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Where is my prince?


 ――私の王子さまはどこにいるの?

 揺らめく橙色の明かりに照らされ、形の良い唇の隙間から溜め息。
 憂い顔に幼さの残る少女――香々見 乙女(かがみ おとめ)は両の掌を合わせて指を組む。
 腕に抱いた少女を顔の無い人型に表情はうかがえない。
 飽いた馬の蹄がアスファルトを叩いて足を止めた。
「強くて優しい、王子様かしら?」
 ゆっくりと伏し目がちに瞬いて、ほんのり頬を染めた。
「一途で可愛いの? それとも病弱で儚げ?」
 ふわふわとしたローズクォーツ色の髪が揺れる。

「スマートでクール? ぶっきらぼうで照れ屋さん?」
「あ、社交的で女性に人気なのかも?」
「わがままで独占欲の強いオレサマ?」
 王子様なら、この苦しい思いから連れ出して幸せで満たしてくれる。
「もしかして……年上の渋くって紳士な人?」
 誰かを好きな気持ちは、それくらいじゃ止められないものよ。
 ――ねぇ、そうよね? 絶対そうよ。

「……いつあえるの?」
 すてきな恋がしたいの。そう、御伽噺のように。
 あたたかくて幸せに満ちている、そんな時間を過ごしてみたい。
 この騎馬に乗っていれば連れて行ってくれるような、なぜだかそんな気がしていた。

 燃え盛る住宅街を背景に、少女は顔の無い炎人形の胸に凭れかかる。
 思慕の影に魅入った少女は炎に横顔を照らされて恍惚と吐息を零す。
 代替して肺に満ちる黒煙が頬に手を添えて唇を塞いだ。
 意識の遠のくそれは熱く、瞼が落ちていく。
「ねぇ。王子さま、あなたを想うと、息が苦しいわ……」



 ぎりり、胸が痛む―――恋? そんなはずない。
(格好よくフォーチュナ・デビュー……と思ってた時期もあったけど)
 まさか、幼い記憶にある火事と、つい最近の恋愛沙汰というトラウマを抉られるなんて。
 恨めしげに万華鏡を見てもそれは無反応。否、反応があっても困るわけではあるがそれはそれ。
 とにもかくにも、口を拭ってブリーフィングルームに駆け出す。
 まだ運命は可変域にある。


「今回の討伐対象は彼女の夢から出来たこっち、エリューション・フォース『赤騎馬』フェイズ2」
 リベリスタに紹介するのは新人フォーチュナの西木 敦(nBNE000213)。
 薄い顔色の緊張した面持ちで、それでも彼に叶う限り的確に手早く情報を画面に起こしていく。
 住宅街を背景にして、香々見 乙女の顔写真、続けてE.フォース『赤騎馬』をピックアップ。
「……説明、行きますね」

「彼女は、香々見 乙女。12歳、女性。
 フェイトを獲得したばかりですが、ジーニアスのホーリーメイガスです。
 ただ、状況からして戦闘者としてはカウントしない方が」
「状況? E.フォースを生み出した状況ってこと?」
「あ、いえ。E.フォースは万華鏡に引っかかる暫く前に発生したんです。
 香々見の状況ってのは、E.フォースの腕に囚われているってことで」
 敦は少々の躊躇いを覗かせて――カチリ、クリック音と同時に平面にその姿を映す。
 画像の少女はE.フォースの腕の中、自ら寄り添って見える。
「もしかしたら、そのままだと長くは……」
 ぽつりと零した言葉に集まる同席者の視線に敦が口ごもった。確信は得ていない様子だ。
「香々見は元々、病気がちで入退院の繰り返し。家族も疎遠がち、でしたし。
 『赤騎馬』も彼女が物語の『王子様』を求めた心が異形になった、そんな感じだと思います」

「とにかく、本命の化け物を倒さなきゃ一帯が火の海になるので」
 中身に反した明るい声が一瞬の沈黙を意図的に破る。
「E.フォース『赤騎馬』。馬に人が乗った形ですけど、分離はしないみたいです」
 炎を寄せ集めたような人馬一体の姿は煌々と明るく。
 少女を抱えた腕では手綱も、腰に帯びた剣らしい物も手にしていない。
「出没時間は夕方、陽が落ちてから、次に陽が出るまで。
 夕暮、夜、夜中、朝方、現地には好きな時間に向かって貰えます。
 出るポイントはちゃんとこっちで特定しますから、その点はご心配なく」
 リベリスタが目を細める。
 画面背景となっている住宅街を見る限り、それぞれの家は広く大なり小なり庭付き。
 等間隔に街灯が立つ道路は広く、横三人ほどなら融通が利きそうである。
 違ってくるとすれば、人気(ひとけ)と、夜になるにつれ活発化するエリューションの性質。
「こいつ、直線の動きに強いみたいです。リベリスタも一人だと吹っ飛ばされるかもしれない。
 二人以上で協力して当たれば、皆さんなら軽くブロックで斬ると思います」
 ――あとの攻撃詳細は資料に纏めて転送します。

「元が元ですから、もしかしたら『王子様』を狙って来るかもしれませんね」
 顔色こそ悪いままではあるも、固かった表情が悪戯っぽい笑みで崩れた。
「お気を付けて」
 これから先はリベリスタであり、かつ戦闘能力を有する存在にしか成せぬ。
 とはいえ、少年はリベリスタの強さを知っている。故に彼らへ一切の疑いはなく。
「後、お願いします」



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:彦葉 庵  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年11月01日(火)23:53
 お世話になっています、彦葉です。
 『王子様探し』に目をお留め下さりありがとうございます。

●任務
 E.フォース『赤騎馬』討伐

●舞台
 ちょっと高級な雰囲気が漂う閑静な住宅街の中道路。
 道端に等間隔に街灯が並び、家によっては人を感知して点灯するライトもあるでしょう。
 E.フォースは日が暮れてから出没。赴く時間は夕暮~夜明けの選択制。
 時刻による出没ポイントに変化なく、遭遇に問題はありません。

●『香々見 乙女』
 物語の王子様を求め、恋に恋してE.フォースを生み出した少女。
 ジーニアス×ホーリーメイガス。王子さまの年齢性別外見を問わない守備範囲。
 特徴:長髪/ウェーブ/可愛い/ロリロリ/美脚/お嬢様

●E.フォース『赤騎馬』×1  ――フェイズ2
 燃え盛る人馬一体の姿をしたE.フォース。暗いと目立つ。
 遭遇時、『香々見 乙女』を腕に抱えている。
 突進力が高く通常・スキル攻撃に一定確率でノックBが生じます。ご注意を。

○スキル
・恋に恋し(物近単/ショック/怒り)
・押しの一手(物近単/不吉/不運)
・引きの一手(神遠単/1対象を近接範囲まで引き寄せる)
・少女の焔(神遠全/ダメ0/※非覚醒の無生物に引火、燃焼)
・Ex.恋暴行進曲(物遠全/業炎/弱点)


 長OPの読破ありがとうございます。
 これより先の運命は皆様の手の中に――どうぞよろしくお願いします。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
日下禰・真名(BNE000050)
デュランダル
東雲 未明(BNE000340)
デュランダル
遠野 御龍(BNE000865)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
★MVP
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)

セルマ・グリーン(BNE002556)
デュランダル
羽柴 壱也(BNE002639)
クロスイージス
ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)


 にゃあ。首輪の鈴を鳴らす猫が『薄明』東雲 未明(BNE000340)の掌に頭を擦り寄せる。
「ほら、あっちへお行き」
 すぐに戦場になるから。手慣れた扱いでなだめすかせば、駄々をこねた猫も壁に上り軽やかに細道を駆けていく。
「ああ、設置は済んでいたか」
 見送り立ちあがった未明の背に『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の声がかかった。
 夜間、未明の結界の中に用のない人間以外が迷い込む事もなく、静寂の中はっきりと声が通る。
「そっちは?」
「塞いでおきましたよ」
 ユーヌの後方から『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)が微笑む。
「では、そろそろ備えるか」
 辺りを確かめていたユーヌが踵を返すのを皮切りに、二人も足を十字路に向ける。住宅街の構造を地図で確かめ、広く、可燃物が最少で延焼もしにくい場所――一つの十字路が選ばれた。
 十字を塞ぐのは未明の赤いコーンと『この先工事中』の張り紙、ユーヌ作の迂回路図。4WD、そしてセルマの軽自動車――最後の一本には『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)の愛デコトラの『龍虎丸』。幸いにも住居の入口に重ならない十字路。車両はもちろん、徒歩の帰宅者も十字を迂回していくだろう。

「女の子なら誰でも憧れそうだよね」 
 物語の王子様とお姫様。言って、『angel's knight』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)が愛馬の顔を撫でる。騎士を志す彼女自身、王子様に浸るほどに憧れたり、来て欲しいとは思わないのだけど。
(まあ、お姫様みたいに扱われたいって気持ちは……ちょっとだけ、正直あるけど……)
 複雑な乙女心に小さく溜息をつく傍ら。
「ふぅん。あたしにゃよくわからない世界だなぁ。あたしは独り身がいいしぃ」
 メルヘンなんて柄じゃぁないと、こざっぱりと言い切る御龍もいる。
「と、ともかく、夢見る女の子を騙すようなインチキ騎士は許さない!」
「うんうん。その意気その意気ぃ」
 聞かれていたかも、という照れ隠しをするヴァージニアへからからと御龍が笑った。

 出現ポイントで香を焚いていた『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)が吐息を零す。
 鼻腔を擽る香りは霧散して風に舞い、香りに代わってリベリスタが集う。
「赤騎馬ね……王子様と言ったら白馬じゃない?」
「でもぉ、いいんじゃなぁい? ほらぁ、『赤騎馬』なんだしぃ」
 あくまで個々のペースを崩さないまま、何処からともなく現れた『赤騎馬』に顔を向けた。
 ふつりと。奥底で血が沸く感覚に御龍の双眸は細く。間延びした口調が呑みこまれ、口角が上がる。
 得物の腕の先の爪すら重たげに真名も、ヴァージニアと御龍に並び立った。サボっていられないのだ。
「何にせよ、面白いではないか」



 赤騎馬の腕には一人の少女の影。
「王子様の居場所が知りたい?」
 未明は大剣の柄を握り目口の無い顔を仰いだ。赤騎馬が煌々と燃え盛る顔を向ける。
 ヴァージニアの操る月毛の軍馬が、燃え盛る馬が、蹄でアスファルトを叩く。
 エメラルドグリーンの騎手に魔力が巡り。いざ互いに身を前に足を踏み出す――寸前。
「王子様! 連れて来たよ!」
 とある準備を整えた『中身はアレな』羽柴 壱也(BNE002639)が発した言葉に全員が動きを止めた。
(わたしも恋に恋する乙女の気持ち、すっごいわかる!)
 だから、万全の準備を整えた。

 声と共にパッと灯る(軽自動車の)逆光スポットライト。
 現れるシルエット。きらきらと輝く撫でつけた金色の髪。
 純白のタキシードで白馬『ビューティフル・プリンス号』に跨る彼。
 纏う白のマントは翻り、周りを真っ赤な薔薇の花弁が舞う。
 鮮やかなコントラストが彼、『プリンス』を彩る。

「少女の夢を叶える為に白馬のプリンス――
 『運命に選ばれたプリンス』設楽 悠里(BNE001610)、参上!」

「……白馬ね」
 王子様といったら白馬。具現化した姿への興味薄めな一言感想で真名は静寂を破る。
 協力的に放たれた赤騎馬の少女の焔によって、薔薇の花弁はオレンジの炎の燐光となり変わる。残酷なほど鮮やかに、道路中央のプリンスを浮かび上がらせていた。
 オールバックの髪、外した眼鏡、腰に帯びたプリンス・ブレードをはじめとした王子様専用装備で固めた悠里。役割に忠実に細かに下準備された姿は青年の性格も表しているかのようだ。
 イケメンに王子姿、似合う。
 ただ、シンと静まった舞台でアークの仲間の真っただ中、そんな状況がちょっと恥ずかしいだけである。
 本当にちょっとだけ。
「王子!」
「え、何? ……」
 王子のお供という壱也の手にはビデオカメラ。
 もしかして。
「ばっちり撮ってますよ!」
 壱也さん、いい笑顔です。
 これはフォーチュナになった西木 敦(nBNE000213)のデビュー戦でもある。絶対に成功させてみせる、彼女には強い思いがあった。
 さらには後々の『色々な』資料のためにも、作戦に支障がでない範囲で撮る。問題ない。
 意気に押された悠里がたじろぐ。
「頑張れ、王子様?」
 そこへユーヌさんの追撃。
 でも、ロリコン変質者と紙一重かもしれないって、思っても口に出してないから優しい。
(死にたい)
 生来の善良さが今はちょっと恨めしい。なお肝心のお姫様こと、乙女さんはぼんやりしてて登場を見逃しました。
 未明とセルマがぽんと王子の肩を叩き赤騎馬に向き直り。御龍は斬馬刀を担いで泰然と悠里を振り返った。
「どうした。行くぞ、王子」
 頑張れ、王子様。



「では始めるか、立派な騎士様」
 仲間の移動を慮り低空に羽ばたく。揶揄するユーヌの言霊で符は守護結界の光陣へと形を変えた。
「じゃあ、『格好よく』香々見を救出してね」
 次いで一言を残し、軽やかな音で未明が強襲に地面を蹴る。少女を避け狙いを外す以上、十分な威力は望めない。それでも演出でも敵の消耗も考えれば効率が良い。
「我が抑えている間に早く乙女を!」
 赤騎馬の迎撃を前衛の御龍とセルマが受け止める。斬馬刀が騎馬の体を押し返した一瞬、半歩引き身を反転。
 一筋の道を作りだした。道を駆け抜けるのは白馬、そして月毛の軍馬。
「乙女ちゃん!」
 それぞれに馬で赤騎馬の両側を固める。狭いが動きは制限できる。
「君に会えた幸運を僕は神に感謝する。絹のような長い髪、天使のように愛らしい顔、女神のように美しい脚」
 朗々とした言葉にちょっと呆気にとられる面々を置いて、騎馬の高さで二人は見る。
 プリンスと視線が合うため、言葉は届いている。だが見つめる目は虚ろでその顔に生気は薄い。
「乙女ちゃんを苦しめるそいつが、王子様なわけない」
 ヴァージニアが唇を噛む。
「ボクも王子様にはなれないかもしれないけど、乙女ちゃんを守ることは誓って本当だよ!」
 戦衣の上で白夜の太陽を象る幻想纏いが揺れ、天使の息が生命を手繰り繋ぎ。
 聖騎士の誓言は姫の意識を表へ浮上させ――赤騎馬が前脚を持ち上げ、嘶いた。
 恋に恋し、尽きぬ熱の馬力は目の前の現れた王子に向かい。

 片手で繰り出された疾風が、赤騎馬の焔を揺らめかせ勢いを削ぐ。
「姫、王子共々お迎えに上がらせていただきました」
 瞬く少女に悪戯っぽく微笑む。壱也自身が纏った戦気を感じさせないほど、彼女の表情は柔らかい。
「もう大丈夫、そんな所にいないで、こっちに戻っておいで。王子様もいるんだから!」
 ばっと広げた壱也の腕が示す先、姿勢を正した悠里が咳払い。
 はいこっち、アップいきまーす。たまにはカメラ目線もくださーい。
 うん、聞かなかったことにしようと王子は心に秘めて。
「愛しの姫よ。どうか僕のもとに来ておくれ。君と共に生きることが出来なければ僕は悲嘆にくれて死んでしまう」
 身を乗り出した少女を赤騎馬の腕が止めた。貴重な回復源を放り出す事はしない。
「なんていけない騎士だ。でも、君もいけないんだよプリンセス。君の美しさが騎士を狂わせてしまった」
 台詞で背筋がむず痒い。
 だがこれもお仕事の一環なのである。頑張れリベリスタ。
「……大丈夫、僕たちが助ける」
 音もなく、ユーヌの組んだ呪印が騎馬の足を縫い付けた。
 一瞥確かめた青年はプリンス・ブレードを抜く。

「これが愛の炎! ラブファイアーだ!」
 業炎撃――に見せかけて。
 反対側の騎士がエメラルドグリーンの髪を風に流し、彼女の騎槍が赤騎馬の首元に叩きつけられた。
 仰け反り、前脚が浮く。悠里は流れるように乙女の腕を引き、零れ落ちた体を抱きとめた。
 即座に手綱を引いて白馬を退かせる。赤騎馬がヴァージニアに一筋の剣を返す。
 その赤騎馬を真名の一振りが、御龍の斬馬刀の一振りが、弾く。
「我を抜かして往けると思うたか?」
 血と濃い炎の香りが意識を刺激する。
「なんとかは馬に蹴られると言うけれど、貴方そういう馬じゃないし、退場しなさいな」
 はてどうして好まぬ肉体労働をしているのだろうと、つらつら考えながら真名は赤い瞳を伏せ思考を燻らせる。
 ――それもこれも、『運命』ならば。

「形は立派だが、中身はピエロだな?」
 中空に身を委ねたユーヌは術手袋で新たな符を浮かべる。
 妄想はすでに妄想ではなく、実体化された目の前の事象は非常識。
 さらには妄執に麻痺した妄想ゆえか、物理的に動きを塞がれた動揺か。ここまでは術にも鈍かった。
 人類最高レベルの妄想の結晶の本番はこれから。
「何にせよ、ピエロは無様に踊っている方がお似合いだ」



 焔に包まれた赤い騎馬。跨る者は音もなく片手に剣を構える。
「これでお姫様の事は気にせず、全力でぶつかり合えるわね」
「そうね。……殺してあげるわ、赤馬王子」
 爆砕戦気で纏う気迫を変えた未明は制御を外し、あらゆる角度から大剣を自在に繰り出す。
 見ぬ間に距離を詰めた真名の爪が。狼が。龍が。牙を剥いて一進一退の攻防に興じる。
「本番だ! せいぜい楽しませてくれ!」
 傷を受ければ受けるほど、御龍の神経が研ぎ澄まされ豪快な一刀に込められる。
「ニセモノに本物の(見習い)騎士の力見せてあげる!」
 中程に後退したヴァージニアの騎槍の十字の光。そして壱也の風刃が焔を散らし、セルマの鉄槌が落ちる。
 星儀の影と呪印を駆使し支援に徹するユーヌの後方、安全な地点へと悠里は姫を送り届ける。
「では姫。いけない騎士を懲らしめてくるよ」
 戦場から姫を連れ出した王子様から手の甲にキス。
 夢心地の少女は赤面したままひたすら頷き、見送られて白馬を降りた王子はマントを翻し戦線に復帰する。
 悠里が一歩、戦線の中へ。赤騎馬に捉えられる距離に入った。
 それを待っていた! 言わんばかりに赤騎馬の蹄が突如激しくアスファルトを叩く。

 奏でられる歪んだ恋の暴走行進曲。
 たった一人、力任せな恋の行進曲。

 暴力は触れた先から次々に物理で、あるいは神秘による力を振るう。馬に轢かれ体を打ち付けた。反動にリベリスタが膝をつく中、壁を背にした真名が騎馬に反攻に至る。
 攻め手で壁に挟みこんだ側の赤騎馬は驚く間もなく。彼女に至ってはまるで驚きの表情もなく。
 赤騎馬と触れた瞬間の一文字。爪の一閃。
「殺してあげるって、言ったでしょ」
 赤い飛沫が爆ぜた。
 真名の唇を鮮血の紅が彩り、彼女の血肉を癒す糧に代わり。それでも身を起こすには僅か足りず。
 崩れ身が起きぬまま、気だるげな微笑が赤騎馬を嗤った。

 噎せ返る熱と落馬の痛みを堪え、ヴァージニアがブレイクフィアーの光を以て業炎を打ち払う。
 一度で全員の火の粉は振り払いきれず、壱也の庇ったユーヌが眉を顰め、赤騎馬の動きを呪印で抑えこむ。
 ――暴走する行進曲の破壊力は高かった。
 前線を守った真名、セルマが一等の深手を負い、痛覚を遮断した御龍も業炎に体が軋む。
 だが、彼女にとってそれは軋むだけに過ぎず。
「それだけか? もっと我と遊ぼうではないか! くっくっく」
 しかし彼女は運命をその手に掴み取る。前傾のまま怯まず駆け、大振りの斬馬刀を翳し炎の剣との斬撃。火花を散らす。御龍を筆頭に立ちあがったリベリスタ達の傷も、赤騎馬の傷も増え続ける。
 攻撃の耐えぬ戦闘。ぶつかり合う姿は苛烈。
 悠里王子へ突撃を繰り返す赤騎馬を壱也と二人空を裂く刃で迎え撃ち。
 都度、焔の騎馬を御龍とヴァージニアが防ぎ、未明の剣が斬る。
 ユーヌの呪縛で陣形を組み直し、再び身命を削り合う。
 拮抗に思わず、安全圏にと望まれた乙女が一歩踏み出す。

「そのままは嫌?」
 安全な囲いから踏み出そうとする彼女を見咎めたのは未明だった。
 彼女も乙女は安全な場にと思うが、だからと止める気はない。
「一緒に戦うっていうなら歓迎するわ」
 お姫様思考の子はあんまり好きじゃない。でも、共に戦う、そんな子は好きだもの。
 未明の声に怖じた背が押され、一帯に祈りの福音が響き渡った。
 そして、福音は赤騎馬の耳にも入る。炎の塊は身を躍らせる。
 すぐに引きの一手が乙女を狙う。それは赤騎馬の唯一の回復手段を得るため。
 真っ先に翼を広げた黒髪の少女が乙女を抱き上げる。低空を保ち庇う。だが、空中では御しきれない。
 痛む体を強引に起こした悠里と壱也がユーヌと乙女を受け止め、最前線に出るのを食い止めた。

 ふいと、街灯が陰る。
「余所見なんてさせないわ」
 一団の脇から地を蹴った未明。その言葉に視線を共に潜り抜けた大剣は応じる。
 重く深く傷を刻みこみ、一瞬の混迷を与えた。
「慮外者め、無粋だな?」
「本当にね」
 小さく咳いて、ユーヌの唇からくすりと音が零れた。振られて縋るピエロはなんて滑稽。
 姫にでも王子にでも、不意に気を取られるのは隙を生む。
 闇が鼓動するように赤騎馬の足元の影が膨れ上がった。
 気付いた時には遅い。的確な術から逃れることは叶わない。
「大人しく消えろ。お里が知れるぞ?」
 陰陽・星儀。宙に広がった常闇の影は生物の如く赤騎馬を呑み下す。
「聖騎士(見習い)の名にかけて成敗してやる!」
 追っての天馬の騎槍は重く、影の中の騎馬の思念を無に還した。

 これで万事終わり、ではなかった。ユーヌの翼に乙女の目が釘付けだから。
「天使様っ!」
 一人、黒歴史に巻き込まれた。



「お姫様、お怪我はございませんか?」
「ありがとうございます……」
 手を差し出したのは御龍。
 不思議な瞳のオッドアイを見つめながら乙女は導かれ、その先で幼女に手を差し出すのは白馬のプリンス。
「案内するよ。これからの僕達が進む道を照らしてくれる箱舟に」
 運命に選ばれたプリンス・悠里(22)の腕におさまるロリロリなプリンセス・乙女(12)。
 恥じらいながらうっとりと身を委ねる乙女。
「アークにはいっぱい王子様がいるよ。もちろん設楽王子もね!」
「わ、わたしは」
 カメラを構えながら嬉々として告げた壱也に、乙女が真っ赤になる。
 悠里は思わずにはいられない。
(どうしてこうなった)

 一方で壱也は心を躍らせる。
(この依頼終わったらみんなで上映会するんだ……!)
 白馬の傍ら小走りでカメラを回し続ける。でも前を見ずに駆け足は危険でした。
 すってん。すぽん。ぐしゃあ。
「ああぁあーーっ!!?」
 悲鳴にセレスティアの月毛を労わり撫でていたヴァージニアの肩がびくりと揺れる。
 ビューティフル・プリンス号、主の勇姿(ビデオカメラ)を悪意なく踏み砕いた。
 それはもうリズムよく。破界器らしいビデオカメラも木端微塵の威力で。
「設楽王子の上映会がっ……!」
 その場でがっくりと壱也が膝をつく。残念です。
「大丈夫かな」
 心配そうなヴァージニアに対してセレスティアはどこ吹く風。鼻を寄せて少女の掌を催促する。
 御龍が壱也の傍らに屈み様子を窺うが、その肩も楽しげに揺れている。

「どうなると思う?」
「王子様がどうにかするだろう」
 たっぷりのお姫様思考お嬢様に戻った乙女を見ながら未明は肩を竦めた。熱感知で飛び火を探し、消火器で処理して戻ってきたらこの状況。
 黒歴史の映像は露と消えたようだ。ただし心と記憶に刻み込まれた黒歴史とは、消えないものだ。
「私たちは別に」
 ふっとユーヌは今日の騒動を振り返る。そういえば一瞬とはいえ、中二な黒歴史に巻き込まれた気がする。
 彼女がアークに来たら、案外上手くやりそうだ。同時にプリンスはもちろん、それも広まるのではないか。
 人の口に戸は立たぬ。プリンス達を止めればいい? それももっとも。
 だが、最たる困難はカーテン越しに灯り始めた明かりの下の住人。何もなかったことにすることは無理だろう。
 できれば騒音とか誘拐とかで通報しないでほしいと思うしかない。

 ああ、どうしてこうなった――!

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
『Where is my prince? 』お疲れさまでした!
上記のような結末となりましたが、如何でしたでしょうか?
余談ですが『赤騎馬』は初期ネーミングが『赤馬王子』でした。驚きました。

MVPは運命に選ばれたプリンスへ贈らせていただきます。
私から語るまでもないですが、予想以上に王子様でした。
格好良かったです。どうぞ強く生きて下さいませ。

皆様、王子様探しにご参加ありがとうございました。
乙女がアークに持ち帰られてくるとは思っていなかった。そんな彦葉がお送りしました。