●赤色咲いた 今年もまた曼珠沙華が咲きました。 貴方と出会ったあの日から、この咲き乱れる曼珠沙華を眺めるのは何回目でしょうか。 もう随分と見てきた気がします。 もう随分と待った気がします。 今年もまた曼珠沙華が咲きました。 今年もまた曼珠沙華は散るのでしょうか。 貴方は来ない儘。 私は待った儘。 今年もまた曼珠沙華は散るのでしょうか。 それでも私は待ち続けます。 貴方の為に待ち続けます。 ――今年もまた曼珠沙華が咲きました。 ●昔々のとあるお話 「曼珠沙華、死人花、地獄花、幽霊花、狐花――ヒガンバナを知らない方は多分いらっしゃらないかと思います」 言いながら事務椅子をくるんと回してリベリスタ達の方を向いた『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)の手には一輪のヒガンバナ。落ち着いた色彩で纏められたブリーフィングルームにポツネンとあるその色彩はより赫々と視神経に映える様な心地がした。 「ヒガンバナの花言葉は……情熱、独立、再会、諦め、悲しい思い出、想うはあなた一人、また会う日を楽しみに。 ――サテ、ここでお話を一つ。」 人差し指と親指で挟んだ彼岸花をくるくると、回る紅い花弁に視線を遣ったままメルクリィが徐に語り始める。それは彼が視た、とある悲劇の物語。 昔々、――とは言っても何十年も昔の事ではありません。 ある所に少女と青年がおりました。 季節は秋。曼珠沙華の咲き乱れるそこが二人の秘密の待ち合わせ場所。 親にも内緒、友達にも内緒。 二人だけの秘密、二人だけの時間。 待った? ううん、今来たところ。 特別何かをするという事は無いけれど。 それじゃあ、また明日。 うん、また明日。 そんな日々でした。 幸せな日々でした。 そんな日々が終わりました。 あの日、全てが吹き飛んで。 少女も青年も彼等の街も、曼珠沙華も。 それでも少女はあの場所で青年を待ちました。 いつまでもいつまでも待ちました。 曼珠沙華の咲き乱れる、二人だけのあの場所で。 「――ナイトメア・ダウン。 それによって死亡した少女の思念がE・フォースとして蘇り……ヒガンバナの咲き乱れる『待ち合わせ場所』で待っているのですよ、恋人を。ずっとずっと、今も尚」 そう締め括ってメルクリィは話を終えた。ヒガンバナ片手にモニターを器用に操作すると、画面に映し出されるのは一面真っ赤な――ヒガンバナの花畑。息を飲む様な鮮やかさは夕紅の赤の中、更に赤く赤くある種の奇ッ怪さすら覚えてしまう様相を横たわらせていた。 まるで、この世のモノではない様な。 「三高平市郊外のこのヒガンバナ畑。ここにE・フォースフェーズ2『紅子』がいます。皆々様には彼女を討伐して頂きたいのですが……」 メルクリィが一旦言葉を切る。耳かっぽじってお聴き下さい、片手のヒガンバナを翳した。 「さっき申し上げました通り、彼女は恋人を待ち続けているだけ。皆々様が敵意を示すなどしない限り自ら進んで攻撃する事ァないでしょうな。 つまり! 説得のしようによれば、戦闘をせずとも彼女を眠らせる事が出来るかもしれないのです。 ……死して尚健気に待ち続けている恋する乙女を暴力で屈服させるなんて……無粋だと思いませんか? まぁ、判断は皆々様に委ねますぞ。キチッと話し合って下さいね。 それじゃ『万が一』の時の為に『紅子』について解説いたしますぞ。一応資料もお渡ししときますがしっかりしっとりむっちりもっちりお聴き下さい」 片手のヒガンバナを膝に置く。卓上の資料に人差し指を突いて一間を開けるとフォーチュナは説明を始めた。 「彼女は『ヒガンバナの花から炎を溢れさせ操る』という能力を有しますぞ。この炎、業火だけでなく呪い、呪縛、不運を伴う場合もあります。攻撃範囲も広いものばかりで苦戦は必至でしょうな。 それに――モニターを見たらもうお分かりですよね。『一面に咲き乱れるヒガンバナ畑』『ヒガンバナの花から炎を溢れさせ操る能力』……今回の戦場は『紅子』の独壇場に相応しい場所なのですよ。 苦戦する事ァ間違いないでしょうな。くれぐれもお気を付け下さいね!」 そう言えば『ヒガンバナを家に持って帰ると火事になる』、そんな迷信がある事をリベリスタは思い出した。彼女のその炎は恋人に会えない悲しみの炎なのか、理不尽な運命に対する怒りの炎なのか……知る由も無いけれど。ただ、モニターの中では赤い赤い花が赤い光の中で揺らめいている。 「『紅子』と皆々様が遭遇するであろう時間帯は夕方。一般人は来ませんぞ、ご安心を。 ……説明は以上です。オッケーですか?」 メルクリィがリベリスタ達を見渡した。その顔が決意の表情と共に頷いたのを確認した機械の男はニッコリと、彼らへ緩やかに言い放つ。 「それじゃ皆々様、お気を付けて! 私はリベリスタの皆々様をいつも応援しとりますぞ。」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月15日(土)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●悲しい思い出 一面の赤。一面の花。黙したまま揺らぐ彼岸花。 空も地面も全てが赤く、それを映す水面もまた鮮やかな、寂寞とした、赤。 全くの非武装状態であるリベリスタ達を迎えたのは、まるでこの世界のモノではない様な風景であった。 「ナイトメア・ダウンが齎した悲劇がここにも……」 恋人への想いだけが現世に留まり続けている様はまるで呪縛を受けた魂のよう。せめて解き放って救ってあげたい――源 カイ(BNE000446)は眼鏡の奥の目を悲痛に細めた。 その気持ちは『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)にとっても同じ。赤い風に靡く髪を掻き上げ一人呟いた。 「死しても尚相手のことを思い続ける。 ましてその相手が決してその場所に来ないまま、永遠に待ち続けるとなると……美しいも悲しいともいえますね」 真琴の言葉に『ネガデレ少女』音更 鬱穂(BNE001949)は小さく頷く。 「不謹慎かもしれませんがロマンティックなお話でもありますね……。 愛する人は亡くなり、待っている本人も既に……悲しく寂しくだけどなんだか素敵だと思います」 自分達に出来る事は彼女を眠らせる事。『待っても待ち人は来ない』ではなく『もう待つ必要はないんだよ。手を伸ばせば会えるんだよ』と伝える事。一歩進めば花弁が揺れる。 「ヒガンバナって欧米だとリコリスって名前で普通に園芸用だったりするんだけど、日本だと不吉だったり悲しい意味が籠ってるんだね。 想うはあなた一人。また会う日を楽しみに……彼女の境遇そのまんまの花言葉だよね」 『angel's knight』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)はしゃがみこんで赤い花弁に指先で触れた。 エリューションは総じて倒すのがリベリスタの使命なのはわかってるけれど。 (彼女と話をしてみたい。出来る事なら戦わずして眠らせてあげたい) 自分には彼女の気持ちを力尽くで止められるような力も、心の強さも持っていない。立ち上がるヴァージニアの碧の瞳には何処までも彼岸花が広がっていた。 「亡くした想い人を待ち続ける。其れは如何程に心を縛る事か……ナイトメアダウンよりの年月が証明している」 青の着流しを夕紅に染め『我道邁進』古賀・源一郎(BNE002735)は彼方を見遣る。赤い景色が映り込んだ源一郎の赤い双眸には静かな憂いが在った。 雄偉剛健たる無頼として戦を往く彼にとて浸るべき感傷というモノは在る。此度は言の葉を以て、と思わずにはいられない。 「時を越える想い、ですか」 『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)には彼女が何故それほど愚直にただ一人を待ち続けるのかは理解できない。しかし想像する事なら出来る。 故人との対話に武器も防具も無粋の極みであると、彼はAFの中に武器も防具も所持していない上に技能すら活性化させていない。 正に丸腰、人間より頑丈な人間の状態。この偽物の神父は戦いをしに来たのではない。彼は昔話をしに来たのだ。 「それでは、神秘探求を始めましょう」 銀の髪を靡かせてイスカリオテは歩き出す。それに応えて歩き始めた『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)は「無粋か」とフォーチュナの言葉を脳裏に呟いた。 (銃で穿つしか能の無い俺はそういう美意識は持ち合わせていないが――) まあいい。龍治の目に迷いは無い。それがオーダーならば達せられる努力をするのみ。 赤い世界を歩き出す。 ●想うはあなた一人 一面の赤。一面の花。静かに揺らぐ彼岸花。 空も地面もそれを映す水面も全ての全てが寂寞と赤く――しかしそれより深く淵く赫い華を纏い背負って。 「オレは桐生……桐生武臣、って名だ」 桐生 武臣(BNE002824)は普段通りの振る舞いで彼岸花の中に佇む少女に語りかけた。 「……アンタの名前教えてくれるか?」 武臣の言葉に弾かれた様に顔を上げた紅子は驚いた様子で一同を見渡している。目が合ったのでカイと真琴は朗らかに挨拶の言葉を掛けた。その甲斐も有り敵意はないと感じたのか、彼女は警戒する事も無く一息を吐き「紅子です」と細い声で応えた。 「紅子さん、よ……此処で、何してるんだ?」 「……、私は、……」 武臣の問い掛けに紅子は俯き言い淀む。悲痛の表情――真琴が一歩、優しく歩み寄った。 「どなたかと待ち合わせですか? ――いえ、彼岸花とも曼珠沙華とも言われるここの花言葉をつい、思い出して。 『情熱』『独立』『再会』『あきらめ』『悲しい思い出』 『想うはあなた一人』『また会う日を楽しみに』 赤く燃えるようなこの花には色々な意味が有るのですが、どなたかと再会を誓い合うにはあまりにぴったりですから」 彼女と紅子の視線の先には赤く静かに揺れる一面の彼岸花達。真琴の言葉に紅子は表情の悲しみをより一層濃いものにして、白い手で黒いスカートを握り締める。消え入りそうな声で言う。 「大切な人を……、待っているんです」 紅子が顔を上げる。そこには源一郎が腕組をして一面の景色を眺めて渡していた。 「其れ程までに待つ相手、大切な存在と感ずる。 ――時に、この様な場所があるとは知らなかった。彼岸花の美しい、良い場所だ。美しい風景だ。 少し……一緒しても宜しいだろうか。もしよければ、其の者について教えて貰いたい。想い続けている相手を」 え、と僅か目を見開いた紅子へカイがニコヤカに「僕からもお願いしても宜しいでしょうか」と訊ねる。 準備されていたのはコーヒー入りの魔法瓶とサンドイッチ。 「宜しければ……ゆっくり、お話しませんか?」 和やかな時間だった。 紅子はとてもエリューションとは思えない。どこにでもいる、普通の、恋をしている少女。 一面の赤に視神経を浸らせながら。 穏やかで静かな時間。 コーヒーの香りの合間、はにかみながら彼との馴れ初めを話し。 サンドイッチを頬張って、嬉しそうに彼との思い出を話し。 「一緒にいるだけで幸せでした」 本当にそうなのだろう、と誰もが思う。 でも、と彼女は笑みに悲しみを混ぜた。 「今日も彼は来てくれません」 悲しい。 会いたい。 何処にいるの。 私の事、嫌いになっちゃったの。 私の事、忘れちゃったの。 会いたい。会いたい。 悲しい。 「今日も彼は……来てくれません」 彼女の手からコーヒーが滑り落ちた。 赤の中、色は有耶無耶、赤くなるだけ。 悲しいだけ。空しいだけ。 「――歩きつづける。彼岸花、咲きつづける」 草木塔より一句、話の種でしかないけれど。紅子が顔を上げるとイスカリオテが薄く微笑んでいた。 「お嬢さんはいつもここにいらっしゃったのですね」 自分の目的は気付きの種を植える事。 そして、水をやり芽吹かせるのは彼女自身の仕事。 「かつて。此処では大きな災害がありました。夥しい人々が逝った。見果てぬ望みを抱いたまま、明日へ夢を馳せたまま」 紅子の存在理由、アイデンティティ――彼女は向き合わなくてはならない。自らの記憶、自分自身と。 「その最期はきっと、幸福では無かったでしょう。 その結末はきっと、満足とは言い難かったでしょう」 続きはカイが受け持った。真剣な顔付きで慎重に言葉を紡ぐ。 「ナイトメア・ダウン……それが齎した破壊が呪いとなって貴女をこの地に縛り付けているのです」 「大きな災害……ナイトメア・ダウン……? じゃあ、私は――あの人は」 紅子の顔からみるみる血の気が引いてゆく。自らの頬に触れる。 思い出してきたのだろうか、自分と彼の『真実』を。 ザァっと風が吹き抜けた。彼岸花の花弁を、紅子の黒髪を宙に揺らした。源一郎が徐に口を開く。 「汝の想いは本物だ。それ故に、想いが人の形を取ってしまった。分かるか? 己が如何様な存在であるか」 「………。」 紅子は答えない。俯いたまま――しかし源一郎は言葉を止めなかった。変わらぬ口調、だが決して否定的な意味は含ませずに。 「想い人は、別の所にて待っている。此処に来られなくなってしまった故に。汝と同じだけの時を、待ち続けている事だろう。 紅子が待ち続けたのだ。死した相手も、そうであろうと想う事は甘いか。 ……気づいたならば、彼の元に行ってやって欲しい」 紅子は唇を噛み締める。受け入れ難い言葉に一歩下がろうとして――その手をヴァージニアが取って、引き止めた。 「ボクらはリベリスタっていってね、本当なら、フェイトの無いエリューションは放っておいちゃいけないんだ。 進行性とか増殖性の覚醒現象……世界への悪影響がどんどん強くなっちゃうから」 聞き慣れない単語に紅子は不思議そうにするも、それを踏まえての次の行動を起こす前にヴァージニアは凛然と顔を上げて言い放つ。 「だけどそれでも、ボクはアナタと戦いたくないって思う。 リベリスタ失格の選択かもしれないけど、それでもアナタは安らかに眠らせてあげたいんだ。 何よりも彼氏さんとの思い出のヒガンバナを、誰かを傷付けるために利用するなんて絶対にダメだよ!」 真っ直ぐな視線。それから逃れる様に紅子は目を逸らした。 「私は、でも、だって私っ……」 泣きそうな声。救いを求める様な、幼い悲痛な声。涙に潤んだ声。 どうしても認められない。認めたくない。嘘だと言って、そう言いたげな目。 ヴァージニアの手を振り解いて、否定の言葉を吐こうとして。 「……もうやめて」 鬱穂が紅子をぎゅっと抱き締め、続けられようとした言葉を止めた。 彼女には自分から眠る道を選んでもらいたい。 優しい結末を、迎えたいから。 「ここで待つ必要はないんですよ……貴方が自ら手を伸ばせば、想い人の所にいけるんです……。 目を閉じて彼の事を思い浮かべて……そうすれば後は彼が導いてくれるはずです。 貴方が待っていたように彼は貴方が気づいてくれるのを待っているハズです……」 優しく背中を撫でる。肌が白むほど握り締められていた紅子の拳から力が抜けた。 知っていますか、と。そこへ、しゃがみこみ愛おしそうに彼岸花を撫でている真琴が語りかけた。 「彼岸花……韓国では『相思華』と呼ばれているのですよ。 花と葉が同時に出ることはなく、『葉は花を思い、花は葉を思う』という男女の恋愛に例え、『会えなくともお互いを慕い合う相思花』と。 そのためか、『すれ違い』という意味の花言葉も有るそうです。 貴女が気づかないまま、待ち人もこことは違う別の場所で今も貴女を待っています」 紅子の目に映るのは赤い花。赤い色。思い出の花。 会えなくともお互いを慕い合う相思花。 「アンタの恋人は、よ」 彼方、西へ西へと傾く紅光に目を細めて武臣が言う。 「ちょいと道に迷って、違うところで待ってるのかもな。 アンタも、本当は……ここじゃないって、気付いてるんじゃねえのか?」 あの夕焼けの空を見てみな。武臣が夕空を指で示す。 「アンタの恋人は、あっちで咲いてる花の中でアンタを待ってるんじゃねぇか、な? 赤い空の中で咲き乱れる赤い花の中でよ」 見えるだろう、アンタの想いを待ってるヤツが。 彼女から伝わってくるのはただ『恋人に会いたい』という純粋な想いのみ。 救わなくてはならない思いが目の前にあるのなら、自分は命だって賭けよう。命を張ろう。理由なんて要らない。 「……――」 涙が一片。 少女の頬を伝った。 やや遠巻き気味に眺めていた龍治は浅く息を吐くと徐に紅子へ歩み寄る。 「俺自身、語る言葉は多く持たないが」 そしてその頭をくしゃりと撫で、言う。 「なあ。あの男は、勝手に約束を捨てて消えてしまう様な男だったのか? そうじゃないからお前はそこで待ち続けているんだろう?」 簡単な話だ、と龍治は薄く笑って見せた。少女を安心させるように。 「場所が変わってしまったんだ、空の上にな。 ……意味が分からなくても良い。ただ、男はそこでお前と同じ様に待ち続けている、とだけ言っておく。 お前と同じ様に、空の上から何度も季節が巡るのを眺めながらな」 手を退けて、流れる涙を指先で掬ってやる。 「――きっとまた会えるだろう。お前がそう強く望むなら」 次から次へと涙。嗚咽を漏らす彼女の背中を鬱穂はただ優しく撫で、誰もがその様子を彼岸花と共に見守った。 最中にイスカリオテは彼岸花を一輪つみ上げた。 「長い時を待ち続け、願い続けて、貴女は自分の事すら忘れてしまったのでしょうね。けれど、そろそろ良いのではないですか?」 彼岸花は、悲願花。 悲しき別離に願う花。 きっときっと、君に幸在れと。 無理矢理に止められた歯車に休息を。 物語に結末を。 「――私っ……本当は、本当は気付いてたの……私、死んでるって、あの人も死んでるって、知ってたの、本当は知ってたの……! でも、怖くて、怖くて、認めたくなかった……!」 堰が切れた様に泣きじゃくり、口調も子供らしいそれとなり。 それは紅子の『本心』であった。 「『ひょっとしたら』って……私が『こう』なったみたいに、あの人もひょっとしたら、って。 だから離れたくなかった! ここにいたかった、約束の場所に。 そうしたらきっといつか、来てくれるって、待ってた、ずっと――会いたかったんだもん、会いたい、会いたいよぉお……!」 泣きじゃくる少女。 イスカリオテは優しく笑いかけた。その手にそっと彼岸花を握らせて。 「逝っておあげなさい。今度は、貴女から。 彼は待っていますよ。いつもの場所で、今もずっと」 悲しい思い出。想うはあなた一人。また会う日を楽しみに。再会。 ――そして、すれ違いの2人に『再会』を。 彼岸花を手にした紅子は涙を拭いそっと鬱穂から離れた。 涙に濡れながらも優しく穏やかに――笑って、『再会』の花を握り締めて。 見渡すリベリスタの頷きに力強く頷いて。 「ありがとう」 笑った。 「ありがとう。」 笑っていた。 「――ありがとう――」 笑って、逝った。 「おやすみなさい。Auf Wiedersehen」 見送る言葉は、夕闇と共に。 ●また会う日を楽しみに 日が沈んで、辺りはもう薄暗い。西の空が僅かに明るいのみである。 それでも彼岸花は赤く赤く――リベリスタ達の足下で揺らいでいた。 「……きっと。きっと会えるさ……アンタなら、な」 紅子が『居た』足下の赤い花。 その一片を空に掲げて武臣が呟く。夕冷えを孕んだ赤い風が仁義の赫を靡かせた。 源一郎も一番星の輝く空を見上げ、彼と同じ事を思わずにはいられない。 (願わくば、再会を。悠久の幸福を) 再会の意味を孕んだ花弁は静かに揺らいでいる。夜さえ赤々と照らし出し。 「『また会う日を楽しみに』……か」 頭の後ろで手を組んだヴァージニアも見上げた空に視線を遣ったまま誰とはなしに呟いた。紅子にとっての『また会う日』とは紛れもなく今日なのであった。……そう思いたい。 これは確かに『悲劇』であった。 それでも『ハッピーエンド』だったと、リベリスタ達はそう信じている。鬱穂は摘み上げた彼岸花を黙したまま眺め、真琴は目を伏せ祈りを捧げた。 龍治は金の双眸を細めて暗闇に染まりつつある赤の景色を沈然と眺める。 静かな世界。もうここに悲しい待ち人が現れる事は無い。 そんな風景を一望して――カイは最後に空を見上げた。 「僕はこの悲劇を、絶対に忘れない……」 そよぐ風に染まる彼岸花の色は、何処までも赤い。 情熱。独立。再会。あきらめ。悲しい思い出。 会えなくともお互いを慕い合う相思花。 想うはあなた一人。 また会う日を楽しみに。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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