●ちょっとした事故だったんだ 俺はまだ十三歳。 「やーい! おまえの父ちゃん母ちゃん自殺したんだってな」 「うっそーかわいそー!」 水をかけられ、罵られ、そんな毎日を妹と生きてきた。 養ってくれている叔母さんは優しいけれど、やはり母親と父親の愛には敵わない。 これからも毎日、じっと耐える、ただそれだけ。 妹だけには、辛い思いをして欲しくないから、汚い言葉や嫌な目線は全て俺が被ろう。 守ってやるんだ、だってお兄ちゃんだもの。 「お兄ちゃん、あのね、私明日ピアノの発表会なの。来てくれるよね」 「もちろん行くよ」 妹と二人、いつもの帰路。歩道橋の上を歩いていた。 明日、妹は必死で覚えたピアノの発表会。 彼女の齢はまだ十歳だけれど、家でピアノの練習を頑張っていた姿にはとても感銘を受けた。 小さな手を握って、笑顔を向けて。 俺は良い兄をできているだろうか? うん、幸せ―― 「親が自殺した奴等だ!」 その声を聞いて、背筋が凍った。 歩道橋の階段を降りる時、その背後にいじめっ子だ。 咄嗟に妹を背中に隠した。 酷い言葉に汚い言葉。妹は俺の服を強く掴んで離さない。 背中の妹を面白がって近づいた奴が、妹へ手を伸ばす――咄嗟に身体が動いた。 「妹に触んな!」 奴の手を叩き返した。でも、 「何すんだよ!」 奴が俺の身体を突き飛ばす、それは条件反射だったんだろうけど。 バランスを失った俺の身体は妹を押して、共々階段を転げ落ちた。 顔面蒼白になった奴は足早に消えていて。 隣で倒れている妹は血を大量に流しながら、動かない。 あれほど守るって言ったのに、誓ったのに。 憎い、奴が憎い。 妹は明日、人生初の晴れ舞台だったのに。 「……おれが、まもる、から」 俺も俺で頭が痛い。きっと流れている血は俺のモノでもあるのだろう。 意識が暗闇へと落ちていって――真っ暗だ。 ●しばらく日が経って 「ひ、ひぃいい! ごめんなさいごめんなさい」 頭部の一部が割れた少年――E・フォースが、生きている少年の眼前に居る。 「お前のせいで、お前のせいで」 E・フォースが伸ばした左手は少年の襟元を掴み、右手は刃と成り振り落とされる。 「俺がなにをした、妹がなにをした」 文字通り、叩き斬られた少年の身体はそれだけれ致命と成り、命火が消える。 それでもなお、E・フォースは少年の身体を切り刻み続けて、最後にはよくわからない赤い物体を踏み潰し続けた。 「憎い、憎い、ニクィィイイ」 憎悪の塊は、その憎しみが消えるまでその行為をし続ける。 そこに妹を思う少年の心は無く、ただただ憎しみをどうにかしたくて、その手を血に染める。 ――月の光を浴びる白い病室。そこに横たわるのは幼い少女が一人。 「お兄ちゃんだよね」 ピアノは弾けなかった。 でも、亡くなった兄を思って、毎日妹は兄を思って手を合わせ続けた。 何処かで生きているのではないか、そう思えて仕方なかった。 祈り続けて、その結果。ついに兄らしいモノが病室に足を運んだ。 「オマエさえイなケれば」 「うん、お兄ちゃんの悲しいのの根本は私だもんね」 腕が刃に変形した兄を見ても妹は動じなかった。 あの時一緒に死んでいれば、良かっただろうか? 「オマエさえ、オマエさえ!!」 「お兄ちゃんは私の事嫌いでも、私は大好きだよ」 ただ、その死ぬ時が今現在に回ってきた、ただそれだけの事。 だから、もう怖くない。 「ずっと守ってくれてありがとう」 振り落とされた刃は妹を斬る。 いつも助けてくれていた王子様は、お姫様の命をもって浄化された。 ●君のため、人のため、世界のため 「E・フォースが出現したのです、どうか退治をお願いします」 『未来日記』牧野 杏里(nBNE000211)は、集まったリベリスタに資料を配りながら話を始めた。 今回の討伐目標はE・フォース。人の思念の塊だと言う。 「己の憎しみが無くなるまで、生前に関わっていた人達を殺し歩いているようです」 生前の名前は堀野 純という名前の十三歳の少年だったらしい。妹思いの良き兄だったという。 だが、事故から命を落とし、憎しみの感情だけが此岸を歩き続けているのだ。 「右手が大きな刃となって、それで攻撃してくる様です。戦闘する場所は最初の犠牲者の男の子の家のすぐ近くの公園です。そこを夜に通るので、そこでなんとか抑えてください」 巨大に変形した右手の刃は殺傷力に長けている。一般人がくらったら勿論だが、リベリスタでも重い一撃となるだろう。 「言葉は通じないと見て言いと思います。妹の言葉も聞いていない様でしたし」 間違えてはいけないのは、兄ではなくE・フォースであるということ。 本物の偽物、というやつだ。 「憎しみの感情から断ち切ってあげてください、よろしくお願いしますね」 杏里はリベリスタに一礼をした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月20日(木)23:36 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●賽はとっくに投げられた 暗い夜の公園は、静まり返って夜があけるのをひたすら待つばかり。 8人のリベリスタがそこでエリューションを待つ。 「世の中は理不尽やな」 「ああ、やりきれねぇ、やりきれねーよ」 公園の周辺に通行止めの看板を起き、一般人対策をしていた『イエローシグナル』依代 椿(BNE000728)が呟く。それに『1年3組26番』山科・圭介(BNE002774)が相槌を打った。 妹を守っていた純粋な心が狂気となった。全くもって世界というものは傾いた天秤だ。 「けどさ……絵美ちゃん生きて欲しいからな、頑張るよ」 圭介はすぐに前向きに気持ちを変える。その姿はとても勇ましい。 「香夏子も、真面目に頑張ります」 椿の後ろで、『第1話:さらば10歳』宮部・香夏子(BNE003035)が圭介の言葉に首を縦にふりつつ答えた。 所変わって、公園の中心でリベリスタが結界をはり終えていた。 結界の中央で『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)が暗い表情を落としていた。彼にも彼の、譲れない事情がある。 「ったく、ひでー依頼だぜ、クソが。妹か……」 そう言いながら公園のベンチに腰を落とした『捻くれ巫女』土森 美峰(BNE002404)は過去の出来事を思い出していた。そんなのも、居たな、と。 『他者像幻視』世阿弥 鏢(BNE003019)は1枚の写真をじっと見ていた。油断すれば目から涙が流れそうだが、必死にそれを堪え、この戦闘が終わった後のために今は写真を見続ける。 少し時間が経って、看板を置いていた椿達が帰ってきた。 公園の電灯が、夜の闇を明るく照らすその中で、待ちのびた招かれざるモノがやってくる。 「飽くまで、暴れているのは憎しみの残留思念。その災厄、この手で止めてみせます」 『プラグマティック』本条 沙由理(BNE000078)がグリモアールを両手で開き、見つめた先の直線上に、堀野 純を模してはいるが、堀野 純では無いE・フォースが姿を表す。 純の腕は禍々しい大刃を成っており、頭上はかち割れている。 もはや見るも無惨なその形状で、口から唸り声をあげる。憎い、憎い、と。 「貴方の憎しみ、理解は出来ます。ですが許容はできません。死人が生人の人生を左右するべきではありません」 ノエル・マリエット(BNE003079)が純へ言うが、勿論返事は返ってこない。ならば行動と結果で思い知らせるのみ。 純が刃を構えれば、殺意を剥き出す。 ●そうなった以上断行するしか無くて 誰よりも早く動き出したのは凍夜だ。 自分の過去の面影がちらつく純を見て、止まる訳にはいかなかった。 握り締めたを煌鋼と雛護を振るい、ソニックエッジを連続で仕掛ける。 「なあ、きっとこんな事言っても伝わんねえんだろうけどよ」 まずは1回。斬りつけた勢いで背後に回った。 「あんたは護って、護り切ったんだよな。すげえよ、マジで尊敬する。正直言や、羨ましい」 そして2回目のソニックエッジが炸裂し、計4つの傷を純に着ける。 「うぅうぅぅうう憎ィィイ!」 純が叫ぶが、けして返事は来ない。言葉を認識されたかも分からない。 だが、凍夜は胸の奥に秘めたものは言葉にしない訳にはいかなかった。 憎しみからの力か、麻痺がすぐに解けた純の目が凍夜を捕らえ、刃を向けた。 「絶対、倒す! だけどその前に!」 咄嗟に美峰がその後ろでグリモアを開き、守護結界を展開した。 タイミング良く張り終えた後に、純の刃が凍夜を襲った。凍夜よりも小さな身体で大刃を遠心力任せに振る斬る。威力は言うまでもなく、強烈な一撃だ。 シュボッとライターの火を着けて煙草に火を着ける。 「これは本気でいかな、やられそうやねぇ」 引きちぎれた凍夜の服の残骸が宙を舞う。 それを見て、椿は煙を吐き出しながら器用にコンセントレーションを発動させた。 「憎しみに染まった思い、うちらで浄化したろか」 「そうね、これ以上の惨劇は必要無いのよ」 紗由理がそれに頷き、同じくコンセントレーションを発動。 鏢が凍夜の元へ走り、癒やしの符を張る。完全に回復はしないが、それでも鏢は鏢のできることをする。 圭介も凍夜へオートキュアーを放った。 少し遅れてノエルが動き出した。 「私は未熟の身です。ですが、リベリスタとしての使命を果たして見せます!」 集中に集中を重ねながら、魔力を紡ぎ続けた。その展開する魔方陣を重ねて、重ねて、純へと的を絞る。 「貴方が純さんの憎悪なら、私は純さんの良心となって絵美さんを守りましょう!」 発動した魔曲の4色の光が純へ。 ひとつの光りは純は貫き、またひとつの光りは純を縛った。苦しさに悶えた純には追撃が走る。 「悪い圭介、交代だ!」 「おっけ、任せなー」 傷ついた凍夜が後退し、代わりに圭介が前へと出た。 前へと歩きながら気糸を紡ぎあげ、凍夜とすれ違ったその瞬間に気糸を放つ。 「こっからは、俺が遊んでやるよー」 気糸をその身体に受け、血走る純の目が、圭介を見た。 ● ノエルより長い間沈黙をし続けた香夏子が動く。 沈黙し、分析し、距離を測り終え、隙を探す。その好機がまさに今だ。 普段やる気無く、依頼でも働きたくない、そう考えていた。けれど今は、その瞳に光りが灯る。 「香夏子は貴方の行動を制限します」 ブラックコードを握り締め、キャロッププレイを放つ。 伸ばされた気糸は純を縛り上げ、拘束し、その自由を奪う。威力も十分に備わった素晴らしい一撃だ。 攻撃を終えた香夏子は後ろへ下がり、再び沈黙する。その手前で紗由理が仁王立ちする。 「あなたは、護りたかったのでしょう? 大事な大事な妹を」 紗由理がグリモアを片手に、もう一方の手を純へと向けた。 「いまこのときだけは、王子様の役をわたしたちが代わってあげる」 白き純たる光が紗由理の手に集まっていく。 「だから、憎しみよ、散りなさい!」 それが一気に解放されると共に、電灯以上に明るい光りが公園を包んだ。ほんの一瞬の光だったが、それに包まれた純には強力な一撃となる。 妹の命を捧げて浄化だなんて、相当ではなく値しない。だから止めなければいけない。 椿がリボルバーを構えた。 「あんまりやろぉ……」 ラヴ&ピースメーカーに弾は無い。だが、神秘の力を持った椿には弾丸を放つことができる。 「死んだ後に、自分の思いが妹を殺す……そんなん、あんまりやろっ!!」 そう、目の前のそれは堀野純では無い。ただの残った残留思念の塊。確かに本来の純には憎い気持ちもあっただろうが、妹を思う優しい思いもあった。 ただの憎しみだけが独り歩きして、純の心と妹を蹂躙するのは余りにも理不尽だ。 椿の放つ毒の銃弾は、本来の威力以上の力を発揮した。エリューションの純は毒を纏って、蠢く。 何度目か壁の役を交代し続け、凍夜が前へ出た。 麻痺やショック、呪縛のおかげで攻撃を受けない機会もあったが、回復が少々間に合っていない。 「ゥウウウ、ニクイ、痛い、おまえら、憎い!!!」 地面を引きずる大刃を力任せに振り上げ、凍夜に向けて走り出した。 流石にこれを受けてしまえば、倒れざる終えない。それでも身体を張って純を止めようとした凍夜だが―― 「お、おい!? 鏢!?」 ――その間に鏢が割って入った。 同情した、泣きそうだ。だけど、妹を見殺しには絶対にできない。 仮面を外し、その顔を妹のものへと変えた。きっと伝わらない、それでも―― 「絵美は、お兄ちゃんのこと、大好きだよ……っ」 刃の刃先は止まらない。容赦なく鏢の身体を突き抜けた。 「てんめぇ……っ、なにトチ狂ってんだよ!」 その後ろで美峰がグリモアから式符を一枚引き抜いた。それを手際よく鴉へと成し、純へと向かわせる。 「いずれまた会えるように、素直に寝てろよ!」 輪廻転生か、兄はいつかまた妹に会える、そう信じて。鴉はその思いに応えるように純を突き抜ける。 「EPが……でも!」 ノエルが尽きかけている魔力を振り絞って、ヘビーボウからマジックミサイルを放った。 美峰へ攻撃を繰り返す純をかすって後方へ着弾する。 それに続き、香夏子のギャロッププレイが再び純を捕縛した。気糸が純を縛り上げ、刃を無力化する。 攻撃を終えた香夏子が再び後ろへと下がり、美峰がその壁となる。 そして美峰の横から、圭介が走り出す。 「そろそろ、楽になれ!!」 気糸によって動けない純へ、アデプトアクションが炸裂する。 ジャベリンが純の身体に当たり、十分な一撃となる。 ● 「憎い憎い憎い憎い憎い!!!」 吼えた純が刃を回し、遠心力に任せて圭介を斬りつけた。 「こんのやろぉ……!」 フェイトも使い、更に体力も磨り減った圭介は意識が飛びそうになったが、その足で踏ん張る。 純も刃を杖としてその体勢を持っている。彼の終わりは近い。 「自分で自分の人生傷付けてんじゃねーよ。兄貴だろうが」 凍夜が動く。どこかの道で何かが違えば己も眼前の彼の様になっていたかもしれない。 だからこそ、凍夜は彼を認め、受け止める。 「本当に良くやった、だから」 傷ついた身体に鞭を打ち、地面を蹴り高く宙を舞う。 「そろそろこの辺で、眠っとけ」 ソードエアリアルが純へと突き当たった。 続いて、紗由理が再びグリモアを開く。指先を純へと固定し、目を閉じる。 「あってはいけない続きに幕引きを」 気糸が放たれ、光線が飛ぶ。純の身体を貫通し、吹き飛ばす。 そして、これが最後。 「じゃあ、またな」 美峰が呪力を天空へと放ち、変わりに落ちてきたのは氷柱の豪雨。 それは純の身体を貫き、その活動を完全に停止させた。 「これがリベリスタの仕事なのですね。」 ノエルが公園のベンチに腰をかけてそう言った。 世界を護るということは、けして一般個人の幸せを護ることではないが、それに繋がるのならそれ以上の事はないだろう。 使い終えた赤いコーンを回収し、結界を解く。 夜道には再び、人の歩く音が聞こえる。 だが、ここで止まるリベリスタ達では無い。 ●残された貴女へ ――全てが始まる前のブリーフィングルーム。 「これが、必要ですよね?」 フォーチュナである杏里が鏢に万華鏡から抜粋した写真を見せた。そこには幸せそうな兄妹が写っていた。 仮面から覗く2つの目が、兄の顔を見つめる。 「リベリスタ様の、その優しさ。私とても大好きですよ」 にっこり笑った杏里がその写真を鏢に渡し、リベリスタを見送った。 ――戦闘が終わった後、鏢が絵美を尋ねる。百面相により中身は鏢だが、見た目は純である。 「お兄ちゃん……?」 「ごめんな? 一人にさせちゃって。でも、すぐ行かないといけないんだ」 ずっと彼女の元に居るわけにはいかない。もしかしたら感情的になって百面相も声帯変化も崩れてしまうかもしれない。 「ううん、あのね……ずっと守ってくれてありがとう」 妹の口からは感謝の言葉。きっとこれからは一人でも歩いていける。 「お兄ちゃん、大好きだよ」 「俺も絵美の事……」 ――大好きだよ。 鏢は精一杯の笑顔を絵美へ向けるが、絵美の笑顔は直視できなかった。 病室を出て、足早に病院を後にする。 仮初の兄を演じて良かったのか思い詰めたが、鏢なりの行動はけして悪いことでは無いはず。 兄の心は救えないが、妹の心は救えただろう。 それから数日後リベリスタが数人、絵美の病室を訪ねていた。 窓から抜ける風は心地よく、秋の冷たさを持っている。 顔の知らない人達を前に困った顔をしている絵美に椿が話しかける。 「うちらは純さんの知り合いなんや」 「……お兄ちゃんの、お友達さん?」 絵美はその言葉だけで警戒を解いた。亡き兄の友人が訪ねてきてくれた、その理由だけで十分。 「純さんは、いつも絵美さんのこと大切やって言っとったからなぁ。純さんにとって、絵美さんが幸せで居ること……それが一番の願いやったみたいやよ?」 絵美は両目をぱちぱちしながらその言葉を聞いた。 「絵美、お兄ちゃんの重荷じゃ、無いんだね」 ひとつの答えが出た。椿から渡されたお守りを抱き、目から涙を零した。 香夏子が絵美の頭を撫でて慰める。 「笑顔で居た方が、お兄さんきっと喜ぶ」 そして最後に紗由理が。 「お兄さんのお話、聞かせて?」 涙を拭った絵美は、全て吹っ切った笑顔を向けて。 「うん! 絵美のお兄ちゃんはね、絵美のね――王子様なの!」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|