●仮面舞踏会 元来、その少女は猫を被るのが上手だった。 「素敵な演奏会、ご招待ありがとうございますわ♪」 誰も少女の本当の表情に気が付かない。 「この近辺で連続殺人事件が? まぁ、そんなことが……心中お察しいたします」 友人も、親も……もしかしたら、少女自身気が付いていないのかもしれない。 『――なんて言うと思ってるの? バカじゃない?』 その内面に潜んだ、残虐性に。 少女の被った仮面は、自身さえも騙すほどに完璧だった。そしてその完璧さ故に、少女の内面は歪んでいった。 抑圧された感情。黙殺された言葉。弾圧された行動。 「そんな、くだらなくなんてありませんわ。皆様の心を癒すための演奏会。素晴らしいじゃないですか」 『あぁ、本当に……くだらない』 笑顔の奥に潜む狂気に誰も気が付かない。 『そう。誰も気が付かない』 「もし宜しければ……その事件のこと、詳しくお教え願えますか?」 気づこうとさえ、しない。 「話せば楽になることというのもありますでしょう? 大丈夫、夜という時間はまだまだたくさんありますわ。だから――ゆっくりと踊り明かしながら、少しずつ、お話くださいな」 ・ ・ ・ 「あ、れ……? 私、何故このような場所に立っているのでしょう?」 少女の記憶は断絶している。 先ほどまで煌びやかな会場でこのパーティーの主催者と踊っていたはずなのに―― 今は、薄暗い部屋の中。 「ここは、どこでしょう……? それになんだか肌寒いですわ」 体を一度、ぶるりと震わせて自らの腕で体を抱こうとして右手に何かを握っていることに気が付く。 そしてそこからぽたりぽたりと雫が垂れる感触。 体温を失った体に、さらに冷たい外気が内へ内へと侵入してくる。 『これが本当の私』 いや、染み込んでいくのは外気ではない。これは―― 「血……?」 『そうだ、血だ。私が望み願い恋焦がれた衝動だ』 ふと下を見れば人が倒れ伏していて。 その床には血だまりがあり。 私の手には包丁がある。 瀟洒なドレスは血飛沫に侵され。 この顔には、何故か笑顔が張り付いている。 ――あぁ。これは一体どういう状況だろう。 倒れ伏したソレが、もぞりと動く。 暗く澱んでいく瞳が、ゆっくりと私を見上げる。 その瞳が語る。 私を演奏会へと招待したソレの瞳が語る。 ――『何故』、と。 その瞳を見て、私は遅まきながらにようやく理解する。 目の前で人が死に逝こうとしていることを理解する。 手から力が抜け、包丁が私の手から離れてかちゃんと音を鳴らす。 ゆっくりと両手が動き、顔を覆う。 独特の粘性を持つ液体がこびりついて気持ち悪い。 あぁ、だというのに。 ――だというのに、何故私の顔には笑顔が張り付いたままなのでしょう。 「いやーーーーーっ!?」 『あは、あはは……あはははは………!!』 月が笑う。 蒼褪めた光が私を照らし続けている。 ●どちらが仮面か 隔離性同一性障害。 「多重人格者っていう言葉に、聞き覚えはある?」 『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)の言はそんな台詞から始まった。 「今回のノーフェイスは、そんな一人の少女」 その少女は良家の屋敷で育てられ、猫を被るのが上手だったという。 常に笑顔を絶やさずに、両親の言うことをよく聞き、習い事をそつなくこなす心優しいお嬢様。 社交界でも常に周囲に人を集めるような、そんな少女。 「でも、だからこそかしらね。彼女は人の汚い部分もかなり見てきたみたい」 お金や名誉の絡んだ形だけの友好、交際の申し込み。相手を貶める為の情報収集に情報操作。乾いた笑い声が響くホール。 「そんな権謀術数渦巻く中で、箱入りで居続けることはできなかったんでしょうね。でも、両親は彼女に箱入りであることを強要し続けた。……その結果、彼女は無意識の内に本心を押し込めて、猫を被るようになった。……いえ、正確には箱入り娘へとなった。嫌な感情を全て心の奥へと押し込めて」 それが意識的にせよ無意識的にせよ、彼女はそれを拒んだ。故に少女は知らない。自身の奥に、もう一つの自分がいることを。 「……今日、この時までは、知らなかった」 できればそのまま知らないほうが――知らないまま死んでいったほうが――幸せだったのだろうが、それは既に叶わぬ夢。 「今回ノーフェイスとして覚醒したのは、その歪んでしまったもう一つの彼女の心。抑圧されていた感情が一気に力をつけて……少女と明確に隔てられていたその人格は。彼女の持つ二つの仮面の境界が揺らいでしまっているみたい」 顔無しと、二つの仮面を持つ少女。 この奇妙な巡り合わせが、少女の全てを狂わせる。 「今の彼女は全ての言動がちぐはぐよ。本気で泣きながら本気で笑い、目の前の現実を否定しようとしてあざ笑い、血を渇望しながら目を背ける」 ノーフェイスとなった人格は主導権を全て握りつつも、主人格へと情報を共有させる。 錯乱する主人格を弄ぶ。 見れて、聞こえて、喋れる。痛覚だって肉を切る感触だって伝わる。なのに肝心の自らの体だけは誰かに動かされる。――それは想像を絶する、拷問ともいえる苦痛。 「裏人格を形成する本質は、破壊と血への衝動」 形式ばかりの社交界。手を汚さずに相手を貶める者達。そういったことに対する、少女の鬱屈した感情。 「いっそ、全て……自ら自身も壊れてしまえばいいのに。それが彼女の望んだ、彼女自身も知らない願望」 その為の裏人格。 「……主人格の彼女は、現状自分が置かれている立場さえ理解してはいないわ。そして弱い彼女の心はまもなく発狂するでしょう。貴方達に与えられた選択肢は、二つ」 イヴがぴんと二本の指を立て、 「一つは彼女にこのまま何も知らせずに、何もわからないままに殺してあげること」 それを一本、一本と丁寧に折っていく。 「二つ目は、ノーフェイスとは何か。彼女の身に何が起こっているのかを説明して――理解させてから、殺してあげること」 どちらにせよ、彼女がノーフェイスであることに変わりはなく。 「この付近では現在、連続殺人が起こっている。放っておけば、彼女はその犯人に殺されたことになるでしょう」 ――ノーフェイスは須らく、滅さなければならない。 「どちらを選択するのかは貴方達次第。――さぁ、行ってらっしゃい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月08日(土)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●その手を取りたくて 『はい、確認いたしました。では……夜が明けるまでの、一時の夢を』 気品を感じさせる声と、洗練された動作に見送られ、『ニ心一体』蒼月・空(BNE002938)が会場に入場する。 そのチャイナドレスに刺繍された鮮やかな月下美人の華が揺れるのを横目に確認しつつ、フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)はゆるりとダンスを続ける。 胸元のやや開けた扇情的なドレスを着こなし、こちらを伺う見ず知らずのダンスパートナーににこりと微笑みかければ、向こうも紳士的に対応してくれる。 ――八人という大人数での入場で迂闊に目立たないため。また、関係性のなさそうな組み合わせで不審がられないように、と単独または二人組みで入場するリベリスタ達。 あまり時間はないが、焦って「そういう目」で見られるのは好ましくない。ただでさえ、例の事件とやらで警備の者は目を光らせているのだから。 「何人か一般人に紛れている……か」 グラスに注がれたジュースに口をつけながら、そのアタリをつけるのは『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)。 ある者はダンスをしながら。またある者は談笑しながら、食事をしながら。淀まないソツのなさが、明らかに一般人の動きと一線を画した者が数名。 彼らの任務はここの参加者の安全の確保、だろうか。 アイリがそう推理する傍らで、最後の一組であるリベリスタが入場する。 「……とと、大丈夫?」 入り口のわずかな段差に躓きかける『定めず黙さず』有馬・守羅(BNE002974)と、その手をそっと支える『アブない刑事』鳶屋・晶(BNE002990)だ。 「あ、ありがとう……ございます」 赤い、背中の開いた夜会服を見繕ったはいいものの、慣れない衣服に若干戸惑い気味の守羅に、晶が微笑む。 「なんの。こうでこそ、エスコートを買ってでた甲斐があるというものよ」 タキシードに紅い薔薇のブローチを胸に刺した出で立ちの晶だが、その中にもわずかに匂いたつ香水の香りが女性としての魅力を惹き出している。 「慣れない服で疲れたでしょう。少し隅で休憩を――」 とりましょうか、という晶の言葉を、がしゃんというグラスが割れる音が遮る。 「あぁ、申し訳ありません。月が……あまりにも近くて、ついつい魅入ってしまいました」 制服と赤い絨毯の上に滴る紅い液体。 「こんな夜は……何かが出てきそうで、ぞくりとしてしまいますね」 自らの制服に広がる染みも厭わずにうすく微笑む番町・J・ゑる夢(BNE001923)。そしてそんな彼女に二つの人影が駆け寄る。 「大変。早くしないと染みが消えなくなっちゃう」 「たしか、向こうに化粧室があったはずです。ここの後片付けは係りの人に任せて、そちらへ向かいましょう」 『オオカミおばあちゃん』砦ヶ崎・玖子(BNE000957)と『不屈』神谷・要(BNE002861)の二人だ。 玖子がハンカチでゑる夢の濡れた箇所を押さえながら移動を開始し、要が係りを呼び止めて後処理をお願いする。 そしてさり気なく視線を巡らせて、リベリスタ達に合図を送る。 ――それじゃあ、行動を開始しましょう……と。 微かに震える雰囲気に誰にも気づかれないように頷いて、要もゑる夢と玖子の後を追う。 人々の視線がこちらに集中している間に他の仲間も別の出入り口から抜け出しているだろう。 ――さぁ、行動を開始しよう。どう取り繕おうと迎える結末は変わらないだろうけれど。けれど、私達にできる最善で、『彼女』を救う為に。 ●その手は優しく包む 周囲に人影がないことを確認しつつ、晶がドアにぴたりと張り付く。耳をつければ、かすかに室内から慟哭と、嘲笑の声が聞こえる。 それは一つのスピーカーから同時に二つの音を流しているかのような、そんな違和感。そして晶は本能的に直感する。 彼女が狂うまで、もうあまり猶予がない。 周囲の仲間に目配せをし、なるべく音を立てないようにドアを開く。 「――っ!?」 入り口から射し込む光に反応して、部屋の奥に見える影がびくりと震え、息を飲む音が聞こえる。 玖子がドア横のスイッチで電気をつけ、素早くリベリスタ達が室内へと進入する。 「ち、ちが……これは違うのですっ!」 彼女が叫ぶよりも早く、晶がドアを閉め音が外へ漏れるのを防ぐ。 「これは、何かの間違い……そう、私ではないのです……! 私にはそんな記憶はない! 先ほどまでこの方とダンスをして、そして……気がついたらここに立っていたのです!」 ――それは、数多くの事件を見てきたリベリスタ達をして、言葉を失ってしまうほど奇妙な光景だった。 倒れ伏した「ソレ」の傍らに立つ彼女。必死に弁解するその瞳は涙に濡れている。 そこまではいい。だが問題はそこから先だ。 『そう、これは何かの間違い』 その口元は三日月の形に歪み、 『もっと早くに壊れると思ったのに。ねぇ、なんで壊れないの? もっともっとぐちゅぐちゅにされたいの?』 包丁にこびり付く血を啜っているのだ。 「違う! 違うっ! 私じゃない私じゃない私じゃない私は殺してなんてない……!」 同じ声帯から発せられる、同じ声が会話する。首を振り否定し、その都度包丁を舐めて喉を潤して。 「大丈夫……貴女は殺してなんてない」 その光景から真っ先に我に返ったのは玖子だった。 感情を表現することが不得手な玖子が精一杯の笑顔を浮かべて彼女に近寄る。 「こ、来ないで! そうだ、貴女達なんでしょうっ!? 私をこんな罠に陥れて! 私を犯人に仕立てあげて! 私も殺すのですか? させません、私は生きて、無実を証明してみせます!」 『近づけばそこのソレのように刺すわ。ぐしゃぐしゃに、ぐちゃぐちゃに。私が壊れるまで刺し続けるわ』 二人の彼女が玖子を牽制する。 「大丈夫。まだ、間に合う」 それでも玖子は歩みを止めない。 「『あぁああぁああぁっ!!」』 叫んだのはどちらの彼女だろうか。近づく玖子に振りあげられた包丁が接近する――! 「あぁ……! 違う! あ、貴女が近寄るから! 私は当てる気なんてなかった! 私は悪くない……悪くなんてない……!」 とっさに急所を庇った玖子の手のひらから鮮血が噴きあがり、彼女の顔面は蒼白する。 『そう、悪いことは全て私に押しつけていた私は悪くない。悪いのは私である私』 「いいえ。貴女達は悪くない。だって私の傷はすぐに癒えるから」 ほら、と見せる玖子の手のひらが淡く光り、傷口を優しく包み込む。 「な、なんで……」 「これが、私達がここにいる理由。……私達は、ある種の神秘を使うことができる」 みるみるうちに塞がっていく傷口を見て、彼女が落ち着いていくのがわかる。 ――事前にオートキュアーを掛けておいてよかった。 その様子を見て、玖子は内心で胸をなで下ろす。 血と傷は、今の彼女にとっての恐怖の象徴その物なのだろう。 「大丈夫。私達の仲間が、彼を必ず助けるから」 その種を植え込んだソレを、これ以上彼女の側に置いておくことはできない。 彼女との距離を一息に詰めて抱きしめる玖子。そして後ろに控えていたゑる夢へと呼びかける。 「早く、その人を治してあげられる場所へ。お願い」 その呼びかけにゑる夢が頷き、ソレを抱きあげる。 「えぇ、大丈夫よ。――あなたの最後の罪は、私が負うから」 そう、呟いた声は誰にも聞こえないように。一瞬だけ彼女に向けられた視線の意味は、きっと本人にしかわからない。 「では、お任せしますね」 するりと後退して部屋からソレとゑる夢の姿が消える。 『あぁ、消えてしまう。私が私を壊す私の存在証明が。返せ。返せ――!』 玖子に抱きしめられた体が暴れる。前へ進もうと。腕を振り回して。玖子を傷つけて、自ら自身を傷つけて、周りの人間全てを巻き込むようにして。 「多重人格障害を持つ者は大抵自傷あるいは自己破壊傾向のある性格がほぼ現れるっていうけど……!」 それにノーフェイス化が加わって手が付けられなくなっている。 「まずは玖子さんの話を聞いてください! 貴女には――いえ、貴女達には、この世界の神秘を知る権利がある。『貴女』の怒りや理不尽といった感情も私達が受け止めましょう。だから、まずは……話を聞いてください……!」 フィオレットと要が彼女の腕を全身を使って押さえつける。 「大丈夫、大丈夫。ほら、怖くない怖くない」 全身からマイナスイオンを放出させながら、彼女の背中をぽんぽんと叩き落ち着かせる。 それからゆっくりと話しかける。 この世界の神秘のこと。 ――そして、彼女の境遇のことを。 ●間幕 ――仮面被りの怪人は疾走する。 抱いていたソレは既に怪人の手元から離れ、怪人の手にはバールのようなもの。それを振り向きざまに振り回し、怪人は再び疾走する。 赤い紅い絨毯がどこまでも続く通路。どこまで駆けても人の姿が見あたらない異質な空間。 おかしい、とは思わない。これはきっとそういうものなのだろう。 私が怪人であるのと同じくらい、当然のことなのだろう。 「っ!」 通路がついに終わる。袋小路に追い込まれたことを痛感する。 ならば、私のすることは一つ。 「一つだけ確認しましょう。――あなたが、黒幕ですか?」 ゆっくりと振り返り、対峙する影に尋ねる。 「そう。なら本物の殺人鬼さんは責任持って始末して、血染めのマスクを添えましょうねっ……!」 仮面を……そしてバールのようなものを、今一度鮮血に染めんと、私は仁王立ちになり構える。 ――この深い暗がりで……私は、私だけの怪人を演じましょう。お兄ちゃん。 ●離れ離れだった手 「うそ……うそです。私は何も知らない! こんな世界なんて知らない。ノーフェイスなんてもっと知らない。私はただの人です……!」 『あぁ、あぁ。私が全てを知ってしまった。何も知らずに壊れてしまえば楽だったのに。私になるのは私だけで十分だったのに。私が全てを知ってしまった』 玖子から告げられる事実に、彼女達は二様の反応を示す。 「……罪の在り処というのは、どこにあるのだろうな」 無知であるということ。無知である内に壊そうとすること。知識を授けるということ。殺すことでしか救えない無力な自分達。 「ただ、これだけは分かってほしい」 これが私達が彼女に手向けれる最大限の誠意。 「私達のしていることは、本当にそなたと向き合っての行動だと」 アイリの言葉に、空が続ける。 「酷な話かもしれませんが……時間もひどく限られていますが、でも多分、これは最初で最後のチャンスなのです」 同じ二重人格者として、彼女に伝えられる言葉を。 「貴女達がきちんと向き合える最後のチャンス。……心を一つにできる、ラストチャンス」 「……大抵の場合、「真実」なんて碌な物じゃないけど。その真実を突きつけたあたし達を、貴女は恨んでもいいの」 むしろ恨むべきだと。恨んで、恨んで……表と裏の彼女が一つの感情で繋がれるのなら。――たとえそれが負の感情なのだとしても、一つの「救い」になるのでは、と。 「…………」 そんなリベリスタ達の言葉をゆっくりと飲み込むように、彼女は俯き沈黙を保つ。 それは一瞬か、数十秒か。決して長くない沈黙の後に、彼女はふるふると首を振る。 「恨む……という感情が、私にはよくわからないのです」 ぽつり、ぽつりと。 『だってそれは全て私が請け負ってきたから』 彼女達の独白は迫りくる終幕を予感させて、リベリスタ達はただ耳を傾ける。 「ただ、私が本当にノーフェイスというものなのだとして、死ななくてはいけない存在なのだとして。……それでも私が思うことは、ただ一つです」 『ただ壊したかった。私を。ルールを。しきたりを。世界の確執を。世界そのものを』 「ただ生きていたい。ただただこの生をもっと謳歌したい。その為に貴女達が邪魔なのでしたら……」 『それが叶わないのなら。私が私を壊して私を守ることが叶わないのなら』 「この衝動に、この身の全てを委ねましょう」 『殺してください』 ――瞬間。彼女の腕を取り押さえていたフィオレットと要が。そして彼女を抱きしめていた玖子の体が吹き飛ばされる。 それを為したのは彼女の剛腕。先ほどよりもさらに増した、人ならざるモノの力。 「……私はただの人として。最後まで生きることを主張し続けましょう」 その瞳から涙を流しながら、彼女がゆっくりと目を閉じる。 『私は貴女達を恨むことはできないけれど。私を完全に受け入れることはできないけれど。私という存在を認識してくれた。ならば私は私の為に私の為すべきを為そう』 再び目を開いた時には涙は既に止まり、錯乱状態にあった時にあった隙は見あたらなくなっていた。 『私は眠らせた。私は私の内側(なか)で私を見る。……私の全ての痛みは、私のもの』 かかってきなさい、と。彼女が手招きする。 「……貴女がいたからこそ、もう一人の貴女は自分を保てたのでしょう。だからこそ、貴女にも救われるべき余地が無いとは言いません。だからこそ……私達の全力で、貴女を受け止めましょう」 要がその手にブロードソードを構える。 『ありがとう。私と、眠りについた私からも、感謝の意を』 では―― 『存分に壊し合おう』 ●その手は冷たく ……そこに横たわる彼女は、最後に何を想っただろうか。 「ごめんね。私達には、これくらいしかできなくて」 それを自分達が知ることはもうできないけれど。最後まで彼女は人間らしく感情を発露させて、そして生き絶えた。 多分、それで良かったのだろう。 彼女達は最後の最後に、彼女になれたのだから。 守羅が手にした携帯電話でゑる夢の番号をかける。 「――待って」 ゑる夢に指示されたようにワンコールで切ろうとした守羅に、晶が制止をかける。 「……コールの音が、近くからするわ」 ドアに一番近い位置にいる彼女が訝しげに顔をしかめ、ドアの向こう側を見据える。 「やれやれ。今夜は本当にイレギュラーが多いですね」 がちゃりと。ドアが開いて、ソレが現れる。 「彼女が覚醒するまでは予定通りだったというのに。まさかその勢いで刺されるとは夢にも思いませんでしたよ。……無論貴女方の乱入も、ね」 「あんた、は……!」 突然の闖入者に晶が反射的に銃を向けて、驚愕する。 「あぁ、先ほどはどうも。コレ、お返ししますね」 「ソレ」は先ほどまで、彼女の隣で倒れ伏していたはずの男だった。 ソレはどさりと、抱き上げていた怪人――ゑる夢を無造作に投げ捨てる。 「なんで……?」 「なんで? なんでと聞かれましたか? これはこれは異なことを。ついさっき、ご自身が仰ったばかりではないですか。『彼を早く治してあげて』と。残念ながら誰も治してはくれなかったので、仕方なく自力で癒してきましたが」 玖子の疑問に、ソレはひどく心外といった面もちで肩を竦めておどけてみせる。 「あぁ。満足そうな顔をして死んでしまってからに。これじゃあゾンビとして使役することもままなりそうにありません」 本当に、今日という一日が全て無駄に終わってしまいました。ソレは、何の罪悪感も抱かぬ表情でそう残念そうに呟く。 「そなたは、フィクサードか?」 自力で治してきた、という言葉。そして力無く倒れたゑる夢の姿からほぼ確信した、アイリの確認に近い質問。 「そう呼ばれることもありますね」 「ふぅん……ねぇ、もしかしてこのあたりの連続殺人って、もしかして」 フィオレットの問いには首肯が返ってくる。 「えぇ、お察しの通り。僕……というよりも、僕に関係した者の手によるものですね。……おっと、武器を納めていただけないでしょうか。僕はどちらかというと戦闘の類が不得手でね、一人ならともかく一対多では少々分が悪い。なのでちょっと手を回させてもらいました」 降参するように両手をあげたソレの手には、携帯電話が握られている。 「ご丁寧に貴女達は電気までつけていた。……ここは一般のパーティー参加者には立ち入りを禁止させている区画でね。人を呼ばせてもらいましたよ、不審者さん達?」 「……くっ」 いくら結界を張ってあるとはいえ、呼び込まれてしまうのではここに人が集まるのも時間の問題か。 「あぁ、その怪人さんは一緒に持っていってやってください。大丈夫、まだ息はありますよ」 倒れているゑる夢に一番近い距離にいた晶が、ソレから目を離すことなく素早くゑる夢を抱き上げる。 「お帰りはそちらの窓からどうぞ。……あぁ、そうそう。一つ確認をしておきたいのですが……貴女方の動きには何らかの組織だった動きが見受けられます。……その組織の名前を伺ってもよろしいですか」 「――アーク」 「覚えておきましょう。いずれまた、お会いできる日まで」 そしてリベリスタ達は窓を破って外へと脱出する。 後に残されたのは、倒れ伏した彼女とソレ。 ――奇しくも、始めとは逆の立ち位置となってしまった構図。 「……本当に、馬鹿な子だ。いや、それは僕もか。もう少し違う選択をしていれば、この子ももっと生き永らえただろうに」 ソレは、リベリスタ達が撤退する際に落としていった一輪の花を拾い、彼女に添える。 その花の合い言葉は「貴女の悲しみに寄り添う」。 ――蒼褪めた光は変わらずに二人と一輪の花に降り注ぎ、人が集まるまでの間、照らし続けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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