれが死を贈る運命なら、薄いドアなぞ蹴破ってもおかしくはなかろうに。 桐生 武臣(BNE002824)が閉ざされたガラスのドアを乱暴に叩くその音が、交響曲第5番冒頭に重なったか否かはさておき。 「おい、開けろよ!! 患者様だぞ!!」 急患を装った、陽動。武臣は横柄な声を張り上げる。 覆った口元は痛みの演技のみに非ず、ヴァンパイアの鋭い牙を隠すため。 「……どなたぁ?」 ガラスの向こうに、張り付くように。気配もなく顔を覗かせた水色マスク、ぱっくりと切れたアーモンド型の目に、武臣は僅かにたじろぐ。しかしすぐに気を取り直して、ドアノブをがちゃがちゃと揺らした。 「おい、開けろよっ」 「あー……すいませんねぇ、今日は休診日でしてねぇ……」 「そんなこたぁ、知るかっ。歯が痛ぇんだよ!!」 「そりゃそうでしょうねぇ。おなかが痛い人はウチには来ませんからねぇ」 「ちくしょう、痛ぇ!! 早くでてきやがれ」 黒いブーツのつま先が、ガラスのドアを繰り返し蹴りつける。 「ああ、もう、仕方ありませんねぇ。ドアを蹴破られるのは勘弁して頂きたいですからねぇ」 花田くーん、ちょっと来てくれるぅー? と奥に向かって呼ばわると。 狂気の歯科医、『テンペスト=デンティスト』芝峰龍一は姿を現す。 その肩に担がれているのは、威容の歯科ドリル『ペアレンツ=ドント=ノウ』。 (最初っから本性隠す気ゼロかよ……イカれてやがるぜ……) 武臣は、懐に忍ばせたアクセス・ファンタズムの重みを確かめる。 「おいおい、奴さんいきなりアーティファクト装備してるぜ!? 俺たちまだ待機してて大丈夫か?」 少し離れた建物の影から、状況を見守っていた『七色蝙蝠』霧野 楓理(BNE001827)は、携帯に向かって問いかけた。 彼の通話相手、エリス・トワイニング(BNE002382)もまた、どこか医院が見える場所で待機している筈だ。 「あれ、おーい。エリスぅー?」 「……聞いてる。武臣が……限界だ、って……合図を、くれるまで……エリスたちは……待機、すべき」 「……もしかしてエリス、機嫌悪い?」 棘のある口調に、楓理が問いかけると。受話器の向こうでエリスは苛立たしげに歯がみする。 「……っ。 あの……忌々しい……アーティファクトさえ……なかったら、あんな痛い思い……しなくてよかった……のに」 「ははぁん。エリスも今回の為に処置してきたクチか。 どうせなら俺んとこに来れば格安でやさしーく処置してあげたってのにさっ」 そして再びの沈黙。 「ちぇー。エリスが構ってくんねーから慧架と繋いじゃおっかなっ」 「彼女……集中してる……みたい、だから……邪魔しちゃ、駄目。 楓理は……物音に、集中して……」 「へいへ〜い」 そんな二人の、どこか気の抜けたやりとりの裏で。『初代大雪崩落』鈴宮・慧架(BNE000666)はただ静かに、静かに。集中の淵に潜っていた。懐の携帯が突入を知らせるまで。心頭を滅却して闘いの時に備えていた—— 裏口より来客を告げるチャイムが鳴る。 「あ、花田くん、やっぱ来なくていいや。裏口のお客さんお願い」 「はい、了解です先生」 あ、患者さんですが、と。医院の奥から花田は声をかける。 「レントゲンは要りませんかね」 「いらないよぉ。ウチのレントゲンで撮影できそうな範囲は全部削っちゃうからぁ」 「あ、じゃあ要りませんね」 「うん、要らないよぉ。だからネ、花田君、ネ、裏口のお相手してきて、ネ」 人が歩み去る気配がして。 言うまでもないことだが、歯科のレントゲンで『撮影できそうな範囲』とはおそらく頭部全体を指す。 しかしそこはを百戦錬磨の桐生武臣。言外の脅しに屈するほどヤワではない。 ぐっ、と丹田に力を込めて、芝峰の足止めを続行する。せめて裏口よりの突入が開始されるまで—— 時は僅かに遡り。所は芝峰歯科医院裏口である。 「こんにちは〜。お荷物のお届けです〜」 普段の可憐な装いとは一転。『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は如何にも地味な淡いグリーンのつなぎに身を包む。 表の武臣が患者の偽装なら、こちらは製薬会社の宅配。 ただしこちらは能力を偽装してはいない。代わりと言ってはなんだがマイナスイオンの大盤振る舞い。癒しである。 「あのぅ……」 応答の無い裏口に向かって、ニニギアは所在無さげに声をかける。 と、顔を覗かせたのは—— 「どちらさまでしょ、今日は休診日——」 (なんか、いきなり鹿っぽい人出てきちゃいました——!?) 毛に覆われた、長い顔。黒めがちな丸い瞳。 その異様に、ニニギアは思わず言葉を失う。 一般の歯科医院としての皮を被っている以上、この助手も幻視くらいは施しているもの、とアークは踏んでいたのだが。 この鹿助手、想像以上に剥き出しである。もしくは鹿の皮を被っている。 (で、でも気を取り直して頑張らないと!!) 「それで、どちらからの荷物です?」 「あ、は、方舟製薬でふっ」 (『でふ』って。だ、大丈夫——!?) 物陰から見守っていたA班の面々の、内心のツッコミはさておき。 ニニギアが霧野診療所で左下親知らずを抜いてもらったのはつい先日のこと。 実はまだちょっぴり腫れているのである。 「『方舟製薬』、ねぇ……。あなた、E能力者でしょ。それもアークのリベリスタでしょう。見るからにアークっぽい顔してるもの。怪しいもの。羽とか生えちゃってるもの」 見るからに鹿っぽい顔をして、角とか生えちゃってる怪しい助手はかく語りき。 「やっぱり、バレちゃいますよね、あはは……は……」 すちゃ、と構えられたのは歯科用のバキューム。しかしそれは芝峰歯科医がぶちまける水飛沫血飛沫肉飛沫を吸うためだけのものには非ず。その先端に、光が集まる。 一方のニニギアの両手は、特大段ボールで塞がって……どうやら彼女の魔導書を取り出す余地はないのである。 「ちっ、避けろドオレっ!!」 叫びとともに放たれた魔弾が、花田の腕を撃ち抜と。花田の放った光の矢は、段ボールをすてて飛び退いたニニギアの頬を掠め、後方へと飛び去る。 『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)はすぐさま次弾と火薬を火縄銃に込めた。 「っしゃ、おいらたちの出番だぜぇっ」 銃声を聴くや否や。やはり近くに身を潜めていた『鉄腕ガキ大将』鯨塚 モヨタ(BNE000872)が飛び出す。アンテナ状の耳の上には、ふかふかイヤーマフ。 しかし別所から姿を現した、『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)の頭からすっぽり被った羽毛布団には、あったかさとインパクトの点で後一歩、及ばない。 (銃声——) ビルの影で。じっと閉ざされていた慧架の瞳がぱちりと開く。 「慧架かっ。A班、裏口より突入を開始した!!」 携帯の向こうで龍治の声が告げる。 「了解です。B班も直ちに攻撃に移りますっ」 そのとき、芝峰が武臣に向けてアーティファクトを振り上げるのが見えた。 慧架は地を蹴り、走り出す。 楓理と、彼と通話していたエリスは既に、正面玄関に向けて突撃を開始していた。 運命はドアを叩き、主はドアを開けた。火ぶたは切って落とされたのだ。 最初の数小節はノックの音。しかしそれに続いて流れ出したのはべートーヴェンに非ず。 楓理の担ぐラジカセより流れ出す、我らがフォーチュナ将門伸暁『ブラックキャット』がロックナンバーである。 大音量。大音量。 ●knock them down 「ようこそいらっしゃいましたリベリスタの諸君!! 私の名はキュイイイイイイイイイ!!!!」 芝峰は叫ぶ。ドリルが回る。リベリスタたちは耳塞ぐ。 彼の名乗りは結局誰にも聴こえない、聴こえない。 「ああ、ちょっとドリルが五月蝿いですねぇ。 でもこのドリル、五月蝿いだけじゃなくて素晴ギャギャギャギャギャ!!!!」 芝峰は叫ぶ。ドリルが回る。リベリスタたちは耳塞ぐ。 彼のコトバは結局誰にも伝わらない、伝わらない。 しかし勝負は問答無用。ここに在るは狩るものと狩られるもののみ。 仁王立つ芝峰の脇をすり抜けて背後に回るのは桐生武臣。 首筋を狙って振るわれた剣を回転するドリルの刃が受け止める。 赤い火花とともに、ともすると刃よりも鋭い金属音がリベリスタたちの鼓膜を切り裂いた。 しかし音波の壁を突き破り、繰り出された掌底によって。重心の上を貫かれた芝峰の重心はふわりと地から浮く。そのまま力のベクトルを変えた一撃は、虚を衝かれた歯科医の身体をそのまま地に叩き付ける。 大雪崩落。慧架の代名詞ともいうべき一撃は、芝峰の意識を一瞬白く飛ばす。 立ち上がった芝峰を楓理とエリスの放つ二本の矢が狙う。 ガードの上に弾かれるそれはしかし、芝峰をリベリスタたちが選んだ戦場、院内へと更に押し込んだ。 「おのれぇえ!! 何故邪魔をするのですかアークのリベリスタぁあ!! 私はただ『治療』を行っているだけだというのにっ。 愚かしい者どもの、腐った脳味噌を抉り出してやっているのですよぉ!!?」 「はっ、医者の風上にもおけねーなぁ!!」 芝峰の怒気に呼応するように、同じく医師としての姿を持つ楓理が叫ぶ。 「しかも病院持ちだと!? 免許よこせ! さもなくばてめーの歯、へし折ってやるよ!!」 あくまでも『医療用』を謳う重火器が、一筋の光条を放つ。 マジックアローを肩口に受けた芝峰は、さながら悪鬼のように吼えた。 再び回転を始めたペアレンツ=ドント=ノウの金切り声すら、かき消すように。 「うぉおおおおこの私の視界(=視界)を遮る者はっ。 誰ひとりとして赦すわけにはいかないのですよぉおおおおっ!!」 狭い院内の空気を焦がして。逃げ場の無いリベリスタたちの目の前に、雷が、爆ぜた。 「見なさいよこのカモシカのような脚っ」 『鹿助手』花田伸子は淡いピンクのスカートからその美脚を覗かせながら身を翻し、雷撃を帯びたモヨタの斬撃をひらりと躱す。 「見なさいよこのカモシカのような身体っ」 花田は獣じみた生命力で、突き刺さる二発の射撃、龍治の銃弾とニニギアの矢を平然と受け止める。 「見なさいよこのカモシカのような顔っ」 そしてこの面長のドヤ顔である。 「当たり前ですよね!! なぜなら私はカモシカだから!!」 そう、この鹿助手、厳密には鹿ではなくカモシカなのである。微々たる違いだが。 「ひとつ良い事を教えてやるぜっ」 「言ってご覧為さいよこの布団お化けっ」 「お布団お化けじゃねぇ。『狡猾リコリス』霧島 俊介様だっ!! そしてカモシカは鹿じゃねぇ。そいつはウシ科の動物だっ」 「なっ……!!」 俊介が叫ぶとともに。布団の下から闇を貫く聖なる光。 「ついでにもひとつプレゼントだ。受け取れよ!」 狼狽する花田を、神気閃光が貫いた。 「なんだって言うのよ、なんだって言うのよ。私は歯科助手で鹿助手よ、それなのに ウシ(=齲歯)だなんて、酷すぎるわぁああああっ!!!!」 彼女を囲むリベリスタたちを灼く、聖なる光。 そして崩れた体勢に向けて、更にもう一度。 いかな不殺の光といえども、こう何度も受けては体力が保つものではない。 しかし、そこは、厚い後衛に守られたこのメンバー。ニニギアと俊介によって二重にかけられた天使の歌が、傷を癒してゆく。 ドリルの刃音。NOBUの歌。そして神の旋律とが混じりあい、響きあい、混沌が鳴る。 花田は隣室を目指し、芝峰との合流を図る。テレパシーによって呼ばれたのだ。 しかし—— 「させるかよっ」 龍治の種子島が火を吹き、花田の膝の裏を過たず射抜く。 転倒した花田はすぐさま起き上がろうとするが、その目の前に迫るは眩く輝く機煌剣。 「やっと覚えた強力技っ。喰らってもらわなきゃ困るぜぇええっ!!」 意識が途切れる直前、花田が放った最後の詠唱は。 天使の息となって隣室の医師へと飛んだ。 『鹿助手』花田を下したリベリスタA班であったが、ペアレンツ=ドント=ノウが発する高周波は、彼らの親知らずを着実に虫歯んで……もとい、蝕んでいた。 「うへ……なんか奥歯が熱くなってきたぜ……これ、マズいんじゃないか?」 俊介が抑える頬は僅かに腫れていた。 「うん、おいらもだ。それにこの音、なんかぞわぞわする! 歯医者のドリル苦手なんだよなぁ……」 「早いとこ医者の方も片付けるぞ。その苦手、トラウマにしたくないんならな」 リベリスタたちは龍治の言葉に怖気を震いながらも、B班がいまだ交戦をつづけているであろう待合室を目指した。 その頃、ニニギアのポケットの中では抜きたてほやほやの親知らずが俄に熱を持ち始めていた。 「さあ、そろそろお一人目!! タイムアウトですよぉ!!」 魔曲と重火器によって破壊しつくされた待合室で、芝峰が大げさなポーズを決めながら指差したのは…… 「わ、私っ!!?」 痛みさえ忘れる程の過集中が仇となったか。ぼこん、という何とも言えない音とともに。 目を回した慧架は口の端から黒煙を漏らしながらばたりと倒れる。 厚い回復によって保たれた体力を、一気に削り取る内部爆破だった。 「おいおい、この状況で前衛半減はヤバいんじゃねーの!?」 楓理の言葉通り。前衛の戦力は半減に留まらず、慧架の撹乱に乗じて執拗に背後を狙う武臣の戦略も、変更を余儀なくされている。 「ちっ。A班はまだか……!!」 「待たせたな。ほらよっ、でっかいプレゼントだ!!」 武臣の声に呼応するように、壁ごと爆砕するかのごとく、モヨタが待合室に斬り込む。 それとともに投げつける、まさかの布団6点セット。 そして塞いだ視界の影から、芝峰を的確に狙う龍治の狙撃。 「合流されてしまいましたか……花田君も不甲斐ないですねぇ。 ここは時間を稼がせてもらいますよっ」 ドリルの強大な攻撃力を頼りに、前衛……武臣とモヨタを蹴散らしつつ、芝峰は血路を拓こうとする。しかし。 「待てよ、遊ぼうぜ? 最後までなっ」 それは親知らず爆破まで既にもう間もないことを悟った俊介の、身を呈した妨害だった。 ドリルが俊介の腹を穿つのと、その口内で親知らずが爆発するのがほぼ、同時。 俊介は瞬時に昏倒する、が。 「なん……ですってぇ……!?」 その足止めは功を奏した。武臣の振るう剣が、芝峰の背中を袈裟懸けに斬り裂いていた。 信じられない面持ちで振り返った医師の身体を。四方向から放たれたマジックアローが同時に貫いた。 エリスの恨みが籠ったそれがとびきり極太だったのはさておき、ホーリーメイガスの矢の総数は四。つまり…… 「おまえなんかに、負けてたまっかよ!! 俺が倒れなければ、仲間も倒れない。 これが俺の狡猾ってね、ざまぁみろっ!!」 立ち上がった俊介は、口の端の血をぐいと拭って不敵に笑む。 「そいつはてめーらの手には余る魔法だ。人の命、なんだと思ってやがる。 神秘は持つべき人の手に。神秘を潰す神秘、狡猾リコリス様がお前を倒す!!」 俊介の放つ最後の一矢が、芝峰の胸を貫いた。 「ば、馬鹿な……」 斯くして『テンペスト=デンティスト』芝峰龍一は地に沈んだ……かに思えたのだが。 「……くくく、ふははは!! フェイト復活は何も貴方がただけの特権ではないのですよぉ!! さあ、ここからは敗者(=歯医者)復活戦!! 今度こそ私は負ぷべぇ」 芝峰がセリフを言い終わる前に。その顔面に炸裂する爆炎。 ニニギアはぱん、ぱん、と両手を払うとともに。芝峰は再び倒れ伏した。 命の炎を削った意味は、と問われれば、特にないと言う他ない。 「……爆発するなら、あなたがどうぞ、です」 大食淑女は涼しげに勝利を宣告し。そのころ丁度、伸暁のCDもまた、その再生を止めた。 問題はこの用途を、伸暁に後にどう説明するか、だが。 闘いを終えたリベリスタたちは。 芝峰と花田を一緒くたに縛り上げ、アークの者が回収に訪れるのを待つ。 「さて、このアーティファクトは……親知らずの件さえなんとかなりゃあ面白そうなんだけどな」 「あ、下手に触ったらマズいんじゃ……」 ニニギアが止める前に、楓理はアーティファクトのスイッチに手を伸ばす。 「おー? 何だコレ、動かねーぞ」 「……天罰……ね」 滅多に表情を崩さないエリスが、このときばかりはニヤリと笑む。 さて、彼女が親の仇とまで呼んだアーティファクト。その機能停止は必然か、それともはたまた—— 「偶然……よ……」 誰にともなく、エリスは念を押すのである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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