●彼へと続く前奏曲 彼はずっと独りだった。 裕福な家庭に生まれ、何一つ不自由なく暮らしていた彼は、しかし親の愛に恵まれず、満たされぬ心の飢えを胸に日々を暮らしていた。 ずっと独りでただ虚空だけを見つめて暮らしていた。 そんな彼の目は、物心つく頃からある不思議なモノを映すようになっていた。 ソレはひどく不確かなもの。じっと眼を凝らさなければ見ることはできず、ともすればそこに在ったことさえ忘れてしまいそうな、希薄なソレ。 彼は幼いながらに、そして本能的にソレは幽霊は心霊現象の類でないことを理解していた。――ソレは、もっと自分に近しいものなのだと識っていた。 そしてソレはいつも人や物の内に潜んでいた。何十人、何百個、もしかしたらもっともっと少ない、本当に限られた物の中。その内に潜むソレ。 ソレは今か今かと外に出る機会を伺っている猛獣のような存在だった。 ある時、彼は親の都合で国外で開かれる社交界に顔を出すことになった。 ――そこで彼は今まで視たことがないほどに鮮烈な存在感を醸し出すソレと出会うことになる。 ソレは黒い神父の格好をしていた。 黒い黒い存在。彼以外の誰もが見て見ぬ振り……いや、本当に見えていないかのように、だけどその見えぬ何かを避けるようにぽっかりと空いた空間の真ん中に、神父は立っていた。 彼だけをただ見つめていた。 まるで心の奥底まで見透かされているような、そんな得体の知れない恐怖に身を震わせる彼に、神父は優しく微笑みかける。 『――――』 果たしてその時神父は何といい、自分は何と返しただろうか。 ――気がつけば既に神父の姿はそこにはなく、彼の手には黒い革張りの本だけが残っていた。 その本の使い方は、その時に聞いたものか――それとも手にした瞬間に理解したいたのか。 帰国した彼は、その本を使ってソレに語りかけていた。 今までは見ていただけで、触れ合うことができなかったソレ。初めての相手は、小さな石ころに宿った存在だった。 覚醒(め)ざめた直後のソレは、彼に対して警戒心を露わにしていたものの、何度か呼びかけ続けるうちに少しずつ反応を返してくれるようになった。 そうすると自然と愛着が沸くもので、彼はソレを自分の秘密基地へと持っていって大事に大事に可愛がった。 するとソレは次第に存在感を大きくしていき、やがて僅かにだが動き始めるようになった。 彼は友達が動けるようになったことを喜んだ。 きっとソレを見つけられるこの目は。そしてこの本の力は特別なものなんだと信じて止まず、その後も宝物を見つけるような感覚でソレを集めて回った。 人の中に潜むソレには怖くて話しかけられなかったけれど、それでも随分多くの友達が集まった。 ある日、死んだ雀の中にソレがいるのを発見した。 死体というのがちょっと怖かったけれど、人や、生きてる物の内にいるソレに話しかける練習だと思って、彼は雀の死体を秘密基地へと持って帰って話しかけるようになった。 ソレはひどく弱っていてなかなか反応を返してくれなかったけれど、他の友達と一緒に励ましていたら、少しずつ元気になってようやく動けるようになった。 その日はすっかりと日が暮れてしまっていて、だから明日になったら皆で一緒に遊ぼうねと約束して、その翌日―― 彼は無惨にもぼろぼろになった秘密基地を目の当たりにする。 粉々になった石ころだったもの。鞭のようにしなやかだった木の枝だったもの。昨日ようやく動けるようになった雀だったもの。 ソレらが転がる真ん中に、一人の女が立っていた。 女は「危ないところだったね」と言って彼の頭を優しく撫でた。 曰く、彼の友達だったものは世界を破滅へと導く悪しき存在だったのだと。だから退治したのだ、と。 そして女は彼に相談を持ちかける。 『君のその力を、世界の為に役立てない?』 彼は、その誘いを承諾した。 世界のことをもっともっとよく知るために。 この女のように強くなるために。 ――そして、いつか友の復讐を果たすために。 ●今を紡ぐための追奏曲 「……少し前に起こった猫かぶりの少女の事件は覚えてる?」 『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)の言葉に何人かのリベリスタが苦い顔をするのがわかる。 「二つの人格を宿した少女のノーフェイス。彼女が完全に覚醒するきっかけとなったパーティー。そのパーティーを開く口実となった連続殺人事件……。あれから少し調べたんだけど、その事件の……おそらく最初の犠牲者と思われる人物の身元が判明したわ」 イヴはわずかに眉を寄せながら手にした資料に目を落とす。 「犠牲者の表向きの職業はフリーのジャーナリスト。だけどその正体は私達と同じく世界の調和を守るリベリスタ。……どうやら彼は、一時そのリベリスタに師事して共に活動していたみたい。それが何があったかは不明だけれど決別し、リベリスタの女性を殺した」 そして彼はフィクサードとなった。 そのリベリスタの女性が彼の抑止力となっていたのか、それは今となってはもうわからないけれど。女性を殺してから、彼による犯行が加速度的に増えていることは事実だ。 彼の周辺で起こった猟奇殺人のレポートをめくりながら、イヴが冷静に解析する。 「その手法はどれもばらばら。実行犯は複数人……おそらく主犯である彼以外はほぼ毎回違う人物が関わっているとみていいわね」 その全員がフィクサード、ないしノーフェイスだという。 「何故、彼の周りにそれほどの数の『因子持ち』がいるのか。それは彼がソレを探すのに特化した能力者だったから。そしてどうやって入手したのかは不明だけれど……どうやら彼は眠っているソレを覚醒させる力を持ったアーティファクトを所持している」 その因子を孕んでしまった物質。もしかしたら覚醒せずに生涯を終われたかもしれない運命。彼はソレをアーティファクトの力によって強制的に呼び覚ますのだという。 「そして彼は巧みな話術で取り入り、覚醒者達を配下へと組み入れる。……連続殺人の真相は、その覚醒における過程で生じた被害みたい」 そうして覚醒者は既に自らが人外である事実を突きつけられ、同時にもう後へは引けない事を思い知る。 「……何故、彼がそうやって覚醒者を増やしているのかの理由は定かじゃないわ。でも彼は意図的に覚醒者を増やしている。これはアークとしても看過できる事態じゃない」 だから、と。 「今回の任務は彼の討伐及びアーティファクトの破壊。……またはそのような行為をやめるよう説得すること」 もっとも、やめさせたところで彼の罪が消えるわけではない。説得に成功した場合でも、最低でもアークへの同行は不可欠だろう。 「……説得する場合、フィクサードの仲間はともかくノーフェイスの仲間がネック。彼が仲間のことをどう思っているかはわからないけれど、説得はかなり難しいと思っていいかもしれない」 カレイドスコープによると彼は現在、彼の持つ隠れ家にて新たな『因子持ち』を覚醒させようとしているらしい。 彼の屋敷は前回の騒ぎで警備が強化され、容易に近づくことはできない。そのため、屋敷を離れている今がチャンスだという。 「それじゃあ、行ってらっしゃい。……貴方達の選択が、貴方達の最良になるように祈ってるわ」 前回の戦いで負った彼の傷は既に癒えている。 だから油断しないで。そう呟くイヴの言葉を胸にリベリスタ達はブリーフィングルームを後にする―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 3人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月12日(土)02:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 3人■ | |||||
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●終末哀歌 その本はどこまでも深く、黒かった。 まるで深淵を覗き込むように、本の向こう側から何かに見つめられているかのように錯覚させる漆黒。 「そんなに、これが珍しいですか?」 その漆黒の本をじっと見つめる少女に彼が苦笑混じりに尋ねれば、少女はこくりと首肯を返す。 「……昔は、今よりも更に深い黒をしていたんですがね」 この本も、そろそろ限界なのだろう。 保ってあと一回か、二回。 それでも彼は本を使用することをやめない。 彼の半身であり、パートナーであり、長年の友。永い時間を共にしてきたからこそ、彼は迷いなく本を使う。 「……こいつも、そうされることを望んでいますからね」 愛しげに目を細め、本の表紙を優しくなぞる彼。 「さて、それでは始めましょうか」 言って、彼の声は穏やかに眠気を催す不思議なリズムを刻み始める。 少女は目を閉じて、そのリズムに耳を傾ける。 「ほんの少しだけ、眠ってください。そうすれば……すぐに終わりますから」 やがてこくりこくりと、船をこぎ始める少女を確認して、彼はゆっくりと本を開く。 そしてその一説を口にしようとして―― 「――待て」 ばたん。とドアが開く音がして、彼は振り向く。 「おや。こんな森の中にお客人とは珍しい」 手にしていた本を一旦閉じ、彼は声の主、『蒼雷』司馬・鷲祐(BNE000288)と対峙するため立ち上がる。 「いや、お客人というよりも……手癖の悪い盗人、でしょうか?」 そして外気が内へするりと侵入するように、鷲祐の後ろから音もなく侵入を果たしていた黒い影――『宵闇月夜の燐刃』クリス・ハーシャル(BNE001882)の進路を妨害するように帯刀していた小剣を抜き放つ。 「……お前は今、何をしようとしていたんだ?」 クリスの目的は少女を確保すること。だがその前に立ちはだかる彼にそれを許すような隙は見あたらず、クリスは舌打ちをしつつ一度距離を取る。 「それは、既に貴方達も知っているでしょう? だから、それを阻止しようとした」 「お前にとっての『友人』を作る、か?」 「それでは正解の半分、でしょうか」 くすりと微笑む彼に、鷲祐は無言で先を促す。 「人物を問わず。有無を言わさず。認めようが認めまいが内に宿してしまったソレ。それは、運命の祝福に恵まれないとしても……宿命として全て受け入れるべきものだとは思いませんか?」 それは、彼が抱く歪んだ価値観。 鷲祐の表情が苦く変化するのにも気づかず、彼は続ける。 「ソレも既に自身である以上。全てを知ったうえで、自身で判断をくだすべきだとは思いませんか? ぎりぎりまで生きて、生き続けて、穴と成るを良しとすること。最後まで足掻いて、生を謳歌して、死を選ぶこと。それらは、誰にも与えられた、生きとし生ける者全ての権利だとは思いませんか?」 彼女はそれを蔑ろにした。彼と本を使って、世界の仇となる可能性の芽をひたすらに潰していった。 だから殺したのだ、と。 全ての志半ばで道を閉ざした友の復讐を果たしたのだ、と。 「……俺としては、彼女のやり方にも問題はあると思っている。だが、それと同じように。今のお前も肯定はできない」 首を振り、やや大げさに。彼の注意を鷲祐にのみ注がせるために。 「もしも過去に、誰かがお前を止めていればあるいはと思うが――」 一歩。二歩。ゆっくりと彼に近づき、 「そんな悲しい理由で『友達』を増やすのはもうやめるんだ!」 その背後から、『素兎』天月・光(BNE000490)がトップギアの速度から彼に体当たりを仕掛ける――! 「くっ……!?」 一瞬の動揺。その隙を狙ってクリスも再び動き出す。 その手に持つ霊刀を下段から切り上げて小剣を弾き、未だ眠り続ける少女の方へと駆け寄る。 ちらりと少女の方を見る彼。今、クリスを狙えば少女にまで被害が及ぶか……彼はそう判断し、光の方を睨みつける。 「狙いは……この本ですか?」 決断後の彼の対処は素早かった。 クリスによって弾かれた小剣をその勢いのまま振りおろし、光の体当たりを牽制。バックステップで体勢の立て直しを図る。 「君の願いは復讐……彼女を殺してなお、当てつけのように繰り返される復讐。それを正当化して続けるようなことは、もうやめるんだ……!」 それは彼女が殺し、壊し続けたモノを生かし続けることで反抗しようとする……まるで子供のような感情だと、光が糾弾する。 「あるいは自分と同じ立場に他人を引き摺り下ろし、己の孤独を誤魔化したいだけか」 鷲祐が呟きながら背後を見やれば、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)がライフルを構えつつ、クリスと少女を出口へと先導しているのが見える。 ならば、もう遠慮はいらないか。 眼鏡を中指で掛け直しながら、鷲祐はもう一度だけ心の中で先の言葉を繰り返す。 もしも過去に、誰かが彼『ら』を止めていれば。運命を弄り、戯れる前に手を取り合えれば。 だが、 「――もう遅い」 速さを真髄とするソードミラージュが二人。 彼を止めるために、推して参る――! ●幻想夢想曲 隣の部屋が、何か騒がしい。 そこには現在、彼と彼が連れてきた少女しかいないはずだが……。 左側の部屋で寛いでいたスターサジタリーの少女が不審げに眉を顰め、目を落としていた雑誌から視線をあげる。 「少し、様子を見に行ってもらっていいかしら」 デュランダルの少年に右の部屋への様子見をお願いするスターサジタリーに、やれやれといった感じでデュランダルが頷き立ち上がる。 スターサジタリーも用心にと愛用の弓を手元へと引き寄せて――がちゃり、と突然外へと通じるドアの開く音に身を硬直させる。 「動く、な」 ドアを開いたのは『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)。そしてその後ろからその身を拘束するように気糸を放つは『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)だ。 その不意打ちによる気糸に腕をとられるスターサジタリー目掛けて終が突撃を仕掛けようと走る。が、 「――ぐるる!」 その突撃は巨大な猫ビーストによって阻まれる。 「オレの相手は、君か……!」 鋭い牙の攻撃を左に持った短剣でいなし、その勢いを利用して猫ビーストと共に横転して他のリベリスタ達の為の戦闘領域を確保する。 「お前達――誰?」 顔全体を覆う仮面をつけたノーフェイスの少年が言葉少なに尋ね、一歩前へと出る。 「お前達に言ってもわからんかもしれんが……ま、このログハウスの主と因縁浅からぬ仲の者ってところだな」 ノーフェイスの問いかけに答える『輝く蜜色の毛並』虎・牙緑(BNE002333)は、挨拶代わりと言わんばかりに重く巨大な大剣を振り回してノーフェイスを攻撃する。 「……まさか、貴方達が噂のアークとかいう組織ですか?」 「そうだと言ったら、どうします?」 ゆっくりと神経を集中させていく『ガンランナー』リーゼロット・グランシール(BNE001266)の冷たい視線がスターサジタリーを見据える。 「では、向こうの部屋がなにやら騒がしくなったのも……貴方達のお仲間のせいですか?」 「そうだと言ったら、どうするのデス?」 先のリーゼロットの言葉に被せるように、『飛常識』歪崎・行方(BNE001422)が挑発的にスターサジタリーを見て笑う。 「もちろん、決まっています」 スターサジタリーは行方と同じくにこりと笑みを浮かべると、腕にまとわりついた気糸を振りほどき、番えた矢を射放つ。 狙うは一点。リベリスタ達が散開しきらぬ入り口付近。 「――貴方達を倒して、彼の元へ急ぐだけです!」 放たれた矢は数条の光となって狙い違わず、リベリスタ達へと襲いかかる。 そして先手を打たれたイニシアチブを取り戻そうとしてか。その矢に追随するように、デュランダルが飛び出す。 「彼はつい最近もある人間の運命を弄び、見殺した。貴方はそんな彼に、協力するんですか?」 そのデュランダルの行動に『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が反応し、剣戟を交えながら話しかける。 「……ふん。お前等も、似たようなものだろう?」 「何を――」 「運命に愛されなかった者達を見殺すのは、お前達も同じだ!」 横に薙ぐ一撃は、剣圧だけでも木を倒さんばかりの勢いで舞姫へと襲いかかる。 「違うよ。オレ達は……少なくとも、強制的に君達を覚醒ざめさせたりはしないよ」 猫ビーストの牙を受けきれず、肩口から肘にかけての裂傷を負った終が舞姫の隣へと移動しながらデュランダルの言葉を否定する。 「君は……覚醒したかった?」 そして目の前にいる猫ビーストに、問い掛ける。 おそらくこちらの言葉は理解できないだろうし、またこちらも向こうの感情は理解できないけれど、問い掛けずにはいられなかった一言。 「お前も、どうなんだ?」 ノーフェイスが繰り広げる連撃をその身で受けながら、牙緑がノーフェイスを切りつける。 それはまさに肉を切らせて骨を絶つという言葉がふさわしい一撃。 鈍くなったノーフェイスの体を、リーゼロットのハニーコムガトリングが正確に捉える。 「……独りは、寂しい」 ノーフェイスの独白は、その連射される銃撃音に紛れて、天乃の耳にのみ微かに届く。 「…………」 その呟きは、彼らの仲間になれたことの肯定か。それとも運命から見放された者の嘆きか。 どちらとも取れる言葉を、しかし頭を振って脳裏から追い出す。 彼らの動揺を誘うつもりで逆に動揺させられてどうする、と自身に言い聞かせて天乃は気糸を手繰る。 「これ以上、その子をやらせはしません!」 スターサジタリーの幾度目かの範囲攻撃は、ノーフェイスを囲うリベリスタを中心に襲いかかる。 「これ以上、やらせないは……こっちも同じ」 天乃の表情から直感で何かを感じ取りはしつつも、エリス・トワイニング(BNE002382)は自らの役目に徹する。 「今日も……受信感度、良好……。天使の福音……鳴り響いて……」 否、回復手段の乏しいリベリスタ達に降り懸かるきわめて精度の高い攻撃に、回復要因としての役目に徹さざるをえない。 ――だがそれでも足りない。はやく一人でも落とさないと、こちらが落ちるか。 スターサジタリーの遠距離攻撃、そしてノーフェイスの捉えがたい斬撃に一番の深手を負った牙緑が一度大きく息を吸い、覚悟を決める。 迫りくるノーフェイスの一撃。致命傷は免れないと判断し、牙緑は甘んじてそれを受け入れる。 「――っ!」 わき腹からせり上がる激痛に意識を浸食されながら、意志の力で踏みとどまる牙緑。 「ここだ――隙だらけだぜ!」 超至近距離からの、袈裟斬り。 雷撃を伴ったそれは、もはや破壊といっても差し支えのいない威力をもってフィクサードを斬り伏せる。 「う……ぁ………」 うつ伏せに倒れ込んだフィクサードは痙攣し、やがて沈黙する。フィクサードが完全に動かなくなるのを確認して、安堵の息をつく。 「て、めぇら……!」 だが敵はその一時さえ許しはしない。 仲間を殺され、明確な殺意を宿したデュランダルが舞姫のブロックを振りほどき牙緑へと一閃を放つ。 「させないデスヨ」 だがデュランダルの攻撃は行方によって阻まれる。 「これは選別デスヨ。運命に拒否された者達ノ。恨みも呪いも、精一杯殺しあうことで抵抗する、彼らの選別デス。アナタに邪魔はさせマセンヨ。アハハハハ!」 両手に持った包丁を腕をしならせるようにして振り回し、デュランダルを押し戻す。 その隙に牙緑は一旦後衛へ、天乃は猫ビーストの足止めをする終の元へと向かう。 「どう?」 「リーゼロットさんとエリスさんの援護もあって何とかってところだね。ただ……」 終がついっと視線をスターサジタリーの方へと向ける。 「さっきから、彼女が口笛でこの子に指示を出してる」 そのせいで猫ビーストの動きが格段に良くなっている、と。 「……わかった。それじゃあ、ちょっと邪魔してくる」 「ごめんね」 「問題ない」 ひらりと身を翻し、スターサジタリーの視線から逃れるように身を屈めその死角まで接近する。 「……爆ぜろ」 そして自身をも巻き込む死の爆弾を植え付けて爆発させる天乃。手応えはかなりあったが、果たしてどれほどの傷を負わせられたか……。 「……悪くない、強さ」 爆発後の一瞬の視界の悪さも消えて、天乃は思わず「ふふっ」と笑みを浮かべる。 「これは一応、勧告なのだけど……こちらには、貴女とデュランダルの彼を受け入れる用意がある。受けて、くれない?」 そこには多少の傷を負いながらも、まだ弦を張ってこちらを睨みつけるスターサジタリーの姿があったから。 「そうですか。……一つ、確認ですが。もしも貴女なら、突然奇襲を仕掛けてきた相手の言うことを、信用できますか?」 「少なくとも、貴女達に色々と隠し事をしている彼よりは誠実に接しているつもり、だけど」 「彼のことを悪く言わないでください!」 スターサジタリーが振り絞った矢は先ほどまでよりも更に精密に、天乃の左胸のみに向かって射られる。 「彼は、少なくとも私達に必要な全ての情報を教えてくれているわ。その上で、私達に選択肢をくれている。彼は、彼は……!」 「俺達の、全てだ」 いつの間にか、行方によってスターサジタリーの隣まで追い込まれていたデュランダルが後を引き継ぐ。 「貴方達は、降伏さえするなら……命だけは助けられますよ?」 そう最終勧告を突きつけるのは、先ほどまで猫ビーストを中心に狙っていたリーゼロット。 「あの子も、いきましたか。……もしもあの子が望むのなら。向こうへ送ってあげるのは、私だと思っていたんですけどね」 その瞳に若干の憂いを含ませるスターサジタリーに、デュランダルは「世の中そんなに甘くないってこったな」と苦笑を返す。 「ま、不退転ってやつだ。この世界がそんなに甘くないというのなら――お前達にもそれを味わわせてやるよ」 既に舞姫と行方、二人の足止めでフェイトをかなり使用しているデュランダルが、それでも戦闘スタイルを変えずに行方に向かって突進を仕掛ける。 スターサジタリーも、デュランダルをサポートするように照準を行方だけに合わせて矢を引き絞る。 一人でも多く。少しでも多く。リベリスタ達からフェイトを奪うために。 「アハハ……いいデスネ。そちらがそう出るのなら――思う存分、殺し合いマショウ?」 デュランダルの大剣を両手の包丁で受け止め、スターサジタリーの矢を腹部に受けながら行方が笑う。 「全ては運命の導きのままに、デスカ。最低で最悪で――最高の現実デスネ。アハハ!」 なればこそ。 彼らを導いた、その運命を――完膚なきまでに叩き壊してやろう。 ●終曲愛歌 「……お前は、彼女と一緒に何年も過ごしてきて、彼女の仕事を手伝ってきて、なにも学ばなかったのか? 復讐することだけを考えて……彼女に愛されてると思うことはなかったのか?」 全てが静寂に包まれる中。聞こえるのは彼の荒い息遣いと、牙緑の声のみ。 「さぁ……どうだったでしょうね……」 彼女はどんな時も笑顔を絶やさない人だったから、と彼は苦笑する。 「僕は能力柄、人の心を読むのは得意でしたが……ついぞ、彼女の心の中だけは……読み切れませんでしたから」 「それじゃあ、君は? 彼女との日々は、憎悪だけの日々だったのか?」 光の問いかけにも、彼はわからないと首を振るのみ。 だけど、 「彼女を殺すかは、結局最後まで悩み抜きました……。彼女は、確かに『友達』を殺し壊した張本人でしたが……彼女もまた、『友達』だったのですから」 結局どちらが正しかったのでしょうね。 吐き出す息に血反吐を混じらせながら、それでも口元の笑みだけは崩さずに彼は言う。 「……それが本心からの言葉なら、君に必要だったのは、こうやって過ちを正す人だったんじゃないかな」 彼女がどうやって彼に接していたかはわからないけれど。 「彼女の死と共に全ては手遅れ、だったのかな……」 光の言葉に、彼はゆっくりと頷く。 「そうかも……しれません……」 ごふっごふっと一際大きな血塊を吐き出して、彼は懐から漆黒の本を取り出して、胸の上に置く。 「せめて、その本と共に屠ってやろう」 「ありがと、ございます……」 そして静かに本と、心臓の上に突き立てられるナイフ。 「……最期まで、笑顔のままなんだな」 ――彼女と、同じように。 光となって消滅する本を横目に、クリスが呟く。 「憎悪も、愛情も、どちらも燃え上がるもの……。案外、彼の復讐も表裏一体だったのかもね」 クリスの呟きに、終が返す。 それは彼にすらわからなかった、もう誰にもわからないことだけれど。 もしそうだとしたら――そこに、ほんの少しだけ救いがあるのかもしれない。 「……外で少女が待ってる。そろそろ、行こう」 入り口の付近で星龍がリベリスタ達を促し、 「そうだな」 リベリスタ達が動き出す。 少女は現在、クリスの簡単な説明もあって大人しくしているが……。 「……願わくば、彼女が永遠に覚醒ざめないことを祈るのみ、だな」 一度神秘に触れてしまった以上、どこまで望めことかは不確かだけれど。 「彼女には平和な日常を送ってもらいたい、な」 それもまた、望んでも得られぬかけがえのない宝物なのだから――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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