●クビキリバナ・フォールダウン 人生というやつはどこまでも身勝手で陰湿で暗澹としてそして無為で、当人の意思など一切合切考えやしない。 遠い昔に失った証を求めて下腹部を握り、冷え軋む暗室でその女は運命を呪った。 幼い日、襲われて奪われた平凡な人生と、産み落として奪い去った筈の狂った人生の足跡。そんなものが無ければいいのにと叫びながら、殺して殺して殺し続けた血まみれの河の向こう岸で、幸せだったと影が哂う。 一縷の救いを拾い上げて生き延びた「それ」が自分の人生の汚点であるならば。 それを殺す事こそが今まで与えられてきた命の意味であるならば。 それはどこまでも滑稽であると言わざるを得ないのだろう。 『手筈を知りたい。御咲、お前が動く以上、アークとやらも動くと考えて間違いはあるまいが……対策はあるのだろうな?』 「無論ですとも。実力に溺れて先見を誤るほど、私は愚かに終わりません。私は――あれを殺すための機械ですから」 電話越しに聞こえる声には、有無を言わさぬ威圧感がある。火急逼迫の焦りがある。先手を奪って後手を制され、至上目標ばかりか盟友すらも奪っていったリベリスタ組織。その手の内は知れないまでも、この目標だけは果たさなければならない。 暗室を照らすモニタに映る、隻腕の少年。人外の色を宿す瞳と画面越しに視線を交わし、女はきつく、下腹部を握り締める。 「今度こそ貴方を殺してあげるから。だから、桂輔」 どうか私を憎んで死んで――と。女は狂乱に瞳を染めた。 人生は不幸で不遇でしかし滑稽で、果たしてこうやって生きている一分一秒は何のためにあるのだろう、と青年は思っていた。 自らに残された一本の腕と二本の足は、そのどれもが人ではなく。母はこの狂った姿を産み落として死んだのだと聞いている。 彼女の命を奪ったのがこの命一つであるのなら。 果敢無い散らせ方はできないのだろうと思っているのであれば。 彼は、神秘と向き合うことを運命づけられ、神秘のみで生き延びる運命装置。 「どうしたの、きみひとおにーちゃん? おかおがこわいよ?」 「ああ、何でもないんだ、幸一。早くおうちへ帰ろうか」 自らを引く幼い手の温度。その質感。幻想で隠された自らのそれを少年に悟られぬように、そっと。 青年は、夜道の帰路を歩いていく。 数分後の悲劇を知らぬままに。 ●喜劇の二十年 「木を隠すなら森の中、という諺があります。要は、多くの中にひとつを紛れ込ませることを指すのですが……彼女の場合、そのような打算というよりは完全に過去の亡霊に囚われただけなのだと思います。質の悪いことに、生霊であるそれに」 僅かに目を伏せたまま、『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)は沈痛な声色で述べる。だが、映像を眺めていたリベリスタ達には、その内容は余りに不可解だった。 「……『ケイスケ』と『キミヒト』は同一人物、なのか? それとこの女の口振りじゃ、まるで」 「その通りです。この女性、『ツァラトゥストラ』幹部にして対ビーストハーフ部隊『ハンタ・ネスト』統括である御咲 静江(みさき しずえ)と、護衛対象であるビーストハーフ森城 公人(もりしろ きみひと)は血縁上の親子関係にあります。 尤も、御咲は産み落とした直後に彼を殺害したと思い込んでおり、公人は彼女が自分の外見を見てショック死した、と籍を置く施設で聞き及んでいるようです。 実際は、出産直後の彼女が発狂してとった行動が、公人青年の右腕を奪ったのは確かですが……フェイトの所為か医療技術か、何とか彼は生きながらえ、親子関係を断絶されてこうして生きています。 皆さんには、御咲の公人青年、及び幸一少年への危害行為の妨害と、彼女と構成員の拘束を行って頂きます。情報収集の為、出来れば生存していることが望ましいです」 何と言う歪んだすれ違いか。死を以て隔てられた再会の機会は、彼我の関係として果たされようとしているのか。 「父親は? 母子共々革醒済みってことは、父親に何かあったんだろう?」 「……それを、聞きますか?」 僅かに震えた声で、和泉が返す。子殺しを是とするほどの絶望の源泉が、果たしてその片割れにあったなら――彼女の口からそれ以上を聞くことは、恐らく愚行なのだろう。問いかけたりベリスタは首を振る。 「いや、いい。二人について、詳しく教えてくれないか」 「御咲は、ジーニアスのスターサジタリーです。公人青年を産み落として以後、ビーストハーフの青少年、稀に青年以上のフィクサードを狙い、殺害ないし撃退を繰り返しています。撃退で終わったのはほんの数回ですが……相手は尽く再起不能まで追い込まれています。行動が活発化したのが7年前、彼女の持つアーティファクト『ガンディーヴァ』の獲得に関与していると思われます。 元所有者は『葛ヶ谷 啓(くずがや ひろむ)』。現『ツァラトゥストラ』首魁とその氏名が一致します。 他方、公人青年はオオカミのビーストハーフでソードミラージュ。そこそこの実力はありますが、彼はそもそも善悪どちらにも属さない、ニュートラルな『革醒者』です。 一応、孤児院に身を置いているようですが、定職は持っているようですね。護衛対象は彼と連れの少年『柏崎 幸一』の二人です」 「参考までに、聞かせてくれ。『ケイスケ』って、一体」 「――公人青年を産み落とす前、御咲が考えていた命名でしょう。それ以上は、何も」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月06日(木)22:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●飼い殺しの運命 「……幸一」 「おにーちゃん、あのひとたち、だれ?」 小さな手を伸ばす幸一を見て、公人は胸が締めつけられる思いがした。そして、目の前に、否、包囲するように現れた数名の人物――恐らくは自分と同類である彼らを見て、自らと、少年の不幸を呪った。 薄々は、気付いていた。自らへ向けて放たれるそれが、人として相手を見ている感情ではないことぐらいは。明らか過ぎる殺気の渦は、幸一少年には苛烈にすぎる事ぐらい。そして、彼を生かそうにも、そもそも多勢に無勢では自分の命すら助からない――その、僅かな諦めと苛立ちが尚の事彼を急き立てる。 「森城 公人で間違いないな。人ならざる人、人を忘れた人……貴様を断罪に来た」 長髪をベレッタで纏めた女性が一歩踏み出し、太刀の柄に手をかける。その少し後ろでは、神職者然とした壮年男性が、片腕を掲げ何事か呟いているのが見て取れた。背後に視線を向ける余裕は、余り無い。その前に、幸一を何とかして助けなければならない。 「プライバシーを大事にしない人間に答える名前なんて、無い。先に名乗ってからだろう、普通は」 「神はこうも仰りました。『罪に権利が無いように、罪人にも権利など要らぬ』、と」 どんな傲慢な神を信じているのだ、あの男は。我知らず舌打ちすると同時に、叫び声を上げそうになった幸一の口を塞ぎ、静かに小さく首を振る。隙を見せぬように、周囲に殺気を溶けこませながら公人は幸一に耳打ちする。 「幸一、慌てるな。お兄ちゃんが守ってやるから」 背後からの鋭い気配、次いで一撃。不意打ちは避けたものの、それでも身を捻りきれず、一矢が強かに肩を穿つ。 「むー、むむ!」 「大丈夫だ、守って……やるから……!」 叫び声を上げようとする幸一の口元を抑えたまま、しかし公人は冷静だった。一矢を向けたであろう弓手が、背後に居る。大柄な男性を侍らせ、次射を虎視眈々と狙うその姿は、凄まじい殺気を秘めている。 「生憎、お芝居に付き合ってられるほど暇じゃないの。貴方が素直に死ぬのなら、その子は助けてあげてもいいわ」 「戯言を言うな。お前らの様な人種を『フィクサード』と言うんだろう。フィクサードに、守る約束なんてあるのか?」 「嫌われたものね、私達も。でもいいわ。貴方を殺す機会があるなら、私はそれでも構わない、だから――」 殺させてね、ケイスケ。そんなフレーズが聞こえるか否かのタイミングだった。 光と化した矢が、一直線にフィクサード達を貫いていく。静江を、そして太刀の持ち主と術者を次々と貫いたそれを引いたのは、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)だった。幻視により偽装した人の身であっても、その髪に隠れた視線の鋭さは隠せるものではない。 「君たちの好きにはさせないよ!」 公人を穿った弓の使い手――静江の傍らの男へ、ぶつかっていくように突っ込んできた影がひとつ。公人の脇を抜けて突き進む真空刃は、狙い違わず後方の術者の体を切り裂いた。 「私はやれることをやるだけですね~」 次いで、羽音が風を引いて流れる。その勢いのままに閃いたチャクラムが孤を描き、もう一つの影が太刀の男の前に立ちはだかった。チャクラムの狙いは、またも術者の男。立て続けに裂いていくそれに舌打ちしつつも、彼は一切慌てずに術式を切り替え、自身を回復することを選択した。 デュランダル二人の前に立ちはだかった彼らは、揃って『ツァラトゥストラ』の苛立ちの的足りうる存在だ。 『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)、ヴァンパイアにして、嘗て件の組織の目論見を是非もなく粉砕した青年と。 ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)、天使の似姿を持つ革醒者にしてアーク擁する戦力の、文字通りの一翼。 「もう、苦しまなくてもいいんですよ」 そして、閃光。斜陽を隠し、薄闇になりつつあった世界を染め上げた白のそれは、然し公人や幸一にとっては一切の害意も持たずに降り注ぐ。二人を庇うように降り立ったのは、天使と呼ぶに遜色ない女性――『のんびりや』イスタルテ・セイジ(BNE002937)の姿。閃光に抗しきれなかった数名は、視界を埋めたそれに戸惑いを隠せない。 「来ると思っていた、と言っておくわ。予想以上に手が早かったけれど、それでも私は止まらない。それでも、やる気?」 「その気持ちは、本当にあんたの本心なのかい」 「答える義務でもないわね。それに……そんな事、今は大した問題でもないでしょう?」 泰然とした構えのまま、現れるリベリスタ達を見据える静江に対し、しかし『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)の言葉は冷静に、聞こえ様によっては冷ややかに響く。だが、それは静江の感情が本来のものであるのか、或いは手中の弓にあるのか、を問いかける彼女なりの言葉であったのだ。 「ここは私達に任せて貴方は少年を抱えて下がってください」 「あちらには雷を放つ魔弓があるのであります。貴方はともかく、柏崎さんまで危険に晒すお心算ですか?」 更に、公人の前に現れたのは黒のマントを纏った『不屈』神谷 要(BNE002861)と純白の軍服に身を包む『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)。前後からの包囲をものともしない防御体制は、公人すらも驚かせる。幸一にしてみれば、外見こそ人でありつつも『フィクサード』と変わらぬ物騒さを持つ彼らだ。驚きはすれ、信頼にはまだ遠い。 「……アンタ達は、一体」 「私達は世界の最終防衛線。個人の世界だって守ってみせるのであります」 公人に応じた、ラインハルトのその言葉が全てだった。幸一少年の心を捉える全てとなった。自分たちは正義の味方であると、臆面も無く口に出せるその矜持。『リベリスタ(せいぎのみかた)』と、言い切る自信。 「はあぁぁぁっ!」 その自信に呆気に取られていた術者を、更に襲うのは『半人前』飛鳥 零児(BNE003014)の一撃。状況を判断できる立場にあって、一瞬の意識の乱れは一撃を容易に受けるに等しい状況であることは否めない。 「……ふう」 状況は、不利。それでも、静江には全く気負う所が無かった。再びに戦場を穿った七海の一射を、僅かな身動ぎのみでかわし、軽い動作で弓を持ち上げる。デュランダルの進路を阻みながら、右足を持ち上げた悠里は、彼女から発せられる殺意に気付けたか、否か。 「その子を先に倒してしまえば、とか。優先順位を考えるのは褒めてあげる。『ガンディーヴァ』についても、殆ど知っているようだから言うまでもないわね――だったら」 これはどう、と。笑いながら問いかけ、弓を引き絞った。稲妻が駆ける。公人を狙った一撃は、彼を庇いにいったラインハルトを穿ち、突き抜けた。彼女を僅かに揺らがせる程に、その一撃は圧倒的だったと言えよう。彼女の切り札に不可欠と思われた、溜めに入る前動作。それを観測して警戒する――しかし、溜め動作すらキャンセルして放ち、それがアーク上位のリベリスタの一撃に拮抗するとなれば、その危険性は恐ろしく高い。 「驚くのは分かるが、気が漫ろになるのは宜しく無いな。違うか?」 術師への牽制を込めながら眼の前の前衛と対峙する。その行為には意識の乱れは許されない……が、乱れや何かというレベルではなく、その剣士の一撃は重かった。自らの動きを遮っていたユーフォリア、その身を乾坤一擲の一撃で弾き、後方への進路を築く。 悠里は辛くもその一撃を逃れたものの、気合の入った一閃に少なからず焦燥を覚えたことも確かだろう。 フィクサード達にも、戦略があり意志がある。衝動のままにではなく、確実に公人を追い詰めることを目論んだ意志が。 だが、それを差し引いても、リベリスタ達にも救おうとする強固な意思が存在し。状況を打開する手段を、常に意識に捉えている。 「後方へ下がって下さい、早く!」 公人、そして彼が抱えている幸一を庇いながら、要が叫ぶ。彼女の死角をカバーするように立つラインハルトもまた、ユーフォリアと零児が居る方を見据え、離脱を図ろうと必死だ。 だが、庇いながら移動したところで剣士を突破し、更に静江の射程外に逃れることは容易ではないが……術師への集中攻撃は、少しずつ消耗戦を押し切る状況に推移しつつあった。 「……『桂輔』。貴方を殺せなかったことは、今でも後悔してるのよ、私は」 「誰だよ、アンタ……俺は、公人だ。人違いじゃないのか」 状況を観察していても、静江の声は恐ろしく涼やかだ。距離を取ることに頓着せず、イスタルテの放つ閃光を受け、付喪の雷撃を身に受けても、僅かにも動揺する気配が無い。反して、彼女の補助であるフィクサードの面々にはかなりの打撃であるようで、術師の回復にも僅かに勢いが無いように思えた。 「調子に乗りすぎだリベリスタ……! 逃すとは言ってない!」 「調子には乗ってませんよ~。私たちにも成すべきことがあるのですから~」 「その通りです! 我々は常に全力なのです! 救うべきを救う、それだけなのです!」 剣士がユーフォリアをかわし、ラインハルト達へ追い縋る。だが、それをやすやすと許すユーフォリアではなく、ラインハルトではない。 「くそ、まだ……!」 「ここを抜けさせるとは言っていない! このままお前は俺が倒す!」 「ちィ、ちょこまかと!」 「君達がやろうとしてることは許されることじゃない。ここで全力で止める!」 零児や、悠里にしてもそうだ。各々の有り様や意識を深く認識した彼らにとって、目の前で起きる出来事は或いは恐ろしく、悲しい事であるだろう。始めて行き当った依頼において、これだ。零児の意識に落ちる影は重くとも、それを振り払う意思を彼は持っている。 「ですから、早く後ろへ! ここは私達が止めますから、早く!」 「字が表すように、支えあうからこそ人なんですよ」 公人たちを庇い、周囲を油断なく観察する要にも、呪符を持って戦場を飛び回り、或いは攻撃に転ずるイスタリテにも。いまこの局面を打破する意思は確かにあった。 「……でも、それでも。私は貴方を愛しているもの」 ごう、と風が巻いて矢の斉射が舞い踊る。ガンディーヴァから放たれたハニーコムガトリングの威力は、やはり彼女自身の能力からは埒外とも言えるものである。術師を下して優位にたって、尚窮地の指先から逃れられるとは思えない。十分な距離を取った。公人と幸一を一息で穿つには未だ遠い。だが――「愛」という単語は、彼にとっては重すぎた。 息を吸う様にその単語を口ずさむ彼女の気配は、公人の意識に入り込むには深すぎた。 ●血束(けっそく) 「嘘だろ、そんな……母さんは、もう死んだ筈だ。そんな馬鹿な、そんな……!」 幸一を小脇に抱えたまま、公人は膝を衝く。距離は、確かに十分だった。戦場は確実にリベリスタ達に傾きつつあった。が、言葉と共に静江が纏った昏いオーラが、彼女の初撃の再来であることなど考えるまでもない。 付喪のチェインライトニングが閃き、静江以外のフィクサードを完膚無きまでに倒し切る。だが、その被害は五分だ。一度ならず、その膝を屈したものも居る。次に放たれる静江の一撃を止めること。その先を止めること。そして、公人の意識を引き戻すこと。彼の腕の中でその救いを懇願する、小さい命のためにもだ。 「貴方は優しい人だと思う」 悠里が、静江の前に立つ。氷を纏った一撃を振り下ろし、踏み込み、その視界を阻みながら、しかしその言葉は静かだった。 「子供を堕ろす事も出来たはずだ。それをしなかったのは子供に罪はないって思ったからじゃないの?」 「――さい」 「子供の名前を考えていたのは一人でも育てようって思ってたからじゃないの? だって、愛して居るんでしょう!?」 「うるさい、」 「これ以上残酷な想いをしなくてもいいんですよ~、私達はそれを止めるために来たのですから」 ユーフォリアの言葉が、チャクラムを伴って静江を襲う。悠里の言葉が、彼女へと突き刺さる。 だから、か。なのに、か。 「うるさいッ――あの子は、『桂輔』は!」 私が殺す、と。距離も理論も理屈も無い、ただの絶叫を纏った強引な雷轟一閃。 まかり間違え、公人を貫いたであろうその一撃。それを押しとどめたのは、他でもない要だった。 「この場は……この場では、まずは生き残る事のみを考えて下さい」 バチ、と雷撃を受けながらも、要は公人に語りかける。生き残る。それが出来なければ考える余地など無いのだ、と。 「しっかりしろよ。その子を護らずに死ぬのか? お前が今やることは、運命に愛されて生き延びた理由は。そこで突っ立ってることじゃない」 赤光を放つ瞳の光を引いて刃を構え、零児は公人に訴える。彼の絶望は、彼の死は、彼だけの死では終わらない。彼を慕う少年の命をも天秤にかける行為だ。 「疑問があるなら生きなさい。不満があるなら生きなさい。真実が知りたいなら生きなさいっ! 貴方はまだ何も得てないじゃないですか!」 ラインハルトが、叫ぶ。要に肩を貸しながら、公人を庇いながら、その声ははっきりと、強い意志を秘めて公人へと叩き付けられる。生きろと。その懇願を叫びに還元して。 「今すぐでなくてもいい。いつかあなた達が幸せに暮らせるように、今は時間をつくろうと思う! 愛しているなら、できるはずだ!」 「アーティファクトのせいで恨みつらみがあるなら、まだ戻れるはずさ。自分の心のあり様位は、自分で決めないと駄目だろう?」 悠里の拳と、付喪の魔の弓が彼女の体へ打ち込まれる。小さく響いた声を最後に、静江は意識の糸を断ち切った。幸せになれる道があるのなら――そんな言葉のためではない。何処かにあった疲れきった因果を、断っただけなのかもしれない。 ●超人(ツァラトゥストラ) 「公人さん……自分も色々ありましたが我々が悪いわけではないのです。人生なるようにしか出来ないのですから」 束縛された『ハンタ・ネスト』の面々を背に、七海は公人に語りかける。公人は、既に気付いていた。運命の寵愛を受けた人間には、常人に感じ取れないシンパシーを感じることは容易であったがためだ。だが、そのやり取りは糸が切れたように眠る幸一には聞こえない。それが幸せであるのなら、それもいい。 「……あれが、俺の母さんなら」 何時か分かり合える時が欲しい。言外にそう述べ、公人は立ち上がる。何れ、アークへと足を向ける日が来ることも思いの端にとどめつつ。 余談であるが。七海が後生大事に持っていった『ガンディーヴァ』は、その後の調査によりその危険性を指摘され、一時保管扱いとなったことをここに付記する。 「……ここまで後手に回り続けるとは、予想外だった。少なからず賞賛を述べたいところだな」 「このまま戦力を減らされるのはそっちも本意じゃないよね? そろそろ決着のつけ時じゃないかな?」 電子音声として悠里の耳に響くのは、『ガンディーヴァ』の本来の持ち主にして、『ツァラトゥストラ』の首魁の声だ。既にその腹心を殆ど失った彼に対し、ここで仕掛けるのが有効と踏んだ悠里は正しい。そして、その反応も予想通りだった。 「言ってくれる。だが、御咲をも奪われたことではっきりした。やはり、『超人』は――」 そこで、通話が途切れた。言葉の続きを断ち切ったような、不自然な声。それが何に帰結するのかは、彼らにもまだ、わからない。 ただ一つ言えることは、『ツァラトゥストラ』にまつわる出来事が、終わりへ向けて走りだした、それだけのことだろうか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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