●One law for the rich and another for the poor. (金持ちと貧乏人では法律も別) ――アメリカのことわざ ●マイザーズ・ドリーム ――ホントに気に食わねェ。見ているだけでイラついてくる。 あァ……どうして、『自分は絶対に安全だ』って思ってるヤツはこうもオレをイラつかせるんだ? 都心の中心街――日本で最も繁栄している街を歩きながら、オレは胸中でそう呟いた。 周囲を見ればどこもかしこも、仕立ての良い高級そうな服を着たビジネスマンの類だらけだ。そして十中八九、そいつらはバカみたいに金のかかった高くて豪華なビルに入っていくか、そっから出てくるかだ。 『自分は絶対に安全だ』――そう思ってる奴の中でも、金持ちってのは特にタチが悪ィ。自分自身は強くも無いくせに、自分の身の安全は保障されてると思っていやがる。 オレの目の前で学生風の少年が通り過ぎていく。手に持ったメモと周囲の風景を見比べながら、おっかなびっくり歩いているのを見るに、所謂おのぼりさんというヤツだろう。 その少年に成金趣味のビジネスマンがぶつかった。ちなみに、どちらが悪いかは一目瞭然だ。黒スーツの護衛と女を侍らせてよそ見しながら歩いていたのは成金趣味のビジネスマンで、メモを見ながらも周囲に気をつけて慎ましく歩いていたのが少年の方。 だが、責められていたのは少年の方だった。だが、あまりに理不尽な物言いに、少年の目が怒りに震える。 ――そうだ。そのままその成金野郎をぶちのめしてやれ。 そう、オレが心の中で言った時だった。多分、喧嘩をすれば少年に負けそうな成金趣味のビジネスマンは近くを随行していた護衛に少年を取り押さえるように指示する。 腕を掴まれた少年を見ながら、成金趣味のビジネスマンが勝ち誇った顔をした瞬間、オレの中で何かがキレた。 「テメェ……『自分は絶対に安全だ』ってカオしてやがるな」 その一言と共に割って入ったオレは、ポケットからとあるアーティファクトを取り出した。金色をした布地にルビーやサファイア、それにエメラルドといった宝石で作られた爪のパーツがカラフルな手袋。 それを手にはめて近付いたオレは、怪訝な顔を向けてきた成金趣味のビジネスマンの首を握り潰さんばかりに掴むと、首を締め上げるように持ち上げる。 コイツだけじゃねェ。オレの視界内を歩き回っている金持ちどもはみんな同じだ。 小金しか持ってねェクセして、自分は金持ちで、自分には力があって、そんでもって自分は絶対に安全だと思ってやがる――そう思うが早いか、オレは怒りに任せてアーティファクトを起動した。 まず異変はオレの手を通じて直接異能の力を流し込まれた成金趣味のビジネスマンに起きた。コイツの身体が一瞬、シャンパンゴールドに光ったかと思うと、次の瞬間にはその姿は消えている。 次いで異変が起こったのは、ただならぬ何かを感じてオレに掴みかかろうとしたSPどもだ。そいつらの身体もシャンパンゴールどに輝いたかと思うと、すぐにその姿が消える。 最後に、オレが気に入らねェ金持ちどもにも異変は起こった。そいつらの身体がオレの視界内で一斉に輝きだしたかと思えば、やはりすぐにその姿が消える。 ものの数秒のうちにほぼ無人と化した都心の一角。そこに残っているのは、オレと学生風の少年の二人だけだ。少年は突然起きた現象に驚いた後で、恐る恐る周囲を見回して再び驚愕し、絶句した。 オレたちの周囲――金持ち連中が立っていた所には金銀プラチナの貴金属でできたアクセサリーが転がっていたのだ。成金趣味のビジネスマンが立っていた所には見るからに悪趣味な金ネックレスが落ちていた。なるほど、オレの能力で変化した姿はまさにヤツにお似合いだ。 「ひ……ひぃっ!」 何が起きたのかをじょじょに理解し、驚愕が恐怖に変わったのか、学生風の少年は腰を抜かしたまま這いつくばるように後ずさりする。 だが、オレはそれよりも一瞬早く少年の肩かけカバンを掴むと、少々強引に引き寄せた。 「その目……自分は絶対に安全だとは思ってねェな。いつ、トンデモない目に遭うかもしれない……ってことへの恐れがちゃんとある目だ――気に入ったぜ」 そう言うと、オレは金持ちどもだった貴金属類を無造作に掴むと、少年のカバンに一つ残らず詰め込んでやる。 「とっとけ。本当の意味で力と金を持ってるヤツ――オレからすれば、この程度の出費なんざ何てことはねェんだよ」 オレはその言葉と共に、貴金属類でパンパンに膨らんだカバンを少年に手渡しながら、ふと思い出す。 そういや、ジャック・ザ・リッパーとかいうヤツ――アイツはたった今、貴金属に変えてやった金持ちどもよりも遥かに、『自分は絶対に安全だ』ってカオしてやがったな。 ちょうどいい。今からそのツラ、ブッ潰しに行ってやる……! そう決意したオレは、少年にカバンを手早く押し付けると、ヤツがいるという街へ向けて一歩を踏み出した。 ●エマージェンシー・コール 「リベリスタ各員、緊急事態です」 アーク本部のブリーフィングルーム。そこで『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はクールな声音で告げた。そう告げながら、既に手はコンソール上を走り、映像をモニターに再生している。 輪郭がぶれている所があるあたり、これはフォーチュナの見ている予知の光景のようだ。その映像の中では、体格の良い青年を中心にして、周囲の人間がことごとく貴金属類へと変えられていく光景が展開されていた。 「今から数時間後、無所属のフィクサード――財前巡(ざいぜん・めぐる)による大量破壊行為が行われる模様です」 やはり事務的な声で告げながら、和泉は次に何らかのルートが線として引かれたマップを画面に呼び出す。 「彼の予想進路です。予知の映像と併せ、アークは彼が高確率で破壊行為終了後にジャック・ザ・リッパーに対して攻撃行為を行うと予測しています」 そこまで説明すると、和泉はリベリスタたちに向き直った。 「戦闘力の面で言えば、財前は決して高いフィクサードではありません。ただし、少々特殊な能力を持っており、それが問題です――」 和泉は相変わらずのクールな顔と声で、再びコンソールを操作する。すると、ワイヤーフレームで描かれた人型と、その周囲に広がる円状のラインが映し出される。 「彼の能力は手にしたアーティファクトの効果を周囲に拡大する能力。そして、彼は金銀財宝の溢れるという異世界――『金化玉状の貴側(きんかぎょくじょうのきそく)ジェムマ』の影響を受けたアーティファクト――『守銭奴の夢』を所持しています」 クールな表情の中に、緊張を垣間見せながら、和泉は続けた。 「彼は独自の思想に従って破壊や殺戮を行う危険人物。彼を阻止しなければ、無関係な一般市民が犠牲となる危険性は高いと言えます」 和泉は再び鋼の姿をモニターに映すと、説明を続ける。 「アーティファクトの効果は触れた対象を貴金属に変化させるというもの。フェイトを得ているリベリスタの皆さんならば、一瞬で貴金属に変化させられることはありません。本来は接触しなければ効果を発揮しませんが、彼の能力により触れずとも周囲に効果が発揮される模様です」 和泉はモニターのスイッチを切ると、ヘッドセットマイクを外して卓上に置き、そしてリベリスタたちに頭を下げた。 「常軌を逸した危険人物が相手の危険なミッションです。ですが……このまま財前が市街地にて能力を使用すれば、何の罪も無い無辜の市民が犠牲になります。だから、どうかお願いします。彼を阻止するため、出動してください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●レッツ・エスケープ! 「ヒャッハー! ジャック様はサイコーだぜェェェッッ! イヤッァッハァァァッッ!」 左手に拡声器を持ち、右手一本でハンドルを保持しながら、『ハッピーエンド』 鴉魔・終(BNE002283)はスクーターのエンジンキーを捻った。終の持つ拡声器から突如として響いた奇声に、周囲の一般人たちが一斉に振り返り、一様に息を呑む。 今の終はこの作戦の為、『ジャックに心酔した金持ちのバカ』という人物を演じるべく派手な衣装と、同じく派手なウィッグを着けているせいもあり、その光景の異様さにより一層輪がかかっていた。 呆気に取られた通行人たちを眺めながら、終は唐突にアクセルを捻ってスクーターを急発進させる。突然の出来事を凝視する通行人たちの間を走り抜けながら、終はすれ違い様に通行人を次々と蹴飛ばしていった。そして、それだけには留まらず、車道から歩道に乗り上げ、あまつさえ石畳の敷かれた広場に乗り入れていく。 「オレは金持ち~♪ 絶対安全~♪ ルリルリルラルラルゥラララララ~♪」 狂喜がかった形相と声で調子外れの歌を歌いながらなおも暴走を続ける終。終はレイピアを構えると、常識の埒外に他ならない闖入者を前に硬直する通行人たちに向けて、さも楽しそうに言った。 「オレと鬼ごっこしない? ルールは簡単、オレから逃げ切る事。逃げ切れなかったら……」 その言葉と共に凶暴な笑みを浮かべ、終は手近にいた若い女性の背中にレイピアの刃を振り下ろした。 「こんな風に殺しちゃうね☆ 10数えるから頑張って逃げてね?」 終の宣言とともに、悲鳴を上げて倒れる若い女性。そして次の瞬間、狙いすましたように『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が声を上げる。 「きゃーっ! 危ないよっ逃げなきゃっ! ほら、ここにいたら危ないよーっ!」 それを聞いた通行人たちは一斉にはっとなって、倒れた女性の姿を凝視する。倒れた彼女の背中から血溜りが広がっていくのを目の当たりにした通行人たちは口々に悲鳴を上げ、ある者は泣き出しながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 やがて閑散とした広場にはスクーターに跨った終の姿があるだけとなった。だが、ほどなくして殆ど無人と化した広場に、体格の良い青年が一人歩み寄ってくる。 「テメェ……『自分は絶対に安全だ』ってカオしてやがるな」 よほど気に入らないのか、青年は物騒な表情と剣呑な瞳で終を睨みつける。 「巡っちを発見したよー☆」 おちゃらけたような調子で大声を出す終を怪訝そうな目で見る巡。だが、次の瞬間には敵意を感じて、怪訝そうな表情は臨戦態勢のそれに一変する。 「……チッ! ただのサイコ野郎じゃねえな……!」 舌打ちとともに巡はその場から飛び退く。それに遅れること一瞬、巡の立っていた場所に弾痕が穿たれる。巡が素早く銃弾の飛んできた方向に目をやると、そこに立っていたのは拳銃を構えた少女だった。 「年端もいかない嬢ちゃんが物騒なモン振りまわしてんじゃねぇよ」 終の時とは違い、どこか侮ったような物腰で言う巡。それを件の少女――『夜明けのシューティングスター』ミーシャ・レガート・ワイズマン(BNE002999)は毅然と突っぱねた。 「人は見かけには寄らないということです。民間軍事会社『マシンヴァルキリーズ』所属、ミーシャ・レガート・ワイズマン少尉、行きます!」 名乗りを上げたミーシャに続き、『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)も歩み出るとショルダーキーボードを構える。 「財前巡。このまま放っておくわけにはいかない」 ミーシャに並ぶようにアリステアも進み出て、巡に対して毅然と言い放つ。 「そうそう。危ないことなんてさせないよ!」 それに続いて『オブラートってなんですか?』紫野崎・結名(BNE002720)も現れると、油断なく構えながら、巡に向けて言い放った。 「やって良いことと悪いことの区別がつかないかわいそうな人は、ここで倒しちゃおー」 更には『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)も現れ、仲間の能力を向上する守護結界を展開する。 「今からここは僕達の陣地。怖くないなら……近寄ってきて?」 そして、レイピアで斬られた若い女性――『ひよこ饅頭』甲 木鶏(BNE002995)は自分の周囲の血だまり、もとい背中に仕込んだ血糊袋の中身を手で払いながら立ちあがると、演技の際に少しついたかすり傷を特殊な呼吸法により癒して言う。 「死んだかと思っちゃいました」 ●ユー・シンク・ユー・アー・セイフティ・ドント・ユー? 巡を取り囲むように立つリベリスタたちを見回しながら、巡は乾いた笑い声を上げた後、憤怒の形相で叫んだ。 「なぁるほど、オレはまんまとハメられたってわけか……ったく、どのツラも揃ってオレを心の底からイラつかせてくれやがるぜ! 大勢で囲んでフクロにすりゃあ、絶対勝てる――『自分等は絶対安全だ』ってカオしてやがる! いいぜ……そのツラ、片っぱしからブッ潰してやらぁ!」 叫ぶと同時に巡は金色の手袋をはめた右手の拳を握る。だが、巡が行動を起こすよりも、物陰から飛び出た『悪手』泰和・黒狼(BNE002746)が巡の背後に回り込み、首を掻き切るほうが早い。 「……『自分は絶対に安全だ』とでも思っていたか?」 首を掻き切られ倒れ込む巡。だが、なんと巡は倒れる直前で踏みとどまった。 「何言ってやがる? テメェ等じゃあるまいし、『自分は絶対に安全だ』なんて思ってるかよ?」 口元を笑みの形に歪めながら巡が顔を上げると、既に出血は止まっており、何のダメージも無いようだ。金色に変色した傷口と流血を目の当たりにして、黒狼は表情に出さずに内心で歯がみする。 「傷口と血液を貴金属化して止血……なるほど、不足の事態への心構えはできていたようだな」 渋い顔で呟く黒狼に向けて凶暴な笑みを浮かべると、巡は金色の手袋をはめた右手で黒狼を思い切り殴りつけた。体格の良い巡だけあって、そのパンチは強烈だ。さしもの黒狼も思わずよろける。 変化は次の瞬間に起きた。咄嗟に拳をガードした両腕を起点として、黒狼の首から下が軒並み貴金属に変化していく。瞬く間に身体の殆どが貴金属化し、黒狼は動きを封じられた。 動きを封じられた黒狼に更なる追い打ちをかけようとする巡。しかし、そうはさせまいとミーシャが銃撃の連射で割って入る。 「黒狼さん! 援護します!」 的確な銃撃だが、巡は些かも慌てることなく、再び口元を歪めると、事もあろうに貴金属化した黒狼を盾にして銃撃を防ぐ。 不幸中の幸いか、貴金属化したおかげで黒狼の身体は銃弾にも耐えた。無数の兆弾が飛び、付近にあった消火栓が撃ち抜かれて水飛沫を盛大に撒き散らす。 「言ったろ? 嬢ちゃんがそんな物騒なモン振りまわしてんじゃねぇよ!」 ミーシャが弾倉を交換する一瞬の隙に距離を詰めた巡は、彼女の細い首を右手で掴み、黒狼と同じく身体の殆どを貴金属化させて動きを封じる。 「汚い手で娘に触るんじゃない……!」 ミーシャが攻撃されたことに憤慨した達哉は巡に飛び掛かる。自らの能力――圧倒的な思念の奔流を物理的な圧力に変えて炸裂させる攻撃を至近距離から叩き込むつもりのようだ。 しかし、巡は向かってくる達哉ではなく、自分の右斜め後ろを見やると、またも口元を歪める。 「コイツぁいい」 一言呟き、右斜め後方に飛び退いた巡は、今も勢い良く水を噴き出している消火栓の前に右手をかざした。 「テメェの娘のナマクラ弾とは違って高級品だぜ。たっぷり味わいなぁ!」 巡の右手から発せられる異能の力を受けて、飛び散る水飛沫が一斉に貴金属化する。そして、それは飛び散る飛沫の速度そのままに、飛びかかってくる達哉に向けてカウンター気味に炸裂した。 元は飛沫である無数の貴金属片が身体中に突き刺さり、思わず膝をついた達哉に近寄ると、巡は達哉の肩に右手を乗せ、その身体を貴金属化させる。 達哉を貴金属化させると、次に巡はアリステアと結名に振り返った。 「嬢ちゃんたちは羽つきか――だから、こうするんだよ!」 そう言うが早いか、巡は足元の水溜りに右手を触れる。 「オレやテメェ等みたいに妙な力を持ったヤツは金になりにくいが……そうでないもんは違うからよぉ!」 すると、巡の右手で手袋がシャンパンゴールドに光り、それに呼応するように広場一帯を濡らしていた水もシャンパンゴールドに光った。 「うそ……。結名ちゃん、これって!?」 「アリステアさん、私たちの足が……!」 うろたえるアリステアと結名。彼女たちの足元を濡らしていた水が異能の力を受け、靴裏と接触していた水溜りが貴金属化したせいで、彼女たちの靴裏と石畳が癒着したのだ。 「これじゃあ飛べねぇよなぁ!」 飛翔を封じられた隙に、一足飛びで二人に接近した巡はまずアリステアに、次いで結名に触れ、彼女たちも貴金属化させていく。 「ちょっと……調子に乗り過ぎちゃってるよ!」 普段の陽気な物腰とは打って変わって、激情をあらわにした終がレイピアを突き出す。だが、その一撃さえも、自ら触れて貴金属化させた左腕を盾にした防御に受け流される。 切っ先を突き出した終に向けて踏み込んだ巡はクロスカウンターの要領で終の懐に入り、直接右手で触れて終を貴金属化させた。 更に巡は金色の手袋が持つ異能の力を、自らの異能で広範囲に拡大し、近くに立っていた木鶏の背中を濡らしていた血糊を貴金属化させ、彼女を縛る。 「血糊が……いけませんわ」 貴金属の硬度まで固まった血糊に動きを封じられた木鶏に近寄ると、巡は彼女にも直接触れて、やはり貴金属へと変えていく。 仲間を皆、貴金属にされてしまい、一人残ったアンデッタに巡は向き直った。 ●ゴールデン・ガール・イズ・ヘヴィガール 巡はアンデッタに聞かせるように、朗々と告げる。 「さっきオレが言った通りだろう! テメェ等は『自分が絶対に安全だ』ってカオしてやがるから、こうも簡単に一方的にやられちまうんだよ!」 圧倒的に不利な状況を痛感させる巡の言葉。だが、アンデッタの顔は平静そのものだった。 「君の口上って欠伸が出るほど退屈だね。僕、向こうで寝てるから、終わったら教えて?」 緊張感の欠片も感じられないその口調に、巡がこめかみをひくつかせる。 「んだと?」 だが、アンデッタはなおも緊張感に乏しい声で言いきった。 「君の技って全然怖くないね。……直接触ったほうが効果あるんでしょ? 試してみる?」 そこまで言われたせいか、巡は怒りの形相を通り越して、甲高い笑い声を上げる。 「オレはなあ……『自分が絶対に安全だ』ってカオしてるヤツがブッ殺したくなるほど嫌いだが……それ以上に、何の根拠も無いのに『自分が絶対に安全だ』って自信満々にしてるヤツはもっと嫌いなんだよ!」 そう叫び終えると、巡は一瞬の躊躇も容赦も無く、アンデッタに右手を突き出すが、対するアンデッタはなんと、自ら前に進み出たばかりか、手を差し伸べて巡の右手を自分から掴みにかかる。そして、それだけに留まらず、彼女は巡の右腕を抱きしめるように、身体全体で自ら彼の右手に触れに行った。 「恐怖でドタマどうかしやがったか……このアマ!」 しがみつくアンデッタに怒りをぶつける巡の眼下で、手元の彼女は即座に全身が貴金属化していく。 (まぁいい。これでコイツ等は一掃できたわけだしな) 怒りの後、巡は自らの勝利を確信する。だが、異変はその時起こった。 「……っぐぁぁっ!」 苦しげな呻き声と絶叫じみた悲鳴が混ざったような巡の声が広場に響く。彼は突如として右腕を襲った引きちぎれんばかりの激痛に、慌てて手元を見下ろす。 すると、すぐに痛みの正体は判明した。貴金属化されたアンデッタが超重量の重石となり、巡の腕に過重をかけていたのだ。 (クソッ……このままじゃ腕が砕けちまう……! すぐに能力を解除……って、そんなコトできねぇ!) すぐに貴金属化の能力を解除しようとして巡は気付いた。もし、今解除すれば、元に戻ったリベリスタたちが一斉に攻撃を仕掛けてくるのは間違いない。しかも、手の内が割れている分、先程のように返り討ちとはいかないだろう。 そうしている間にも、腕への加重は続く。小柄なアンデッタとはいえ、人一人分の大きさを持った金属塊なのだ。その重さたるや凄まじく、耐えかねた石畳が彼女の足元で砕け、その下の土に爪先が沈み込んでいく。 焦って巡が右手を振り払うも、しっかりと右腕を掴み、身体全体で組みついて貴金属化した彼女は微動だにしない。 (このアマ……ハナからこれが狙いで……ッ!) アンデッタの狙いに気付いた瞬間、巡は痛みに耐えかね、半ば本能的に能力を解除した。右手にかかる荷重が一瞬で消え、安堵の息を吐く巡。だが、次の瞬間には左右の頬にそれぞれ別の痛みが走った。 ●ウィ・シンク・ザット・ユー・シンク・ユアセルフ・イズ・セイフティ 「ぐぁっ!」 呻き声を上げ、巡は口から血を吐き出す。メタルフレーム化の影響で変化した黒狼の拳が左を、同じくミーシャの拳が右の頬に炸裂し、文字通りの鉄拳が破壊力を惜しげもなく発揮したのだ。 「運用する武装の弱点をつかれるなんて、戦術が甘いです」 「大方、全ての相手が貴金属化を怖れ、自ら近寄る者など誰一人としていないと思い込んでいたんだろう。まさに『自分は絶対に安全だ』と思っている奴の思考だな」 痛烈な言葉を浴びせるミーシャと黒狼。二人に続き、アリステアと結名も動いた。 まず結名が無数の気糸を放ち、展開した気糸によって巡の身体を絡め取る。更には気糸を保持したまま空中へと飛翔すると、結名は瞬く間に縛り上げられた巡を引っ張りながら飛び、彼を固い路面に引きずり回す。 「アリステアさん。今です、蜂の巣にしてください」 結名からの合図でアリステアも飛翔する。それと同時に結名は巡を広場の中央――最も遮蔽物の少ない場所へと引きずっていく。 抜群のタイミングで動かされた巡に向け、アリステアは空中から魔法の矢を乱射する。あたかも絨毯爆撃のようなその攻撃の破壊力は凄まじく、巡の身体が所々撃ち抜かれていく。 「もしかして……結名ちゃんって、はらぐろ?」 おそるおそる聞くアリステアに対し、結名は事も無げに応えた。 「はらぐろ? はらぐろってなんですか?」 だが、魔力の矢による攻撃で気糸も切れ、巡は縛めから解き放たれる。素早く立ちあがった巡は再び右拳に異能の力を込めるが、それよりも終がレイピアを突き出す方が早い。間一髪、自ら貴金属化させた左腕を盾に刃を受け止めた巡に、終はおちゃらけたような笑みを向け、言い放った。 「やるね☆」 その一言と共に、再び素早く刃を振るった終は次に巡の左大腿部を斬りつける。左腕を元に戻す間も与えずに迫る刃を、巡はまたも間一髪で足を貴金属化させて受け止める。 「やっぱし止められちゃったか☆ でも、これならどうかな☆」 おちゃらけた口調で発する言葉とともに終は残像を伴うほどの高速で斬撃を次々と繰り出す。右大腿部を狙った刃が襲えば、次の瞬間には右のすね、更には左のすね、そして胴体と次々に刃が炸裂する。 やはり貴金属化させた部分を戻す暇も与えずに迫りくる斬撃を、巡は必死に自分の身体部位を貴金属化させることで防いでいく。 (このままじゃ……オレが全身金ピカになっちまう……!) 気付けば右手と頭以外が貴金属化した自分に気付いた巡は、自分の頭部を狙ってくる刃に対応するべく、一瞬左腕の貴金属化を解除して反応する。 「ほらね☆」 だが、その瞬間を狙っていた終の刃が狙い過たず巡の左手を襲い、二の腕から手首にかけて深々と斬り裂く。血を流しながら巡が怯んだ隙を逃さず、今度は達哉が巡の髪を引っ掴んだ。 「言った筈だ。汚い手で娘に触るんじゃない――と!」 髪を掴んで巡を引き寄せると、達哉は思念の奔流を物理的な圧力に変えて至近距離から叩きつけた。頭部への凄まじい衝撃で意識が朦朧とする巡の前に、木鶏が立つ。 「……せいっ!」 気合いとともに繰り出される木鶏の正拳突き。朦朧とする意識の中で巡はそれに果敢に反応し、自分の右手を木鶏の拳と胴体の間に割り込ませ、何とかみぞおちへの直撃を避ける。 木鶏の拳に巡の右手が砕ける鈍い感触が伝わってくる。この防御で自分の胴体に触れ、貴金属化させた巡は、右手をどけると貴金属化した胸板を突き出した。どうやら、今度の攻撃はそれで受け止めるらしい。 しかし、貴金属化していたのは巡の胸板だけではなかった。彼の右手に触れたことで、木鶏の拳もまた貴金属化していたのだ。 「狙い通りです」 そう呟き、木鶏は再び気合いを込めると、渾身の正拳突きを繰り出す。貴金属化した彼女の拳は鉄槌のごとし威力で巡の胸板を打つ。そして、鐘をついたような音を響びかせながら巡は、遥か後方へと吹っ飛ばされて消火栓へと激突し、気絶した。 「破界器を、悪用する人、倒したよ――字余りっ!」 呼吸と構えを整え終えた木鶏は仕上げとばかりに句を詠んだのだった。 一方、吹っ飛ばされた際に巡の手から外れて転がった金色の手袋を見つけ、黒狼はそれに歩み寄った。そして、躊躇なくそれを踏み砕いて破壊すると、静かに呟く。 「……さて、これでようやく『安全』……か?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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