●蟹が食べたい それは真夜中だった。 一人の学生が研究室に居残り、シャーレに液滴を落としている。 彼は教授に頼まれ、明日の実験の為に検体を用意していた。 眠い目を擦り、それでもスポイトの先はぶれ、ぼやける。 「これも、大学に残って研究を続けるためだ」 そう、自分に言い聞かせながら学生は培地を作り続ける。 「ああ、腹が減った。昼から何も食っていない。俺もいっぱしの教授になったら、こんな雑用はゼミの学生にやらして、旨い飯を食いに街へ繰り出すんだ。そうだな、蟹、蟹がいい。蟹が食いたい」 学生は行き場のない苛立ちを、ひたすら呟きに託して吐き出す。 「誰でもいい。いっそ人でなくたっていい。誰か俺に腹一杯蟹を……」 そう呟いた瞬間だった。 ぶすり。 彼の腹を、背中から貫く赤い、爪。真っ赤な甲殻をもつ、蟹の爪。 彼の望む通りに、胃袋を一杯にして、彼を貫く。 串刺しにされた状態で、首だけ振り返った学生が見たものは。 背後の培養機から溢れ出す…… 爪。 爪爪爪。 爪爪爪爪爪。 哀れな学生が、何が起こったかを理解するその前に。爪は瞬く間に、研究室を覆い尽くす。 「はは、あはは、あははははははっ!! 蟹、蟹、蟹だぁ!!」 声はすれども姿は見えず。既に真っ赤な爪の、波の中…… ●キャンサー・オア・キャンサー 「敵はE・ビースト……と、そう断言したいところなのですが」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は僅かに言葉を濁す。 「実ははっきりそうとも言えない事情がありまして」 「どういうことだ?」 「皆さんは『生命の定義』についてどうお考えですか?」 リベリスタの問いに、和泉は更に質問を返す。戸惑うリベリスタたちを見渡して和泉は僅かに微笑み、言葉を続けた。 「今回の対象は、大学の地下実験室で培養されていた蟹の甲殻細胞がエリューション化したものなのです。 ……たとえば床屋で散髪したとして、切り落とされた髪は、その時点ではアクティブな細胞ですが、厳密には生物と呼べないでしょう? 蟹の甲殻から抽出された細胞というのも、一種それに近いものと考えますが」 「成程……」 「このエリューションが、まさに生命の定義を探る研究を行っていたあの場所から発生したとは、なんとも皮肉な話ですね。 ……なんて、個人的な感想はさておくとして。今回の依頼の内容は当然のことながらエリューションの殲滅。それに加えて……これは大学側からのたっての願いらしいのですが、当該研究室の研究資料の回収です。研究資料はデータ形式。お渡しするUSBメモリにコピーする形で回収してください。 セキュリティのために、オフラインの情報端末一台のみに保存されているそうです。そして部屋の奥には、エリューションの発生源である培養機があります。敵の本体はおそらくそこに存在して細胞群体を指揮しているのでしょうから、部屋の奥へ侵入したり、そこで留まろうとする者がいれば当然妨害されるでしょうね」 和泉は淡々と今回の依頼の情報を述べてゆく。 「敵エリューションはフェーズ1。硬度は所詮蟹の殻のそれですから攻撃力、耐久力ともにそれほどの脅威はありません。しかし、活発な細胞分裂を行うこのエリューションは、類い稀なる増殖、再生能力を有しています。高火力で一気に叩き潰さなければ、破壊が再生に追いつかない可能性があります。ここで留意して頂きたいことがひとつ」 ぴっ、と空を指した和泉の人差し指に、注目が集まる。 「炎、光、電撃等、熱を伴う攻撃を行った場合、施設のスプリンクラーが作動する危険性があるのです。そうなると、情報端末のデータは破壊されてしまうので十分に気をつけてください。勿論、交戦中に情報端末を破壊してしまっても目的は失敗となります。敵エリューションはデータを守っているわけではありませんから、端末を巻き込んだ攻撃も厭わないでしょうね。 今回の敵は蟹(キャンサー)でもあり、増殖を繰り返すガン細胞(キャンサー)でもあります。皆様にはくれぐれも適切な処置をよろしくお願い致します」 依頼の情報が記されたファイルを閉じ、立ち去ろうとした和泉だったが、何を思ったのかぴたり、と立ち止まった。 「……最後に。ひとつだけ言い忘れていました。当該研究室の教授は今回の依頼に参加したリベリスタに尋ねたいそうです。自らの意思を持たず、ひたすら自己保存の本能に従うそれは、生物であったか否か、と」 「……教え子が殺されたというのに、趣味のいい教授とは言えないな」 リベリスタの呟きに、和泉は困ったような笑みを返した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:諧謔鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月01日(火)23:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Lancer/Cancer 錆び付いた金属製のドアを開けた瞬間、シェイクした炭酸飲料を開けたように迸り、溢れ出るものは赤い奔流。数百、或いは数千の脚が束ねられた、蟹の甲殻の集合体だった。それはリベリスタ達を貫かんとする槍のようにーー 「活きがいいではないか!! うむぅ……さぞかし美味いのだろうな」 「こいつ、殻の培養体なんでしょ? どう料理したって食べられやしないわよ」 じゅるり、と舌なめずりをする『エリミネート・デバイス』石川 ブリリアント(BNE000479)に『紅瞳の小夜啼鳥』ジル・サニースカイ(BNE002960)が冷静な分析を下す。その間にも、伸び上がった影の分身がジルの背後を狙おうとする蟹の爪を叩き落とした。 「やっぱり、食べれないんですね……」 守護の光輝を纏いながら室内への侵入経路を切り開く『錆びない心《ステンレス》』鈴懸 躑躅子(BNE000133)はどこか残念そうに呟く。彼女の打撃によって砕かれた蟹の甲殻は然り、中身がない。 「な……殻だけ!? 食えない!?」 まるで致命の一撃でも受けたかのようによろめき、ふためき、ともすれば膝までつきかけたブリリアントは一転、瞳に闘志を燃やして武器を構える。 「じゃあ潰すっ!!斬って、斬って、斬りまくるっ!! 無限機関、アクティベート! 波動エネルギー、チャージ開始! メガクラぁああッシュ!!!!」 巨大な剣圧は押し寄せる甲殻の槍を室内へと弾き返し、侵入経路がついに、開いた。 待ち受けていたのは、想像を絶するその、『物質以上獣未満』の姿。部屋の奥からこちらに向かって伸びるのは、幾多の節を持つ無数の、脚。部屋の奥に行くに従って密度を増していくその中心にはおそらく本体が……この不気味な増殖に今も栄養を供給しつづけている培養機があるはずだった。そして向かい側の壁際、蠢く赤い甲殻の間に垣間見える筐体は。目的のひとつ、研究データの詰まった情報端末だ。 「……ようやく陽動班の出番かな、っと」 戦場の全容を見渡すと、つま先をふわりと床から浮かせ、蠢く蟹の脚の間へ滑り込むように突入する『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)。彼の瞳は集中の光を宿し、その白亜の翼をかぎ裂こうとする爪の群を華麗に見切って進んでゆく。立体的な機動、軽やかなジグザグ飛行で襲いかかる爪を翻弄しつつ、ウルザは進攻する。確実に本体を射抜ける、その場所まで。 一方時を同じくして突入したジルは、部屋に入ると南面の壁沿いに疾駆を開始する。データ回収班の北側ルートから敵の注意を反らすと同時に、壁際を移動することによって注意すべき方向を限定することができる。 「やっぱり本体を傷つけないと再生は止まらないみたいね……」 彼女は叩きつける漆黒のオーラによって道を切り拓きつつ、いち早く培養機……敵の本体へと接近した。外敵の接近を感知した爪の群が、一斉にジルへとその矛先を向ける。その鋭い先端はブラックジャックを繰る隙へと真っ直ぐに迫り—— 「……させない!!」 巨剣を盾に爪の一斉攻撃を防いだのは、ジルが拓いた道を駆け、一気に最前へと躍り出た『angel's knight』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)。しかし防いだといっても、剣は防具ではない。受け損ねた爪の幾つかは、防御をすり抜けてヴァージニアの頬を、二の腕を、切り裂く。それでも彼女は怯むことなく前へと進み続けた。 「さあ、こっちを狙って!!」 大上段から振り下ろされるヴァージニアの重撃は、リベリスタたちの前線をさらに押し上げる。 「端末へのルート、確保しました!!」 陽動へと攻撃が集中し、手薄になった北面の壁際には、躑躅子によって作られた一筋の道が……情報端末へのルートが、拓かれていた。 「光さん、行きましょう!!」 「はいっ。大和さんはボクがしっかり護るのです!!」 『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)に、『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)はしっかりと頷きを返した。 データ回収を担う大和は、懐深くに潜ませたUSBメモリの存在を確かめつつ端末を目指す。その足取りを傍らで援護するのは光の振るう大剣。彼女らが進むべき道が閉ざされることのないよう、陽動班から零れた爪を片端から叩き落とすのは、躑躅子の役割だった。 「よし……全員行ったか」 他のメンバー全員が突入を終えたことを見届けて、桐生 武臣(BNE002824)は油断無く後ろ手にドアを……唯一の退路をしっかりと閉ざし、その前に仁王立ちする。突入時に室内から溢れ出した爪の残骸は、既にきっちりと処理済みだった。 「それじゃ、俺はしんがりの大任をきっちり果たそうじゃねぇか」 神速の抜き撃ちが、陽動の攻撃をすり抜けて回収班の背後へと迫っていた一本の脚を、過たず打ち砕いた。 ●Cancer/Cancer 戦線の配置は、まず本体へと漸近するジル/ヴァージニア。近づくほど密度を増してゆく脚を叩き折りながら、徐々に前進を続けていた。一方端末へと血路を拓く躑躅子/大和/光ら。陽動班の奮闘によって回収班への攻撃は最小限に抑えられ、既に端末へと到達しようとしていた。そして戦域中央付近。斬っても潰しても壊しても、次々に伸び出てくる蟹の脚の絶対数が均衡に抑えられているのは。ひたすらに剣気を振るい続けるブリリアントの功に拠るところが大きい。しかし大振りな攻撃には取り零しも多く……彼女の身体には、細かい損傷が蓄積し、そろそろ疲労の色が見え始めていた。 そして独り空中ルートを進んでいたウルザは—— 「よし、ここからなら一度に全部狙えるな」 爪の連撃の一波を凌ぎ切り、攻撃が途絶えた隙を衝き。ウルザは大きく翼を広げた。その羽先から更に幾多の気糸が伸びる。培養機から沸き出す赤い脚と、ウルザが翼から展開する光の糸が、鮮やかな対称となって対峙した。 「数じゃ流石に敵わないけど、一撃の質なら負ける気がしないね!!」 彼の言葉通り、気糸とぶつかりあった爪は片端から瓦解し、赤い粉塵へとその姿を変える。そして致命の一撃を加えるべく伸びた気糸の一群はしかし、本体を守ろうと厚い壁を形成した脚の塊の前に、あと僅かのところで阻まれた。直後、ピンポイントスペシャリティによって大きく抉られたその空域を狙って、本体から新たな脚が次々に衝きだされる。 「っと……あぶねっ!!」 天井を蹴って入り口付近まで後退したウルザに、桐生が声をかける。 「どうだ、やっこさんは」 「中央の密度が高すぎて、遠距離攻撃が本体まで貫通しないみたいだ」 「……本体に近づいてる嬢ちゃん方は、大丈夫か?」 ブリリアントの防波線を零れた攻撃を的確に撃ち抜きつつ、足元を這いずってドアに近づこうとした蟹の脚を踵で踏み砕きながら、桐生は最前線を見やった。 勢いの衰えない爪の奔流に向かってブラックジャックを振るいながら、ジルは唇を噛む。攻撃に専念する彼女に代わって防御を担うヴァージニアのダメージは、そろそろ限界に達しつつあった。 「まだ、退がるわけにはいかない……!! せめて大和たちがデータを回収するまで、保て、ボクの身体……!!」 決死の覚悟で猛攻の中に身を投じるヴァージニア。その背を押すように、天使の息が彼女を包んだ。 「光、ありがとっ!!」 赤い格子の向こうで、光がぐっ、と親指を立てる。 陽動班の奮闘によって詠唱の隙を得た光が、傷ついたメンバーに次々と癒しの風を届けていた。各人に天使の息が届く隙間をこじ開けるのは、連続的に放たれるウルザのピンポイントスペシャリティ。 端末のディスプレイには既に光が灯っている。起動が完了すると大和はUSBメモリを接続し、目的のファイルをコピーするためのパスコードを打ち込んだ。すぐさま複製が始められるが、流石に膨大な情報量、コピーの進行を示すゲージは、中々進まない。大学備えつけの研究設備。決して遅くはないそのコピー速度が、遅々として感じられる。 『65%』 『82%』 『99%』 『記憶メディアを取り外せます』 そのメッセージを目にすると、大和は仲間達に向かって声を張り上げた。 「回収が終わりました!もう遠慮はいりません!!」 その叫びを皮切りに、リベリスタたちの集中攻勢が、始まる。 まずはウルザのピンポイントスペシャリティが、本体の目の前に大きな空間をこじ開ける。そこに滑り込んだ躑躅子、ヴァージニアの両クロスイージスが、本体を守っていた甲殻の厚い壁、最後の防衛線を魔落の鉄槌によって完全に打ち砕いた。遂に全容を現した培養機、その銀色の筐体に向けて。ジルが至近から致命の一撃を振り下ろした。 鈍い音と共に醜くひしゃげた培養機から、粘性を帯びた灰色の塊が飛び出す。淀んだ潮の臭いをまき散らすそれは、『キャンサー』の本体だった。 勢い良く噴き出し続けていた脚の奔流も、致命を受け、なおかつ培養機を破壊されてその速度を大きく鈍らせている。 と、本体の一部がずるりとはげ落ち、無数の脚をせわしなく動かして出口へと敗走を始めた。 「株分けときたか……させるかよ!!」 知能を持たず、ただ猛然と出口へ突き進むキャンサー分体に、桐生は真正面から早撃ちの銃弾を叩き込む。 連続するダメージに怯んだそれを、ブリリアントの雷撃を帯びた渾身の一撃が叩き潰した。荒れ狂う電熱によってスプリンクラーが作動し、リベリスタたちの上に雨のごとく降り注ぐ。濁った液体を噴出しながらのたうつ分体に、光の疾風居合い斬りが。桐生のナイアガラバックスタブが、とどめを刺した。 「もう一匹いるわよ!! 下!!」 逃走経路を冷静に観察していたジルは、もう一方の分体が、彼らが築いた甲殻の残骸の山に潜り込んだのを見逃さなかった。ハニーコムガトリングによって、本体が隠れたあたりに積もった殻の残骸を、一気に打ち払う。赤い粉塵の先に—— 「見えた!!」 逃走経路妨害へと走っていた大和が、残された本体の姿を視認する。 「あなたが癌細胞だというのなら、ここでその存在全てを切除します! 外の世界に転移などさせてたまるものですか!!」 「その通り!!」 ウルザの気糸が地に縫い付けた最後の本体に、大和の放ったカードがまっすぐに、破滅を。終焉を。告げた。 動かなくなった『キャンサー』を見下ろして。甲殻の残骸に埋もれて。リベリスタたちの鼓膜を揺らすのは、雨音のようなスプリンクラーの水音ばかり。 降り注ぐ水と。 蟹が吐き出した潮の中で。 海の、匂いがした。それは全ての生物が、生まれ、帰る場所の匂いだった。 ●Answer/Cancer 「学がねぇからうまく言えねぇが、ありゃあバケモンだ。生物とは、思えなかったな」 溜め息に紫煙をのせて、桐生は呟く。 「ボクなりに考えたんだけど、少なくとも、生命活動をしていればとりあえず生物とは呼べると思う。だけどもし生物の定義に心とか魂とか、そういうものが必要なんだとしたら、違うんじゃないかな」 ヴァージニアは、先程駆逐した『心のない』獣の姿を思い浮かべる。 「ううん……やっぱり分かんないや。だいたい人間の視点だけで生物かそうじゃないかの定義を決めるなんて勝手な話だよ」 戦いのあと。通された別室で。顎の前で手を組み、興味深げにその話を聴いているの白衣、白髪、白髭の壮年こそが今回の依頼者、風見教授だった。 「生きているかどうかというのは画然と決められるものではないのではないでしょうか? 生命と非生命の境界は線ではなく曖昧な領域を含むグラデーションだと思います。それをふまえてお答えするなら、そうですね」 躑躅子は鋼の左手をきゅっ、と握りしめ、口元に穏やかな笑みをたたえながら言った。 「私たちメタルフレームの機械部分程度には生きているといえるのではないかと思いますよ」 「まぁ、確かに、生物ではあったわよ。ただしアメーバレベルで。100年経ったって知的生命体の仲間入りは出来そうになかったけど。 自意識のない抜け殻になったって、生き物は生き物よね。尊厳とか意味とか、考えるのは余分な知恵付けた連中だけ」 飄々と語っていたジルだったが、ふと、沸き上がる疑問に表情を曇らせる。 「……逆に言えば、尊厳とか意味とか考えるの止めたら、あたし達とアレと大して違いは無いって事よね?」 「うう……そんな難しいこと聞かれても分からないです。でも、難しい事って割とどうでも良いことが多いのです。だから『生命の定義』なんてきっと、どうでも良い事なのです」 「成程、そういう考え方もあろう。私とて、そう考えられたらどれほど幸せだったか」 光の答えに、風見教授は目を細める。 「オレはあいつ、生物じゃないと思うな。生物の一部ではあっただろうけど。 自己複製する以外に能があるなら考え直すけどさ。菌みたいに酒つくったり、味噌つくったり、とか」 「ふむ、しかしあのエリューションは、『殺人』を犯す能力があったのではないかね?」 教授はウルザに問いを重ねる。 「人殺しなら、アーティファクトにだってできるさ。アレを生物と呼ぶなら、なんだって生物にできるよ。区別自体に意味がないね」 「意思持たざる物は命にあらず! ただの有機化合物であるっ」 ウルザに同調するように、ブリリアントはきっぱりと言う。 しかし彼女の心にはちいさな……しかし見過ごすことのできない疑問が。 彼女はアークとTEAMが命じるままに闘う。そこにブリリアントの意思が介在する余地はない。それは言葉と、彼女の存在の定義に生じた矛盾。かちり、と何かが切れる音がして。 (なにも、まちがってなど、いないーー) ブリリアントの瞳が、どろり、と濁った。 「……最後に、そこの君はどうだ」 「脳死した人を人として扱うのか、それとも死者として扱うのか、それが博士にとっての答えではないかと思います」 大和はあっさりとした答えを返した後で、僅かに声を落とす。 「それと、私からもひとつ、質問させて下さい」 「ああ、構わんよ」 「貴方はここで一体どんな研究を……ここでエリューションが発生したのは、本当に偶然なのですか?」 風見教授はふっ、と浅く笑うと、瞳の色を眼鏡の奥に隠した。 「科学の進歩とは須く偶然の積み重ねだよ。人間の作為は、その偶然を『比較的起こりやすい状況』に導くに過ぎない」 「それでは、そこには何らかの作為があったと、あなたは認めるワケだ」 ウルザの問いに、教授は首肯する。 「否定はするまい」 「貴方が何かを発明したのなら、それを使う前にしかるべき機関に相談してくださいね。それが貴方の、『罪』と『功』の境目だ」 「……私の業は『功』ともなりうると? ご忠告感謝しよう。……ウルザと言ったか。異端の科学に対して、君のような理解を示してくれる者は、ここ三高平においてもそう多くはない」 意味深な笑みをたたえてリベリスタ達を睥睨した後で、風見教授は立ち上がる。 「リベリスタ諸君。今日はご苦労だった。データ回収に留まらず、興味深い話まで聞かせてもらったこと、感謝する。……やはり、この世の理の外を覗いた者たちの言葉は、面白い」 「どこへ行くんですか」 「地下へ。エリューションのサンプルを採取できる機会など、そうそうないのだからね。 そうそう、最後に私見を述べるとするなら、あれは『生命』ではなかろう。あのまま、ではね——」 白衣の背中越しに語ると、風見教授は地下へと。闇へと。獣の死が充満した場所へと。降りていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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