● 運が悪かった。その一言に尽きた。 駆け込んだ教室の、机の影で。 痛い程に肋骨を叩く心臓を押さえる様に手を当てて、彼女は必死に息を殺す。 ――殺される、殺される殺される! 恐怖と焦燥。脳内をぐるぐる回るそれに膝は笑い、嫌な汗が流れ落ちていく。 でも。 声を、音を出す訳には、いかなかった。 良く回らない頭で、何とか昼間の友人の話を思い返す。もし、『あれ』に遭ってしまったら。 その時は確か、この場所で、あれを言えば良かったはず―― ――ずずっ。 濡れたものを引きずる重い、音。 来た。『あれ』が、私を探してる。もしかして、気づかれたのか。思えば思うほど震えが増す。 言わなきゃ、早く、でも、言ったらもしかしたら、見つかっちゃうかもしれない。 どうにもならない状況。ふらふらと、視線だけが何かを探す様に動く。 何も無い。けれど不意に。彷徨っていた彼女の視線が、一点で止まった。 教室の、下の方。半ばまであいた、換気用の小窓。 予感にも似た何かを覚えてじっと、そこを見詰める。 ――ずずっ。 覗く、白い足。 ――ずずっ。 また一歩、進む。 ――ずずっ。 更に進んだ白い足の、後ろ。 頭蓋を粉々に砕かれ血の詰まった水風船の様になった友人だったモノが引きずられ覗いた瞬間、彼女はきつく目を閉じて、叫んでいた。 「オシロサマオシロサマ、どうかお許しください……っ!」 しん、と。 満ちる、静けさ。恐る恐る、目を開ける。 未だ開いた侭の換気窓の前には、もう何も立っていない。 助かった。肩の力が抜ける。早く帰ろう。帰って、あの子のことを話さなきゃ、 ひやり。 冷たい、何かが首に絡む。 「……えっ?」 状況を理解出来ない、唖然とした顔のまま。 彼女の意識がぶつりと、断ち切られた。 ――ねぇねぇ、『オシロサマ』って知ってる? 『オシロサマ』は、夜の学校にいるんだよ。会ったらみんな殺されちゃう。 でもね、助かる方法があるの! 『オシロサマ』は目が見えないからね、声も出しちゃ駄目、出来れば音も立てない方がいいかも。 それでね、会っちゃったらすぐに、4階の空き教室……そうそう、あそこね、あそこで、こう言えばいいの。 「オシロサマオシロサマ、どうかお許しください!」 ● 「……見えたものは、以上。至急、片付けて欲しい案件よ」 自身の見た、そう遠くは無い未来を澱み無く告げてから。淡々と、しかし何処か焦りの滲む声音で、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は話を始めた。 「対象はエリューション・フォース。フェーズは2。かなり強くなってる。これ以上放置すると、フェーズが上がりかねない」 非常に危険だと、言外に込めて。幼いフォーチュナの華奢な指先がモニターを示す。 白い、布袋を被った人間。否、人間のような、もの。 映し出されるそれの、布から除く手足は異様に長く、白い。そして、顔、恐らく目の部分にあたるであろう布だけが、赤黒く汚れていた。 「学校の子供達には、『オシロサマ』って呼ばれてある種の学校の怪談になってるみたい。出会ったら死ぬ、でも、助かる方法がある。……まぁ、よくある怪談話」 ――『オシロサマ』って知ってる? 『オシロサマ』は、夜の学校にいるんだよ。会ったらみんな殺されちゃう。 でもね、助かる方法があるの! 『オシロサマ』は目が見えないからね、声も出しちゃ駄目、出来れば音も立てない方がいいかも。 それでね、会っちゃったらすぐに、4階の空き教室……そうそう、あそこね、あそこで、こう言えばいいの。 「オシロサマオシロサマ、どうかお許しください!」 こんな、話だけなら、子供達が怖いもの見たさで試すようなよくあるものだった。けれど。 モニターが切り替わり、数人の子供の写真が表示される。次いで、フォーチュナから今回の案件の資料がリベリスタ達へと手渡された。 「――この怪談に、救いは無い。出会えば死。逃げることは出来ないし、唯一の救いの一言も、何の力も持たない。……いいえ、強いていうなら、その一言は」 獣を呼ぶ、血の匂いと同じ。『被害者一覧』。そう書かれたモニターをちらりと見遣って、彼女は資料のページを捲り言葉を続ける。 「エリューションは全8体。本体はさっきの写真の通り。現場の学校の4階にいる。強いけど、鈍重。分身は、赤い染みが無いのが特徴。本体に比べたら弱いけど、その分機動性が高い。この分身達が、校舎内をうろついてる」 外に出る、と言う行為を行おうとすれば、彷徨う分身が即座にやってくる。 だからこそ、一度この事象に遭遇すれば、助かる方法など無いのだ。そう、――力ある者が倒す以外には。 「分身は、本体を倒さなければ一定時間後に復活する。だから、終わらせる為には本体を倒すしかないんだけど……」 ひとつ。気をつけて、欲しいことがある。幼い面差しに僅かな不安を浮かべて。フォーチュナはゆっくり続ける。 「本体は、特殊な力を使ってくるの。奴の『眼』に見詰められると、激しい痛みと一緒に出血の呪いをかけられるわ。……頻繁には、使わないみたいだけど」 甘く見るな。そんな警告と不安が、言葉の端々に滲み出る。リベリスタの表情が硬さを帯び始めたことを確認してから、フォーチュナは小さく頷いて口を開き直した。 「……彼らは眼が見えない。戦闘に影響を与えるものではないんだけど、見えない分『音』や『声』に敏感みたい。良ければ参考にして。……貴方達が片付けてくれれば、さっきの二人は助かる」 気をつけて。そう、小さく付け加えて。無事を祈るように、フォーチュナの瞳が緩やかに伏せられた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月31日(月)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「シアワセワーアルイテコナイダカラアルイテイクンダネー」 少々棒読みの歌声が響く。 校舎前、普段は恐らく生徒用の通用口であろう入口の前に立って、『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)はちらりと後ろを振り返った。 入口前で待機する仲間達と、視線がぶつかる。 囮作戦。これから、リュミエールはたった一人でこの学校内を駆け回り、全ての分身を掻き集めようとしていた。 ハイリスクハイリターン。まさにそれが相応しい作戦に、誰とも無く不安が空気に滲む。 そんな彼女達から色違いの瞳を外し、リュミエールは前を見据え直した。大丈夫、問題ない。 「――最初サエドウニカナリャ、絶対ニ逃げ切る自信ハアル」 だから心配するな。そう暗に告げて、ひらり、華奢な白い手が振られる。 ぽっかり、漆黒の闇だけを抱え込んだ入口が、此方に口を開いて居る。こつ、こつ。ブーツを鳴らし歩き出したリュミエールの足が一歩、校舎内へと踏み入った。 ――ひやり。 一気に、温度が下がる。夜の冷え込みとは全く異質な、冷たい空気。 妙な感覚を振り切って、一歩、二歩。仲間の視線を受けながら、足を進める。そして、次の足を踏み出した、直後。 ゆらり、と。闇夜から滲み出す様に、奇怪な白いそれがリュミエールの前に現れた。ぞわり、全身の毛が逆立つ。 現時点で現れたのは、3体。まだ集めきれていない。それを把握して、次の行動に移る。 こつん。リュミエールの足が、玄関の敷居を跨ごうと上げられる。 すると。 即座に現れた残りの化物が、引きずり戻そうとでもするかの様に手を伸ばしリュミエールを囲んでいた。 「コレデ全部か。 オイカケッコ、オシロ程度で追いつけると思ウナヨ?」 リュミエールの小柄な身体が壁を駆け上がり、その包囲を抜け出す。そして。 淡く色付く髪をふわり、なびかせて。彼女は駆け出していた。響く足音に、分身が釣られた様にリュミエールの後を追う。 「上手くいったようじゃの。……さて、わしらも行くか?」 分身の消えた入口の前。『紫煙白影』四辻 迷子(BNE003063)は此方も動こうと口を開く。 全員が頷き、此方もゆっくりと、校内に足を踏み入れた。 リュミエールの階段を駆け上がる足音と、居場所を知らせ、敵を引き寄せようと張り上げる声が耳に届く。 彼女が危険を冒して機会を、作っている。潰す訳には行かない。 全員が出来る限りの防音を施した状態で、一行は一気に走り出した。 彼女達には先程、リュミエールが4階で見た内容が伝わっていた。たった1つだけの空き教室。そこに立ち尽くす、揺らめく白。 そこに、一直線に向かえば。上手くすれば短期決戦で終えられるかもしれない。それだけを信じて、階段を駆け上がる。 途中の教室に、撹乱の為と声を吹き込んだレコーダーを投げ込みながら、迷子は思う。 子供達の過ごす校舎に、こんな奴らを置いておく訳には行かない。 早急に、消えてもらうとしよう。そんな決意を抱える幼い面差しは、僅かに硬い。 抜き足差し足忍び足。そんな忍者の心得を頭に思い浮かべながら、『ニンジャブレイカー』十七代目・サシミ(BNE001469)は先頭を走る。 随分と、耳のいい敵だと思った。極力足音を立てない様に走りながらも、周囲への警戒を怠らないその姿はまさに忍者に相応しい。 何とか敵に会う事無く、階段を駆け登り切る。 しん、と。静まり返る廊下を、一気に駆け抜けて。問題の教室の扉を、サシミが開け放った。 ゆらゆら、被った布のような白い何かを、揺らして。ぽつん、立ち尽くす、それ。 それの、赤黒く汚れた頭がリベリスタ達の方を見つめる様に動いた瞬間、彼女達は既に動き出していた。 サシミと『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)の足元から、漆黒の従者が浮かび上がる。続いて、愛用の鎧を幻想纏いから引き出した『守護者の剣』イーシェ・ルー(BNE002142)が、圧倒的なまでの闘気を全身に漲らせる。 「夜の学校を徘徊する不審者を始末しにきたッス」 そう宣言して、敵を観察する。お化けと言うにはあまりに生々しい姿。一応は神らしいが、危害を加えるなら、止めなければならない。大した恐怖も覚えず、しっかりと愛用の剣を握り締める。 その横では迷子が攻防自在の流れる様な構えを取り、後ろからは驚異的な集中により精度を上げた『アブない刑事』鳶屋 晶(BNE002990)と、『ガンランナー』リーゼロット・グランシール(BNE001266)の正確無比な射撃が赤黒い染みを狙い撃ち抜いた。 エリューションが、嫌がる様に頭を振る。ぼたぼたっ、赤黒い染みの辺りから大量の血液のような物が滴り落ち、地面を汚していく。 こうやって銃弾が効く相手なら、恐ろしくは無い。何時も通りの仕事を、何時も通りすればいい。 敵の様子を窺いながら、リーゼロットはそう認識を新たにする。襲い来る攻撃に苛立ったのか、敵は不意にその大きな腕を振り被る。 空気を裂く一撃が、迷子を狙う。しかし。 軽やかに、小柄な身体が飛びずさる。強烈な一撃は空を切り、地面に叩き込まれた。 いい、空気だ。いける。そう全員が確信し、攻撃を続ける。耐久力に優れた相手であろうと、これだけの人数で戦うなら。 サシミの生み出した爆弾が、文の操る気糸が敵を締め付け傷つける。迷子やイーシェの重たい一撃も、確実に敵の体力を削っていた。 続いて、射撃手達が攻撃を加えようとした、その時。 ――合流だ、場所は3階、オマエラの居る真下の階段にシテクレ……! 危機を告げる、仲間の連絡が幻想纏いから響き渡った。 ● それは、寒気にも似た直感だった。 壁を駆け抜けていたリュミエールが、それが何かを考えるよりも早く、足が壁を蹴る。 ふわり、宙に浮く身体を素早く捻れば、凄まじい勢いで振り抜かれた腕が空を切った。 下の階の踊り場に、リュミエールの足が付く。辛うじてかわしたものの、拳が掠めた頬が、酷く熱く、痛んでいた。 ――そろそろ、不味い。 本能が警鐘を鳴らす。7体もの敵を此処まで翻弄出来たのも、リュミエールの驚異的な反応速度があったからこそ。 しかし、レコーダーも止まり、全ての分身が彼女に釣られる今。それだけで数を凌駕し続けるのは既に、限界が見えていた。 「……合流だ、場所は3階、オマエラの居る真下の階段にシテクレ……!」 手筈通り。幻想纏いへと告げると同時に駆け出す。静けさが満ちる廊下に響く、唯一の靴音。追いすがる白い群を振り返る事無く階段を駆け上がり、踊り場に飛び出す。 その後ろから、白い化け物が現れた、次の瞬間。 「ッアアアアアアアア!」 気分の悪くなる金切り声が響き渡る。それと同時に、飛び散る鮮血。 気配を殺して待ち受けていた文が、軽やかなステップで周囲の化け物を紅く染め上げていた。 見事に不意打ちを成功させたものの、文の顔色は心なしか悪い。 (オバケ怖いオバケ怖いオバケ怖いーーっ!) 正直今にも泣き出してしまいそうな程怖いけれど、やり遂げなくていけない。 持前の正義感と真面目さで何とか踏み止まるも、その琥珀の瞳は不安げに敵を見据えている。 一方。不意の攻撃に怒り狂った様に、敵の一体が攻撃を仕掛けようとしていた。 標的は、靴音のするリュミエール。華奢な身体をへし折ろうと、奇怪な腕が伸びる。しかし、その手は身軽な彼女の身体に触れられない。 素早く身を翻す彼女にとって、一体の攻撃など大した恐怖ではなかった。先程までの状況に比べれば。 「撃つわよ、全員避けて!」 「此方も行きます、避けて下さい!」 後衛からも声が挙がる。晶が握るオートマチックが鉄の雨をばらまき、それに続くようにノエル・マリエット(BNE003079)が燃え盛る火焔を呼び出し着弾させた。 突然の猛攻に、白いそれらは戸惑いを顕わに身体を揺すっていた。 今まで、獲物に刃向かわれた事など無かったのだろう。彼等にとって、獲物がこんなにも強敵であることは想定外だったようだ。 押している。そんな確信が胸に生まれる。これなら、仲間達が本体を倒すまで守り抜けるかもしれない。 しかし、それがあまりに甘過ぎる希望であったことを、彼女達は即座に痛感する事になる。 音に反応し、リベリスタ達の攻撃をかわす様に動いていた分身が不意に、動きを変える。 その中の一体が腕を振り抜き、前衛の文を殴りつける。辛うじて堪えるも、続けて、もう二体。 前衛を突破しようと言うのか、リュミエールと文を殴り、その身体を折ろうとする。突然の猛攻に、前衛の二人がふらつく。 その隙を縫って、もう二体。後衛の元へ滑り込んで来たエリューションが、その凶器とも言える拳を振るった。 何とか堪え侵攻を防ぐも、元々耐久力に欠ける後衛陣にとって、この状況は芳しくなかった。 拳を喰らい、立っているのがやっとの晶とノエルの元に、最後の一体が滑り込む。 止めようと追いすがる晶の手など目もくれず、白い化物はそこを通り過ぎる。否、通り過ぎようと、した。 「ここは通せません! 仲間が本体を倒すまでは!」 ノエルが力を振り絞り、声を上げながら半ば己の身体を投げ出す様に、敵の前へと手を伸ばした。 ゆらり。目の無い頭がノエルを見据える。そして。 邪魔だ、と言わんばかりに、伸ばされた歪な白い手が、ノエルの身体をへし折った。 ぐしゃり。嫌な音を立てて、その身体が崩れ落ちる。肌が、金の髪が、血に濡れていく。 しかし、即座に。運命に愛された彼が、自らそれを削り取る事を望んだ、気配がした。 血に塗れ倒れ伏したノエルが、ふらふらとその身体を引きずり起こす。 ゆらり。未だ戦意を失わぬ鮮やかな水色が、真っ直ぐに敵を見据えた。 「未熟とはいえ、私もリベリスタの端くれ。簡単には倒れません!」 倒しても立ち上がる相手に阻まれ、苛立つように分身が頭を揺すった。 リュミエールが軽やかにナイフを振るい、澱み無い連撃を与え、分身の気を引く。 文も再度、踊るようにステップを踏み、周囲の敵を切り刻む。 分身の2体程が、呻き声と共に姿を消す。しかし、数は減ろうとも、その猛攻が収まる気配は全く無かった。 ● 残った分身が、仲間を消された怒りをぶつける様に、その拳を振るおうとする。 標的は、立ち上がったばかりの、ノエル。避けられない、そう思ったその時。 「ほら、こっちよ!」 キンッ、高い音が響く。 窓枠に当たり跳ねる、銃弾の音。それを人間と勘違いしたのか、今まさにノエルへと振り下ろされようとしていた凶悪な一撃はまるで見当違いの方へと叩き込まれた。 硝煙を上げるオートマチックを握る晶が、安堵の溜息をつく。 もしかしたら反応するのだろうか、そう考えていなかったら、今頃は。 しかし、危機は去らない。続く猛攻に耐えながら、リベリスタ達は命懸けの善戦を繰り広げていた。 階下の戦闘の音が、微かに聞こえる。 仲間達は無事だろうか。そんな心配をする暇もない程に、本体に向かうリベリスタ達もまた、全力を尽くしていた。 しかし、戦況は全くもって芳しくない。火力不足。そう言わざるを得ない状況は必然的に、持久戦へと戦況を導いていく。 「っ……お主の殺戮の徘徊も、もうおしまいでござる、ニンニン」 浅い呼吸の中、サシミが死の爆弾を生み出し、飢え付けようとする。ハイアンドロウ。己の身を削るそれを使い続ける彼女は、目に見えて疲弊していた。 するり、鈍いながらも動くエリューションが、その攻撃を避ける。 立て続けに、迷子がその脚を振り抜く事で生み出した鎌鼬にその身体を切り裂かれようとも、嫌がるようにその白い身体を揺するのみだった。 「こっちを倒さんと切りが無いと言うのに……!」 そんな、歯噛みする様な声を耳にしながら、イーシェも激しい雷撃を身に纏い、その侭本体に切りかかる。 捨て身の一撃に、先程からエリューションの攻撃に耐え続ける身体が痛む。それでも。きつく、白銀の刃を握り締める。 ――アタシは、頭を討つ。 この剣は、騎士の誉れ。折れない意志。強固な想いが、崩れそうになる膝を奮い立たせる。 後衛からは、リーゼロットが魔力を帯びた貫通弾を放つ。奇怪な白い身体を撃ち抜かれ、化け物は初めて、呻き声を上げた。 ぼたぼたっ。大量の血液が、袋を被った頭から流れ落ちる。少し前、迷子の拳が与えた纏わり付く炎が、不意に燃え尽きる。 しん、と空気が、静まり返って。 「――――っ!」 声と呼ぶにはおぞましすぎる絶叫が響き渡った直後。赤黒く汚れた頭が向いた方向に居たサシミが、激痛に呻いた。 どろり。手で押さえた目元から血が溢れる。 くらり、サシミの視界が揺れる。 塵も積もれば山となる。負荷を与えすぎた体は、既に限界だった。 傷だらけの身体が、ついに力を失い倒れ込む。 庇う様に迷子が脚を振るい、イーシェが噛み付く。リーゼロットが、精密な射撃で援護する。 しかしそんな自分達自身も、限界が近かった。それを嘲笑う様に、エリューションは止まらない。 歪な腕が、迷子を殴り飛ばす。ぐらり、その細い身体が傾ぎ、床に崩れた。 しかし。運命に愛された彼女は、己の持つ運命を、躊躇い無く差し出す。 意識を失いかけた瞳が、光を取り戻す。立ち上がり、敵を睨み直す迷子の横で、崩れ落ちたサシミが呻く。 状況は、最悪へと転がり始めていた。 階下での戦闘もまた、劣勢を極めていた。 伸ばされた一体の腕が、リュミエールの身体を握り潰す。 ぽたぽた、分身の指の間から、滴り落ちる血。半ば地面に投げ捨てられた彼女の髪が、血に染まっていく。 肩で息をする文が、鮮やかな動きで敵の間合いに滑り込み、死の刻印を刻み込み。 「撃つ……わよ、避けて!」 疲労と痛みに掠れた声を張り、晶も鉄の豪雨をばら撒く。 まさに、満身創痍。ふらつく足に力を込め、ノエルが魔の火焔を呼び寄せ炸裂させる。 上がる火柱と、文や晶の猛攻で、敵の数が減る。しかし、息つく間も無く、先程まで消えていた分身が蘇った。 万全の敵が、猛威を振るう。凌ぐしかない状況に、文が、晶が倒れ、しかし立ち上がれず倒れ伏す。 最悪の、状況だ。恐らく、考え得る限りの中で、最も。 そう思った瞬間、ノエルの足が動く。踊り場を抜け、階段を駆け上がる。 その音を感じているのか、追いすがる分身を必死に振り切り、4階の仲間達へと駆け寄った。 ● 鉄錆の様な、きつい血の香りが、立ち込める。 半ば転がり込むように駆け上がってきたノエルが最初に見たのは、倒れ伏すサシミの姿だった。 本体との戦闘を続けているリベリスタ達も、攻撃を続けるのが精一杯。 ――このままじゃ、全滅する。 そう判断し、ノエルが全員に聞こえる程度の声で、告げる。 「……退きましょう、もう限界だ」 ぎり、と。奥歯が折れそうな程の、歯軋りが聞こえる。 悔しい。まだ、戦えるのでは。そんな思いが脳裏を過ぎる。 しかし、ノエルについて現れた分身を見て、最悪の状況が一気に現実味を帯びた。 リーゼロットが無言で銃を構え、分身に向けて鉛の豪雨を降り注がせる。分身が消え、怯み、道が開いた。 イーシェが素早く、サシミを背負い。一気に全員で、階段を駆け下りた。階下に倒れ伏す仲間達もそれぞれ動ける者が背負う。 分身が、追ってくる気配がする。痛む身体を引きずって、決死の逃避行が始まった。 何とか1階まで駆け下り、手近な窓から文を背負った迷子が外に出ようとする。途端に、揺らめく様に分身が群がった。 手が、伸ばされる。慌てて迷子が身を引き、一行は再び駆け出した。 昇降口なら。例え、分身に群がられようと、太刀打ち出来るかもしれない。 元より、出ようとすれば群がられるだけであって。倒す事が可能な分身なら、突破できる可能性はあった。 否、寧ろ。活路は、そこにしかなかった。 ほんの、100m。昇降口までの距離が、酷く遠く感じる。それでも何とか走り切り、敷居を跨ごうとする。 即座に、集まる分身達。リベリスタ達は正真正銘、命懸けで突破を図った。 少々乱暴だが、半ば投げるように、意識の無い仲間を外へと出す。分身も、身動き一つしない彼らには大した反応を示さなかった。 代わりに、残った4人へと、無慈悲にその拳が振るわれる。 イーシェが、迷子が、全力を尽くして剣を、足を振るう。リーゼロットが再度弾丸の豪雨を降らせれば、ノエルは呼び出した魔の火焔を叩き付ける様に振るった。 それでもまだ、敵は追いすがる。動けない、これではまだ、出られない。 そんな、限界を超えた交戦の最中、ついにリーゼロットの膝が落ちる。 瞳が濁り、意識が失われていく。しかし、やはり彼女も、己の運命が削られる事を厭わなかった。 「っ……私は、歯車の様に、為すべき事を……!」 即座に立ち上がり、紅く染まり張り付く髪を振り払う。今此処で、一人でも動けなくなれば。 それは間違いなく、全滅を意味していた。 立ち上がった彼女は素早く、その銃から怒涛の連撃を放つ。執念の勝利だろうか、漸く、分身の数が疎らになった。 今だ。 誰もが言葉にしなくとも、確信していた。素早く、踵を返す。未だ伸びる奇怪な手を振り切って、彼らは敷居を、越えた。 ――こうして、リベリスタ達は辛うじて、血塗れた神の手中から、逃れ出た。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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