● 『今日はどうしたんだい? 学校は?』 その温かな声に、少女は思わず顔を綻ばせる。 再会はいつも暗がりの中。ほのかで小さな灯りの中。 「お義母さんに内緒で休んじゃった……だって、お父さんに会いたかったんだもん」 『まったく、みち子は寂しがり屋だな』 少女の頭に父はそっとその手を伸ばし、撫でる。 穏やかで暖かな思いの籠ったその掌は、次の瞬間、灯りが消えるのと同時にまるで最初からそこには何もなかったかのように消え失せる。 いや、正確にはそこには『最初から何もなかった』のだ。 「……お父さん」 暗闇の中、少女は手探りで必死に手元のマッチに火を灯す。 再び部屋の中に生まれる灯り。 それはまだあどけなさを残す長髪の少女と、ほとんど何もない整理された土蔵の内部、そして既にこの世にいない男の姿を映し出す。 みち子がそれを見つけたのは、偶然であった。 土蔵の中に落ちていた一箱のマッチ。それに何気なしに火を付けた時、彼女は会ってしまったのだ。その明かりの中だけに現れる、亡き父と。 それ以来、彼女は塞ぎこむたびにその焔の明かりの下で父と僅かな時間を過ごすようになった。 いつも真面目で、他人の悪口を決して言わず、勤勉な父は彼女の誇りであった。 思春期特有の父への思いや、間違った事をした時にトコトン怒る彼の気性から毛嫌いしていた事もあった。喧嘩別れした直後に彼が事故死した時、彼女は心の底から後悔したものだ。 でも、その後悔は杞憂であった。 だって、この小さな明かりの中でのわずかな時間の間だけだけれど、父とは何度でも会えるのだから。 炎が再び消える。そして、再び土蔵に静寂が満ちる。 少女は再び、躊躇うことなく火を灯した。 大事な人と会うために。幸せな夢を見るために。 その焔が……自らの命をも燃やしている事に気づかぬまま。 ● 「マッチ売りの少女、という童話は知ってる?」 もし、その言葉を語るのがただの幼き少女であれば、それはほのぼのとした童話の話で終わったかもしれない。 しかし、残念ながら語り部は『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)、彼女が語る物語は必ず何らかの『超常』を伴う。 「一人の少女の悲しい童話。でも、このお話はただの物語ではなく、ある真実を示している。持ち主に望む幻影を見せる……炎のアーティファクトの存在を」 アーティファクト『白昼夢』。それが今回のターゲットの名前だと少女は告げる。 「その形状はマッチ箱。中に入っているマッチに火をつけると、所有者が望む幻を見せてくれるの。所有者の生命力と引き換えに」 カレイドシステムによって突き止められた現在の所有者は笹井みち子という少女。彼女は、最近亡くした自分の父の幻を『白昼夢』によって見ているらしい。 「彼女は既に『白昼夢』に魅入られてるみたい。たまに使うだけなら問題ないけれど、もし連続で『白昼夢』を使えば、命にかかわる事態になるよ。一般人の少女なら、四本が限度」 だからこそ、このアーティファクトは早急に回収する必要がある。 だが、それは決して一筋縄ではいかない。 「アーティファクト『白昼夢』の願い、あるいは存在意義。それは所有者の心に安らぎを与える事。もし、彼女から『白昼夢』を盗んだり、奪おうとしたり、彼女の見ている幻を否定しようとする人が現れれば……『白昼夢』は躊躇なくその人へ襲い掛かってくる」 その際の『白昼夢』は人型の巨大な炎の分身(アバター)を作りだし、それに戦わせるのだという。 そのアバターを倒さぬ限り、『白昼夢』は少女の手から絶対に離れる事はない。 「それに加えて、アバターが出現した場合……『白昼夢』は所有者の精神的な安らぎを保つために、所有者の心に働き掛けて、強制的に『白昼夢』を連続で使わせるわ」 四本のマッチが燃え尽きるまで。 その僅かな時間が少女の命を左右する事になる。 「アバターは攻撃能力がそれなりに高い上、厄介な事に非常に耐久力が高いわ。鈍重だけど。普通に挑めば、まずみち子さんは助からない」 そう、普通に挑めば。 「でも、一つだけ、『白昼夢』の燃え尽きるまでにかかる時間を伸ばす方法がある。それは、彼女の見ている幻に不信感を抱かせる事。幻を否定させる事ができれば、彼女の命はそれだけ延びる。もちろん、『白昼夢』はその邪魔をするけれど」 『白昼夢』に完全に魅入られているみち子の瞳には、アバターの声と姿は父の声と姿に映ってしまうのだとイヴは告げる。 「おまけに、アバターは貴方達を口汚く罵るみたい。父の幻影と戦う人達からの説得は難しいよ。情に訴えるだけじゃ厳しそう」 みち子に不信感を抱かせるための決定的な何かを突き付けなければ、彼女を救う事はまず、叶わないであろう。 「『白昼夢』は所有者の心の安らぎを大事にするけれど、命は大事にしないの。だから、みち子さんが死んでから回収するならとっても簡単。だけど……」 そんな未来を作らないために貴方達はいるんでしょう? と、『万華鏡』を覗き込んだ少女は問う。 それに対するリベリスタの答えは、一つだけであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月04日(火)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 旧き良家の屋敷という表現のよく似合う笹井家の敷地の一角、そこには一つの土蔵がある。 普段は一人の少女を除き誰も訪れないその土蔵。 だが、今日は珍しく8人もの男女が詰め掛けていた。 「『白昼夢』はここに保管されていたのだろうか」 ランプの明かりが丁寧に整理された土蔵の中を照らし出す。 十分な広さの土蔵の中心、そこにいくつも落ちていたマッチの燃えカスを照らしながら、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(ID:BNE001086)は呟く。 表に出さぬものの、その胸には不快感が渦を巻く。妄想を助長させるアーティファクト、『白昼夢』。その存在は害悪でしかない。 「何故ここにあったかは知らないけれど、酷い運命だよね。溺れる者に差し出された藁、その藁が燃えちゃってるのだからたまんないや」 天井近くにランプを設置していた『R.I.P』バーン・ウィンクル(ID:BNE003001)はその翼を動かして地面に舞い降りる。 「でも、藁にでもすがりたくなるものですよ。それが燃えてると気付いていないならなおさらです」 自らの過去をみち子に重ね、『鋼鉄の戦巫女』村上真琴(ID:BNE002654)は小さなフォローを入れる。それに頷くのは、『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(ID:BNE000004)である。 「だよなぁ。こういうのは一人じゃ立ち直るのキッツイよ。でも……」 「でも、彼女は一人じゃありませんから。立ち直る余地は十分にあります」 そう言う雪白桐(ID:BNE000185)の脳裏に浮かぶのは、みち子の母親の姿。 学友だと名乗り、みち子の事が心配だからという口実で母親に会いに行った夏栖斗と桐。そこにいたのは、娘を心配する一人の『親』であった。 (きっとみち子さんは立ち直れますね。あんなに心配してくれる人がいるんですから) 別れ際、どうか娘と仲良くしてやってくださいと告げる彼女の目尻には涙が光っていた。あの涙に応えるためにも……と、桐は表情を引き締める。 「主賓が到着したようだ。準備はいいか?」 透視能力を持つユーヌの言葉。その真意に気付き、リベリスタ達は己の武具を身に纏う。 結界を張るユーヌや、戦いで一手先んずるために己の肉体の枷を早めに外す桐。その後ろで『狡猾リコリス』霧島俊介(ID:BNE000082)もまた、集中を始める。 (あとはここで戦闘開始だな……ん?) そこまで考えて、俊介に一つの疑問が浮かぶ。土蔵の中には隠れるつもりのない見ず知らずの人が8人、さらに持ち込んだランプで灯りも十分。この状態でみち子は果たして、この中に入ってくるだろうか? 音を立てて、土蔵の入口の扉が開く。そこから覗いたのはまだあどけなさを残す長髪の少女の顔。 「ちーっす! あんたが笹井みち子嬢ちゃん?」 明るい声をかけてみる俊介。だが、そんな物でごまかされるはずもなく、少女は驚きに目を見開き叫ぶ。 「ど、泥棒さん!?」 土蔵から離れようとするみち子。それは当然の反応ともいえた。 ここで一度見逃すという選択肢が無かったわけではない。だが、泥棒に入られ、なおかつそれを見たという衝撃は彼女に『白昼夢』の連続使用を促しかねない。 咄嗟に『ザミエルの弾丸』坂本瀬恋(ID:BNE002749)は言葉をかける。 「よう、お嬢ちゃん。アタシ達は泥棒じゃない。アタシ達の目的は、マッチだ」 マッチという言葉に反応し、足を止めるみち子。 「そのマッチはね、お嬢ちゃんの命を削ってるんだよ。アタシらはそれを回収しにきた」 その間にリベリスタ達は土蔵から外へと出る。笹井邸の庭は決して狭くは無いが、家の中には彼女の母親がいる。 結界の効果で気付きにくくなるとはいえ、土蔵の中で戦うよりも気付かれる確率は遥かに高い。桐の背を冷や汗が伝う。 「このマッチが? 嘘でしょう」 『嘘だともみち子。こいつらの言葉に惑わされるな』 「あ、お父さん」 事前情報の通り、マッチを奪おうという意思に応えてみち子の傍らに人型の焔が突如現れる。その出現に安堵した表情を浮かべるみち子。 『私がみち子を守る。だから、心を落ち着けてマッチに火をつけなさい』 「う、うん」 茶番とも言うべきやり取り。アーティファクトに魅入られた少女は不自然さに気付く事も無く己の手の中にあるマッチに火を灯す。 「気にいらねぇな」 真っ先に動いたのは『BlackBlackFist』付喪モノマ(ID:BNE001658)だ。彼は躊躇なく、黒き手甲をアバターの燃え盛る体へと叩きこむ。 「幻影なんざ所詮幻影だ。生きてる奴の目を無理矢理逸らさせんな!」 短い戦いの火ぶたは切られた。 ● 『娘に触れるな、この糞餓鬼がっ!』 「くっそ、お構いなしかよ!」 アバターの指先から放たれた炎。それは彼に肉薄した3人のリベリスタだけでなくアバター自身、そしてE能力を持たぬ少女をも巻き込み、炸裂する。 自然と体が動いていた。みち子に覆いかぶさるようにして炎から庇う夏栖斗。 彼が炎への強い抵抗力を持っていたおかげでそれは大事には至らない。俊介の放った神気で炎の狙いが甘くなった上にユーヌの守護結界に守られ、他の二人もそのダメージを最低限に抑えきる。 「いやっ、助けてお父さん!」 夏栖斗がいなければ即死していたかもしれない少女。彼女は『白昼夢』の影響でその炎も見えていないのか、夏栖斗に襲いかかられたと勘違いして彼を突き飛ばそうとする。 心の安らぎを大事にするけれど命は大事にしない。その言葉の意味を再認識させられ、リベリスタ達は息を呑む。 「誰が娘だ、誰がお父さんだ。知ってるはずだ……お前の父親は死んだ。こいつはただの幻影だ!」 「このお父さんは幻だと分かってるんじゃないですか?」 モノマの強烈な拳の衝撃はアバターの体を装甲を貫いて内部から砕く。 桐の手の中で雷を帯びたマンボウを模した巨大な刃もまた、アバターの体に強烈な一撃を叩きつける。 だが、二人の言葉はみち子の心を貫けない。 『急に襲いかかってくるような非常識で糞身勝手な餓鬼の言葉を聞くな、みち子』 「そうだよ……お父さんを殴るな、この犯罪者!」 彼女は『白昼夢』を信じ切っている。手にしたマッチの火の勢いは強く、既に一本目は燃え尽きつつある。 「アタシはアンタの親父さんを直接は知らない。でも、人の悪口を言わない人だって聞いたよ」 何も知らぬ少女を目の前で焼き殺そうとした『白昼夢』、その仁義の道から外れた行為を見て瀬恋はアバターの脳天を打ちぬきたいという衝動に駆られる。だが、彼女は銃を構えない。紡ぐのは言葉。全ては突破口を開くため。 「今、アタシの仲間を罵ってるアレは、本当に親父さんなのかい?」 「……い、いきなり襲われて、相手を悪く言わない方がおかしいもん」 手応えはあった。 炎が一瞬だけ。本当に一瞬だけであったが、弱まったのだ。 「ちょっと、じっとしてもらえるかな」 もちろん、説得だけで彼女を救えるわけではない。 バーンが放つのは四色の魔光。短期決戦を目指して彼は自身の持ちうる最大級の攻撃を放つ。 「父親は虚像にすぎないんだ、気付いてくれ!」 彼だけではない。限られた時間の中でアバターを倒すために全員が全力で敵に畳みかけていく。本来は回復役である俊介でさえ。 説得役の瀬恋とみち子のカバーのために攻撃の機会を逃した夏栖斗を除いて。 「その炎は君の命なんだ。今、いつもと違う感じがしない?」 「寄らないで。あっちに行ってよ!」 太陽の光の元、二本目のマッチに火が灯る。攻撃できぬ今の状況に歯がゆさを感じるが、それを打破する方法は夏栖斗には無い。 「亡き父の思い出に浸りたいのは分かります。でも、それだけでは進めず、停滞するのみです」 その状況を一気に動かしたのは真琴であった。 両親を亡くした彼女はみち子の心の内を痛いほどに理解できる。出来るからこそ……彼女はその心を弄ぶ『白昼夢』に怒りを抱く。 「貴方の記憶の中にいるお父さんと今のお父さん、どちらが貴方のお父さんでしょうか?」 放たれたのは十字の白光。それはアバターの胸を貫き、彼女の感じた怒りの感情をそのままアバターに植え付ける。 『小娘が何をしやがるっ! てめぇみたいな醜い餓鬼なんて死んじまえっ!』 後衛陣が散開していたことも手伝い、アバターは炎を纏った拳で真琴に向かって一気に殴りかかる。 二連撃をまともに受けて燃え盛る真琴の体。されど、それだけの代償を支払う価値はあった。 みち子とアバターを引き離す事に成功したのだから。 「薄情な父親だな。暴漢に襲われて怖がってる娘を放置して女に殴りかかるだなんておかしいと思わないか?」 「……っ!?」 突き刺さるユーヌの言葉。信じがたいという表情を浮かべるみち子の手の中の灯りは確実に弱まっている。 「信じたくない気持ちはわかる。でもね」 状況は変わった。今まで戦いに加わっていなかった二人が、改めて武器を構える。 「現実と向き合う時間だよ、ジョーちゃん」 瀬恋のライフルから放たれた弾丸は、狙いを違えることなくアバターの脳天へと突き刺さった。 ● 「現実を見るんだ! 誰だって現実で必死に生きてるんだ!」 戦場に活力を溢れさせる叫びが響き渡る。俊介の響かせた福音は仲間だけでなく、みち子をも包み込む。 だが、彼女の消耗しているのは命の本質そのもの。体の傷は癒せても、その消耗は軽減されない。既にマッチは3本目に突入している。 だが、まだ絶望には早い。 「そうだよ、現実を見て。お姉ちゃんのお父さんは学校に行かなくても怒らないような人だったの?」 真琴の放った十字架にあわせ、バーンは最後の魔力を使って魔曲を放つ。 「それは……」 バーンの言葉への返答に詰まるみち子。 幻影の父への不信感、それはマッチの燃え尽きるまでの時間という形で十分に現れ始めていた。 『黙れ、黙れぇっ!』 怒りに支配され炎を放つアバター。その強烈な焔はユーヌの小さな体躯を焼き尽くす。 だが、ユーヌは再び立ち上がる。恐れも迷いもない。攻撃の手を縛るために相手を怒らせた時点でその程度の覚悟は出来ている。 「怒ってくれないとは薄情な父親だな。お前のことを、心の底ではどうでもいいと思ってるのかもな?」 不敵な笑みと共に印を組めば、庭の中へと雨が降り注ぐ。 無論、その程度でアバターの炎は消えないが……徐々にその炎は弱まりつつある。そこへモノマの黒き拳と瀬恋の弾丸が叩き込まれる。 「こんな上辺だけ優しいだけの父親に甘えてるお前の姿を見て、死んだ親父はそれを誇れんのかっ!」 「アレを父親と認めるのは、アンタの親父さんを汚す事にならないのかい?」 父の厳しさは愛情の裏返し……父の死後それに気付いたみち子は何度も涙を零し後悔したものであった。 なのに、忘れていた。父と思っていたあの存在に甘やかされて。 その事に気づかされて息を呑むみち子。 「なんでそんなこと言うの。私よりお父さんを知ってるわけでもないのに!」 でも、少女は反論する。自分の過ちを認めたくないから。 謝る事が出来たこの父が偽物だと信じたくなかったから。 父に自分の気持ちを伝えぬままに彼が死んでしまったという事実に耐えきれなかったから。 消える命の灯火。少女は最後のマッチを握る。 「貴方の知らない事も知っていますよ。お母さんから聞きましたから」 桐の言葉に、火をつけようとしたその指先が止まる。 「お父さんは、貴方の事を理解していました。例えみち子さんが怒っても、それを受け止めて、その上でキチンと怒って教えるのが親の務めだと彼は理解していたから」 限界を超えて酷使されたその体は既にボロボロ。それでも、語ってくれた時の母親の姿を思い返しながら、桐は言葉を紡ぐ。 「……」 「君の事をお父さんは既にちゃんとわかってる。それに君は一人じゃない。お母さん、すっごく心配してたぜ」 だから、こんな幻影に騙されないで。 夏栖斗の打撃と桐の斬撃が内と外からアバターの体を破壊する。 炎が、幻影が崩れていく。 剣戟や銃撃の音は途絶え、聞こえるのは戦いを終えたリベリスタ達の荒い息使いと、遠くから駆けてくる何かの足音だけ。その中で……。 ポトリ。 小さなマッチ箱が大地に零れ落ちる音が、確かに響いた。 ● 「危ないところだったな」 肩で息をするユ-ヌ。ユーヌだけではない、リベリスタ達は笹井邸近くの山中で息を整えていた。 その原因は、みち子の母親。彼女は戦いを終えるのとほぼ同時に戦場に駆け付けてきたのだ。 リベリスタ達は間一髪で笹井邸裏口から脱出する羽目になり、現在に至る。 「でも、あれだな……母親っていいなぁ」 そう呟く俊介が思い返すのは3本の『白昼夢』の使用で顔面蒼白になっていた義娘に駆け寄る時の心配そうな母親の姿。 例え血の繋がりがなくても、絆があればそれだけで人は救われる……俊介自身、身をもって知っていた事を再認識して彼は微笑む。 「なんにせよ終わったな。さ、とっとと帰ってこいつとの第二ラウンドの準備をしないとな」 手にした『白昼夢』に好戦的な視線を向けるモノマ。そこに声がかかる。 「あ、ゴメン。少しだけ待ってくれない?」 西の空が赤く染まる中、少年は手の中の灯火をかざす。 その中から現れたのは、一人の女性。彼よりも幾分も年上な……けれどどこか少年と同じような愛嬌を感じさせる女性の幻が浮かぶ。 「母さん、久しぶり。一つだけ伝えたいことがあったんだ」 夏栖斗の言葉に、女性は穏やかな笑みで応える。 「あの時、母さんが言ってた『自己満足じゃなくてそうしたいから助ける』って言葉、わかった気がする。僕はもう、大丈夫」 端的な報告。それに言葉を返そうと幻影が口を開くよりも早く、夏栖斗はマッチを地面へと落とし、踏みしめる。 (ケジメ、か) その行為は、いうなれば一つの儀式であった。 それは、既に彼がその悲しみを克服していたからこそ出来た、悲しい過去と決別するための儀式。 彼が求めたのは癒しではなく、次へ進む勇気。だから、これだけで十分だったのだ。 (アタシにはできるのかな?) 瀬恋は自覚していた。義理とはいえ母のいるみち子に羨望を抱いていた事に。 もしも彼のように死んだ両親を呼び出したとして、自分は彼のように力強く一歩を踏み出せるだろうかと、思わず自問する。咄嗟には答えは出なかった。 (全てが終わってからなら……いいかもしれませんね) 真琴もまた、夏栖斗を羨ましげに見る。彼女にはまだ、両親のためにも成さねばならぬことがある。 今はまだ、夢を見るには早過ぎる。 「さぁ、改めて帰ろうか!」 静まり返った山中に響き渡ったのは、五十年近く夢を見てきた少年の声。 失われた物達はもう、戻らない。故に彼はただ一言告げるのであった。 「Rest In Peace……ってね」 戦いを終えた若人達と、亡き者達がどうか安らかに安息の時を過ごせるように、そう願いを込めて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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