●デビュー (僕は変わるんだ!) 一人の少年がここに決意していた。 彼は小中学校と鬱屈した人生を歩んできた。 生来内気であり、他者との付き合いも苦手で人と目を合わせるのも苦手だった。 結果、苛められる義務教育期間を過ごしてきたのだ。 だがこれからは違う。これからの自分は強い自分として生きていくのだ。 正直な話、高校デビューは失敗した。タイミングを逃したと言ってもいい。 だが、これ以上待ってられない。ここで過去の自分と決別しよう。彼はそう誓っていた。 戦う力は手に入れた。通信教育で習った空手。これを自分は戦う牙とするのだ。 さあいこう。今までの自分とは違うという点を見せてやる。 彼はよくいる高校生だった。 抑圧された過去は気弱な彼を駆り立て、ここに至ってより強くあろうとする理想を抱かせた。 そして彼は強さを得たのだ。 尤も、彼が望んだのはただ喧嘩に強く虐げられないだけの力だったのだが。 間違っても、世界を歪めるような力は臨まなかったのだが。 ●ブリーフィングルーム 「やあやあ皆さん始めまして。新任のフォーチュナとしてアークに協力することになりました、馳辺です。以後よろしくお願いしますね」 いつものアークのブリーフィングルーム。リベリスタ達を迎え入れたのはいつもの見慣れたフォーチュナ達ではなく一人の男だった。 全身を高級そうな黒のスーツに身を包み、だがそれらを台無しにするのはそのだらしない着こなし。彼こそが『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)。フォーチュナである。 「さて、さっそくですが時は金なり善は急げ。今回の依頼のお話ですよ」 どこまでも軽薄。へらへらとして胡散臭い笑みを浮かべている、これが四郎という男である。 「今回の依頼はある革醒してしまった少年を始末する仕事です。 例によって運命に愛されなかった彼はノーフェイスになってしまった。そしてその事実を理解出来ないのですよ」 よくある話。突然の革醒、そして運命に祝福されずに世界の敵となる。ずっと続いてきた、この世界の様式。 「ですが、厄介なことがありましてね。彼の能力なのですが」 四郎はばさりと鞄から取り出した資料をテーブルへと投げ出した。 そこには少年の写真、所在地、そして能力について記述されている。それを見せながら四郎は説明を続けた。 「この資料に詳しくは書いてありますが、彼は意思の力でいくらでも強くなります。 自らを信じる心が力になる、いやあ美しい。少年漫画のようですね」 軽口を叩きつつ説明する四郎。だがそこで一瞬真顔になり、声を潜めた。 「しかしですね……彼の能力には致命的欠陥があるんですよ」 その様子にリベリスタ達は耳を傾ける。彼のその後の言葉を聞き逃さぬように。 そして彼の口から飛び出した言葉は。 「彼、物凄くメンタル弱いんですよ」 ――沈黙。 そんなリベリスタ達にお構いなく、四郎はべらべらと話を続ける。 「彼は自分を信じれば信じるほど強くなるのに、簡単に心が折れてしまうのですよ。 つまり定期的に心を折れば彼の強さは決して維持されないわけなのですが……」 酷い話である。 希望に溢れる少年のメンタルを徹底的に圧し折りながら戦うと楽ですよ。彼はそう言っているのだ。 「尤も美味い話には裏がある、というかんじでして。 メンタルが折れた時、そのネガティブは周囲に撒き散らされます。 それは貴方達にとって決していい影響は与えないでしょうが……」 そして四郎はリベリスタ達を見、心底楽しそうな笑顔で言葉を締めた。 「さて、皆さんはいたいけな少年に対してどのような調理法がお好みですかね?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月22日(土)23:48 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●路地裏のヒーロー その日は彼にとって良い日だった。 今まで内向的に生きてきた彼、榎本 悠斗。だがその日は彼にとっての門出である。 こっそり自らを鍛え、デビューするには中途半端であるこの時期にあえてデビューした。それは彼の覚悟の表れ。 その思いに応えるように彼に与えられたのは、力。 その力が何故宿ったかはわからない。だが、そんなことはどうでもいい。重要なことではない。 この記念すべき日に記念すべき出来事が起きた。自分は人の限界を超えたのだ。こんな素晴らしいことはない。 よって彼はとても晴れやかな気分だった。今ならば自分は確実に変われる。新しい風が吹いているのを感じていた。 やがて彼の平穏は崩れ去る。 それは平穏の崩壊でありながら、新しい展開。彼自身の持つ願望を満たす内容、イベントであった。 路地から飛び出してきた女性はあたりを慌てたように見回し、悠斗の姿を見つけると慌てて駆け寄ってくる。女性――『イエローシグナル』依代 椿(BNE000728)は、彼にすがりつくように声をかけた。 「ちょっとそこのお兄さん助けて! うちの友達が柄悪そうな連中に絡まれとるんよ!」 絵に描いたようなトラブル。まるで漫画のような展開であった。 以前の内向的な彼であれば、このようなトラブルは当然のように関わらず通り過ぎていただろう。 だが、彼は変わった。英雄となる力があり、道標もある。ならば避ける理由なんてない。 「いいよ、どこだい? 案内してよ」 この日は彼にとって良い日だった。小さな人助け、それが始まりとなるのだから。 「ひゅーひゅー、お姉ちゃん可愛いねー! ボク達と良いことして遊ぼうぜー?」 「きゃあっ、やだー。やめてくださいよぉー」 「いいだろ? ちょっと付き合ってくれるだけでいいんだぜ?」 「嫌がることはない。どうだろうかお嬢さん、自分の子を宿して貰えないだろうか?」 椿に案内された路地には絵に描いたような絡みっぷりが展開されていた。 『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)。女子高生然とした彼女に対し、複数の男性が絡んでいる。 『嘘従』小坂 紫安(BNE002818)は軽薄に。『半人前』飛鳥 零児(BNE003014)はいかにもチンピラ然とした態度で。 そして『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)は腕を組み、威風堂々と。――だがその発言は異様に生々しい。一足飛びでハードルの高い要求をする彼の態度は思わず著者が通報したくなるレベルである。 悠斗はそんな眼前の光景に躊躇うことなく歩を進めた。何故なら彼は今日から始まるのだ。デビュー初日から躓くようなことがあるだろうか。 「おい、お前らやめろ! 彼女が嫌がっているだろう!」 完璧な声掛けである。そう、ヒーローとはこういう風に女性を助けるのだ。 「何、男という生き物は常々そう思っているものだ。魅力的な女性ならなおのこと」 「いいから一緒に遊びにいこうぜ!」 聞いていない。彼を見もしないその態度に悠斗の心が折れそうな気になる。昔からの弱い心が鎌首をもたげ、彼を苛む。 「おい、無視するな! 彼女から離れろ!」 だがなんとか心を奮い起こし、再び怒鳴る。そんな悠斗に気づいた桜が駆け寄り、彼の後ろへと隠れる。 「たすけて下さい! あの人達しつこいんです!」 助けを求められた。そのような事実が彼の心を奮い立たせる。 「ああ? テメエに用はねえんだよ!」 零児の恫喝に身が竦みそうになる。だが、助けを求められている。ならばここで引くのは正道ではないのだ。 「こっちに用があるんだよ! いいからあっちに行け!」 チンピラじみた彼らが悠斗へとにじり寄る。悠斗も拳を握り、迫ってくる彼らに備えるが……違和感にそこで気づいた。 彼らの向こうに見える路地の出口。そこに人影がいるのだ。 道を塞ぐようにして立っている人物。『盆栽マスター』葛葉・颯(BNE000843)に『紅瞳の小夜啼鳥』ジル・サニースカイ(BNE002960)。何故彼女達はこの状況を黙ってみているのだろう? 傍観者というにはこう……その場所に、堂々と。 そして悠斗に背後から、衝撃が襲う。 他でもない、彼が守ろうとした少女から。一本のダガーが容赦なく突き立てられたのだ。 「あはっ、引っかかるものですねー」 「……上手く行かないわけがないじゃない? 彼ってそういう人だもの」 同じく背後から聞こえる声。振り向けばそこには笑顔の桜ともう一人。『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)が立っている。嗜虐的な笑みを浮かべつつ、戸惑う彼を見つめている。 ――なんで? 何故助けを求めてきた彼女にいきなり? なぜ? 混乱する意識の中、彼は決定的なものをその目に写した。 彼に助けを求め、ここに呼びつけた女性。椿が笑いながら彼を見ていることを。見事な笑顔で、煙草をふかしつつ。 ここに至り悠斗は確信する。 ――自分は騙されたのだ。 ●叩き折る 「お前ら、なんでっ……! 僕を騙したのか!?」 悠斗が叫ぶ。自分が騙される理由がわからない。ましてや刃を突き立てられるような覚えもない。 体が自由に動かない。さきほどの桜の一撃でどこかの機能が障害を起こしているかのように。 「え、どうしたんです? 桜ちゃんがピンチ? 何言ってるんです、冗談はやめてくださいよー?」 きゃははとはしゃいだように笑いつつ、桜が距離を取っていく。同時に雷慈慟と零児が間合いを詰め、彼を逃がさないように取り囲んだ。 「英雄にでもなったつもりか? だがゴミ虫一匹だ。何をしにきた?」 「くふっ……冗談は顔だけにしてくれる? もしかしてあれかしら……『ちゅうにびょう』ってやつ?」 「ええっ、中二病?いい歳してやめてくださいよー恥ずかしい」 「心意気はご立派だけど、空回りして自分で色々失敗するタイプだョー、あれ」 雷慈慟が、真名が、桜が。そして颯が。次々と彼に罵倒を浴びせていく。 「なんなんだよ、お前ら……一体なんなんだよ!?」 動揺に同じ言葉をオウムのように繰り返す悠斗。彼に対し明確な返答を行ったのは、ジル。 「どうもー、正義の味方の下っ端でーす」 正義? その言葉は悠斗の心をかき乱す。 彼は今日、まさにそれになろうとしていた。正義を貫き通し、彼らの言うとおり特別な存在、英雄へとなろうとしていた。 だが、今彼らは正義であると名乗った。 自分を騙し、誘い込み。不意打ちを仕掛けてきた彼らが正義だというのだ。 椿が、ジルが、さらに彼を追い込む。立ち直る暇など与えはしないとばかりに。 「残念ながら自分は英雄なんかやない」 「ヒーローじゃなくて、下っ端に処理される雑魚以下のサムシングだからね、アナタ」 英雄じゃない。特別な存在になれない。それら言葉は彼の心を圧迫し。 「貴様のような英雄気取りが些細な出来事を大事にし、取り返しのつかない所まで悪化させる」 「それでもお前が英雄だというなら、将来の英雄候補は潰しておかないとな」 雷慈慟の言葉。ニヤニヤと笑う零児の言葉が。 ――彼の心を圧し折った。 瞬間、凄まじい圧力が周囲に吹き荒れた。 彼が蓄積してきた勇気、希望、自信。そういったものが全て吐き出され、物理的ではない心に叩きつけられる衝撃となって襲い掛かる。 「むう、これは……」 「これがこいつの恨みかなにかだとでも言うのか?」 雷慈慟と零児の動きが鈍くなる。いかに動こうとしても、手足にねばっこく纏わり付く形のない何か。それは彼の慟哭か、絶望か。 「ふざけんなよっ……なんで変わろうとすることすら許されないんだよ!」 悠斗が吠える。彼の溜め込んだ鬱屈を吐き出すように。 「恨みはないのだが、こう仕方ないことなのだョ。すまないよ」 「悠斗さんは存在するだけで世界が崩壊する癌なんよ」 颯の謝罪。椿のさらなる宣告。 英雄になれたと思っていた彼の心を無慈悲に抉る。さらなる現実を突きつけ、世界はお前に居場所を与えなかったと告げる。 「ふざけるなーっ!」 さらに呪詛が路地へと満ちる。捉われた者を離さず、ネガティブな思いは縛り付けていく。 それと共に逆上した悠斗は拳を握り、殴りかかった。 彼の心を傷つける者を、せっかくの希望を叩き折る者達を排除しようと。 拳に炎が生まれ、罵るものへと殴りかかる。だが、その進路は塞がれる。彼の鬱屈した心に纏わりつかれ精細を欠いていても、決して悠斗を通さないとばかりに。 炎の拳が進路を塞いだ零児に叩き込まれる。教材のみで鍛え上げられたその一撃は悲しいほどに洗練されないテレフォンパンチ。 「ぐぅっ……なんて重さだ!」 だがそれでもかわすことは出来ない。彼を縛る呪詛だけではない。彼の自信からくる肉体の強化はまだまだ積み重なっている。折れ切っていない以上、凄まじいスピードと威力を持っているのだ。 「僕が英雄になってもいいだろ! 悪いことなんて何もしなかった、世間の為になることをしたいんだ! なんで許されないんだよ!」 絶叫し、次から次へと技を繰り出していく。 素人に毛の生えた程度の拳。大袈裟なだけでまるで体重の乗っていない一撃。その一つ一つが奇妙なことに不自然な破壊力を持ってリベリスタ達へ襲い掛かる。 雷慈慟と零児、二人は壁となりその全てを受け止めていく。時間を稼がなくてはいけないのだ。この重さを軽くする為に。彼の自信が軽いものとなるまで。 「いやー、『ネガティブは時にプラスになる』これはボクの持論だったけど実際に見ると凄いね」 自らがネガティブであると嘯く紫安。そしてまさに彼の持論を体現したかのような悠斗のその姿。思うことはあるのだろう。 だが、徹底したネガティブへと彼を叩き込まなくてはいけない。その為には手は抜けない。紫安は唄う、彼を圧し折るために。彼を止める仲間を癒す為に、その天使の歌を。 「うふふふ……罠とも知らずにのこのことやってきた時点で逃げ道はないのよ!」 「思ったよりたいしたことないのだョ。やっぱり格好付けだョ」 口撃はさらに続く。悠斗の怒涛のような攻撃に対し、リベリスタ達は怒涛のような口撃を叩き込んでいく。 折れろ、折れろと。彼の心を軋ませるよう、思いを込めて。 「僕はお前らみたいな卑怯者に負けたりしない!」 強がりだ。自分を奮い立たせる為の悠斗の叫び。だが、それもまた豆腐の如く脆い覚悟。 「ああ、イタい言葉ね。オリジナリティが無さ過ぎるわ」 即座に真名が言葉を被せる。なけなしの覚悟もまた、言葉によって無残に折られる。 ――再びネガティブがばら撒かれる。悲しいほどに脆弱なその心。 しかし今、それは確かに力となっていた。 けれどもその力は。悠斗自身も蝕む、どうしようもない後ろ向きな力だった。 ●さよなら英雄 「どうした、まるで拳に重さがないぞ? いくら意気込んでも屑は所詮屑、この程度なのか?」 雷慈慟が気づいたのは、その異変だった。 あれからしばらくの間、拳と言葉の応酬が続いた。 言葉が悠斗を傷つければ、拳がリベリスタを傷つける。それらを全て、雷慈慟と零児で防いできたのだが。ここに至ってその軽くなりすぎた一撃に、気づく。 ネガティブが纏わり付いていても問題にならないその軽さ。そう、それは。 「あら、そろそろ限界なのかしら? 軟弱な心なのね」 今まで戦線を避けて口撃を行っていた真名が、ゆらりと前に出る。 そう、悠斗の心は悲しいなまでに折られていたのだ。 「くそっ……くそぉっ……!」 一方的に優位に殴りかかっていたはずの悠斗が泣いている。 身体は痛まない、だが心は比べ物にならないほどに痛い。 これだけの悪意を叩きつけられ続ければ、心は麻痺し無感動になるものだっているだろう。 だが、ならないからこその弱い心。傷つき続ける心。豆腐のようなメンタリティであった。 「運が無かったわね、少年。恨むなら……」 勝手気ままな神とかを。運命の祝福を与えなかった存在を恨むといいとジルは言い。 ここから与えられるは、口撃ではなく無慈悲な凶刃。 颯が跳び、路地を利用して切りかかる。 ジルが、桜が、手にした短剣を投擲してさらに傷を抉っていく。 椿のラヴ&ピースメーカーから放たれる銃弾に刻まれた呪詛が悠斗の動きを縛り上げ、さらに状況を詰めていく。 もはや抵抗すら許されない絶望的な状況。ここに至ればもはやポジティブ等不可能としか言えない。どうあがいても絶望、彼の抵抗はすでに届かなくなっているのだから。 「本当に悲しいまでに届かないわね、その力は。それが貴方の限界だわ」 言葉と共に、真名の爪が振るわれ言葉と肉体、共に深く深く抉り取る。 ――ああ、もうどうしようもない。 悠斗を包むのは諦念。英雄にもなれず、抵抗することも出来ない。ただ、世界から排除される異物。 ――結局僕は屑だった。特別な何かにはなれなかったんだ。 「済まないな、英雄候補。悪いがここで御終いだ」 零児が大剣を振り上げ、少年へと告げる。 ――この人はそれでも英雄候補と僕を呼ぶのか。 ああ……もうそれで、十分だ。 彼を世界の敵だと思えない、思わせたくない。零児のちょっとした、少年への思い。 その彼の優しさが、最終的に……悠斗の心を、完全に打ち砕いた。 振り下ろされる刃。その一撃は寸分違わず少年を貫く。 「ごめんなさい、桜ちゃん嘘吐きなんですよ。猫ですから」 遠のく意識に謝罪の言葉が言葉が聞こえる。 ぼやける視界に写るリベリスタ達の顔。自分を排除した彼らの顔。 だが、その表情には憂いや悲しみ、罪悪感といったものが見える。 その表情だけで十分だった。 完全に心を折られ、浮かれた気持ちが失われた悠斗は全てを理解していた。そして彼らのその表情で、少しながら救われた気になったのだ。 ――ああ、今日は良い日だ。 ――何故ならば自分は世界に迷惑をかけずに済んだのだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|