● あの事件から数日経ち、私は教師を辞めることにした。 教え子の死、部の解散。そして自分自身に対する評価の低さ。 教え子に培ってきた技術は、一日にして灰燼と化した。 ――その元凶は、ある男によってハッキリと明るみに出た。 特務機関『アーク』 彼らによって奪われた命、技術、そして誇り。それを精算するために、彼へと下った。 その男の名は後宮シンヤ。そして、私の名は阿藤 京四郎。 夢を、希望を、未来そのものを破壊した愚者にも劣る畜生を屠殺する為に。 私は今、此処に居る。与えられた使命を全うするために! 私は此処に居る、私は、此処に居る!!! ● 「よっし、早速説明行くよ!」 ペルシャ猫を思わせるふわふわの耳を付けた少年が、頭を一つ振って説明を始める。 少なくともここで説明するのは初めてなのか、意識が高揚している様子が見られる。 「今回の敵はひたすらにおっかないよー。何せあの後宮シンヤの部下の退治なんだから」 『首を突っ込みたがる幼き賢者』ミカ・ワイナミョイネン(nBNE000212)自身も此処まで残虐な敵を知らないし、彼自身も『万華鏡』を通して未来を視たことがなかった。 しかし、今回の襲撃のきっかけとなったフィクサード組織『恐山会』からの情報提供と交渉を皮切りに行われた万華鏡システムの集中運用は、これまで隠匿されてきた彼らのベールを払い除けることに成功した。 故の襲撃作戦。もし成功すれば後宮シンヤの戦力を大幅に減退させることもできよう。 「――それじゃ、部下について話すよ」 深呼吸一つ、ミカが改めて話しだす。 フィクサードの名は『阿藤 京四郎』。元医師であり、昨日教師を退職して行方がわからなくなっていた男性でもある。 この男性もおそらく、ジャックとその部下であるシンヤの居場所をどこからか突き止め、そして仲間になることを懇願したのだろう。 そんな阿藤の目的は大きく分けて2つ。かつての襲撃で失った生徒2人の敵討ちと、自身のさらなる立身にある。 「で、こいつアーティファクトを二種類持ってるんだけど、全部破壊して。 持って帰ると君達に被害が及ぶようなシロモノなんだ。だからお願い」 そのアーティファクトとは、狂気を移すという『凶鬼のメス』が10本。そして与えた苦痛を自身の力に変える奇怪な牛刀『鬼哭断刀』の二種類。 どちらのアーティファクトも代償が大きく、回収してもリベリスタの手に余るものだ ただし、前者のメスに限っては、効力が無力化した物の処遇は任せる。とミカは告げる。 「僕の能力じゃアイツらに歯がたたないけどさ、君達なら絶対やってくれる。でしょ?」 少年は揚々と、勝利への確信を告げるかのように話しかける。 「アークの底力、楽しみにしてるから!」 ● マンションの地下駐車場に1台の車が停まる。 中から出てくるのは、くたびれた白衣を纏う中年男性。 しかし、その眼は狂気で満ち溢れており、今か今かと何かを待ちわびていた。 「来るか、奴は今日こそ来るか……?」 トランクを開けると、出てきたのは刃渡り30cmあるだろう分厚い牛刀。 それは赤黒く、まるで『殺せ』『痛めつけろ』と呻いているかのよう。 「来てみろ、こいつでズタズタに引き裂いてやる」 それを一振り、二振りし、阿藤はまだ見ぬ相手を屠殺する妄想に浸る。 それがいつか判らない。そのようなことすらもはや忘れたまま―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カッツェ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月28日(金)00:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●暗躍 夜の静寂に響く複数の足音。 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の視野に入った非常灯が、明滅してはその居所を顕にする。 結界の効果か周辺には一般人の姿は無く、アークが用意した見取り図や機器配置図といった各種資料は、一般流通しているものとはいえユーヌが侵入するに当たっては十分実用に値する物と言えた。 「そちらはどうですか?」 「標識は3箇所、戦場で光源になりそうな所はここともう一箇所だけ。 敵はまだ――車の中だ」 AFを介し、『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船 ルカ(BNE002998)の回答に答えるユーヌ。緊迫する状況下での情報収集を欠かせない。 一帯には阿藤の乗ってきた車と、ユーヌが停めた4WD以外に車両は見つからない。 これを戦いやすいと取るか、遮蔽がない不運と取るか――。 「さて」 点検中の表札よし、予め入手した配電盤の鍵も手の中にある。 後はタイミングを見計らい、事を移すのみ。 奴は今日こそ―― ズタズタに――!! 男の声はまるでリベリスタを誘うかのように吠え立て、駐車場の隅々まで響き渡る。 リベリスタ達にとって、これほど格好の合図があるものか。 (私には、お前達の姿もはっきり見えているぞ) 『影使い』クリス・ハーシェル(BNE001882)は予め自らの影に意思をもたせつつ、虎視眈々と突入班とは別の位置で阿藤の様子を見ていた。 車の出す排熱が目障りだが、それでもフィクサード3人の姿はよく判る。 (さて、どう出るか) 無言のまま、ユーヌの報告に耳を傾けてその時を待つ。 「落とすぞ」 その言葉と共にユーヌが配電盤を操作すると、駐車場の灯りは一瞬で全て落ちる。 「よし」 それを確認すると上下に伸びる引き込み線も素早く切断する。 「逃げ道を抑える、しばらく頼んだ」 ユーヌは暗視ゴーグルをかけ、速やかに行動を起こす。 中二臭くて好きになれない翼を広げ、1秒でも速やかに防火シャッターを閉じ、残る出入り口を封鎖しなければ。 「来たか、来たか! どこだ!」 「阿藤さん抑えて、敵に居場所が――」 「黙れ! 後宮君の部下でなかったら4つに斬り落としているぞ。早く照明を用意しろ!」 大きな音と共に照明が一斉に落ち、漆黒に包まれた地下駐車場に怒号が響く。 その様子は発狂とも狂喜とも取れ、部下を一蹴すると手に持った牛刀をゆっくりと横に払う。 「よし、一つぶっ飛ばしてやるか」 「一つお灸を据えてあげないとですよ!」 虎的獠牙剣を手に、『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)は一声あげ、影を繰る『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)も頭に付けていた暗視ゴーグルを下げて呼応する。 照明が落ちたことで向こうも対処が出来ていない。絶好のチャンスだ。 「さあ、教育の時間です!」 言葉と共に暗黒の場を飛び交う無数のスローイングダガー。 「ぐあっ!?」「奇襲か、小ずるい真似を!」 漆黒の地下に響き渡る悲鳴と怒号。 それぞれが引き金となって新たな音が次々と生まれ、地下駐車場は一瞬にして戦場と化す。 リベリスタは戦場と化した闇の中を駆け抜ける。狙うは狂人の囲う狂人、阿藤とその監視役。 そして、彼の持つ2つのアーティファクト――凶鬼のメスと鬼哭断刀。 威力・代償共に凶悪なこの武器だけは、ここで破壊しなければなるまい。 ●狂乱 「これで全部です」 阿藤の乗っていた車の背後にあった非常灯を魔力の矢で破壊し、ルカはすかさず後ろに退く。 (この暗がりの中で使うスキルと言えば――) クリスが身を構える。前方からの突入班のお陰で阿藤が気を取られている以上うまく挟撃が出来そうだ。 だが、ここで彼女が予想もしない事態が起こる。 「そうか、そこかぁ!」 (こっちではない、けどこれは――!) 炸裂するオーラはメガクラッシュとは明らかに違う出力、思わず気圧されそうな殺気にクリスは思わず身を反らす。 まるで生死全てを、この一撃に込めたかのようなおぞましい気魄が、虎に向かって襲いかかる。 「こりゃ、危ねぇな」 すかさず一歩身を引くことで、振り下ろされた一撃は間一髪で足を抉るだけに留まる。 仮に直撃を受けようものなら、虎の意識を根から殺ぎとるには十分の威力。用心に越したことはない。 「ほう、まぁいい。この一撃だけでもかなりの苦痛が稼げたよ」 何より問題なのは現状の布陣だ。視野が見えないとはいえ全く当たらないとは限らない以上、虎だけで阿藤と剣を交えるのは分が悪い。 それを確固たるものにしているのが阿藤の持つ牛刀だ、先程虎の足を凪いだ際に生じた血痕が見る間に吸い取られ、禍々しいオーラとなってあたりに漂う。 「…なんちゅう厄介かつはた迷惑なアーティファクトですか」 それを補うのは『イノセントローズ』リゼット・ヴェルレーヌ(BNE001787)を始めとした後衛陣。 垣根は限りなく薄く、機会を伺っているかのような状況の中で、刃のついたタロットカードを投げつけ、フィクサードの片割れに不吉な予兆を刻み込む。 「とっととぶっ倒すわよ!」 死神の絵が刻まれたタロットが嘲笑し、リゼットがステップを踏めば背後からもう一つの影が躍り出る。 (影よ、かの者を縛れ!) 「ぐ!?」 すかさずクリスが挟撃を仕掛け、阿藤を漆黒の気糸で縛り上げる。 その横では、虎の放った一閃がフィクサードの身体を深く切り裂く。 「殺された生徒の敵討ちったってなぁ。 その生徒が殺されても仕方ないことをやらかしたから、仕方なく始末されたんだろ」 「仕方がないだと? 凡愚数十数百の命を以てしても斉藤君はもう戻ってこない! 工藤君もそうだ、互いにベクトルは違うが素質を持っていた。それを貴様らは!!」 (……やっぱり解んないか) 人を斬ることだけしか念頭にないセンセイだと思っていたが、そうでもないとは剣を交えて分かった。 だがその価値観や目的は到底分からない。それに、何故人を斬るのかも――。 「完全に逆恨みじゃないですか」 「そうですね。ただ――」 「?」 「先生には親近感を感じます…… 祈り癒すと憎み殺すは、オセロのようなモノだから」 そう告げ、『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)が体内の魔力を活性化させる。 彼の教え子を殺めたその場に居た彼女だったが、それ以上に対極の存在たる彼を見ることで、沙希の心の闇が少し疼いた気がした。 「おっしゃあ命中!」 そう考える中を『錆天大聖』関 狄龍(BNE002760)の銃弾が阿藤の牛刀に食い込む。 悪くない当たりに関の気が昂る、うまく当て続ければ壊すことだって出来ると考えるほどの反響音が駐車場内に響き渡る。 「ナーイス! 桜ちゃんも負けてられないですね」 続けざまに桜もスローイングダガーを隙間なく連続投擲! 「投擲、なら曲線描いて投げたりは出来ませんからねー」 その言葉通り、桜は監視フィクサードを挟み込む形で動いては一方的に攻撃を仕掛ける。 こうする事でこちらから攻撃はできるが、向こうは監視役のフィクサードが邪魔になってメスが届かない。 「悪知恵だけはよく働くメス猫が!」 「きゃー、先生が怒ったー」 すかさず場所を移動する桜。阿藤の手に構えられた凶刃を見逃さない。 「後でたっぷり灸を据えてやる。そら!」 懐より取り出した4本のメスを、阿藤は大きく踏み込んで空へと解き放つと、リゼットの手元や虎の腕、沙希の足を掠めて地面に刺さる。 「な、なんですこれは!?」 (これは――衝動?) 「ぐあぁぁぁぁ!!」 まるで傷口から毒が染みこむように、傷を負った誰もが衝動に飲まれて心の制御が効かなくなっていく。 「負けないで、あひるたちも頑張るから」 そこに、『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)のもたらす輝きが衝動を照らし出し、正気に戻していく。 この戦場において、これほど心強い存在があるものか。 「ほう……だがメスはまだあるぞ」 阿藤がそうつぶやき、ほくそ笑むようにリゼットを見つめた。 ●狂気顕現 「ふふふ、あはははは!」 2枚の不吉なカードが空を舞う。1枚は阿藤に、もう1枚は――。 「桜ちゃんは味方ですよ!?」 ぎりぎりの所で桜を掠め、柱に突き刺さる。 「サイコーの気分です! このままリズが全員ぶっ倒してやるですよ!」 ブレイクフィアーが効かず、衝動のままにライアークラウンを放つリゼット。 狂気に踊らされ、暴れるリゼットの姿にリベリスタ達が身構え、足元に散乱するメスに気を取られる。 「どうした、こちらから行かせてもらおうか!」 その中を戦鬼烈風陣が吹き荒れ、前衛をかき乱しては与えた苦痛を糧にしていく。 「このままバラすのも悪くないが、さて――」 調子づいた阿藤が狙いを定め、構成に打って出ようとした瞬間、横に立っていた監視役のフィクサードが突如前のめりに倒れた。 「おい、何を倒れている」 「あ、阿藤さん。後ろ」 「はいこんばんは」 フィクサードの指差す先にあったのは、宙ぶらりんのまま天井に立つ『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)の姿。 彼女はこれまで面接着で天井に張り付いては機会を伺い、電気が消えると同時に自身の闘気を全身に滾らせ、ワクワクしながらその時を待っていた。 そして今、ボロが出ていた監視役を沈め、阿藤の眼前に逆さまではあるがその身を構えている。 「足がついたが運の尽き。散々人の領域で好き勝手やってきたツケは払わないとデスヨネ?」 取り出すは2本の肉切り包丁。彼女の顔は今、非常に活き活きとしている。 「それはごもっともだが、このままではどうしようもない。おい立て!」 阿藤が倒れたフィクサードの腹を蹴り上げると、よろよろと力なく立ち上がる。 「車を動かせ、ライトをつけろ」 「そうはさせないデスヨ。暗闇の中どちらがより多く肉を刻むデスカネ?」 二本の肉切り包丁が牛刀と打ち合い、高い金属音を奏でる。 「刻みたければ屠殺場にでもいけ! 解剖と一緒にされては困る!」 その言葉に合わさるかのように、もう一方のフィクサードが行方の首元を掻き切る。 血を吹き出しながらも彼女は笑う。阿藤を刻み、そして笑う。 「アナタの矜持が復讐なら、ボクの矜持は何も関係なくただ粛々とアナタと刻み合う事デスヨ、アハハハハ!」 「気狂いが。纏めて蹴散らしてくれる!」 「誰が蹴散らされるか」 少女の声と共に、不吉な影が阿藤の足元へと絡みついてくる。 「なるほど、コソコソしているなと思ったらこの暗闇は貴様の仕業か」 声の主であるユーヌは低空飛行を維持し、術手袋『自在護符』を身につけた腕を構える。 「そういうことだ、碌でなしにも多少の情はあったようだな」 「私は何もわかってないガキというのが嫌いなのだがね――」 「黙れ、気狂いの碌でなし」 「~~~ッ!!」 狂い立つ声が響き合い、銃声が、剣戟が反響し、辺りを赤黒く染めていく。 阿藤の生み出す烈風はアーティファクトの力と相まって激しさを増し、その中に混ざる5本のメスは桜やクリス、沙希に食い込み、新たな狂気へと導く。 「ぐぅ……!」 ブレイクフィアーを受け、その上で歯を食いしばって気を保とうとするも、クリスの思考は誰が敵か味方かも識別できなくなっていく。 このまま危害を加えてしまうのならば――クリスは息を飲み、『霊刀『東雲』』を脚に突き立てた。 「気休めになればいいが――」 狂気には狂気を、平常心を保っている沙希もまた、太ももにカッターナイフが突き立っている。 正気には戻ったが、悪くない代償とは決して言い切れない。 「やはりあの女の子か」 阿藤は視線を上げ、少し先にある一点を見つめる。 視線にある人物は、状態回復を一矢に担っているあひる。ただ一人だった。 ●本心 阿藤の態勢が変わる。下がるようにも見えるが、これは間違いなく助走だ。 「来るか……?」 虎が構えた瞬間、阿藤の獣じみた跳躍は虎の身体を飛び越え、後衛へとなだれ込んだかと思えばそのまま一点、あひるに向かって駆ける。 それを沙希は身を呈して庇う。阿藤の進路に立ち、最後の一線を越えさせようとしない。 「彼女は貴方達には過ぎたるもの…… 加えるのであれば、教え子の仇である私を――『愉しみ、愛でて』下さいな」 「順番が変わるだけにすぎないぞ」 牛刀を床に浅く差し、最後のメスを取り出して沙希の衣服を斬り開く。 「どこまで耐えられるものか」 「…………」 黙したまま、麻酔もなく突き立てられるメスの刃。 メスから滲み出る狂気が頭を渦巻き、その中を彼女は懸命に探ろうとする。 その体を以て技を覚え、後にやり返すために―― 「解剖とは対比だよ。外の醜さと内面に秘めた輝きのギャップが価値に変わる。生命の奇跡だ。 残念ながらそれを誰も彼もが判ろうとしないのは悲しい事だ」 臓物が外気に触れ、鮮血が、生の温かみが外部へと漏れ出していく。 不思議なことに、この時見た阿藤の目に憎しみは映っていなかった。 もっと別の狂気――解剖する事、生命を蹂躙し、輝きを確かめることへの愉しさが満ちあふれていた。 「実に綺麗なものだ。恐らく君も、思う節があったのではないかね? それは、見たいと心中の闇が望んでいたもの。 「そう思うなら、この手鏡を取って眺めるといい」 彼の取り出した手鏡に映る、紅く肉色の物体――自身の臓腑が目に入ると、沙希はその意識を手放した。 ●終焉 沙希の衣服を丁寧に戻し、素早く身を引く阿藤。 赤黒く染まる床は、放置すれば致死になり得る事を暗示させる。 「さて、次は誰が良いかな」 車のハイビームが辺りを照らし出し、互いの姿を映し出す。 そこに立つ阿藤も、リベリスタも共にボロボロのまま、気をうかがう。 「まずは前から行こう」 歌が響いた。まるで天使が癒しを奏でるような歌が聞こえる。 声が響いた。まるで断末魔のような、狂った声と共に味方に放たれるスローイングダガー。 続けて乱れ飛ぶ、魔の烈風。 「フー! クリス!?」 もはや回復では追いつかないほどに刃は鋭く、おぞましい殺気を纏って前に立つ全ての者を切り刻み、近くに居たフィクサードを挽肉へと転生させる。 「恐ろしいデスネ、厄介デスネ。けど刻むことだけは止めないデスヨ」 肉片を振り払って重い一撃を繰り出せば、リゼットが続けとライアークラウンを放つ。 「もう何を言おうが遅い。明かりさえあればこちらのものだ!」 その言葉と共に阿藤は易々と避け、見据える。 あらゆる手は打った。しかし力が、時間が足りない。 行方への返答とばかりに振り抜いた阿藤のオーララッシュは、骨の砕ける音を数度鳴らして天井に紅いシミを一つ付けて、彼女は地に落ちる。 その紅は更なる力となり、絶望的な力をリベリスタに示す。 「アーティファクトが、ここまで強くなるのか」 「だからこそ、私はこれで君達を、ズタズタに! 切り刻みたかった!!」 前に出たユーヌの守護結界も、増大した力の前には無力に等しかった。 そのままユーヌをメガクラッシュで打ち飛ばすと、勢いのまま後衛へ突っ込んでいく。 「これが、貴方の言う清算ですか」 「愚問だ。君達だって仲間が殺されて悲しむように、私も悲しみの刃を向けるものだ」 それがいくら逆恨みで、愚かしいものであっても彼には届かない。 数度目の烈風は、たった一撃で全てをあっけなく叩き伏せ、惨たらしく切り刻む。 「…………」 このまま戦えば阿藤の言葉通り、ズタズタに切り刻まれ、生命すら危うい。 幸か不幸か。いや、今回ばかりは幸いと言うべきか。 吹き飛ばされ、撤退用に乗り付けた4WDに背中を強打したユーヌは項垂れたまま、苦渋の決断を迫られる。 考えもしなかった最悪の事態だが、阿藤の凶刃はゆっくりと後衛に向けられようとしている。 もはや悩む余裕すら無いようだ。 ●脱出 「……乗れるか」 とはいえ、フィクサードを逃がさない為に全てのシャッターと非常口を閉じたのが仇となり、リベリスタは逃げ場を失っている。 ――かくなる上は撤退の上、強行突破しかあるまい。 「何をごちゃごちゃと!」 烈風が辺りを裁断していくも、彼を蝕む不運と不吉が闘気の刃を見当違いの方向に運んでいく。 「こいつの遊び道具になりたくなかったら、今すぐ乗るんだ」 ユーヌが力を込めて扉を開け、4WDに転がり込むと最後の力を振り絞ってエンジンをかけ、リベリスタ達の後方に横付けする。 「逃がさんぞ!」 フェイトを以て体を動かし、車に乗り込むリベリスタに向って阿藤は牛刀を振りかぶる。 「これ以上、お前の好きにはさせない」 その蛮行に、フェイトを削り、命を賭してクリスが背後から彼の腕を縛り上げる。 「無駄にあがくな! 見苦しい」 もがく阿藤が声を荒げる。 彼が声を荒らげるのも無理はない。車の進行方向を考えたら、彼らの撤退行動は巨大な防火シャッターに阻まれて終わってしまう。 それがリベリスタの最後、復讐の一端が幕を下ろす瞬間だというのは自明の理だった。 それでも、どんなに見苦しかろうと彼らはあきらめない。運命の加護が見放さない限りはいくらだって勝機を見いだせる! 「手伝う、ですよ」 「桜ちゃんもまだまだいけますよー」 比較的傷の浅いリゼットと桜が、深い傷を負ったリベリスタから順に車へ運び込む。 ユーヌの言葉通り、このままではなぶり殺しになるのが目に見える。本意ではないがここは逃げの手を打つ他ない。 最後にクリスが行方を抱えて乗り込んだのを確認すると、ユーヌはアクセルを思いっきり踏みしめる。 「こいつはおまけですよ!」 阿藤の動きを妨げるように、リゼットがライアークラウンで牽制する。 「逃げられると思うな、車ごと真っ二つだ!」 「しっかり抑えろ」 彼が呪縛から解き放たれ、構えると同時に車がシャッターに激しくぶつかる。 シャッターが歪み、車が大きく跳ね、乗員が車外にはじき飛ばされそうになりながらも、再突撃するべくギアをバックに入れる。 「ハンドルを右に切るですよ!」 「――っ!!」 リゼットの超直観を信じてアクセルを強く踏み、車の進行方向を急激に変える。 すると、数秒とも待たずに鉄を引き裂くような轟音が響き、シャッターに巨大な亀裂が生まれる。 当たれば車は勿論のこと、リベリスタも無事では済まなかっただろう。 「しまった!」 「逃げ道感謝するぞ」 ユーヌが皮肉を一言投げると、助走をつけて防火シャッターにもう一度突っ込む! 亀裂が入り、脆くなったシャッターは大穴が開き、そこには道が開ける。 「先生またいつかですよー」 あちこちが裂け、凹み、動くのがやっとの車は地下駐車場という閉鎖空間を抜け、そのまま夜の闇へと消えていった。 赤黒く染まった地面。 無数のメスと惨殺死体。 阿藤は無言のまま、震える手で車に鬼哭断刀を叩きつける。 その顔に狂気を滲ませ、まだ物足りないとばかりに――。 咄嗟の機転とはいえ、最悪の事態に備えて何らかの退路を考えておくべきだったか。 今となっては遅い話だが次の糧にすればいい。 彼が生きている以上、近い内に何かしらで凶行に及ぶのは明白だろう。 暫くして、アークに1本の報告が舞い込む。 全員生存、被害甚大。 そして……作戦失敗、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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