●人の営み鏡映し 四月も半ばを過ぎた頃。 中部地方を覆い隠す冬の寒さはとうに和らぎ、山々から降りてくる緑の香りが、街の人々の心を浮き足立たせていた。 揚々と花を咲かせる夜桜の並木道は、様々な角度からライトアップされることによって、宝石のように光輝いている。 「あは、マジで? ありえないんだけど」 「ほんとだってばッ。あの子騙されてるって、彼イケメンだし」 舞い散る花のすぐ下で、人々が笑う。 春を謳歌する彼らの表情はまさに幸せそのものの体現であった。 ここ、長野県のとある都市は現在春の真っ盛りを迎えている。 県内有数の都市たるこの街は、夜もたけなわだというのに、まこと賑やかな熱気に包まれていた。 「~~♪」 ネオンサインの瞬く駅前のロータリーでは、弾き語りの青年たちが所狭しとたむろしており、流行りの曲がのべつくまなく奏でられている。 「おーい、山田ー!」 「がはははっ」 郊外に目をやってみても、河川敷には花見の席が設けられ、仕事帰りの会社員や若者たちが夜通し酒を酌み交わしていた。 街全体が不夜城と化し、欠片も息をつく暇がない。 街から発せられた騒がしげな生活音は周囲の山々にまで鳴り響いている。 都市という巨大なコンサートホールに、人の営みという一大オーケストラ。 彼らが奏でる音の洪水は、春の野を駆け風に乗り、周囲の山々に反射しながら、緩やかに山間を縫いつつ広がっていった。 ◇ 「べべん」 所変わって、山野の奥地。 街から数十キロメートルは離れたくぼ地で、数多の音の塊が勢い良く渦を巻いていた。 「あは、マジで? ありえないんだけど」 「ほんとだってばッ」 「~~♪」 「おーい、山田ー! おーい、山田ー!」 電子楽器の奏でた音色に、人々の発した笑い声。 渦を形成している音の群れは全て、ふもとの街から発せられた騒音に由来するものばかりであった。 本来ならば、このような外界の諸事から隔絶されているはずの地に、街の騒音が響き渡ることなどありえない。 ましてや、消えずにひとところに留まり続けるなど尚更であろう。 一般的な物理法則を完全に無視した現象――そう、怪異と呼ぶべき現象が、今ここに現出していた。 「べべんべんべん」 何処からともなく獣とも弦楽器とも判断のつかぬ鳴き声が聞こえてくる。 その声色は何処か誇らしげであった。 やがて、無数に散らばる不可視の集合体が、目映い光を放ち始める。 音の粒子の一つ一つが輝き瞬き、離合集散を繰り返していく。 そして、放たれる一際強い光。 辺りを真昼へと変えてしまうほどの発光の後、光の収まった場所には小さな獣がちょこんと生まれ出でていた。 少し不細工な子犬のような風体に、困ったようなたれ目が愛嬌を感じさせる。 獣は淡い光を放ちながら、ふわりと宙へ飛び上がり、くるっと身体を一ひねりした。 「べん」 生まれた怪異は、与えられた生を喜ぶかのように自らに刻み込まれた音の再生を繰り返す。 何度も何度も、繰り返す。 まるで、それが自分の存在意義だと言わんばかりに……。 ●リベリスタ出動 「こだまって知っている?」 ぽつりと開く、色素の薄い下唇。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、淡々とした口調でリベリスタたちに問いかけてきた。 「こだま、ねえ」 リベリスタたちの頭に単語から想定できる様々なものが思い浮かんでは消えていく。 特急車両に、中継衛星、はては知人の苗字など……。 リベリスタたちの反応をじっと見ていたイヴであったが、 「やっほー」 何を思ったか、おもむろに声を大きくした。 目を白黒させるリベリスタたちを見て、陶器の肌にほんのりと赤みが差していく。 「や、やっほー……?」 リベリスタの一人がそう返すと、赤面したイヴが縦に頷いた。 「そう。山にハイキングに行った時に、反射してくるあれのこと。山彦とも言う」 一呼吸置いた後、ようやく正気を取り戻したのか、イヴはいつもどおりのすまし顔で仕事の詳細を語り始めた。 「こだまとは本来、木霊と書くの。古くから日本では、山で反響する音を怪異の類。山の精霊の仕業と認識していたのだけれど……今回の討伐対象は、まさに『それ』そのものよ」 「つまり、こだまを退治しろってことか?」 リベリスタの返事に、イヴは手持ちの資料をずいっと突き出してきた。 「フェーズ2のエリューション・エレメント――通称『こだま』。彼らは人の発する音を真似て、人を驚かせる能力を持っているわ。口三味線を弾くというわけ」 「驚かせる、か」 いまいち釈然としない表情で、リベリスタの一人が顎に手をやる。 世界に破滅をもたらすエリューションであるはずなのに、提示された習性は卑近そのものだ。 鋭い牙や爪を持っているわけでも、強大な魔力を秘めているわけでもない。ただ、口三味線を弾くことのみが能のエリューション。 そのスケールの小ささに微笑ましさすら感じてしまう。 だが、彼らの反応に対し、イヴは偽りのない眼で、 「その思考は理解できる。でも、放置すればその内街だって壊滅するよ」 と、手元から万年筆を地面に落とした。 からん、と転がる万年筆に視線を向けて、 「今響いた音が、エリューションの成長と共に無限に増幅されていくとしたら? 日常的に発せられる生活音が、消えることなく延々と反響し続けるとしたら?」 イヴの言葉に、リベリスタたちがごくりと唾を飲み込んだ。 寝ても覚めても鳴り止まない騒音に見舞われる環境の中で、人は果たして正気でいられるであろうか――イヴの言っていることは、つまるところそういうことであった。 「分かった、どう戦えば良い?」 「身体を構成する要素は音。でも、大概の攻撃は効果を発揮すると思う。詳しくは資料を見て。後は――『こだま』にはとある習性があって、それを利用すれば効果的に戦えるかもしれない」 「どういう習性だ?」 眉をぴくりと持ち上げて、リベリスタが反応する。 「彼らにも音の好き嫌いがあって、真似のできない音を非常に嫌がるの。それこそ、口三味線を止めてしまうほど悶えるそうよ」 リベリスタたちが考え込む。 『こだま』の弱点……。そこまで効果のあるものならば、狙ってみても良いかもしれない。 だが、真似のできない音とはどういった類の音なのか。リベリスタたちにはとんと見当がつかなかった。 「その、真似のできない音とは?」 「分からない。大分昔の記録が典拠だから、情報が不正確なの」 「そうか……まあ、詳細は追々練っていく内に思いつくかも知れない。早速励んでみるかね」 一瞬肩を落とすも、すぐに気を取り直すリベリスタたちを見て、イヴはかすかに微笑んだ。 彼らならば、無事に任務を達成できることだろう。 そう確信を抱いて、イヴはリベリスタたちにささやかな祈りをささげた。 「貴方たちは運命に抗うことができる。それだけの力を持っているわ。ならば、その力をどう使う? 何に使う? その答えを……私に見せて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:三郎 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月28日(木)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●山奥でのHide and Seek 「しかし、山ですねぇ」 小さな身体を精一杯に伸ばしながら、アゼル ランカード(BNE001806)が気持ち良さげに呟いた。 大き目のナップザックに重心を取られながら、真新しいトレッキングシューズで、山道を踏み鳴らしている。 明らかにインドア派といった体つきの彼が、先へ先へと進むものだから、『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)としては、彼がへばってしまわないかどうか気が気でない。 「あっ……」とか「あのっ……」とか、もどかしげに声を漏らしながら、どう声をかけたものかと戸惑っている。 元より優しい彼女のことだ。声をかけることでアゼルのプライドを傷つけてしまわないかどうかが心配で踏み切れないのだろう。 明るい色の犬耳をへたりとさせる様子を見て、『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(BNE000072)は、少しだけ頬を緩ませた。 「もやしのリベリスタなんかいやしないよ」 こっそり耳打ちする。 「あっ、そっか……」 懸念ごとが氷解し、尻尾を左右に揺らす文。 斬乃は満足そうにそれを見つめた後、 「しかし、険しいね。こうも山奥に踏み入るとなると、危うく迷っちゃいそうだ」 色白の肌に浮かんだ小粒の汗を指で拭った。 アークの要請を受けたリベリスタたちは、現在長野の山中で討伐対象の探索を行っていた。 まだ春先だと言うのに草木は鬱蒼と生い茂っており、アップダウンの激しい傾斜がリベリスタたちの進行を阻もうとする。 時折木々の合間から見える遠方の景色も、山、山、山……山。 斬乃が独りごちるのも無理からぬことではあったのだ。 せめてもの救いは、緑の香りだろうか。 木々に芽吹いた心休まる芳香は、ホーリーメイガスのそれに勝るとも劣らない癒しを、提供してくれていた。 「迷っちゃうかもしれないけど、大丈夫。いざとなれば、この羽根で帰り道を探すから安心して」 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が、人好きのする明るい笑顔を向ける。 その右頬には先程食べた弁当のご飯粒がついており、何ともいえない愛嬌をかもし出していた。 本来フライエンジェである彼女にとって、山道の高低差はあまり問題にならない。 背中に生える羽根を使って、空を飛びさえすれば良い。 それをしないのは、仲間への気遣い。そして、今回の討伐対象を考えてのことだった。 「羽ばたきの音は馬鹿にならないからと降りてみたけど……それっぽい音は聞こえないね」 耳をそばだてながら、ほんのり朱の入った頬を膨らませた。 今回の討伐対象になっているエリューション・エレメント――通称『こだま』は音の怪異である。 そのため、山中に潜むそれを見つけ出すためには、聴覚による探索が最も有効であると言えよう。 だが、リベリスタ一行がいくら耳を澄ましてみても、それらしい音は一向に聞こえてこなかった。 「やっぱり、しらみつぶしなのかな」 そう言うと、文は助けを求めるような視線を年長組に投げかけた。 年長組、すなわち『Digital Lion』英 正宗(BNE000423)と『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は、地図を片手に何やら打ち合わせをしているようであった。 「この周辺は、あらかた探したことになるな。ならば、次はこのあたりを手分けして探索し、しらみつぶしにしていこうか」 「ええ、異存はありません。正宗さんの判断で問題ないと思います」 的確に索敵方針を立てていく二人に頼もしさを覚えたのか、文は安堵の吐息をほうと吐いた。 「とは言え」 正宗が眉間に皺を寄せて、懸念をあらわにする。 「あまり時間をかけては日が暮れてしまうな」 その言葉に、拓真が頷く。 夜間行動はなるべく避けたい――それは出発前にリベリスタたちが導き出した共通見解であった。 念のためにと懐中電灯を持参してきているのだが、暗闇による視界の制限は決して馬鹿にできない。 ただ歩くだけでも余計な体力を消耗するというのに、今回はエリューションとの戦闘を控えているのだ。 できることならば、日中に見つけ出したいと言うのが正直なところであった。 「もしかして大声だしたらこだまが返ってくるかもとか。そんな事はないですかね?」 アゼルが人差し指をぴょこんと立てて、提案する。 「ううん、その場合はどう聞き分けるんだ? ……正宗さんはどう思います?」 「ふむ」 年長組がどうしたものかと腕組みをする中、もう一人のある意味年長組、『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)が急に活き活きとし始めた。 先ほどまで物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回していたというのに、まるで小学生が回答する時のように勢い良く手を上げて、 「それなら、ぐるぐさんに任せてっ!」 言うが早いか、 「音を頼りにあの子はどこぞーっ! やっばい、あの子超かわいい! ぬいぐるみにして持って帰りたい!」 彼女の無邪気な呼び声が、野を越え、山を駆け、辺りに響き渡った。 「お、おい」 呆れ顔で拓真が制止しようとするが、 「いえ、これも有効かと思われます」 讀鳴・凛麗(BNE002155)が、彼女の行為を肯定する。 「真白様からの情報では、こだまさんは音を再生するのが楽しくて仕方ないといったご様子でした。それが習性であるならば、必ず呼びかけに応えてくれますわ」 「その反応を拾い上げることができるかどうかは俺たち次第、か」 「ええ、その通りでございます」 大人びた推論を披露する凛麗。 その傍らで文が複雑そうな表情を浮かべた。 「習性、かぁ」 一呼吸置いて、顔をくしゃくしゃにする。 「こだまさんは別に何も悪くないんだよね……。自分の出来ることをするのが嬉しくてしょうがないだけなのに、それがわたしたちにとって害になるなんて……」 改めてエリューションという存在が何であるかを思い知らされる。 現実世界とは決して相容れぬ存在。 一度生まれてしまった怪異は、この世を破滅に導くか、自らがこの世から消え去るのかの択一を迫られることになる。 たとえそれを望んでいないとしても、だ。 あふれ出る憐憫の感情に文が細い身体を震わせていると、その頭を凛麗が優しく撫でた。 「不思議な生き物を殺めてしまうのは確かに残念でございますね」 優しく微笑んだ後、 「過去に討伐された様に、音に満ちたこの世界と彼のような存在は……相容れないのかもしれません」 何処か遠くを見やるように、世の不条理を言葉として紡いだ。 かくして、この世の異物たるエリューションの姿が浮かび上がってくる。 「あー……これかな」 真っ先に違和感を拾い取ったのは、アゼルであった。 「何か痕跡を見つけたのか?」 「多分。ああ、間違いありません。『音』が動いていますね。『音』は普通動かない」 山々を反響する山彦の中から、本来あるべきでない音を拾い出す。人並みはずれた聴覚を持つアゼルにのみ許された芸当であった。 「成る程……上手く進行地点を予測できれば、戦場の選択も可能だな。少しでも有利な場所で戦えるように調整できるか?」 「うーん、できるかは分かりませんが……やって見ます」 正宗の言葉に、アゼルが是と頷く。 『こだま』とリベリスタ――両者の接触、そして開かれるであろう戦いの時は、刻一刻とそこまで迫っていた。 ●いざ、戦闘開始! 「目当てのあの子を見つけたぞーっ」 ぐるぐの嬉しげな声に、彼は驚いて不恰好な垂れ目を丸くした。 子犬のような身体に、困ったような面持ち。 間違いない。 今回の討伐対象――『こだま』である。 予め『こだま』を待ち伏せていたリベリスタたちは、正宗の指揮の下で迅速に陣形を築き始める。 最前衛に文、正宗、斬乃、拓真が陣取り、凛麗を取り囲むようにぐるぐ、ウェスティア、アゼルが控える。 (よしッ) 無事に陣を布くことができたのを確認した後、正宗は心中で喝采した。 戦場は起伏がなく、障害物も少ない。 有利な戦場を選択すると言う目論見は、見事に叶ったようだ。 「放っておくと取り返しが付かなくなっちゃうなら……やるしかないよね」 ウェスティアの言葉を皮切りに、リベリスタたちの闘志が膨れ上がっていく。 「べんっ」 彼らの様子を見て、ただの人間ではないと即座に判断した『こだま』は―― 脇目も振らずに逃げ出そうとした、が、 「ごめんね……逃がすわけにはいかないんだ」 文の常人離れした脚力がそれを許さない。 「一度捕捉したからには逃がしはしない」 斬乃と拓真が走り出す。 破滅の化身、エリューション。世界の守護者、リベリスタ。 フォールダウンを防ぐため。大災厄を払うため。 決戦の火蓋が今――開かれたのだった。 (行くぞッ、神楽坂!) (おうともさっ) 目配せで機を窺い、一足飛びに敵との間合いを詰める斬乃と拓真。 己が闘気を爆発的にみなぎらせ、十字に奔る連撃が、鋸状の大剣が、『こだま』の毛皮を深々と切り刻んでいく。 「べん」 逃げることはもう叶わないと確信したのか、『こだま』は先程まで身に纏っていた愛嬌のある雰囲気を取り払い、真正面からリベリスタたちを睨みつけた。 全身が淡く輝き、大気が口元に収束していく。 「――ッッ!」 開かれた顎《あぎと》から生み出される数多の音弾。 不可視の衝撃が、倍返しとばかりに二人の身体を切り刻んでいく。 「くぅッ」 あまりの苦痛に思わず声が漏れる。 だが、苦痛を苦痛と認識できぬほどの衝撃が、更にリベリスタたちを襲う。 ――それは音の集中砲火とでも言うべきものであった。 『こだま』が今までに溜め込んできた無尽蔵の雑音が、爆音の結界となって辺りを包み込んだのだ。 耳栓をしていても感じられる大気の震え。 もし、耳栓によって聴覚を遮断していなかったら……? (まさかこれほどとは……ッ) 拓真の背筋に冷たいものが走った。 (援護です。二人とも負けないでください) アゼルの思念が伝わってくると同時に、二人の身体を癒しの波動が撫でていく。 波動は裂傷を取り囲み、瞬時にその傷口を塞いでいった。 (あたしたちが食い止めている間にお願いッ) 『こだま』から視線を逸らさずに、斬乃が叫ぶ。 凛麗は彼女の呼びかけに応じて、集中していた意識を一旦途切れさせ、手持ちの破れ鐘を高々と掲げた。 (音の怪異に効力を発揮する、とありましたが……さて、どうでしょうか?) 鐘が鳴らされ、篭った音が辺りに響き渡る。 耳栓をしているために、詳しい効果の程は分からない……が、先程から耳朶を叩き続ける大気の震えが収まらないところから察するに、さほど効果があるわけではないようだ。 (成る程、人の奏でる楽器である以上。真似のできる範疇にはあるのでしょうか……とすれば、犬笛も効果は期待できない、か) 凛麗が口惜しそうに下唇を噛み締める一方で、 (わたしに任せて……っ) 文がラジカセにスイッチを入れ、予め録音していた音を再生させた。 雨音に、バイオリンの演奏、そして三味線…… ザザッ……――ドントンテンツル……ンチチリチーン―― ラジカセから鳴り響く三味線の音に、『こだま』の顔つきが変わった。 「べんッ、べんッ、ベンベベベンッ!」 その姿は怒り狂っているようにも見える。 屈辱に悶えると言うわけではなさそうであったが、上手く真似のできない自分に腹を立てている――そんな表情であった。 (もしかして……この子の鳴き声が、三味線を真似ていたのは……) 文と凛麗が『こだま』の鳴き声に秘められたひたむきな努力を暗に感じ取る。 同時に生まれる幾ばくかの罪悪感。 ……大気の震えが、止まった。 (好機だッ!) 正宗の思念に従って、後衛のリベリスタたちが集中攻撃に乗り出した。 (射的ゲームで外した事は無いもんねっ) (お願い、ちゃんと当たって!) ぐるぐが銃口を敵に向け、照星の向こうに敵の姿を捉える。 更に、ウェスティアが内にある魔力を加速度的に増幅させ、力ある言の葉を紡いでいく。 二人の身体を後方へと押し込むような反動。 放たれた弾丸と神秘の鏃は、まるで春嵐のように『こだま』の身体に降り注いだ。 断続的に響き渡る破裂の衝撃とともに、小さな身体が何度も跳ね上がる。 「――、――、ン……」 全てを受け終え再び宙に浮き上がった時、『こだま』はまさに息も絶え絶えといった有様であった。 小さな体躯のあちらこちらに生じた傷口から光の粒子が漏れ出ており、心なしか萎んでしまったようにも見える。 「こだまさん……」 文が同情の声をかけようとしたその時―― 『こだま』の前方に巨大な音の塊が、圧倒的な重圧と共に現出した。 今までぐるぐたちが与え続けた衝撃の全てを球状に練り固め、『それ』は爆音と共に草木を吹き飛ばし、一直線に後衛へと向かっていく。 ――まずい。 誰かがそう叫んだ。 「おおオオォォォォッッ!」 獣の咆哮じみた正宗の絶叫。 地面を跡形もなく削り取っていく致死の一撃を、なんと正宗は味方をかばうために受け止めたのだ。 身が擦り切れる音に、正宗は歯を食いしばって耐え続ける。 慌てて投じられる、アゼルの回復援護。 正宗の備える驚異的な回復能力と後方支援……巨大な破壊の塊との、まさに決死の根競べであった。 かくして、結果は訪れる。 攻守の軍配は……見事正宗に上がったのだ。 「悪い……ちょっと休む」 たまらずに、その場に崩れ落ちる正宗。 無論、文句を言うものなどいようはずがない。 恐らく他の誰が受けたとしても、五体満足ではいられなかっただろう。 「とどめでございますッ!」 凛麗が全意識を仲介して、リベリスタたちの頭脳を努める。 文の念糸が、『こだま』を縛り付け、斬乃の、拓真の、ぐるぐの、ウェスティアの一斉攻撃が放たれる。 彼らの流れるような協奏曲が、生き生きと、そして荘重に積み重ねられていく。 「さよなら……次は仲良くできるような存在に、生まれ変われるといいね」 悲しそうに呟く文により『こだま』の頭が叩き潰され、 「――ンっ……」 小さな獣は三味線とも獣とも判断できぬ鳴き声をあげ、音の粒子に戻っていった。 ●また会いましょう 幸運にも正宗に大事はないようであった。 疲労のあまり倒れこみはしたが、すぐに戦線に復帰できることだろう。 「ああーっ、消えたらぬいぐるみにできないっ!」 「仕方ないねー」 腐れるぐるぐをウェスティアがなだめる。 「しかし、こだまとは一体なんだったのだろうな」 「さあ、分かりかねます。でも……」 拓真の疑問に凛麗は首を横に振ると、 「やっほー」 と遠くに投げかけた。 「こうしたら、返してくれそうな気がしません?」 彼女の言葉に一同笑顔を溢れさせる。 「やっほー」 幾度となく明るい声が投げかけられる。 何処からか、「べん」と聞こえた気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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