●理由 Sが大学に来ない。 俺はいてもたってもいられなくなった。Sは大学に入って最初にできた友人で、サークルも同じ。親友と言ったっていい。そういう仲の人間だ。そいつが俺に何一つ告げることなく、もう二週間も姿を見せないのだから、そりゃあ心配にもなる。 あいつに話聞かないとな。俺はそう思って、Sの一人暮らしをしているアパートに向かう。電話には出なかった。メールも返してこない。他の連絡手段をいくら使ってもSとは繋がらなかったから、もうそうするしかない。 行き慣れたSの部屋のインターホンを鳴らす。しかし、出ない。寝てるのだろうか。ドアをドンドンと叩く。 「おーい! いるかー?」 返事はなく、中で誰かが動く様子もない。さては部屋にいないのだろうか。嫌な予感がする。俺はおもむろにドアノブを回す。 ドアの鍵は開いていた。 俺はゆっくりと家の中に入る。しんとした音のない空間だけがそこにあった。リビングへのドアは閉まっている。Sはそこにいるのだろうか。息をのんで、俺はそのドアを開ける。 目に飛び込んだのは、Sの無残な死体だった。あいつはベランダのガラスに寄りかかって息絶えていた。ベランダが見えないほど大量の血がガラスに飛び散り、もう死んでからかなりの時間が経っているのか、酷い異臭がした。 俺は絶句してその場に立ち尽くす。その時、カシャ、と何かが動く音がして、俺はハッとする。誰かいるのか。冷や汗が頬をなでる。 そこには誰もいなかった。しかしハサミが、その刃をこちらに向けて浮かんでいた。よく見ると、Sの部屋のものが、一様にこちらに敵意を向けていた。 Sを殺したのは、こいつらなのか? やばいと思って、俺はSの部屋を飛び出て、急いで扉を閉めた。後ろから追ってきたやつらが、勢いよくドアにぶつかって来る音がした。俺は夢中でドアを押さえた。そしてやがて音がしなくなると、俺は叫びながらその場から退散した。 ●理由なんてどうでもいい 「仕事はE・ゴーレムの巣と化したお部屋の掃除ね」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、集まったリベリスタたちに告げた。 「場所はとあるアパートの一室。家財道具がエリューション化してそこの住人を殺し、気付かれずに増殖しちゃったみたい。まだ弱いゴーレムの集まりでしかないけど、放っておいたら、フェーズが進行して厄介になるかもしれないわね」 そうなる前に叩きつぶしてほしいの、とイヴは続ける。 確かに個々のゴーレムは呆れるほど弱く、攻撃を二、三回も与えてしまえば簡単に倒せてしまうだろう。しかし、いかんせん数が多く、またアパートという戦うにはそれほど広くない空間での戦闘であるから、どちらにしろ厄介には違いない。 「どこかに飛んでいかれるのは面倒だからね。できるだけ部屋から出さないでほしい。それと、そこの住人のご両親たっての希望で、ゴーレムを倒して壊してしまってもいいけど、できるだけ壊さないで残しておいてほしいそうよ」 子供を殺され、その上形見も満足にないのは、親としてはさぞ寂しいだろう。リベリスタたちは心に留めておくと言った。 「だが制約が多いな。部屋から出すな、物は残しとけ、部屋を壊すな、とは」 「あら、部屋を壊さないようにとは言ってないわ」 「……なんだと」 白の少女は、リベリスタたちをまっすぐ見つめて言った。 「ゴーレムが現れたことで、部屋の評判がガタ落ちしちゃって、住んでた人もほとんどいなくなっちゃったみたい。土地の持ち主も土地を売っちゃったみたいで、アパートは来月には取り壊されるそうよ。そのためのお掃除だし。それに当日は住人に強制退去しててもらうから、少しぐらい壊れたって平気よ」 ほら、一つ制約が抜けて楽になったでしょ、とイヴが言った様子に、リベリスタたちはどういう表情をしていいかわからなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月30日(日)23:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●住むに優しく、戦うに難く 家とは外界と自分を隔てる壁のようなものだ。その役割には、敵とそれ以外を区別する、ということも含まれる。では家の中に敵がいたとしたら、どうか。今度は家が敵と自分を引き離すまいとする壁として立ちはだかるのだ。この家の住人も、エリューション化した家財道具になすがままに殺されていったんだろうか。風見 七花(BNE003013)は思わず身震いする。記事にするとしたら、こんな凄惨さ漂う現場を事細かに文字に起こしていいものだろうか。そんなことを考えるけれど、今は目の前のゴーレムを殲滅することを考えなきゃ、と七花は気を引き締める。 神代凪(BNE001401)、『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)、『不屈』神谷 要(BNE002861)の前衛三人が、各々の付与行為を行う。要が張った結界によって、あたりに人気はほとんど感じられなくなっていた。風が住宅地を吹き抜ける音が際立って聞こえる。空気は張りつめていた。誰かがため息を付くだけで、そこに亀裂が入りそうなくらいに。 『我道邁進』古賀・源一郎(BNE002735)がドアの取手をつかみ、その横に『超重型魔法少女』黒金 豪蔵(BNE003106)が待機する。中衛はこの二人だ。源一郎が要に目配せする。要は機械化していない目だけを彼に合わせて、それに応えた。この依頼の難度は、要の初動にかかっていると言っても過言ではない。ドアを閉める、ただそれだけのことが、相手をすべき敵の総数に大きな変化を与えるのだから。 「皆の者、準備は良いか?」 源一郎が音頭を取る。異を唱える者はいなかった。事情から後衛に回った『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)も、素直にうなずいた。 源一郎がドアの方に向き直り、取っ手をつかむ手に力を込める。そこにいた誰もが顔を強張らせる。要は自分の走りだす方向をまっすぐ見つめていた。 「いくぞ……せーの!」 勢い良くドアが開かれる。要が先陣を切り、キッチンを横目に、リビングとキッチンをつなぐドアを閉めに向かう。続いて神代と神谷が家に入り、ドア付近を源一郎と豪蔵ががっちり固めた。 その衝撃に、ゴーレムがリベリスタたちに気付く。家主が片付けずにいた食器や箸、やかんやまな板などの調理器具が、一斉に要の方に飛んだ。 「させないよ!」 智夫は神気閃光を放ち、襲い来るそれらを撃ち落とす。それでもいくつかゴーレムはそれをかい潜ってなお要を狙う。その前に凪が立ちはだかる。 「君たちの相手は私がしてあげる」 ゴーレムたちは狙いを変え、凪に矛先を向ける。凪は身を守りつつ、その攻撃をさばいた。それぞれの攻撃によるダメージは微小ながら、数が多いとなるとなかなかに重い。 凪が攻撃を引きつけている間に、要はドアにたどり着く。彼女はそのドアを勢いのままに閉めた。これでリビングからの攻撃の介入は封じられた。 一つの山を超え安堵した凪は、ドアの影においてあった掃除用具を見落としてしまっていた。彼女の油断を、箒が柄の部分で文字通り突いた。慌てて防御するも間に合わず、彼女はその場に倒れ込む。それに乗じて、掃除機が彼女に襲いかかろうとする。 「今行くよ!」 智夫は慌てて駆け寄ろうとした。が、その横を鋭い雷がすり抜け、掃除機や箒、更には凪の周りを飛ぶゴーレムもろとも撃ち落とした。 「おいたが過ぎますよ?」 七花が子供を諭すように言った。その時、戸棚に衝撃が走り、中にあった調理器具や食器、さらには冷蔵庫までもが動き出した。感情を持たぬ彼らは、リベリスタたちに無慈悲に襲いかかる。 「ここからが本番ってとこね」 天ヶ瀬 セリカ(BNE003108)が、手に持ったライフルを構えつつ言った。 ●人が死に、物が生き 「ん、敵が多すぎる……皆さん、攻撃をお願いします」 周囲を飛翔する幾つものゴーレムの攻撃を、要は一手に引き受ける。研ぎ澄まされた神経により、彼女はその攻撃を軽やかにかわしていった。その横で、敵の攻撃の薄くなった智夫と凪は、要の援護に回る。しかし前衛の三人だけですべてのゴーレムに対処できるはずもなく、一部のゴーレムは逃走する方向に意志を変えた。そればかりでなく、冷蔵庫や洗濯機までもが活発に動き始めた。 「ただで数が多いんだ、ちょっとそこで眠っとれ」 影時の放った伸ばした黒いオーラと、セリカの放った魔弾により、二体のゴーレムは同時に壁に叩きつけられる。ゴーレムはなんとか動こうとしているように、パカパカと開け口を開け閉めしたが、やがて動くのをやめた。一方小粒なゴーレムの群れは、なんとか逃げようと外に向かうが、そこには源一郎と豪蔵が立ちふさがっていた。 「残念だが、我々により」「ここは通行止めだ」 隙のない鉄壁の守りは、ゴーレムたちが外に出るのを許さない。呆然としているのか、空中で静止しているゴーレムを後衛三人が撃ち落とす。そうしてゴーレムの数はみるみるうちに減っていった。 セリカが、逃げ惑っていた最後のゴーレムをライフルで撃ち落とすと、キッチンはようやく静かになった。 「ふぅ、片付いたのでしょうか」 「終わってなくとも、次に行ったらどうかしら? 隠れているかもしれないゴーレムにまで構ってたら、きりがないわ」 「そうだね」と影時がセリカに同意し、他のリベリスタたちもそれに異論はなかった。玄関のドアをきちんと閉め、ゴーレムの逃走することのないようにした。体にできた傷を癒し、次の戦いに備える。何人かは包丁などの刃物で出血を負っていたが、それも豪蔵の手によりきちんと治された。戦闘前と同じく付与行為を行い、各々が戦いに向けて備え終えた。 再び源一郎の手により、リビングのドアが開け放たれる。今度は前衛三人のみでなく、中衛の二人、源一郎と豪蔵もリビングに入る。血まみれの死体と、その周囲を浮かぶ数多のゴーレムたちが目に入る。心が重くなるが、気にしてもいられない。油断すれば、次にああなるのは自分たちなのだから。 案の定、すでにゴーレムたちは殺気立っている。大きな音を立てて部屋に侵入したリベリスタたちに、ゴーレムたちは切っ先を向ける。にらみ合い、沈黙が訪れる。しかしそれはすぐに発砲音により破られた。鉛筆のゴーレムが撃ち落とされた。 「早く始めなさいよ……」 セリカが呆れがちに言うと、一斉に戦いが始まった。刃や角、コンセントの先などを向けて突進してくるのを上手く避け、紙類や服などの布類が覆いかぶさろうとするのをなんとか振りほどく。スプレーなどによる目くらましを発射させず、割れたコップが不意に飛んできても冷静にたたき落とした。その喧騒の中で行われる戦闘は、『大掃除』と呼ぶに相応しかった。 周囲を飛翔していた小道具の殲滅が終わる。しかしまだゴーレムは残っている。タンスに棚、テレビ、パソコン、机、布団。一歩戦い方を間違えば大怪我するだろう。布団以外。 ゴゴゴ、という効果音が似合いそうなゆっくりとした動きで、布団以外が浮き上がる。布団だけはパタパタと不穏な動きをしている。これは放っておいても構わないだろう。セリカが、先制攻撃とばかりに光弾を放ち、比較的小さいテレビとパソコンの動きを止める。残ったゴーレムを抑えこもうと、源一郎は棚と、豪蔵はタンスと取っ組み合い、智夫は素早く前に出て机を抑えつけ、それと同時にヘビースマッシュを叩き込み、机を半分に割った。その横で、再びテレビとパソコンが動き始めたが、今度は七花の魔力弾と凪の攻撃で倒された。そして棚に影時がブラック・ジャックを、タンスには要がヘビースマッシュでそれぞれ攻撃し、破壊した。 動くもののなくなったリビングが、途端に静かになった。 「で、これはどうしようかしら」 セリカが指さす先には、依然パタパタと動くだけで攻撃も逃走もする気配のない布団があった。影時が、チャクラムを取り出しながら、こうすればいいよ、と布団を手に取り、そっと切込みを入れていった。布団は天に向かって叫ぶような動きをし、やがて事切れた。 ●泡のように弾け 「どのくらいいるの?」 「うーん、ざっと十くらいでしょうか。そんなにいないと思います」 「あら、意外といないのね。でも中に何があるかわからない分、用心しなくちゃ」 キッチン、リビングとアパートと言う名のモンスターハウスを攻略してきたリベリスタたちは、続いて押入れの攻略を目指す。数が少ないことは判明したが、押入れの性質上、どんなイレギュラーが登場するかは計り知れない。彼らはじっと身構える。 「じゃあ……いくよ」 智夫が勢い良く押入れを開放する。同時に毛布がその中から飛び出し、ひゃあ、と甲高い声で叫んだ智夫を飲み込み、そのまま押し倒した。続いて、数本の電気コードと空のダンボール、それから何枚かのCDケースが飛んできた。 凪がまず邪魔になりそうな段ボール箱に向けて攻撃を放ち、ふっ飛ばした。しかしその背後から電気コードが首に巻き付いた。影時が慌てて駆け寄り、それを引き剥がそうとしたが、コードは予想以上に強力に巻き付き、なかなかはがせなかった。その隙をつき、残りのゴーレムが景時を狙った。 「あなたたちの相手はこちらですよ」 七花がチェインライトニングでそれらを牽制し、攻撃を引き付ける。その間に影時はコードをはがし終えた。疲弊し、その場に崩れる凪を心配しつつ、影時はゴーレムに応戦する。絡み付こうとするコードや突進してくるCDケースのダメージを最小限に抑えながら、チャクラムで斬りつける。源一郎や豪蔵は、自慢の筋肉を魅せつけるように、コードを引きちぎり、CDケースを折り曲げた。最後に残ったCDケースが、意地を見せるように中のCDを飛ばした。セリカは不意をつかれて傷を負ったものの、冷静に攻撃し、倒した。 その時、毛布からようやく智夫が顔を出した。暴れる毛布を押さえつつキョロキョロと辺りを見回し、凪の様子や影時や源一郎が手にしているゴーレムだった物を見て、理解した。 「あちゃあ、終わっちゃったみたいだね」 「まだそいつが残ってるじゃない」 「……わかってるなら、なんとかしてくれないかな、これ」 智夫が苦笑しながら頼むと、そばにいた源一郎がぐいと毛布を引き剥がし、フィンガーバレットで撃ちぬく。そして毛布は、やがて動きをなくした。 体を癒し、次の場所へ向かう。風呂場とトイレには大した数のゴーレムは潜んでいないようだった。まずは風呂場のドアを開ける。シャンプー、リンスのボトルに洗顔料の筒、それから掃除用のブラシが中から飛び出してくる。それらの撒き散らす液体がかからないように、リベリスタたちはさっと避ける。そしてボトルの口部が自分の方を向いていない時を狙って、源一郎が拳を打ち込む。ボトルの蓋が外れて、飛び出した中の液体は、さながら人間の血液にも似ていた。 ブラシが豪蔵に攻撃するが、防御に徹する彼に大したダメージを与えられなかった。ゴーレムが豪蔵に集中的に攻撃している隙をつき、要がブラシをなぎ払う。吹っ飛び、壁に叩きつけられたブラシが再び動くことは、なかった。 最後に残ったトイレのドアを開ける。しかし、今までと異なり、そこにゴーレムの姿はない。 「反応はあるはずなんだけど……」と七花は首をかしげる。 「どこかに隠れてるんじゃないかしら」 セリカがトイレに入る。その時、頭の上から何かが落ちてきた。セリカは思わず頭を抱えて座り込む。落ちてきたのはトイレットペーパーで、その一つ一つがゴーレムであった。計八個。 「一人一個でちょうど終了だね!」 そう言った本人だけがトイレットペーパーに巻きつかれ、ミイラになりかけたのは内緒の話。 「まだどこかに一体いるはずです」 と七花は言うが、いくら探してもその一体が見つからなかった。 「せめて場所ぐらい教えてもらわないと」 「うーん、ちょっと待ってください」 七花はそう言って、神経を研ぎ澄ませる。ゴーレムの詳細な位置が徐々にわかってくる。 「そっち」と七花が指さした方には何もなく、いやそこには、ドアがあった。 「まさかドアがゴーレム?」 誰かがそう言った瞬間、ドアが勢い良く締まり、ちょうどそこにいた影時を飲み込もうとする。バン、と鋭い衝撃音がする。それは、源一郎がゴーレムに叩きこんだ拳による音だった。 「ふぅ、怪我がなく幸いである」 ●露のように消ゆ ゴーレムの大掃除が終わり、次にお部屋の大掃除をすることに決まる。流石に、ここまで散らかった息子の部屋を見る親の気持を思うと報われない、と誰もが思ったからだ。 影時、源一郎、豪蔵は、死体を前に合掌している。残りの五人は部屋を片付けつつ、家主の思い出を探す。それが、残すのに最もいいと思ったからだ。 しかしその内三人、セリカ、七花、凪はベッドの下にあった本を読むのに夢中になっていた。 「……これ、処分しちゃったほうが良くないですか?」 「別に死んでからバレたって、問題ないでしょう?」 「で、でも」 「あれ、七花君は意外とウブなのかな」 それを聞きながら、智夫はため息をつく。 「全く、まじめに探して欲しいよ」 「私はちゃんと探してますよ」 要は壊れた棚を漁りながら、ヒラヒラと手を振る、その手がピタっと止まった。 「ほら、智夫さん、これいいんじゃないですか」 要は手に取ったものを誇らしげに智夫に見せる。それを見て、智夫は思わず微笑んだ。 「うん、いいと思うよ」 その手には、思い出を刻々と映しだしていくフォトフレームがあった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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