●暮らしを見つめる とある町のとある寺。 古くからありすぎて、みすぼらしくなってしまっているその寺。 だが、その寺にもしばしば人が訪れる。 その原因はここにある、とある物のおかげである。 そこの門には古くから二体の石像が立っている。 金剛力士像。仁王とも呼ばれるその阿吽の二対の石像は寺を守る者として親しまれてきた。 その像を見るために人々は集まり、眼福し、信仰を深めていくのだ。 霊験あらたか。だから問題など何もないのだ。 例えその像の目が動くことがあっても。 ●ブリーフィングルーム 「……というわけにはさすがにいきませんよね?」 アークのブリーフィングルーム。『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)はへらへらと笑いながらそのように軽口を叩く。 リベリスタ達は依頼を聞く為にここに集まっていた。四郎の説明はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、脱線はするが伝えるべきことはちゃんと伝えてくる。 彼は早々に鞄から封筒に入った資料を取り出し、テーブルの上に置き、説明を続けた。 「エリューションである限り討伐しないわけにはいかないですからねえ。という訳で、皆さんには寝た子を起こしてもらいます。 ターゲットは金剛力士像。門の左右にいますので二体ですね。まあ変わった特殊能力があるわけではないと思うのですが」 実際資料に書いてある能力は至って単純。威力はあるかもしれないが、特に際立った芸を持つというわけではない。 だがどこか四郎は浮かない顔をしている。 「ただその、実はですね。凄く困った問題がありまして」 心底困った表情。普段から飄々としている彼にしては珍しい態度にリベリスタ達も困惑する。 そして四郎はおずおずと切り出した。 「実はですね、その金剛力士像なんですが……」 「重要文化財なんですよ」 ブリーフィングルームの空気が凍りついた。 重要文化財とは歴史的、美術的に価値があり国や県などから保護された物品のことである。 それは非常に貴重なものであり、その、つまり。 「つまり、破壊したら賠償金が凄いことになるんですよ。 ざっと計算しただけで、ええと――これぐらい?」 電卓を弾き、四郎はリベリスタ達へとその数字を見せた。うわぁ、なんかゼロがいっぱいありますよ。 「アークの母体は皆さんも存じての通り、時村財閥です。 これを破壊して賠償責任を問われても払うことは可能だと思います、けどね。 こんな酷い金額、ほいほい使うわけにいかないんですよ。他に使い道あるでしょう? ねえ?」 それも事実である。 時村家ならばこれらの賠償は支払うことは問題ない。だがその金額を例えばアークの運営に回せば? 設備は強化され、皆は充実したリベリスタライフを送ることも出来るだろう。 「なので、ですね。 ――この金剛力士像、誰にもバレないように壊してきてくださいよ?」 おい。 さらっととんでもないことを言う四郎だが、顔にはいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべている。 つまり、本気である。本気でこっそり壊して来い、と言っているのだ。この男は。 「まあバレたら賠償はなんとかしますんで。 でも出来ればバレないほうが嬉しいなー、って私は思うんですよ。 皆さんだってほら、文化財損壊でニュースになるとか……嫌でしょう?」 それでもやらせる。彼はそういう男だし、あくまでアークの目的はエリューションを退治することなのだから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月23日(日)22:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●おいでませ観光地 その日は奇妙な一日だった。 普段から決して人の多いとはいえない寂れた寺社。それでもここにはしばしば人が訪れる。 人々の目当てはここの寺門にある金剛力士像だ。 阿吽一対のその像は、誰が作ったかも定かではない。だが、古くからこの寺を守っている霊験あらたかな像だ。 そしてその素晴らしい造形は、重要文化財として確固たる地位を築くに至った。 そんな場所ではあるが、基本的に拝観するのはお年寄りが中心。やはり歴史あるといっても、歴史あるからこそ興味は年寄りのほうが持つ存在なのだ、これは。 だがその日は少々様子が違った。 「いやあ、やっぱ立派な像だな! 相当有り難い感じがするな、これは!」 「すみません、今仏像のデッサンの参考に阿吽像について調べてるんです。やっぱり迫力があって立派ですね」 「ここまで立派な像があるってのはたいしたものだね、このお寺」 本当に珍しいことではあるが、若い人達が複数人訪れているのだ。 最初、住職は何かのツアーかと思った。だが、それぞれはまるで共通点がないのだ。 例えば禿頭の若者……『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)であるが。彼はおそらく、仏教系の学校の生徒か何かだろう。 しきりにデジカメで像を撮影している女性……『断罪の神翼』東雲 聖(BNE000826)は、イラストレーターであると名乗った。なるほど、確かにそういった理由で取材を行うならばこの像はふさわしいだろう。文化財なのだから。 また、勉強をしにきたという大学生らしき人物……『隠密銃型―ヒドゥントリガー―』賀上・縁(BNE002721)も、たまにいる話だ。仏像の研究をするのは珍しいが、決してそういった分野の人がいないわけではない。 だが、他にもいる人々。 「あ、あの。私お寺とか好きなのデス。お守りも買ったのデス!」 そう言って住職にお守りを差し出してアピールする少女、『超守る守護者』姫宮・心(BNE002595)は少々、寺社に興味を持つには若すぎる。珍しい趣味といえるだろう。 子供が別に寺に興味を持つことが悪いわけではない、むしろ良いといえる。だが、やはり異質といえるかもしれない。 そして異質というならば、もっと強烈な存在感を放つ者もいるのだ。 「でっかくて立派だねえー。お寺のほうも見ておこうっと」 「重要文化財ですか。なんだかこのような高価な物を見ていると昔働いていたお屋敷を思い出しますね」 例えば先ほどから寺の周りをぐるぐると犬のように回りながら、しきりにあたりを見ている少女、『犬娘咆哮中』尾上・芽衣(BNE000171)。チャイナ服である。 おおよ寺社に似つかわしくないその服装に、住職が戸惑っても仕方ないだろう。 尤も、国際化の時代である。チャイナ服を私服で着る人間がいてもおかしくはない。住職はそう判断した。 だがもう一人、金剛力士像を見上げて価値換算をしている少女……『鉄腕メイド』三島・五月(BNE002662)。彼女の姿にはさすがに住職も度肝を抜かれた。 だってメイドですよ、メイド。メイド・イン・お寺。あまりにも似つかわしくないその服装は浮いているを通り越して軽く引くかもしれない。 だが、住職は人格者だった。人の死を見送り、信仰を広め、支える立場である彼は服装等で人を判断しないように努力したのだ。偉い。 彼ら若い観光客達はその珍しさに対して、真面目に色々な話を聞いて行った。 金剛力士像に限らず、寺そのものや檀家の話についても細かく色々聞いてきたのだ。 金剛力士像のおかげでしばしば来訪者はあるが、やはりそちらだけに興味を持ち、寺に興味を示さない人物が多い為、住職は大層喜び様々な話をした。 妙に彼らの質問が寺の立地等に比重が偏っていたのは若干不思議ではあったが、別段そこは個人の嗜好。とりとめて気に止めることはないだろう。 最後に彼らは、最近流行の仏像盗難について話をしていった。確かに最近多いらしいのだ、そういった事例は。 住職は彼らに感謝を述べ、うちもそういったことに気を使わなくてはいけない、と思った。 住職は胸に深く言葉を刻み込んだ。 だが、その奇妙な一日においてもっとも奇妙だったことがある。 それは住職や、たまたま居合わせた檀家の人々がその珍妙な観光客のことをまったく覚えていなかったことだ。 まるで綺麗さっぱり彼らに関する記憶を抜かれたように、妙な出来事であった。 こうして最も重要な証拠がすっぽ抜けた状態で、この事件は発生したのである。 ●ダメ、絶対。 「そろそろ悪くない時間かな?」 「ふむ。あれこれ気を使わないといけないのは面倒なものがありますね」 ――深夜一時。 日中は観光客がそれなりに訪れる寺の境内に、二人の人物が立っていた。 『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)と『リジェネーター』ベルベット・ロールシャッハ(BNE000948)の両名である。 彼ら二人は他の仲間達と違い、日中から寺の近くに潜伏していた。そしてそれぞれ、自分の役目を行っていたのだ。 かたや、寺にやってくる人々の監視と障害になるかのチェック。 かたや、破損しては困るもののチェックと退避である。 そういった下準備がある程度整い、夜が更けた今。彼らは――リベリスタは集合する。 「それでは準備と参りましょう」 五月が号令をかけ、皆がそれぞれの行動を始める。 結界を張り、新たな来訪者の接近を避ける。 三角コーンを配置して進入禁止を装う。 それらの準備が順調に整っていく様子を、彼らはじっと見下ろしていた。 見下ろす彼らは、阿吽一対の芸術品。金剛力士像。 見下ろすというのは比喩ではない。その瞳は動き、眼下をうろつく人々を確かに見ていた。 そう。この二体の金剛力士像は神秘の力を身につけたエリューションなのだ。 フェイトを持たぬエリューションは存在するだけで世界を崩界に導く。例え存在に悪意があろうとなかろうと。 リベリスタ達の任務はこの像を破壊することなのだ。人知れず。人知れずである理由はもの凄くみみっちい理由ではあったが。 「ツカマラナキャイイナァー……」 設営作業をしつつ若干ハイライトが失せ気味になっている瞳で、芽衣が呟いた。 「嫌だね、賠償金なんて。資金が豊富なんて関係ないよ」 余計な支払いが嫌なんだ、と都斗もごちる。 当然器物を壊せば犯罪である。重要文化財を破壊すれば大罪である。 エリューションの破壊に貴賎はない。だが物品に貴賎はあるのだ。 当然は破壊すれば莫大な賠償が生じる。それ故にこんな夜中に人目を避けて、戦いを行おうとしているのだ。ああ世知辛い。 「よっしゃ、それじゃあ始めるか!」 下準備は完了。フツが印を切り、リベリスタ達へと守りの結界を与えていく。坊主が仏像を破壊しようとするこの構図。お釈迦様が見たら卒倒モンである。 フツの守護結界をきっかけに、リベリスタ達はそれぞれ自らの力を高めるべく技を練っていく。金剛力士は動かない。自らに害を成されるまでは。 「では開幕」 ベルベットが手にしたキャノンを像に向け……撃った。 はっきりと向けられた攻撃に対し、金剛力士達は行動を開始する。足を踏み出し、ばきばきと山門を砕き、外敵へと歩を進める。 その顔面に砲弾が直撃し、爆音を響かせた。 「正々堂々勝負なのデス!」 「ごめんなさい管理人さん!」 砲撃を合図に芽衣と心が飛び出し、それぞれ阿吽に分かれて像へと張り付く。像の攻撃は単純な肉弾戦。後衛への接近を防ぐ為にも接近戦を挑む必要があった。 そんな二人にそれぞれの像から拳が振りおろされた。単純な質量がもたらすシンプルな一撃。重量、速度、破壊力。 「く、ぅっ……!」 「お、重たいのデス!」 それらを受けとめ、防ぐ二人。その威力は防御を抜け、二人の骨を軋ませる。 「腕周りと腰部、それぞれ繋ぎ目になってる部分が弱くなってるみたい!」 「OKわかった!」 二人の壁役が像の攻撃を押さえた瞬間、後ろから凄まじい量の火線が走る。 聖が金剛力士の構造上の脆性部を見極め、指示を出し。他のリベリスタ達がそれぞれの技を叩き込む。 聖の二丁拳銃と、縁の双舞銃。四つの銃口がありったけの鉛玉を金剛力士達へと撃ち込んでいく。 「今だよー!」 「好機ですね」 銃弾の雨に怯んだ瞬間を付き、像の攻撃を受けながら気を練っていた芽衣と、心の背後から飛び出し拳を握り込む五月。両者の拳が同時に繰り出された。 阿【うん】それぞれ違う相手ながらも、狙ったように繰り出される同種の技。その一撃は相手の構造的硬さを無視し、直接破壊へと誘う浸透撃。 それらの土砕掌は相手が器物であろうと全て同じ。ぼごり、と崩れ、抉りとる。 「うわあ、やっぱり文化財壊すのって実際にやると引くね」 「お釈迦様に怒られちまうかもな?」 その絵面に軽く引いている都斗と、苦笑気味に仏様への後ろめたさを感じるフツ。二人の業が、術が、正面から力士の攻撃を防ぐ仲間の傷を癒していく。 戦いは終始リベリスタ達の優位に進んでいく。文化財の価値は攻撃の重さには影響しない。あくまで破壊する人々のメンタルに悪影響を与えるだけだ。 そしてなにより、二体の金剛力士はその全てを発揮出来ていない。 「優れた連携も、それがわかっていれば対策可能です」 「自由にさせなきゃいいんだよね?」 一対であることによる、双子の如き連携も、その移動を押さえられ連携をとれないようにされれば発揮する事は出来ない。 ベルベットが、縁が、それぞれの技を最大限に駆使する。念糸が、黒糸が、その細さからは想像も出来ない力で二つの像を拘束し、自由を奪う。 そこに前衛が押さえ込み、さらに押し込む。二体の像は引き離され、封殺されていく。 「それじゃぼくも手伝おうか、早く終わらせないとねぇ」 人が来るかもしれないし。安全の為に戦って大金支払わされるなんてことになったら納得いかないから。都斗からはそういった気持ちが透けて見えるが、実際長引くと良くはないのだ、この状況は。 飛び込んだ都斗の振るう大鎌が、その一撃に重量を乗せて像を抉る。 かつての文化財としての輝きはどうしようもないほどに損壊され、無惨な姿となっている。だが金剛力士は動き続ける。最後の欠片になるまで。 「ではいい加減に終わらせるとしましょう」 ベルベットの砲撃が次々と撃ち込まれ、原型を破壊していく。腕が砕け、頭部が砕け。胴が、足が、その全てが残骸と化す。そうしてようやく、その阿像は動きを止めた。 一体が崩れればあとは雪崩式。リベリスタ達の総攻撃を受けた吽像が耐えられるわけもなく、ほどなくしてその動きを相棒と同じく止めたのである。 ●大事件 「は、はやく逃げないと!」 芽衣が仲間達に声を掛ける。重要文化財を破壊し、そのまま居座っていられるほど彼女の神経は太くない。 「いやー、恐ろしいね! 罰当たったらどうしよう!?」 聖の懸念はもはや手遅れ。金剛力士像は完膚なきまでに破壊されており、もはや罰が当たるときは当たるしかない状態である。 「仏様はそこまで心狭くないから大丈夫だぜ。仏の慈悲ってやつだ。あと二回やったらスゲエ怒られるかもしれないけどな」 仏道であるフツが言うなら間違いない。あと二回やったら天罰なのだろう。仏の顔も三度まで。 「しかしこのまま立ち去っても大丈夫なのでしょうか?」 「しっかりと証拠隠滅はしておかないとねぇ?」 「戦闘の痕跡ぐらいは消しておかないとですね」 ベルベットの懸念も、安全性という観点では必要だろう。都斗と五月はすでに片づける準備にかかっている。 だが、時すでに遅し。 都斗の耳と芽衣の鼻。その二つはすでに異変に気づいていた。 「あー……もう遅いかもね?」 「た、大変! 人がもう来ちゃう!」 力士像のしぶとさはかなりのものであった。それなりに時間が経ってしまったため、さすがに結界では誤魔化しきれないぐらいに騒ぎになりつつあったのだ。 「仕方ないね、このまま帰るとしよう」 縁がやれやれと頭を振り、帰路へと進もうとする。 「てっしゅー!」 一方、とっくに逃走に移っていた人が一人。心はどたどたとあまり早くない足で逃げ出していたのだ。鈍速と逃げ足は一致しないということである。 「よっしゃ、ずらかろうぜ!」 「イグスリモヒツヨウカナァ……」 三者三様。それぞれの思いを持ったまま、証拠は消せずに逃げ出すこととリベリスタ達はなったのである。 立ち去る間際に、聖がふと足を止めて寺門を振り返った。 「阿吽像は誰も傷つけなかった、と。長年のお役目、御苦労様でした」 合掌。 文化財となるほど長い間山門を守っていた金剛力士像は、こうして非業の最後を遂げたのである。 後日、全国区であるニュースが流れた。 『重要文化財の金剛力士像が何者かによって破壊された』というニュースである。 文化財盗難でもない、何故か山門の一部まで含めて破壊されていたその事件は、一時期激しく話題になった。 何故ここまで修復不能なほどに破壊されたのか。心無い何者かの仕業なのか。様々な憶測が飛んだ。 だが、結局この事件は解明されることなく終わった。証拠となる人物の目撃証言がなかったからだ。 こうして調査も早々に打ち切られ、犯人はわからないままとなったのだ。何故そこまで早期に打ち切られたのかは謎ではあるが。 ――時村にとって、賠償金よりは裏から手を回すほうが遙かに安くつく、それだけのことであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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