● 『ごめんなさい。もうあたしはよごれてしまったから、久埜くんにあえません』 久埜・結(くの・むすぶ)はスマートフォンに綴られた彼女からの言葉に、悔悟と懺悔で喘ぐように息を吐いた。 ……スクロール。 『久埜くんはだれからも好かれる人。いままであたしなんかのめんどうみさせて、ごめんなさい』 ……スクロール。 白。 「違う……山根さん、違うんだ……」 絞り出すような言葉をそのまま綴り送信したが、即返るは宛先不明のエラーメッセージ。メールアドレスを変更したのだろう。電子の中なら相手を遠ざけるのはこんなにも簡単なコトなのだ。 「山根さん」 公立校の制服に身を包んだ久埜は、目の前のなんの変哲もない民家を見上げた。 閉ざされたカーテンの奧、彼女はいる。 だが拒絶するように光漏らさぬ窓は、彼女の決意の固さを如実に物語る――固さが決して互いを幸せにしないのだとしても、どうしようもない。 そう。 「理不尽なお話しですね」 「!」 黒い髪を肩に垂らした上質なスーツの女は、久埜の心を慮るように俯くとこう継いだ。 「彼女はなにも悪くないのに、悪辣な先輩と教師の数名に無理矢理その体を……」 「言うな!」 反駁には素直に「申し訳ありません」と頭を下げた女だが、あげた顔は一切の怖れがない。この反応は予測範囲内だったのだろう。 「あの日から世界は狂ってしまいました」 殺人鬼がテレビに現われたあの日から。 本当はもう随分と昔からなのだけれど、一般を生きる久埜がそれを知るよしもない。 「無為に非生産的に生きていた愚鈍なる者がそのチープな欲望を喚起され、個人を覆う理性という堤防が決壊しました」 「元からさ、あいつらは……」 吐き捨てる久埜の胸に渦巻くのは常に抱えていた漆黒の負。 難関校の合格確実と言われたものの高熱で試験失敗。地域でも下位の学校に進まざるを得なかった。 そこは自分のような「頑張れなかった」クズどもの吹きだまり。 限られた未来がより可能性を狭めた諦観の中、なぁなぁで過ごす日々に風穴を開けたのは、山根という少女の存在だった。 「……べんきょう、おしえてくれて、ありがとう」 山根は『努力に努力を重ねて』この学校に、来た。 5を語れば当たり前のように5を知れる一般人の中、1しか知れない彼女はその1を努力というノートに綴りようやく『普通』に手が届く。 勉強について行くのが精一杯な彼女の世話を申し出たのは、内申書目当てだった中学時代の癖でしかなかった。 だが。 「きょう、ここまで、できたよ。久埜くんのおしえかた、うまいから」 人より苦しみ多き人生であったろうに、彼女は与えてくれる者に顔をあげて「ありがとう」と笑う。その裏にある腐った思惑など気にもとめず、ただただ感謝の気持ちを口にする。 そうしてまた苦難の道を歩き出す、一歩一歩ゆっくりとした足取りで前へ。 だが、 ――その気高さは下衆達により穢され地に引き摺り堕とされた。 「そんな風に腐っている人達なんて、本当に腐ればいいと思いませんか?」 哀しみの思索にくれていたら、絶美なるアルカイックスマイルが傍らに立っていた。 「その身に相応しい姿を与えてやればいいのですよ――あなたが」 彼女は少年の指を開くと、鷲の翼を持つライオンのネックレスを手に握らせる。 ● 「あなた達は選んでいいわ。違う、選ばないとダメ。誰を見殺しにして、誰を救うのか」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は小さく息をつくと、改めてリベリスタ達を紅と碧で見据える。 「アーティファクト『グリフィンの咆吼』を手にした青年久埜結が、自分の高校の屋上に立てこもってるよ」 といっても、別にそれはまだ非日常性を帯びてはいない。 どこにでもある学校の放課後、1人の生徒が屋上で秋風を楽しんでいる、ただそれだけ。 異常がアギトをあけるのは、ここから。 「『グリフィンの咆吼』は、彼に小さなバグホールをあけさせる能力を付与したよ」 詳細は以下の通り。 『空ける場所は彼が一度は行った場所、かつ彼から50m以内』 『空いたバグホールは直ぐに閉じる』 『そこから現われたアザーバイドに触れた一般人は、腐る』 「腐るの」 当惑を読みきり問われる前にイヴは補足する。 「その部屋に居る一般人は遅かれ早かれ触られて腐敗する。一度でも触られたら全身に腐敗がまわる、そう――死ぬよ」 万華鏡が告げたバグホールの場所は4箇所。 ・3年2組の教室(3階) ・職員室(2階) ・1年5組の教室(1階) ・クラブ棟(1階) 「それぞれの場所に彼が恨みを持つ人がいるから、ターゲットになったみたいだね。もちろん場所によってはなんの関係のない人だって、いる」 しばし考えたあと、イヴは皆に渡した資料に赤ペンでこうつけたした。 ・3年2組(彼が恨む人間のみ) ・職員室(彼が恨む教師の他に、教師と生徒が数名) ・1年5組(彼が恨む人間は1人、他は無関係の生徒が数名) ・クラブ棟(出現は恨みがある『アルテミット格闘部』だが、彼らを腐らせた後はクラブ棟全体を移動する) 「彼が恨む理由は、資料を読んで」 語るまでもないからか、少女としての怒り故か……イヴはぐっと唇をきり結ぶ。 「あなた達が学校に到着した時点ですぐに4箇所に向った場合、被害者は出ずに済むと思う」 4人が向えば戦い方に寄りはするけれど、多分と付け加える。 それより少ない人数で行った場合は、こちらも一般人も被害も免れない可能性が高い。下手すれば倒せず被害も止められないだろう。 「アザーバイドの攻撃は、近接距離のみ」 ただ厄介なのは、こいつにつけられた傷はじくじくと膿み腐る。それはどのような回復も効かないのだという。回復方法は久埜を倒す一点のみ。 「あと、真っ直ぐ屋上に向って久埜を倒すこともできるよ」 召喚者の久埜を倒せばアザーバイドは元の世界に帰るのだという。だがどんなに早く久埜を倒しても4箇所での被害は出てしまうだろう。 ただ。 「速やかに行けば、久埜を助けられるよ」 逆に言えば、他を助けてから久埜の元に行けば――彼は皆と戦った後、グリフィンに蝕まれ、死ぬ。 「酷なことを言って、ごめん。でもそれがカレイドの告げた未来だから」 あなた達の選択に誰しも異を唱えない、唱えさせないと、少女はきっかりと結んだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:一縷野望 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月31日(月)22:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 例えばそれは――酷熱砂漠にて那由他の砂粒をかきわけて、小さな琥珀を探すかのような難行。 肉体を摩耗し時に命すらも取り落としそうになりながらも彼らは探す、ただひとつの幸せな未来を。 ● ――おくじょう、すきだよ。 ――だって、おひさまが、ちかいから。 ――ゆうぐれ、すきだよ。 ――だって、ゆうやけのあかは、ぜんぶをきれいにみせてくれるから。 世界は優しいと微笑む彼女は世界に裏切られた。 全てが朱に支配される屋上で、青年は制服の下の鈍色金属を握り締める。 古来の神話にて神の車を引いた魔物であり、宝物を狙う欲深きモノを処罰する側面も持つグリフィン。 高潔な魂の彼女はまさに宝物、それに穢れた手を伸ばし欲をなすりつけた奴らを裁こう。 「俺はそれを……それだけを…………望む」 一層強く願い握り締めれば、硬質の感触がてひらから全身を棘のように貫き、コンクリートに映る影は背に翼が現われたと知らせた。 裁け。 罪を! 与えよ。 罰を!! 「おおおぉぉおおおお!」 胸元から指離し腕を広げれば、鷹色の翼が堕落せしめし学舎を覆うように羽ばたく。 羽根が4枚、罪人在りし場所を刺し虚空へ消えた。いや違う、消えたのではない――ひらいたのだ。 クる。 腐った性根の奴らを相応しき姿へ戻す彼らが、クる。 果たして来訪者は彼らのみあらず。 小さな羽音と共に屋上に降り立つは、7人の影。 敵愾心を隠そうともせずに睨みつけてくる伽羅の瞳に臆せず『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)は唇を開いた。 「久埜結。お前を救いに来た」 「……救い? そんなモノはもう、ない」 無垢な彼女が傷を負う、こんな世界に救いなど、ない。 ● グリフィンの羽根が虚ろを穿つほんの僅か前――やはり刹那の翼を得し者達が、久埜が踏みにじらんとす学舎に現われていた。 1階の廊下にある火災報知器のスイッチを駆け抜け様に叩き割り『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、わめき出す警報より高らかに叫ぶ。 「火事だ!」 逆手に持った発煙筒を放ればたちのぼる煙。廊下を歩く生徒達がぎょっと目を剥き昇降口に走りだす中、夏栖斗は校舎最奥の1年5組に辿り着く。 出迎えるのは女に囲まれ引き攣り顔の男。 夏栖斗は彼が『そう』だと一目で見抜く。 ――女達で飾りつける彼には『芯』がない。飾りに靡かず壊したか、愛せる男を妬み穢したか。 「な、なんだあれ?!」 この世界の感覚に変換するとしたら『腐臭』が一番近い。そんな怖気が一瞬で教室を満たす。足下の虚ろから伸びる手は青緑赤とカビの色。 「ここは何とかする!」 乱暴に首を掴み入れ替わる様に前にでれば、夏栖斗の足に触手が絡んだ。 ぐじゅ……。 すると一瞬で足首から5cmほどがグズグズに湿気り――腐った。 「ひぃ」 「山根って名前に心当たりあるならさっさと逃げろ」 煮えた腑の怒りを叩きつければガラスが派手に砕け散る。 「大事なものをゲスなやり方で奪った場合の復讐ってのは怖いもんだぜ」 その言葉で彼は悟る。 この非日常は自分に全力の悪意を向けているのだ、と。だからガラスが腹を削るのも厭わずに逃げる。 「僕は人を助けるためにアークにきたんだ」 誰の命もこの手から零さない、絶対に。 もうもうと立ち上る白煙を背負い、源 カイ(BNE000446)は『angel's knight』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)と共にプレハブのクラブ棟に駆け込んだ。 「火事だよっ」 「アルテミットのバカの煙草……じゃなさそー?」 「だね」 柔軟運動をしていた2人の視線が向くのは奥の方、煙は入り口反対からだ。 「なるべくクラブ棟からは離れて下さい」 そう言い置き2人はアルテミット格闘部の看板が掛った中に躍り込み吼える。 「火事です、避難して下さい!」 まだ穴が空いていない幸運に安堵しつつ入り口を塞がぬよう立った。 「せんせー、俺達『今日は』タバコやってませーん」 「ひゃっひゃっひゃっ」 下卑た笑いの4追従をぶった切るように――辛うじてここが格闘を志す者の集まりだと示すサンドバックが、弾けた。 「死にたいのか……」 上品な物腰から相反する凄みを滲ませ下郎の衆を睨み据えるカイ。 助けたいから。 誰を? 何より山根を、そして久埜を。 ……救うためには暴挙の元を絶たねばならぬ。 「四の五の言わずにさっさと出て行け」 「は、はひ!」 取る物も取らず逃げ出す奴らには目もくれず、視線は降臨せしめし『腐』へ。 「彼を罪人にしてはなりません」 「うん」 足下の影が意志を持ち青年に寄り添う、その刹那をつき伸びる触手をヴァージニアが割り込み止めた。 「重たい……ねッ」 「半分の戦力ですしね」 ダガーに絡む糸を紡ぎ解き前方へ投げた。残念ながら動きを止めるには至らなかった、しかし無為でもない。 久埜に体を張る方向を違わせないためにも、彼らは敵の出方を冷静に見極める。 一番遠くの教室であり、更には恐らく一番恨みの念が強いであろう場所に『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)はいた。 「いいから逃げてっ」 既に現われていた『腐』に走り込み様に連撃見舞い、叫ぶ。 ――『選ばない』それは最悪の選択だったかもしれない。だけど。 背後の逃げゆく足跡に毅然とした笑みが浮かぶ。 戦姫――覚悟に唇切り結び。 「火事は本当なのですか?」 生徒を誘導する女教師に大きく頷き『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は退路を示し改めて急かした。 警報機ががなり立てる中、職員室のドアを壊さんが勢いで開け放てば、 「!」 残存は予想より少なく教師のみ。 ハルトマンが巧みに置いた発煙筒に眩まされ、火事の真偽は未だわからぬ様子。 「警備員……ではないな?! 教頭、不法侵入者です」 このさなかに問い詰めるとは並大抵の精神力ではない。さぞかし上層の信頼も厚かろう。 ――その信頼の厚さを隠れ蓑にどれ程の罪を犯すのか。 漂いはじめる腐敗臭――やはり現われたのはその男のすぐそばか。 こみあげる不愉快さを飲み込み代わりに剣で机を叩き割る。更には胸ぐらを掴み、バグホールから遠ざけるように放り投げた。 あがる悲鳴の中、机の残骸を蹴飛ばし遮蔽とするも瞬く間に腐り落ちる。 もう時間がない! 世界に割り込むように結界を張りめぐらせ、騒ぐ男に怒号を浴びせた。 「失せろと言っているんだ!」 その間、強固なる盾を抜け腕が蝕まれる。だが神秘を気取られぬよう苦痛は一切顔に出さぬ。 周囲の机を城塞のように剣で払い配せば、暴漢が暴れていると取ったか悲鳴が上がり教師達は走り去る。 「騒ぎすぎたか」 それでも誰かが死ぬよりはと、砦は『腐』に向け盾を構える。 ● 「以上だ」 『グリフィンの咆吼』の説明を終えると同時にアストレアを構え『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)はきっかりとつぐ。 「お前が持ってるそのネックレスは破壊させてもらう」 「ふざけるなッ」 胸元を掴む仕草に『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は、給水塔の影から瞳を細めた。 制服の下、鎖は見えず……奪うには肉薄が必要か。 けれど。 彼の行いを汚すわけにはいかない――。 アンジェリカが気配を殺すのを隠すように『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が躍り出る。 「久埜は優しい。山根を思いやる心も、すごく綺麗だ」 レンは魔道書のページを繰り影を招く 「俺が綺麗? なに戯れ言を」 「貴方を止めます。そのネックレスは貴方の命を奪いますから」 携帯を通じ伝わってくるのは4箇所での一般人との接触。 本来は4で倒すべき敵を1や2で抑え込む彼らに報いなければと『フィーリングベル』鈴宮・慧架(BNE000666)は、肩から力を抜く――その気配は、水へ。 「復讐が悪いとは言い切りませんし彼女の事を想っている事も正しいとは思います」 「だったら放っといてくれよ」 「ですが、本当に無関係の人まで巻き込んではなりません」 そう。 (「本来ならば無関係な一般人の安全を優先すべきなのでしょうね」) この作戦は所詮は自己満足なのだと『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は、粘土にヘラを入れるように薄目を開いた。 「うるさい黙れ!」 激高する久埜。 目の前の青年は『冷静ではない』 説得を聞き入れるかどうかは『定かではない』 されど。 「信じます」 信じていない相手を説得できるほど器用ではない、だから口にし誓いとす。 「誰をだよ?」 「あなたをです、久埜さん」 なんとしてでも護りたいという気持ちが、ヴィンセントを屋上と中空の境ギリギリに立たせる。久埜の自死を避けるためだ。 「俺を知りもしな……く?!」 翻弄するように剣戟を見舞う終に身を揺らす久埜。 ちり……りッ。 僅かに虚空を泳ぎ姿を見せた黒の鎖を杏樹は見逃さない。きかん気の相棒で狙い鋼を放った。 きんッ。 澄んだ音を立て鋼はコンクリートを穿つ。鎖を切るには至らず、また久埜に傷もつかなかった。 「不貞腐れるな。彼女のことが大事なら拒絶されても会いに行け」 「お姫様が心を開くまで呼びかけるのが王子様の役目じゃない?」 「人ごとだとおもっ……がっ」 『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)は『グリフィンの咆吼』がどう揺れどこにあるのか感じ取り、予測した場所へ弾丸を放った。 「無関係な者もまで巻き込むような無法は見過ごせませんね」 「見て見ぬ振りをした奴らだって、同罪さ」 ――俺だってそうさ。あの日、彼女を家まで送り届けなかった俺だって。 だから。 最期は俺を罰して終われ、グリフィンよ。 ● 久埜は歪な翼を伸ばす。刹那、金属のように尖り刺し縫いたのはレンの躰。 「ッ……なぁ、久埜。自分がやっていること、わかっているんだろう?」 ぎり。 遠く距離を置いたというのに奧で軋む歯の音が確かに届いた。だから血反吐と共にレンは届けたい気持ちを音にする。 「自分の感情で復讐をして、どうすると言うんだ?」 「綺麗事をぺらぺらと、お前は俺か? そんなに好かれたいのか上辺の言葉で」 「上辺じゃない。復讐はただの自己満足だろう。本当に辛いのは誰だ?」 真実を見て欲しいから、むしろそれは痛烈で誇り高い響き――だから王子様は耳を塞ぐ。 「ああ、そんなのわかってる。本当に辛いのは山根さんさ……でもどうにもならないんだッ」 おおおおお。 顔を覆い嘆けば、呼応するように彼の胸元から咆吼が湧いた。広がる翼は殺意を孕んだ羽根を産み、それらは夕の朱へ収束する。 パァン! 散った先は、5人のリベリスタが命をはる場所。 『ここは耐えぬくとこなんだよ!』 『……絶対に止める』 『負けないよっ』 『俺を信じ、ここを任せてくれた仲間を裏切る訳にはいかん』 『わたしの運命の全てを賭けてでも、守り抜いてみせる!』 ……そこかしこの携帯端末が伝える仲間の叫び。それは一刻も早く片付けなければ全てが灰燼に帰すとの警告か。 「仕方がないですね……痛いのは我慢してくださいね?」 戯けるのは言葉面だけ、慧架に遊びの余裕などない。水を尖らせるようにつま先に力を流し込み、鋭い気合を久埜へ。 殺したくはない、でも手加減して勝てる相手では、ない。 「……」 なにかを紡ごうか躊躇いつつもヴィンセントはAngel Bulletに魔力を篭める。 (「人の気持ちは……わかるようでわからないものですよね」) レンのように素直に、杏樹のように真っ直ぐに、慧架のように真摯に――言葉を編むに向かぬ性分に苦笑し、背中の漆黒がはためかせる。 今は血を流させるけれど、どうか……生きて欲しい。 ● 優勢になったら再び声をかけようと考えていた――けれど、果たしてそんな時が来るのか? 攻撃を浴びせながらもリベリスタ達に焦りが浮かぶ。グリフィンが付与した力は余りに大きい。そもそもが12人で掛るべき敵なのだから当たり前だ。縦横無尽に届く攻撃は、後方にいる者にも構わず手を伸ばし、彼らの運命を噛み取っていった。 潜むアンジェリカも『グリフィンの咆吼』に掴み掛かる刻を伺うも未だ訪れず。 いつしかレンも慧架も前に出て大きな力をぶつけ、なんとか久埜に想いを届かせようと足掻きはじめる。 「自分の命を捨てる覚悟が貴方はあったんですから、何度でも彼女に呼びかけてください」 「久埜を待っている人がいるだろう。こんな事をしても喜んで欲しい人は、喜ばない」 もう。 もうきっと。 きっとこれしか方法が、ない。 そう。 この選択は余りに険しい道だった。だがそれでも仲間を危険に晒しこの道を、取った。 心をこじ開けねば。 でも。 でも。 「うる……さい! うるさい!!! 誰も、誰も誰も誰も俺の気を知りもしないで!!」 キーが、足りない。 決定的なパーツが、ない。 砂をかきわけても琥珀は現われない――もしかしたら琥珀などないのかもしれない。 ここには命を妬く砂しかないのかもしれない。 「復讐をやめろ?! 命を落とす?! こんな命……山根さんを救えない俺なんて、いらない!」 「彼女のために手を汚す覚悟があるなら、その手で彼女の手を握ってやれ。それとも、もう諦めてるのか?」 フェイトを燃やし立ち上がり、杏樹は潰れた肺から目一杯の大気と共に叫ぶ。 「私は仲間と一緒にお前もお前の憎む奴も全員救う」 「あああああああああああああ」 輝き放つ矜持は、動物的な叫びにかき消された。 「…………久埜さん」 その叫びの中、天使の銘を持つショットガンをヴィンセントはおろし、伝える事を選択する。 諦めではない。 でも落ち着いて話が出来る時など永久に来ないと感じたのも、事実。 「久埜さん。僕は復讐を否定しません」 「……あ?」 「他の誰が否定しても僕だけは肯定しましょう」 ――それは、なかったはずの琥珀を、砂漠の中に生みだす魔法の言葉。 ● 未だ鷹の翼広げる男は虚を突かれ膝をつく。そして邪気失った目でヴィンセントのマラカイトグリーンに視線を絡めた。 『復讐の気持ちはわかる』 『だが』 以降、つながる台詞はほぼ全て自分を叱る物だった。 当たり前だ。 理性ではわかっている、傲慢に命を奪う行為が間違っていると。100のまともな人間がいれば、その全ては台詞は違えどそう諫めるだろう、と。 「肯定……って」 頷くヴィンセントは一歩一歩踏み出し久埜の手を取ると、こうも続ける。 「久埜さん自身が決めたことであれば、否定しません。ですが」 「やはりあんたも否定す……」 「この復讐は唆されたものです」 柔らかくも強固に突きつけられた事実に、久埜の記憶の蓋が開く。 『そんな風に腐っている人達なんて、本当に腐ればいいと思いませんか?』 『その身に相応しい姿を与えてやればいいのですよ――あなたが』 そう言われる前の俺は? ――山根さんに拒絶をされて絶望した。 では山根さんの家に行く前の俺は? ――世界の愛し方を教えてくれた無垢な心を護れなかった懺悔と、もし赦されるのならば今後はそばで護りたい、と告げたかった。 ――これは自己満足。でも俺はそれすら為していない。 「そう……だ、俺、は…………」 「誰の指図でもなく、あなた自身でもう一度選んでください」 本当はどうしたいのか。 「俺は……うっ……がぁぁあ?!」 正気を取り戻させじと『グリフィンの咆吼』が爪を向ける。自らの羽根が胸に刺さり苦しげに呻く久埜。その背は仰け反り、血を浴びたグリフィンが嗤うように宙を泳いだ。 刹那――。 「死なせない……」 飛び出して来たアンジェリカが『傲慢』引き出すアーティファクトに指を伸ばす。杏樹と星龍の矢と弾丸で摩耗していた鎖はあっさりちぎれ、彼から去った。 「でも……俺はもう、人を殺した…………」 嘆く声に階段を隔てる鉄扉があく。 顔をだしたのは傷だらけでボロボロの5人、だが久埜の涙声に晴れやかに笑った。よかった久埜も生きていた……と。 「きっと貴方が手を差し伸べてくれるのを待っていますよ?」 カイを皮切りにあがるは励ましの言葉。 「お前の気持ちが届くまで山根に声をかけつづけるんだ」 改めて誰も死んではいないと言い添えて、ハルトマン。 和やかに解けていく空気の中、アンジェリカは一足先に姿を消す。 ● ドアごしでいいからきいてと、しらないおんなのこはいいました。 ……昨日のあたしがされたようなことを、彼女はもっとちいさなころにされていた、そんなかなしいお話です。 「ボクを救ってくれた神父様に『自らを苛むのは自らの心であり、誇りを失わない限り人は決して穢れたりしない』って言われたんだ……」 「じぶん…………」 むずかしい言葉、わからない。 でも、 ぎゅうぎゅうと首をしめているのは、あたし……それは、わかる。 「あたし……きたなくない?」 「ああ。あなたが誇りを失わない限り、決して穢れたりしないんだ……」 アンジェリカにもう返る声はない。ただ携帯が操作されるプラスティックの擦れる音だけが響く。 『久埜くんへ きょうはきてくれたのにおいかえしてごめんなさい。 久埜くん、あたしはまだほこりたかいままですか? だったから、あたしは、久埜くんにまたおくれたべんきょうをおしえてほしいです。 久埜くんに、そばにいてほしいです』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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