●Blessed are the dead that the rain rains on. (雨に降られる死者は幸いなり) ――アメリカのことわざ ●『永遠なる安眠アスリプ』 「今回の召集は他でもなく、緊急の要請です」 アーク本部のブリーフィングルーム。そこで『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はクールな声音で告げた。 「アーティファクトを収集に暗躍するフィクサード集団であるキュレーターズギルドの作戦行動が確認されました。彼等の作戦の阻止、それが今回の任務です」 感情を込めず、事務的な口調で語り続けながら、和泉はモニターに画像を呼び出した。彼女の細い指がコンソール上を走った直後、画面に表示されたのは香水を思わせるガラスの小瓶と、その小瓶を密閉するように作られた突端がドーム上で円柱形のガラス容器だ。 「これが彼等の入手したアーティファクト――『永遠なる安眠アスリプ』。これが悪用される前に彼等から奪取してください」 和泉が静かな声で名前を口にすると同時に画像が動き、ガラス容器の中の小瓶がアップになる。 「素体となった物品は精神安定効果や安眠作用を持つアロマですが、現在は他チャンネルからの因子を受けたことで非常に危険な――殺戮兵器としても転用可能な物品へと変質しました」 極力感情を動かすまいと努めていることが伺える和泉の顔と声。だが、それでもわかるほどに大きな動揺を必死に押し殺しながら、彼女は一度深呼吸すると、続く言葉を唇に乗せる。 「この液体を摂取した生物は強烈な催眠作用に襲われて睡眠状態となり、その後ほどなくして心肺機能や脳機能が停止し、それに伴い肉体的な死亡状態を迎えます――つまり、深い眠りについたまま死亡することとなります」 そこで一旦言葉を切った和泉は小さく息を呑むと、モニターに今度は画像ではなく映像を映し出した。薄ぼんやりした背景であることからも、その映像はフォーチュナの予知した光景であるようだ。 映像の中では、スクランブル交差点を行き交う多くの人々が一斉に道路へと倒れ、そのまま動かなくなった光景が繰り広げられており、震える指を必死に抑えてそれを示しながら、和泉はなおも語り続けた。 「この液体は極めて揮発性が高く、一度開栓すれば数秒で周囲に広がり、影響を及ぼします。しかも、親水性も高く、雨天時であっても降雨に溶け込み、皮膚組織から体内に入り込むことによって効果を及ぼすという性質も持ちます」 堪らなくなったのか、和泉は些か乱暴にモニターのスイッチを押した。スクリーンセーバーになったモニターを見る和泉の唇は噛み締められており、彼女は何かを隠しているようにも感じられる。 そんな彼女は、唇を更に噛み締めて搾り出すように時刻を告げた。 「作戦決行は当該時刻。気象予報では雨天時と予測されます」 事務的な声で告げた和泉はそこで一度黙り込むと、彼女にしては珍しく、大声を上げて叫ぶように言った。 「空気中に揮発する晴天時よりも、降雨に混入して散布される雨天時の方が拡散距離が若干少ない――その事実を突き止めたアークが、もしも作戦が失敗した時に備えて決定した作戦時刻です……ッ! もしもの時は少しでも被害を減らすために……ッ!」 メガネを外し、目元に滲んだ涙と切れた唇を濡らす血の点を素早くふき取ると、和泉はモニターにルートの線が引かれたマップを画面に呼び出す。 「これが今回の輸送ルートです。奪取のタイミングは最も降水量の多いこの時刻――即ち、アーティファクトがこの市街地を通過するタイミングとなります。なお、このアーティファクトを輸送しているのは甲田マトイ(こうだ・―)というフィクサードです」 その名前を告げると共に和泉はモニターにポートレートを表示する。画面に映っているのはクールな印象を受ける青年だ。 「彼はキュレーターズギルドより、昆虫たちの支配する異世界――『蟲肉蟲贅なる妖貌(ちゅうにくちゅうぜいなるようぼう)インセクタ』の影響を受けたアーティファクトである『一騎当千の蟲鎧(いっきとうせんのちゅうがい)』の一つ――『ビート・ビートル』を供与されています」 アーティファクトの名前を告げた和泉がコンソールを操作すると、クールな青年の姿が等身大の甲虫の姿へと切り替わる。黒光りする漆黒の甲殻を全身鎧のように纏い、兜に当たる部分に角のようなパーツが目立つその姿は、まるで人型のカブトムシのようだ。 「アーティファクトの効果は瞬間的に特殊な防具を生成し使用者に装備させるというもの。また、この防具はパワーアシスト機能も有し、一種のパワードスーツとしての役目も果たします。よって防御力とパワーは常人を遥かに凌駕することが可能です」 解説を続けながら和泉は更に画面を切り替えた。次の画面に映っているのは、人型のカブトムシが走ってくるトラックを正面から受け止めたばかりか、掴んで投げ飛ばしている映像だ。 「『アスリプ』の入手には、彼と交戦して強奪する必要があります。なお、防具を生成する触媒――即ちアーティファクトの本体は彼のベルトのバックルとして装飾品に偽装されているようです」 そこまで説明すると、和泉はリベリスタたちに向き直る。そして、真剣な面持ちでリベリスタたちを見つめると、こう告げた。 「危険な任務であることは間違いありません。ですが、罪の無い人々を危険に晒さない為にも、どうか出動をお願いします」 そして和泉はヘッドセットマイクを外して卓上に置くと、深々と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月05日(土)22:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●アイソレイト 「来たぜ……甲田だ」 工事中のトンネルの中で、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は仲間たちに向けて呟いた。 今、彼等がいるのは郊外のトンネルだ。丁度、工事中で一般人が近くにいなかったトンネルを発見した彼等は、そのトンネルから作業員たちを退去させ、今回の戦場に選んだのだ。 アークから下された本来の任務は市街地での迎撃。しかし、彼等はより被害の少ない方法を考えた結果、現場の判断で交戦位置を変更することにし、その結果として選ばれたのがこの郊外のトンネルというわけだ。 「まあ、作戦無視については現場判断って奴だな。後で室長にこっぴどく絞られるとするさ」 事も無げに言ったのは、『』廬原 碧衣(BNE002820)だ。彼女は落ち着き払った様子で、遠くに見えるトンネルの入口から入ってくる一人の青年の姿を見据えている。 「失敗を恐れる必要などないはずだ。私達ならやり遂げられる」 自信に満ちた声で言うのは『鋼鉄の信念』シャルローネ・アクリアノーツ・メイフィールド(BNE002710)だ。 「万華鏡万々歳やね まさかルートまでわかっちゃうやなんて」 素直な感嘆を声に滲ませて言うのは、『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)。 「CURATOR……管理者を自称するとは愚図も甚だしいな。ウチんとこのフォーチュナに何てもん見せてやがんだよ。完膚なきまでに叩き潰してやる。容赦なんてしない」 静かな、しかし激しい怒りを込めた声で呟き、トンネルの入口を睨み据えるのは『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)。そして、その隣に立つ『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)も静かに呟く。 「猛毒のアーティファクトだな。そんなものは渡さないし、絶対に誰にも使わせない」 確たる決意を込めたその声に反応したのは、杏樹のすぐ近くでトンネルの壁にもたれかかって、時を待っていた『1年3組26番』山科・圭介(BNE002774)だった。 「つか毒とかシャレならんだろ。何に使う気なんだよ? テロかよ? あっぶねーな」 そうこうしているうちに、メッセンジャーバッグを背負った一人の青年がリベリスタたちの待つ場所へと歩み寄ってくる。トンネル内部の通路を塞ぐように立つリベリスタたちを前に、青年――甲田マトイは怪訝な顔で問いかけた。 「アンタたちは、一体何者だ?」 その問いかけに対し、真っ先に答えたのは冥真だ。 「お前を叩き潰して、アスリプを回収する者たちだ」 その一言、そして先程から一歩も通すまいと立ちはだかる光景を見て、マトイは眼前にいる相手を敵と理解したのだろう。彼は即座に身構えると、再び問いかける。 「なるほど。アンタたちが『アーク』という組織の手先か」 その言葉に難色を示したのは以外にも圭介だった。 「手先? ちっげーよ! いや、ちがくねぇけど……。もっと別に言い様があんだろ?」 その言葉を平然と受け流すと、マトイはベルトのバックルに手をかけた。 マトイのベルトにはカブトムシをかたどった金属製の飾りが、横向きでバックルにつけられている。その姿はまるでカブトムシがバックルの表面にとまっているかのようだ。 そして、立派な一本の角は留め金として、ベルト穴に通されている。その角はベルト穴に通した後で押さえる為か、今は逆方向に折りたたまれていた。 角にあたる留め金を掴んだマトイが、折りたたまれた角を真っ直ぐ伸びるように展開した次の瞬間、マトイの周囲の空間が歪み、次元の彼方から現れるようにして、黒光りする無数の金属塊が出現する。 よく見れば、それらは鎧のパーツのようだ。あるものは手甲であり、またあるものは脚甲であることが見て取れる。そうして召還されたそれらの鎧は、手甲ならば手に、脚甲ならば脚へと、それぞれ該当する部位へと瞬間的に移動する。 そして、その次の瞬間には移動した鎧の各部がマトイの身体へと重なり、瞬間的に装着される。 ほんの一瞬の間に、マトイの身体は黒光りする全身鎧――まるで人型のカブトムシを思わせる防具に護られた姿へと変じていた。 「え? 何? 何とかライダー? え? 違うの?」 瞬間的に武装を装着したマトイを見て、思わず口走る圭介。それがマトイの注意を引いてしまうことになった。 「まずはお前からだ! どけッ!」 鋼鉄も凌駕するほどの硬度に加え、凄まじい怪力でパワーアシストされた拳が圭介へと迫る。黒光りする鋼鉄の拳が圭介の頭部へと直撃し、彼の頭を砕く寸前、トンネル内に何発もの銃声が響き渡った。 直後に炸裂した何発もの狙撃弾は寸分違わずに同一の場所へと命中し、凄まじいパワーとスピードで迫るマトイの拳を強引に逸らさせ、その軌道を力技で変えたのだ。 そして、反響する銃音に混じって、同じく反響する足音を響かせながらトンネルの奥より歩いてくる青年が一人。その青年こそ『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)だ。 かなりの遠距離から正確にマトイの拳を狙撃した腕はもはや超人技の域だ。しかも、一発だけではない。何発もの狙撃を間髪入れずに、それも全く同じ場所に命中させることで、砲弾にも匹敵するパワーとスピードを持つマトイの拳を強引に逸らしたのだ。 「やれやれ、やたらと物騒な物を持っている様だな。その回収は勿論として――なかなか面白い格好をしているじゃないか。その計画ごと、粉々に砕いてやる」 互いの顔がはっきり見えるほどの近距離までマトイに歩み寄った龍治は、愛用の銃をマトイへと突きつけながら、そう宣言する。それに対し、ファイティングポーズを取るマトイ。その彼に対して、影時が静かに告げた。 「君の旅路も此処で終わり。ここから先へ行かせちゃいけないんだ」 正対する影時とマトイ。こうして、戦端は開かれたのだった。 ●シーク 「おいおい、『アスリプ』なんてものを後生大事に持ってるから動きが鈍いぜ。『一騎当千の蟲鎧』の名が泣いてるなァ!」 繰り出されたストレートパンチを右へのスウェイ避けながら、フツは鎌をかける。 その挑発を受けて放たれる右フックをしゃがんで避けたフツは素早く立ち上がると、近距離からマトイの腹部めがけてキックを放つ。勿論、その蹴りは黒光りする鎧に阻まれ、完全に防ぎきられる。しかし、フツはそれに全く臆した様子も見せずに、なおもマトイを挑発した。 「『ビート・ビートル』の本体はベルトのバックルに偽装されてんだろ? 本体と『アスリプ』と、両方を庇いながら戦わなきゃいけないのは大変だな」 その直後、フツをマトイの放つ拳のラッシュが襲う。矢継ぎ早に繰り出される無数のジャブを後方に飛び退いて交わしながら体勢を整えようとするフツに向けて、マトイは語りかけた。 「アンタたちの狙いは解っている。だからあえて教えてやるよ」 マトイは拳を構え直し、ファイティングポーズを取り直しながらなおも語る。 「『アスリプ』は俺の背負ったメッセンジャーバッグの中にある」 トンネル内に反響するマトイの声。その言葉にリベリスタたちの視線が一斉にマトイの背中へと集中する。自分の背中に視線が集中するのを感じ取ったマトイは、リベリスタたちを見回しながら声高に宣言する。 「そうだ。アンタたちの察するとおり、『アスリプ』は鎧の下だ」 声高に宣言したマトイの声が響き渡った直後、今度は碧衣の声がトンネルに響き渡る。 「なるほど。つまり、このまま戦ってお前を倒せば『アスリプ』の容器が割れて中身が流出する――わかりやすい脅しというわけだな」 落ち着いた声音で碧衣がマトイに問いかける。しかし、マトイは余裕の滲む声音でそれを否定した。 「いや、違うな。姉ちゃん、アンタの間違いは二つだ」 その言葉に怪訝な顔をする碧衣にマトイはなおも言い放つ。 「第一に、このまま戦った所で、『ビート・ビートル』の防御力ならば、背中の『アスリプ』を保護しながら戦うことくらいわけない」 相変わらず怪訝な顔の碧衣に対して、マトイは更に言う。 「そして、もう一つだ」 そう言ってマトイは指を一本立てると、碧衣の言葉が間違いであるとジェスチャーで伝えるように立てた一本の指を左右に振った 「第二に、アンタたちは束になってかかってきても、俺を倒せやしない」 その言葉と共にマトイは地面をパワーアシストされた脚力で路面を蹴り、まるでトップスピードに達した自動車のような速度で一瞬にして、フツとの距離を詰める。 「させはしないっ!」 「あっぶねーな!」 「ごめん、動かないで」 碧衣と圭介、そして影時の三人が気を糸状に紡ぎ上げて作り出した気糸でマトイの身体を縛り上げる。三人分の気糸を合わせた膨大な量の気糸で身体中をぐるぐる巻きにされた纏は、それでも構わずに再び路面を蹴って超加速を敢行する。 膨大な量の気糸で縛り上げているということもあって、流石に切れはしなかったが、それによりマトイを縛り上げていた碧衣と圭介、それに影時が引っ張られる形となり、三人は大きくバランスを崩す。 バランスを崩した三人を引っ張りながらなおも路面を蹴ってフツへとマトイが距離を詰めた時、引きずられながら碧衣が叫んだ。 「今だ! マトイの弱点をッ!」 その声に最も速く反応したのは杏樹だ。彼女は武器を構えると、鎧の隙間に向けて射撃を放つ。 「たとえ強固な鎧でも……隙間なら弱点の筈だッ!」 杏樹の射撃は、気糸の束からごく僅かに露出したマトイの鎧の間接部部――鎧の隙間となる場所へと正確無比に命中する。しかし、肘や膝に命中した射撃は甲高い音と共にいとも簡単に弾かれた。 「鎧の隙間が弱点? それはもっともだ」 隙間を正確無比に狙った筈の射撃を弾かれ、顔を驚愕の色一色に染める杏樹に向けて、マトイは静かに語りかけた。 「だから当然、その対策はなされている。この鎧の関節は髪の毛一本分の隙間も無い――『一騎当千の蟲鎧』をただの鎧と思わないことだ」 そうマトイが語り終えようとした時だ。その語りを遮るように、トンネル内に銃声が響き渡る。 「そんな風に自慢げに話してていいのか? 大事なバックルが丸出しだぜ?」 龍治の声が銃声に混じって響き渡ると同時、彼の愛銃から放たれた銃弾がマトイへと飛来する。その狙いは勿論、マトイのベルトに取り付けられたバックルだ。 しかし、マトイは些かも焦った様子を見せずに呟いた。 「そう来ると思っていたさ」 そして、やおら力を込めるとマトイは、なんと三人分の気糸を合わせた捕縛を内側から力任せに引きちぎったのだ。そして、自由になった腕を素早くバックルにかざし、銃弾を手甲で受け止める。 「『ビート・ビートル』のパワーアシスト機能なら、こんな細っこい糸を引きちぎるのも、バックル狙いの見え見えの狙撃より早く手でガードするのもわけない」 余裕の声で言い放つマトイ。 「だが、これ以上、こんなことをされたら――それはそれで面倒だ」 しかし、彼は唐突に踵を返すと、凄まじい勢いで地面を蹴って走り出した。 「甲虫の王者の鎧を纏っておいて、逃げ出すのか」 マトイの背に杏樹が声をかける。その声がトンネル内を幾重にも反響していくも、マトイは振り返りもしなかった。 「まさか本当に逃げたのか……?」 杏樹がそう呟いた時だった。ずっと背を向けていたマトイが急に振り返る。そして、その両手に持っていたものを見た杏樹は一も二もなく叫んでいた。 「いけないっ! みんな逃げろっ! 散れっ!」 マトイが両手に持っていたのは、勿論マトイの身の丈よりも大きい工事用の車輌だった。通常の車輌よりもはるかに重たいブルドーザーを怪力に任せて持ち上げたマトイは、事もあろうにそれを杏樹たちに向けて投げつけてきたのだ。 杏樹たちのすぐ近くに直撃したブルドーザーはその重量に違わず、着地もとい叩きつけられた衝撃で辺りを揺らし、更にエンジンが爆発したことによる凄まじい爆炎と爆音で辺り一帯を揺さぶった。 半ば密閉されたトンネル内という状況が杏樹たちのダメージへと更に拍車をかける。高温の熱風や飛来する瓦礫だけでなく、凄まじい大音響が殺人的な振動となって杏樹たちの脳内を激しく揺さぶっていく。 半ば途切れかけ、霞む意識の中で杏樹が見たものは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるマトイの姿だった。 ●グリップ 大爆発の衝撃を受けて倒れた杏樹たちの間をマトイが通り過ぎていこうとした時、いち早く立ち上がったのはシャルローネだった。日頃より鍛えられた強靭な肉体のおかげで、先程の爆発にもなんとか耐えられたのだろう。 シャルローネはマトイの進路を塞ぐように立つと、拳を握ってファイティングポーズを取ってマトイに正対する。今のところ戦いができるほどに動けそうなのはシャルローネただ一人。正真正銘、一対一の戦いだ。 先にしかけたのはマトイの方だ。パワーアシストにより強化された脚力で路面を蹴っての超加速の勢いを乗せたストレートパンチの一撃をシャルローネへと叩き込むべく放つ。 しかし、シャルローネも負けてはいない。鍛えられた肉体だからこそできる体捌きを活かし、寸前でマトイのパンチを避けると、更には超加速で突っ込んできたマトイの胴部へと掌打をクロスカウンター気味に炸裂させる。シャルローネの攻撃はそれで終わらない。掌打を当てた部分から破壊的な気を流し込み、鎧の内部へとダメージを浸透させる。 掌打の衝撃だけでなく、浸透する気に内臓を揺さぶられ、さしものマトイもたたらを踏んだ。 しかし、そのままマトイは彼女の腕を掴むと、力任せに壁へと叩きつける。そして、路面を蹴って跳び上がると、ダメージで動けない彼女に跳び蹴りを叩き込んだ。 腕を交差させてガードするシャルローネ。しかし、彼女もその場に立っているのがやっとのようだ。 改めて動けなくなった彼女たちの間をマトイが通り過ぎようとした時だった。手だけを必死に伸ばして影時がマトイの足を掴む。 「まだ、まだ逃がさないからね」 影時は必死に声を絞り出す。 「どけ」 たった一言告げると、マトイは影時を蹴り上げる。しかし、強化された脚力で蹴られても、影時は手を離さなかった。 「絶対に諦めない……まだ弱いけど、俺だって力になれるんだ……!」 声高に叫び、影時は再び手に力を込める。だが、再び幾度も蹴り上げられる影時。 「そして、この場から『アスリプ』を持っては逃がさない……!」 だが、まだ影時は手を離なさなかった。 「俺は神秘の世界に生きてるけど、こっちの世界じゃない人たちを巻き込んで死なせたくない。俺みたいに、光を失わないように……!」 何度蹴られても手を離さない影時に苛立ったマトイは、その頭を踏み潰そうと足を上げ、それを振り下ろそうとする。しかし、彼の足は空中で途端に止まった。 「良く言った影時――この勝負、絶対に諦めなかった影時の勝ちだ」 立ち上がった碧衣は朗々と言い放つ。自分の身に何が起きたのか困惑するマトイに向き直り、碧衣は言った。 「無理に動かない方がいい。既に関節の至る所が私の気糸で縛られているからな。無理に動けば輪切りになるぞ」 「関節……だと!? バカな! この関節の隙間は――」 「ああ。その通り。髪の毛よりも細く、なおかつ十分な強度を持った気糸を紡ぐには普通よりも時間がかかった」 碧衣は仲間に向き直る。 「シャルローネたちが時間を稼いでくれたおかげで十分に紡げたし、気付かれずに巻きつけることができた。ありがとう――今だッ!」 その合図と共に龍治と杏樹の精密射撃がマトイのバックルに炸裂する。だが、それにもバックルは耐えた――しかし。 「私に砕けぬものは無いっ……!」 二人からの射撃を受けて傷ついたバックルに、シャルローネの掌打が炸裂し、遂にバックルは砕けた。 バックルが砕けたことで鎧は消滅し、マトイは平時の姿に戻る。 「昆虫は外骨格が発達した分、中身が弱い。お前はどうなんだ? もしそうなら、降伏することを勧める」 武器を突きつけながら言う杏樹を前に、マトイは両手を上げた。 ●ブレイク 気糸でマトイを捕縛した冥真たちは、トンネル付近の貯水池に来ていた。 「本当にやるのか?」 シャルローネの問いに冥真は頷いた。 「肺から気管にかけて、呼吸器全体が機械化して空気清浄機になった俺にしか、こんな真似はできんだろうからな」 冥真はマトイから没収した『アスリプ』の瓶を持つと、貯水池へと飛び込んだ。そして、そのまま封を開けて中身を飲み干した。 それからしばらくして、浮き上がってこない冥真に杏樹たちが不安の色を浮かべた時、影時が水面の泡沫を指差して声を上げた。 「あっ! 生きてるっ!」 その言葉を聞くが早いか、シャルローネは貯水池へと飛び込み、冥真を抱えながら泳いで戻ってくる。 「処理できたようだな」 シャルローネの言葉に頷くと、冥真は言う。 「この毒にゃ美学が感じられねえ。毒の風上にも置けねえよ。しっかし、この毒のせいか……やたら眠いな」 無事に冥真が戻ってきたのを確認した杏樹たちはほっと胸を撫で下ろす。 そして、杏樹は持って帰るべくハンカチに包んだ『ビート・ビートル』の破片を見ながら微笑んだ。 「異界の鎧なんて面白そうだし、なにより格好いい。帰ったら修理できないか依頼してみよう」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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