●執行者 「馬鹿な……何で、ここまで、この僕が苦労する必要があるんだ……!」 時節は春の暮れ。初夏にさしかかるかという頃、浮き足立つ人並みに紛れ、血を吐くような声で紙片と首っ引きで小刻みに震える男の姿があった。年の頃は三十代も半ばを過ぎ、しかしそのうらぶれた姿見からは真っ当な道を歩む人間とはとても考えられない。 彼は、受験生だ。 「新司法試験」――法曹界への入り口であり、合格率は四半を割るそれは、多くの人間が希求し、多くの人間の年月を奪う試験であることは識られた話である。 そして、この男もその一人であり、ごくありふれた不合格者――『正義観念の不一致』をジレンマとして背負う、ただの一般人である。であった、はずだ。 「もし、そこの方。そう、貴方ですよ貴方。一般社会から弾かれ、法を語って哂われる、そんな貴方に用がある」 「……誰ですか、あんた」 だからこそ。 無遠慮に彼の心情に土足で踏み入り、その身分を一言で言い当てたその男は異分子であり。 「私の名はどうでもよいことです。私はあなたに――『正義執行の権利』を差し上げたい。誰にも邪魔されず、自らの思うがままに執行できる正義を! 素晴らしいじゃないですか!」 高揚気味に語る彼の姿を、往来は不可解で不快と認識しながら、関わらぬよう半歩引いて歩いていく。立ち止まったのは、ふたりだけ。その耳に密やかに届く悪魔の誘いは、正しく同志をつくろうとする取引の口火を切った。 ●自信過剰の正義漢 「……ありがちな話だな」 「そう、彼の話はありきたりです。数々のフィクションで、或いはノンフィクションで繰り返し語られ焼き直された話のひとつにすぎません。だからこそ、世界にもたらす危害は我々の知る限りでは看過し難い行為であり、直ぐにでも止める必要があります」 呆れたようにモニタを眺めるリベリスタに対し、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)は首を振って応じた。 正義の過剰主張から司法の座を得られず、暴走する人間などありきたりすぎて反吐が出る。だが、カレイド・システムに引っかかった以上はそれは異端であり革醒を促し世界を侵食する悪の姿でしかないのだろう。 「この落伍者――兵頭 義人(ひょうどう よしと)は、何度目かの司法試験の不合格後、このフィクサードと接触、アーティファクト『法的主導者の先端(イニシアティヴ・ロウ)』を入手。革醒後フェイトを得てフィクサードへとなった。それだけの話です。皆さんの目的は、彼の凶行の阻止とアーティファクトの回収です」 夜倉は言葉を切ると、切り替えたモニタにアーティファクトの詳細を表示した。見たところ、シンプルでいて鍔のない、奇襲用のレイピアに見える。おかしな点はといえば、刀身を螺旋の様に這う文字のようなものだろうか。 「この『法的主導者の先端』は、これによって致命傷を負った相手を問答無用で死蝋化し、所有者のコントロール下に置くことができます。つまり、殺しただけ私兵を蓄えることができるということになります。彼の殺害はこの五ヶ月で十数人。その全てを兵として蓄え、殺害に用いたと思われます」 たった五ヶ月で随分と人を殺したものだと感じるが、それよりも兵を蓄える能力が厄介だ。賭ける命のない屍は、障害として余りに厳しい物がある。 「凶行の阻止、と言っても、今回の我々は打って出ます。彼の拠点は割り出せていますから、要は奇襲戦に近い形になるでしょうが……どうにも、腑に落ちない点がありまして。――情報の開示がすんなりと行き過ぎているんです。本当に奇襲になるか、どうか」 包帯の上からでも分かるほどに表情を歪め、夜倉は懸念を隠さず口にした。すんなりと情報が入りすぎている――と。 「で、もう一人のフィクサードについて、情報は?」 「……皆無です」 「皆無だと!? そんなとんでもないアーティファクトの所有者が?」 「はい。このヴィジョンを得た直後から解析は進めていますが、アークに現存するフィクサード組織、個人、全て洗っても類似の人物が出て来ませんでした。新興のフィクサードか、組織の人間かと思われますが……今回は達成条件に含めません。飽くまで、兵頭を止めることを主体として動いていただきたい」 ●予見する悪意 「……以上、私に提供できる情報はそれだけです。何分私の能力は精度が低いのでね、参考にならず申し訳ない」 「いや、助かります。何時かはそんなこともあるだろうと思っていましたが、予想以上に早かった。事前に察知できただけ幸いです。――しかし、何で貴方は私にこんなに肩入れを?」 廃墟の奥、死兵が蠢く館の奥で義人は目の前の人物に疑問を投げかけた。その男こそが破界器と呼ばれる剣を譲渡し、正義の執行を赦した男だと思えば……そこまで気遣う理由がわからない。 「貴方だから、ではありません。『フィクサードだから』、ですよ。私達の『正義』は世間が受け入れない。世間を書き換えようとすれば歪が起きる。歪は正統であればあるほど強い……協力がなければ、我々の『正義』は一般の『正義』に圧し潰されてしまう。それはいけない」 深くニット帽を被ったその男は、至極冷静に言葉を紡ぐ。自らをフィクサードと自認して憚らぬその目には、悪意の片鱗すら見て取れるが……義人にとって重要なのは、『本来の正義』に襲われる未来の自分。備えなければなるまい、と彼は思い、男に軽く礼を告げ、動き出していた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月18日(金)22:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●正義であれと魔が差し笑う 「……頃合いか」 ゆっくりとした足取りで館のエントランスへ踏み出した男は、眼下に広がる屍の群れを冷酷な表情で眺めた。 あれは小汚い豚だった。子供に懸想するくせに、子供一人篭絡するのに一騒ぎだ。結果、自分が悠々と殺すには簡単すぎてしまったが。 あれはもっと酷い人形だった。ただ歩いていただけの人間に正義を楯に言いがかりをつけていく小悪党と、その場を収めるように振舞って小金をせびる愚図。断れば二人で……という手口は、全く芸もないものだった。 ああ、まだまだ『悪』は多い。少しでも自分より道を違えていればそれは『悪』なのだから、ここで是正せねばならない。 だからこそ、こんな所で別の方向から襲い来る『異なる正義』に呑まれるわけにはいかない。それは問題だ。 その点、今宵に於いては自分に分がある。数ではなく力ではなく、来るべき未来を僅かにでも手にしたのなら、敗北の辛酸を舐めるなど有り得ない。この勝利を手土産に、正義の凱歌を響かせるのだと、己に小さく言い聞かせた。 「正義、か」 「正義を振りかざして人を殺し、あまつさえ手駒にするなんて、そんな奴は許せないよ……」 独り言のように小さく呟いた『仁狼』武蔵・吾郎(BNE002461)の傍らで、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は怒りを顕に、洋館の入り口を睨みつけていた。 「人の数だけ正義ってのはあるとは思うよ」 感情を顕にするアンジェリカとは別に、『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の言葉は冷静だ。だが、冷静だからこそ、裡に秘めるものも見えるというものだろう。 「だけど、義人さんのは正義とは認めない……それは独善って言うんだと思う」 「結果だけを見れば、彼の正義とは『人を殺す事だった』と言う訳だね」 ウェスティアの言葉を継ぐように、『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)が踏み出す。救うためではなく殺すために生み出した正義の、いったいどこに生産性があるというのか。彼にはそれが理解出来ない。 「さて、今日もアークの敵を消しに行くとしましょう。自分の正義は、日々の糧をくれるアークですからね」 各々の感情を発露させる仲間を鼓舞するように、『ガンランナー』リーゼロット・グランシール(BNE001266)の言葉がリベリスタ達へと響く。 「成程、そのような考え方もあったのだな……」 感心したように笑う『Dr.Faker』オーウェン・ロザイク(BNE000638)もまた、仲間と共に洋館へと足を踏み入れる。目の前に蔓延る敵を打倒しない謂れはない。淡々と、冷静に打倒さえすればいい。 「ああ、君達がそうか。思いの外少ないので少し判断に迷ったよ。てっきりここに迷い込んだ一般人かと思ったじゃないか」 「んもう!こんなにたくさんいるとか聞いてないわよぅ」 館に突入した面々を悠々と迎え撃つ義人には、その身を隠そうという気概が感じられなかった。気配を消せるならば不意打ちもできただろうに、それすらも考えず前へ出る、その余裕。否、切羽詰っているからこそ前へ出たのか。自らの手で討つために。 蝋兵に囲まれる形となったリベリスタの中、『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)が焦りとも苛立ちともつかない声を上げ、殊更に大きく身ぶりを変えて不利を訴える。 「君達が世界の示すところの『本来の正義』というやつなのだろう? 出来れば、そんな幻想を抱いたまま倒れてくれれば有難い」 「どうやら自覚はあるようで何よりです。排除させていただきます、正義を騙る大量殺人鬼さん」 饒舌な彼の言葉を遮るように、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が明らかな挑発を口にする。だが、それでも義人は露骨には反応を示さない。 ただ、小さく一挙動。蝋兵へと一斉に指示を与えるように、タクトを振るように。禍々しい細剣を振り上げ、足元の床を砕いた。 それは静かな鬨の声。声も魂も自由も奪われた蝋人形の、静かな軋みが夜に舞う。 ●そうあれかしと正義は嘯く おろちの言葉はフェイクの一端ではあったものの、不利な多対多を強いられる状況は、リベリスタ達にとって決して分の良い勝負ではなかった。 角へと戦場を変え、背後からの急襲を防ぐという戦い方も、彼らが如何に状況を把握して挑んでいるかが理解出来るというものだ。だからこそ、多少の不利にも焦らない。 「悪いな、ここは抜かせねえよ!」 吾郎の剣が、風を巻いて幻と化し、手近な蝋兵へと叩き付けられる。動きの遅さ故に当てるのは容易なれど、得物にした鉄パイプにも匹敵するような硬さを持つ神秘の蝋人形は、彼を驚嘆させるに値した。その一撃でさえ、腕を切り落とすには浅いのだ。 「それだけの溝があれば、吹き飛ばすことも出来るんじゃなぁい?」 吾郎の影から、すかさず現れたのはおろちが生み出した死の爆弾。半ばまで切断された腕を、そのまま肩まで吹き飛ばす。ぱらぱらと、凡そ人の肉体と思えない砕け方をしながらも、しかし蝋兵の動きは衰えない。鉄パイプがなければ拳があり、血流がなければ痛みもない。それは、生身の弱卒を相手にするより遥かに厳しい。 (ごめんなさい、でも、今はこうするしか……!) 細身の蝋兵、その足を狙い、アンジェリカは鋼線を放つ。だが、浅い。切断による無力化という観点は決して悪いものではないが、しかしこの機においては相性が悪すぎる。僅かに表面に跡を残すばかりで、確実な切断にはとても遠い。だが、構うまい。それが戦線を築く一手となるならば。 「主力を自身から離したのは、指揮官として無能と言う他ならない、な……故に、細かい兵の機微もわからんというものだ」 蝋兵の一体を見据え、オーウェンがスライディングからその足を砕かんと迫る。排出された薬莢が吐き出した威力は、先立ってアンジェリカが付けた傷口を抉り、砕ききった。片足を喪った蝋兵は立ち上がろうと藻掻くが、しかしその状態では碌な動作へはつながりようもない。 「一体ずつ、確実に潰せばいいんです。焦ることは……」 動きを止めたその蝋兵の頭部を、レイチェルの冷静な射撃が撃ちぬく。ぎし、と僅かに動いた後、その蝋兵は無様な形で崩れ落ち、動作を完全に止めるに至った。 「その程度で折れる正義とは情けない。大体その正義は誰の為、何の為のものだったのでしょうか……?」 「他人の正義が折れた機を、自分の尺度で語るのかい? 面白い子だね、君は」 後方から一気呵成と弾丸を撒き散らすリーゼロット、その挑発はしかし、義人の心を揺らすに至らない。狂気に浸った者は、その狂気の開始点を忘れてしまう。正義を歪めた彼の男に、かつての正義は意味が無い。現に、意味が無いからこそ自らの手に降りなかっただけのことだと信じることしかできないのだ。 「蝋ってことは、溶けるんだよね……?」 どう、と爆ぜる熱波が、吾郎の頬を叩く。しかし、それは彼を焼くには遠すぎる距離から放たれたものの余波だ。声の主であるウェスティアの発した炎撃は、居並ぶ蝋兵を次々と飲み込み、燃やしていく。 「何れにしても、君の正義はここで散るのだ。語らなくても構わないのだよ」 爆炎に煽られた蝋兵、その一体へと叩き付けられたのは、完全なタイミングを狙ったヴァルテッラの得物だった。胴の半ばから切り落とされたそれは、しかし落ちて尚動きを止めることはない。無力化はされたが、非常に気味の悪い光景でもある。 「……ふむ。悪くはないのかもしれない、が」 それまで、何もせず悠然と佇んでいたのは誰あろう義人であり。 攻め手に転じなかった蝋兵は、ただの死兵と成り果てた。 そんな状況が、そんな優位が、何故成立せしめたのか。 ――考える必要があったのだ。攻め手だけではなく守りの手段を。 「概ね、戦力は理解した。ああ、確かに勝つのは厳しいな……でも、それでもまだ」 不吉な気配が場を覆う。義人の肉体が闇を帯びる。彼の気を移して放たれた赤い月の幻影は、その場に居並ぶリベリスタに、残さず不吉の匂いを告げた。 ●義に生きるは人、義を散らすは魔性 威力だけを見るならば、力に長けた剣士や神秘の鍛錬を積んだ魔術師には到底及ばない一撃だったであろう。威力と範囲に於いて、ウェスティアの制圧力には到底及ぶまい。 だが、道を同じくするアンジェリカにとって、そして自らを高める術式を展開した各々にとって、不吉の月の副次効果は決して看過できるものではないことは確かだった。吾郎のギアが一段落ちる。ウェスティアの魔力の帳が剥がれ落ちる。各々の集中が、一点を狙う執念が、その一撃に砕けて散った。 「落ち着きたまえ、この程度で覆せない不利では……」 「それでも、集中は揺らぐものだ……そいつらが木偶だと、言った覚えは無いな!」 声を張るオーウェンへ、三体の蝋兵が殺到する。回避に長けたオーウェンなら、気にするべくもない状況だった。だが、足元は先程とは違う。自らが蹴散らした敵の骸は、怨念のように彼の足を絡め取り、全てを回避させてはくれない。 「攻撃自体は大したことないのだが、やはり数が厄介なのだね……」 ヴァルテッラの超重装甲をして、蝋兵の一撃は大きな意味を持たないだろう。しかし、問題は数の暴力。庇うこともブロックすることも出来こそすれ、前衛と残存兵の数差は少なくはない。 数差は覆せない絶対要素か? 否。数に任せた兵隊など、リベリスタには物の数ではない。 リベリスタ側に油断はあったか? 否。対策は幾重にも張ってこそ効果を発揮する。 では、この状況は想定外か? ……否。それが最悪であったとて、彼らはそれを覆す。 「俺の事は構わん、焼き尽くせ!」 「構わないわけにはいかないけど……一気に攻めるよ!」 吾郎が、おろちが、オーウェンが、そしてアンジェリカとヴァルテッラが抑えに回り、ウェスティアが一気に焼き尽くす。燃えさしになった蝋兵の数を冷静に見て取ったレイチェルは、小さく合図を告げ、構える。 「やれやれ、随分と好きにさせたものだ……!」 一歩、大きく踏み込んだオーウェンの思考が、蝋兵に炸裂する。大きく弾かれた陣容は、リベリスタ達が抜けるには十分過ぎる猶予を以て義人までの道を作り上げた。 「よう正義の執行人、人狼が喰らいに来たぜ」 「正義であれとは言わないのだな、アンタ。好きだぜそういうの。迷いがない」 「答えろよ。お前の正義は、その為なら何だって踏み躙っていける代物か」 「勿論。それが目に見える範囲しか救わない偽善であれ、大悪として罰することが命を奪うことしかできない独善であれ、全ては『然』であり『善』なのだと私は思っている」 加速したまま、護衛の蝋兵すら飛び越えて一足で踏み込んだ吾郎の刃と、義人のアーティファクトが激突する。刃を凌ぎながら、しかし彼の表情には焦りが無い。苛立ちがない。詰まるところ、熱がない。底のない沼のような、茫洋とした主張。それが吾郎の心を打つかといえば、有り得ないと言い切ろう。 「貴方のやり方は許せないよ……」 「ああ、それはそっくり返そう……その戦い方で踏み込む愚は、こちらとて看過できない」 自らの影に意識を吹き込み、二人に割り入るように一撃を振り抜いたアンジェリカは、しかし返す刃に巻きついた義人の影を見逃さなかった。自らの影よりも疾く、濃く、深く巻きついたそれは、彼女の想定する影の扱いとは異なった。 自らの支援であり影でありトレースであるそれが、独立して何かを成すなど出来はしない。術者との協同があってこその影であり、能力。 打ち払われた一撃に割り込まれ、アンジェリカの肩を『法的主導者の先端』が深々と貫く。 瞬間、動きを止められ膝を屈した少女の影を縫うように、蝋兵が爆砕され、階下へと落ちて行く。 「一旦道ができてしまったら、もう逃げも隠れもできないわよぅ? まだ勝てると思ってるの?」 「……自らの努力を否定し、諦めなければ、こんなのとは別の正義で誰かを救う事もできたでしょうに」 爆破の余波を縫うように、リーゼロットの銃が幾重にも弾を吐き出し、階下の蝋兵を駆逐していく。間を縫うそれは、ヴァルテッラの重々しい一撃が食い止め、その形すら奪い去る。 「今私が倒したこの方、どんな罪を犯した方なんですか?」 「酷い小悪党だったよ。だが、ちりも積もればというのかな……全くに救えない愚」 「ではこの方は? この方はどうだったのです?」 悠々と死者を言葉で嬲ろうとした義人の言葉を遮り、レイチェルは次々と蝋兵の動きを鈍らせ、或いは沈めていく。一人ひとりの罪状を聞き、しかし最後まで聞くこともなく次を問う。 「では……自らの想いのまま十五人を殺した方の罪は?」 「想いが義に沿うならば、罪などと言わない話だ」 「そんなの、正義でもなければ独善ですらないよ……それはもう、『悪』としか呼べない!」 レイチェルの問いをして、尚も泰然と応じる義人に、ウェスティアの叫びが飛ぶ。回復の波長を伴って吐き出された声は、リベリスタ達を癒し、導く。 膝を衝こうと、力を挫かれようと、そんなものは枷にすらなりえない。 「悪びれもせず正義を叫んだお前は大したもんだよ、だけどな」 「どんな正義論を振りかざそうと勝手だけど、死者を冒涜するような真似をする人を、ボクは正義とは認めないよ……」 「だとよ。それでも叫ぶか、正義を」 「当たり前だ――! 今更の問いに、応えることも下らない! 散れ、下郎!」 刃を振りかざし、義人は一気に範囲ごと切り刻む。が、吾郎はそれを冷静に見切り、再び至近に踏み込んでいく。アーティファクトに、義人の手ごと噛みついた吾郎の顎は、その勢いのまま振り上げられ……義人の指数本と、アーティファクトを宙に舞わせた。その機を逃さず、必中の一射を狙ったリーゼロットの散弾は、彼の足を粉砕するだけでは足らず、射線に入ったアーティファクトにすら連続して噛み付いた。 果たして――アーティファクト『法的主導者の先端』と義人の正義は、時を同じくして砕け散ったのだ。 ●闇深くありて、義は浅くに凝りて 「で、結局の所、彼は何人救ったのだね?」 「証言通りなら、まあ救われる人も居たでしょうが……些細な不幸からでしょう。命までは救っていないのでは、と」 「であれば、同情する瀬もありはしないのだね。誰も救わない正義は、只の暴力と相違ないのだよ」 戦闘後、茫然自失の体に陥った義人を拘束したリベリスタ達は、彼の尋問から『謎の男』に関する情報を得ようとした。しかし、彼が知っている情報はその外見と、彼自身の首元にあったブローチが遠隔カメラであったこと――要は、この戦いが僅かでも漏れている可能性を示唆するのみだった。 「アーティファクトから、僅かだけど男についての情報もわかったよ……けど、この男の感情は、昏くて重い……」 「正義を歪曲して肥大化させる、なんて……つまらない男なのねん」 アーティファクトの破片を拾い上げたアンジェリカは、ノイズの向こうに見えた男の感情を拾い上げた。しかし、こんなものは語るにも値しない。 おろちは、犠牲になった者の頭を撫で、無念への報復を誓う。アンジェリカは、鎮魂を歌に乗せ、喉の続く限りに歌う。 それが、今できる最善だと言わんばかりに。 * 「……ええ、全滅です全滅。芽は摘まれ種は腐ってしまいました。ああ、つまらないなあ。足掛け五ヶ月、育て上げた芽が台無しだ。これだから大変だ。しかしこれだから楽しいのかな。ああ、いえ聞いてますよ。あの芽のアフターサービスでしょう? 任せて下さい、少なくとも少しは理解しましたよ、『アーク』という『正義』を」 洋館から離れた車中にて、男は饒舌に電話口へと言葉を散らす。カーナビの画面は既にダウンして久しいが、その記録は既に収集された後。 未来が思い通りに行かないのは、もう何度も味わった。次はもう少し、上手くやれる――と、男はほくそ笑むのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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