● 効果の高い薬は時に猛毒でもある。 いささか乱暴だが裏を返すと――猛毒が妙薬としての効果を発揮することも、ある。 毒。 だが、薬。 それ程までにジャック・ザ・リッパーという男の言霊は苛烈であり、凡夫が到達出来ぬ奇跡の御技有するのだ。 ● 「何が違ったんでしょうねぇ、あのアマちゃんのおっさんと」 蝮は生き残りお嬢様は革醒、今やアークと協力関係にある。彼らの行く末は勿論不明、だが生きている。 自分が望んだのはもっとささやかだった。 死病の弟に金に苦労させず思い残すことなく旅立たせてやりたい、ただそれだけ。 ――そのためにはまずは自分が生き残らねばならなかった。 「兄さんは望んでくれなかったんだ。僕の病気が治ることを」 その声は、リボルバーを胸に押しつけ天井を仰ぐ青年に非常に似ていた。 恐らくはしゃべり方を真似れば騙せる、故に――彼らは騙された。 背もたれは豪奢にがっちりとした磯崎の上半身。 肘掛けの左は花辺のヤクザ者にしては華奢で白い腕。 右は加納、星に見える傷痕が洒落ているからコレにした。 臀部を支える部分はふっくらと加納と東雲の腹を重ねた。 椅子の脚は磯崎以外の4人の顔だ。 無の感情を浮かべる高羽の部下、泥をかぶろうが護りたい存在、だった。 「どうして殺したんですか?」 「兄さんには僕だけがいればいいから」 この世の真理を述べるが如くの少年から目を逸らし、高羽は小さく零す。 ごめんなさい。 と。 「幸(サチ)」 今度ははっきりと声を出した。いつもの得体の知れない笑みで全てを覆い隠し。 大好きな兄に名を呼ばれ、齢15の少年は無邪気に肉椅子から立ち上がった。そして左中指の根元で鈍く輝く指輪を見せつけるように拳を握る。 アーティファクト『逆さタナトス』――それが指輪の名前だ。 死者を『E・アンデッド』として即座に再構築する効果を持つ。造られた『E・アンデッド』は『逆さタナトス』使用者の忠実なるシモベとなる。 命知らずの兵隊は勿論のこと――普通の人のように振舞い日常を繰り返してくれと願えばそんな素振りすらこなしてみせる。 「ふふ……兄さんだったら僕が死んでも『コレ』で生き返らせてくれたよね」 「いいえ」 力無く首を振る兄に、幸は意外そうに瞳を瞬かせた。 「え、自分が死ぬのが怖かったの?」 代償は使用者のフェイト。 革醒して間も無い少年は、まだフェイトの意味をよくは知らない。故に使い方がよくわからない。 「いいえ」 亡くし続けた男はそれも即座に否定した。 やっと見つけた弟は死病に取り憑かれ『使える部分』は臓器売買にと言われていた。阻止する為に、幼年から世話になった組を壊滅に追い込み取りもどしたのだ。 その際に仲間と慕う者も随分と殺した。 天秤はいつでも弟に傾いていた。 自分の命で弟の命が買えるなら安いモノと払うだろう。 けれど。 でも。 「ま、いいや。それよりさ、兄さん。僕お出かけがしたいな♪ ほらすぐ側にショッピングパークがあったでしょ? 今は人もそんないないかな??」 ジャックさんやりすぎちゃったよねー、怖い怖い。 そう膨れながら「それでも店員さんやある程度の客はいるよね?」と再び瞳を輝かせる弟に、高羽は力無く「多分」と同意する。 「そいつら、殺したい」 でも僕は優しいから、ちゃんと蘇らせてあげるんだ。 「えらいでしょ?」 ぽん。 得意げな少年の頭に手を置くと柔らかな声で兄は告げる。 「では、着替えないと……そんな格好では外を歩けませんよ?」 血だらけパジャマに「いけない」と頭を掻く弟の手を握り、高羽はそっと引く。 「幸、お前は綺麗でなくちゃいけないんですよ」 ――私のように、汚れてはいけませんよ。 ● 「無限増殖ね、このままだと」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)淡々と言い切った。 近い未来、ショッピングセンターの中の人間は殺され、アーティファクト『逆さタナトス』ですべて『E・アンデッド』に変えられてしまう。彼等は街に溢れだし何処まで同類を増やすのか……。 「使用者である幸のフェイトが尽きて倒れても、変えられた者は戻らない。だからショッピングセンターの中に入る前に倒して」 すぐに向かえばショッピングセンター前で迎え撃てる。 『逆さタナトス』によるフェイト切れを待つのは愚作中の愚作、それは戦いを放棄するに等しい。 「簡単な話じゃ、ないけどね」 イヴは僅かに眉をしかめ、敵戦力の説明に移る。 幸はフライエンジェ、そしてマグメイガスの力を奮う。彼は8人のリベリスタがかかってようやく互角、強い。 兄である高羽はジーニアス×クリミナルスタア。全力で弟を支援するだろう。 「……そう、思う」 得たビジョンから戦術を告げるに長けたカレイドの申し子は、ややゆらぎをにじませぽつりと付け加えた。 「あとは壁がいるよ、頑丈な」 高羽のかつての仲間を組み合わせて作ったシモベは頑健で、たえず幸を『かばう』。攻撃に転ずる場合は『ヘビースマッシュ』を使用してくるだろう。 「幸は高羽が倒されたら『逆さタナトス』を使って蘇らせるよ」 効果発動に時間はいらない、故に幸の攻撃が止まることは、ない。 「高羽の能力は恐らく元のまま……耐久力は増えるかもね」 そして幸の思うままに駒として使われる、そこには何の感情もありはしない。 「……そうなると多分、詰むね」 イヴは静かに息を吐いた。 「もちろん、あなた達が死んでも『逆さタナトス』を使うだろうね、使わない理由がないし。サイアク、勝てないと思ったら撤退するコト」 苦渋だろうがそれが最良の時もある。 恐らく。 無様な男は幕も引けず何も為せずに死ぬだろう。 さらには死してもなお屍として使役されるのだろう。 ……恐らく、は。 これは『一番大切であり護りたかった存在』に『次に大切だった者達』を殺された、愚かで憐れな男の物語。 主役を奪いシナリオを書き換えるのは、アークに集うリベリスタのみに赦される。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:一縷野望 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――面倒くさい。 零れるのは馴染みきった台詞。 涼やかなオッドアイを眇め『日常の中の非日常』杉原・友哉(BNE002761)は、いそいそと立ち去るアーク職員の背を見送った、それが少し前。 ジャック・ザ・リッパーの毒に煽られた欲望者どもがそこら中でお祭り騒ぎ、高々その1件に手厚いサポートをするのは不可能――拒否の理由は非常に妥当だ。 であれば、面倒だろうがひとりでこなすしかない。幸いなのは在宅看護で幸も同居していたことか。 「面倒くさい」 あの兄弟に想いを馳せるコトすら。 ● 『お茶の間に殺戮を』 衝撃的な事件をまことしやかに口ずさみながら、それでも街に繰り出す人はいる。愚かだと言うなかれ、日常を繰り返す事を放棄すれば精神など容易く砕け散る。 砕け散った先、新たなモノがつかめるコトもあるのだが。 幸のように。 高羽のように。 そして――ここに集いし彼らのように。 「ねぇ、坊や」 のんびりとした口調に顔をあげれば、どこか浮世離れした風情の翡翠と視線が絡む。親とはぐれた就学前らしき少年は、きょとんと瞳を瞬かせ「なに?」と返した。 結界を起動しつつ『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)は、少年の帽子についた特撮ヒーローのエンブレムを指さし続ける。 「そのヒーローの握手会があるそうですよぉ!」 MAPで指さすのは西ゲートをくぐった先の広場、ここから一番離れた所。 「えーホントにー?」 「ああ突発の『特別企画』だとさ」 疑いの芽を消すように『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)が合わせれば、少年はそちらに向けて駆け出した。 「高羽か」 なるべく広範囲にと『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)もまたロッテと重ならぬよう結界を張りつつ目を閉じる。 「以前の依頼では世話になったが、さて」 以前の邂逅で彼が『似ている』と評した磯崎はもういない。 ジャックを起点に広がる騒ぎを憂い『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)が俯けば、空色のポニーテールもしゅんとたれた。 「お兄さんはまだ、迷いがあるみたい」 そこが鍵だ、友哉が集めてくる情報でどこまで心を動かせるのか。 「その迷いはどこからくるのでしょうね」 『ミス・パーフェクト』立花・英美(BNE002207)を捉えて放さぬ一つの考えが、あった。 逆さタナトス。 「幸がすでに死んでいて、生き返った存在……という可能性は……」 「弟君の状況は確認するよ」 病が治ったのは革醒故との見解を示しつつ『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)は英美の疑念を払う用意はあると口にした。 「それ程迄に弟を愛していながら、蘇らせはしない、か。ふーむ……何故だろうかね?」 「それはきっと本当じゃないからだと思うの」 ヴォルテールからある意味遠い『情』を『夢見がちな』識恵・フォウ・フィオーレ(BNE002653)は短い言葉で解きほぐす。 孤独を救ってくれたテディベアにしがみつきゆるく首を振る識恵に、ゲルトは葉巻を消した。 「やつの思いはともかくとして、救えるなら救いたいな」 「誰を救いたい、ですか?」 素朴な疑問を唄うテノールは、7人だけになったモール駐車場の一角にくっきりとした音を為した。 「久しぶりだな、高羽」 「お久し振りですハルトマンさん。そちらは立花さん……だったかな?」 そこには年甲斐もなく手をつなぎ歩く兄弟が、いた。 弟は痩せこけていて病み上がりらしい、兄はそれが心配なのだろう――そう補えば別段不思議さもない、当たり前の兄弟。 「兄さん……あいつら、誰?」 「仕事上の知り合いですよ」 高羽が幸に身を寄せるように体をずらせば、後方からサイズがあわないコートを無理矢理着込んだ巨体が前に出る。マスクとサングラスに帽子で隠れているが、その顔には磯崎の名残があった。つまり、肉壁。 「ふーん、そーなんだ……」 ふわり。 幸の背に羽根が踊る、従順そうな容貌に幼くも残忍な笑みが浮かんだ。 「じゃ、最初にこいつらから殺すね」 「…………そうですか」 離れてしまった指先が寂しがるから、兄は懐から愛銃を招き寄せた。 ● 「あは♪」 痩せた少年が両腕を広げると、じゃれるように炎が絡みついた。 「いっけー!」 はしゃぎ嗤いで放つ炎は辺り一面を包み込む。 ――速い。 庇いに入る隙もない。 「きゃ」 「ッ」 既に追い込まれ膝を折る寸前のロッテと識恵に凍夜は息を呑んだ。 幸ひとりで8人と互角、そう言われただけある。早々に高羽の目を覚まさせなければ、勝ち目は無いだろう。 「高羽、良く見ろ」 胸にリボルバーを押し当てる男の瞳が薄く開く。言われた通りに視線は自らの炎が起こす陽炎で揺らめく弟に向いた――もちろん、一切の隙は作らずに。 肉壁の引きはがしを待つ凍夜は未だ前に出ぬままで、思いの丈をぶつける。 「それは本当にてめえが護りたかったもんかよ」 「はい」 淀みなく。 一切の淀みなく、高羽は返す。 「兄が弟を護るのは当たり前でしょう?」 静逸な声に一切の揶揄はない。だがそれは過去に妹を失いなおも生き延びた凍夜の心を、抉る。 奥歯が鳴った。 護らせてやりたい、自分が出来なかったからこそ余計、だが――これは世界から消さなくてはならないモノ。 「こいつこのままだと汚れ切って戻れなくなるぜ」 「汚れていませんよ」 小梢が護りのオーラを纏うのも気にかけず、高羽はふっと穏やかな笑みを浮かべる。それは嘘を笑いで塗りつぶす男が見せた真実の笑み。 「え……」 英美は愕然と口元を覆う。 「だって、幸は笑ってる」 「うん。笑顔がいいって、言ってくれたから」 「…………眠ればそのまま明日が来ないかもしれない――そんな恐怖の中でも、幸はいつだって笑ってくれました」 幸が産まれてからずっと、笑顔を望んだ。 その笑顔が欲しくて、幾度取り上げられても取り返した。 何故自分に拘ると問われそう答えたが、後で死に間際の弟に苦行を突きつけたのだと気づき、自分を責めた。 けれど。 「僕、笑うことしか出来ないから」 幸は笑う。 その名のままに幸せをくれる。 「大好きだよ、兄さん」 「私もですよ、幸」 永くはもたない天幸の消滅がなくなった。そう考えれば、これも悪くはないのだろう、きっと、多分、恐らくは。 「『今は』なにも変わりませんよ。幸は幸です……何人たりとも否定すること、赦しません」 凍夜の否定は心を頑なにしただけだった。 「うわ……」 瞬間。 膨れあがる殺意に小梢は肝を冷やした。本当に高羽に迷いはあるのだろうか? 「本当にそうか?」 眩い十字の光はかつての高羽の部下の成れの果てを灼いた。 雄叫びをあげる肉壁にほんの一瞬哀しげな表情を浮かべ、だがあの日のようにのんびりと高羽は言葉をかける。 「磯崎君、落ち着いて」 その言葉にはなんの力もないはずだ。だが、肉壁は怒りに捕らわれずに幸を護るべく立ちはだかる理性を残した。 「今のこの状況はお前が守りたかったものを守れているのか?」 だが砦は揺るがずに、そう投げかける。 「……さぁ、どうでしょう? それはこれからわかることじゃないでしょうか」 はやくも満身創痍の識恵は力を振り絞るように羽ばたき体内のマナを集積する。先程灼かれた腕がじくりと痛み自然眉根が寄った。 「人の命をおもちゃのように弄んで……わたし、そういうのキラァイ」 口元についた血を拭い捨て、ロッテは逆さタナトスを睨みつけた。 「別に兄さん以外に嫌われたっていいもん」 子供のように唇を尖らせる幸にロッテはますます頬を膨らませて、体内のマナを集めつつもターゲットの肉壁を睨む。 「こんなの間違っています」 瞬間だが高羽に浮かんだ哀しみの感情をを信じて、英美は弓を引き絞る。 「目を開きなさい高羽さん! 開いてよく見なさい!」 目にも止らぬ速さでつがえた矢は、幸と肉壁を目掛け奔った。 「磯崎……」 「僕をかばえ!」 高羽の声は幸の悲鳴じみた叫びが消した。 ――グシュッ。 鈍い音をたて言われた通りに矢を受ける肉壁を指し、英美は矢ではなく言葉を放ち続ける。 「貴方の愛した弟は……今のあの姿なのですか?」 ……貴方が大切にした部下の命を滅茶苦茶に壊し盾として使い捨てる、それが貴方の弟ですか? そこまで紡げば或いは届いたのかもしれない。 だが、 これだけの問いならば。 「はい。幸は私の弟ですよ」 答えは同じ。 男は静かに目を伏せると15年抱き続けた誇りを招き寄せる。 正気を失っては、ならない。 幸のそばに、いたい。 幸のそばに、いたい。 そばに、いたいから。 「ならば何故」 いやその問いは今しばらく後か。 未だ壁として立ちはだかる肉壁を横目にヴォルテールは進み出る。 目の前の男が正気か否か。 計算能力を恐るべき勢いで吊り上げながら、幸の中指にはまった逆さタナトスに目を向ける。 「動く亡骸にそんな真似をさせた所で、虚しいだけだろうに」 ――そうですね。 その答えは幸にすら聞こえぬように密やかに、届いたのはヴォルテールにだけ。 ● 血の匂いがこびりついた幸の部屋にて――。 サイドテーブル上の小さなノート手にとり開けば、窓からの景色の拙いデッサンや読んだ本の感想など……興味に色付いた友哉の瞳はすぐにまた枯れる。 それでも最終ページまで見れば日記のような一文を見つけた。 『いいな。お父さんとお母さんと一緒にお出かけ、僕には絶対無理』 『お母さんは僕を捨てた。お父さんは僕をお母さんの代わりにしようとした。あの時、怖かった』 『そんなお父さんを、兄さんは殺してくれた。』 『でもずっと一緒にいるって誓ったのに、ノロマな僕は浚われ、迷惑をかけた』 『でもやっぱり、兄さんは助けに来てくれた』 『僕が笑っていればいいって、そんな簡単なコトしか望まない兄さん。どうしてそんなに優しいの?』 『じゃあ、僕は笑うよ。どんな時も、最期まで』 「面倒くさい」 ぱたり。 ノートを閉じる。 あえて言えば1行目から喚起される『仲睦まじい親子への嫉妬』が今回の動機とわかるぐらいか? 他の情報が欲しいと、高羽の私室にて無造作に引き出しをひっくり返すが、出てくるのは公共料金の振り込み用紙程度。 思わず滑り出る口癖。 「面倒くさい」 億劫がる者が相手の行動パターンに思い至れるはずもなし、故になにも見つけられず見切りをつけざるを得なかった。 ● 「さぁ、かかって来い。相手をしてやる」 二の腕で肉壁の攻撃を受け止めながらゲルトは先程から炎をばら撒く弟へと目を向ける。 「兄の望みを考えた事はあるか? 兄の望みを聞いた事はあるか?」 「あるよ。笑っててって言われた」 ここまでは、正常。 「そのためにはまずはショッピングモールの人を殺さなきゃ、笑えない」 既にケタケタと笑っている、矛盾。 「兄さんには僕だけばいればいい。兄さんを知ってるあんたが、嫌い」 怒気を孕む子供の声に首を振り、ゲルトは奇跡的な速さで小梢をかばった。 「お前は自分のやりたいことを兄に押し付けているだけだ」 ――言いたいことはあるか? 兄に向いた澄んだアイスブルーの瞳には、 「本当に頑健ですね……ハルトマンさんを狙うべきだったでしょうか?」 はぐらかし。 更なる問いを被せようとしたら、友哉から着信ですと英美が目配せする。 『ん、まぁ面倒くさいけど手短に伝えるなー』 「……え、面倒くさい、ですか」 友哉の繰り言を思わず口にした英美は慌てて口を覆う。 伝達されたのは友哉がすぐに合流することと、先程得た兄弟の情報……絆が深いとはわかったが、それをどう説得に向ければいいのか。 一方。 「よっと……お兄さん、そろそろ目を覚ましちゃどうだい?」 ようやく引きはがした肉壁に剣を叩きつけ、小梢は伺うように眼鏡越しの瞳で眼鏡男を見据える。 「私は起きていますよ、お嬢さん」 ――これが夢ではないことぐらい気がついていますよ。 曖昧な笑みを被せ続きは消した。 ヴォルテールに寄せられて幸の前をあけてしまった……失策ですね、と少し苦く。 「あなたたちのお相手、わたしがしてやるのですぅ!!」 「ぐぉあぁぁ……」 ようやくロッテが絡みとった肉壁はももはやボロボロだった。つまり『逆さタナトス』を狙える布陣を敷けるまで、それだけの時間が経過した事を示してもいる。 幸が全体に高い威力の攻撃を放ち、高羽が上手く攻撃を散らすので皆均等に傷ついていた。 「こんなことに付き合ってくれるなんて、幸くんのおにいさんはとっても優しい人なの」 清浄の歌声で喉を振るわしながらギリギリの状態でパーティを支える識恵に、高羽は肩を竦める。 「逆さタナトス……本当に助けられるなら、自分なんて簡単に投げ出しちゃう人に見えるよ」 ――それが残されし者にどれだけ残酷か気にもかけず。 「でも、兄さんは使うのやだって言ったよ?」 次に放たんとす炎を絡めたままで、幸は狂気に紛れた疑問を思い出し傍らの兄を見た。 「……」 「その道具は偽りしか作らないから」 答えられぬなら代わりに。 「生前のまま動くあなたはただのお人形……優しいから、そんな事をしたくなかったんだと思うの」 「そうなの?」 振り返る弟になんと返せば良いのだろうか――惑った男が、刹那背後の殺意にゾッと全身の肌を泡立てる。 「私ならやれる……!」 「幸!」 庇えない。 ここに来て初めて高羽が焦りの色を浮かべた。 「父の弓は……パーフェクトです!」 プライドは裏切らない。 ツェ……ン! 「あ、ふぁっ?!」 千切られた中指と共に舞う『逆さタナトス』に、待機していた凍夜が素早く踏み切り奪取した。 「なあ、聞かせてくれよ死に損ない」 「幸を愚弄するな……ッ」 高羽の激高も涼しく流し、濁流のように『ア』のみを叫ぶ幸に凍夜はわざとゆっくり問い掛ける。 「自分は命を永らえて他人の命を奪うのは楽しいか?」 「……にい……さ…………」 手に絡んだ炎が弱るように揺らめいた。不安げな瞳はいつだって助けてくれる人を請うが――。 「ああ……」 その兄は陶然とため息をつくだけで。 ほんの刹那の小休止。 泣きじゃくる少年がアンデッドではない見抜いたヴォルテールは、高羽達に悟られぬよう力を使い、告げた。 ――ここが分岐点か。 目の前の男の焦りはどこか諦観も漂わせている。だからと、ヴォルテールは静かに口火を切る。 「幕引きだ、高羽君……君は最期に何を望むのかね?」 そう問われ。 男は、昏く、笑んだ。 ゆらり。 黒銀の銃口があがる。 膨れあがる漆黒の殺意が自分を向いていない事にヴォルテールは気づくが、遅い! 「あ、まだ死んでなかったんだ」 その殺意は辿り着いた友哉の脳をぶち抜いた。 例えば不意打ちをされぬ反射神経を持ち合わせていたとしても、当てればよい。『この手の戦い』の場数は高羽の方が上回っている、故に――落とされる。 「キミ曰わく『面倒くさい』それが私の人生です、でもね」 愛銃を弄び、高羽は醒めた声でこう続けた。 「――あなた達では、私達の物語の幕は、引けませんよ」 ● ――分岐点はいつだってあったのだ。 そもそもが『幸ひとり』で8人と互角。それに固い肉壁に、攻撃力の高いクリミナスタアの高羽。単純な計算だ、アーク側の『負け』。 初期段階で高羽を離反させる、叶わずとも最低限、高羽の攻撃をやめさせなければ勝機は、なかった。 「幸、泣かないで……大丈夫ですよ」 ではどうして、ここまでアーク側が『もった』のか。 それは高羽が自分の狙いを散らしたからに他ならない。 高威力の幸の炎で灼かれた後、倒れやすい者を――それこそ回復役の識恵を――高羽が落としていけば勝負はもっとはやく終っただろう。 「にい……さん…………」 涙目で見上げてくる弟に、高羽は優しく微笑みかけた。 「そいつも倒して、幸の宝物を取り戻してあげるから……泣かないで」 「本当?」 「ええ」 この散漫な行動は高羽が『待った』ことを意味する。 何人かが紡いだ『言葉』に心を揺らしたから、彼は『待った』のだ――自分ではもうどうしようもない、ぐちゃぐちゃの意志を折ってくれる『言葉』を。 だが。 もたらされなかった。 「だから、幸――灼きなさい」 「うん!」 くるり。 広げた腕から溢れた紅蓮は、炎と血か。持ちこたえていただけのリベリスタ達が次々と倒れ伏す。 斯くして選択は為された。 「てめえが命懸けで、手を汚して来たのッ……は何の為だ!!」 腕を踏みしめ無理矢理『逆さタナトス』を奪う高羽に、凍夜は気概だけで吼え問うた。 「幸の笑顔です」 弟の中指を大切そうに懐にしまう背後で、幸の炎はゲルトを襲い一旦はその膝を折らせた。 「俺は砦だ。まだ陥落する訳にはいかんのでな」 「本当に頑強だ……賞賛に値します。そう」 俯き苦しげに漏らす。 「本当に貴方は、磯崎君のようです…………」 だが次に顔をあげた時には、全てを覆い隠す笑みにすり替わっていた。 「これがどういうことか……わかりますよね?」 ちらり見せるは『逆さタナトス』――その意味を悟ったのはヴォルテールだった。 ――もちろん、あなた達が死んでも『逆さタナトス』を使うだろうね。 蘇るはイヴの言葉、撤退せねば強力なEアンデッドが増えるだろう。 「高羽君、君は……」 やはりまだ幕引きを願っているのか? 「幸、一度戻りましょうか、中指を手当てしないと。それに2人とも血だらけですしね」 「だめなの? 兄さん」 兄に手を引かれ瞳を瞬かされる少年に、兄はしれと答えた。 「警戒されてしまいますよ?」 仲睦まじく一旦家路につく兄弟に英美は力無い瞳を向ける。 「高羽さん、貴方の望みは……」 望みは決して自分を縛る物じゃないのに――それはもう、届かない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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