●芸術は血まみれだ 真っ白な壁に、赤一色で絵画が描かれていた。夕暮れの空気に赤色が映える。 モチーフは人のようだ。 描いているのは初老の男だ。髪は生えそろっていたが、色はすでに真っ白だった。 彼の名は、地野海衝吾といった。 「ジャック・ザ・リッパー……彼の行動は、実に素晴らしい芸術でした」 白い壁に描き出している人物の名を男は思い出す。 絵画を描く場所として、3階建てのビルを選んだことに理由はない。単に、壁が白くて描きやすそうだったからだ。 そして、絵画の材料として通りがかった5人の親子を選んだことにも、深い理由はなかった。 彼は今まで人知れず絵を描いてきた。 人の血を絵の具に絵を描く芸術家として、裏社会では多少名が通っている。 「ですが、ジャック殿のあの放送は私に教えてくれた。素晴らしい芸術は一部の人間だけでなく、万人に知らせてこそ価値があるのだと……そうですよね?」 護衛の男たちがうなづくのを、満足げに彼は見た。 5人の親子連れのうち、4人まではすでに息絶えている。全身の血を抜かれたその死体は蒼白で、もう完全に冷たくなっている。 最後の1人に、真っ赤な絵筆を手にして彼は近づいていく。 中学生の少女だった。彼女の両親と、そしてまだ小学生だった弟と妹はもう動くことはない。 「どうやら、用意した分だけで絵の具は足りそうです。素晴らしい芸術の礎となることを、感謝してくださいね」 呪縛されて身動きできない少女は、涙を目に浮かべて弱々しく頭を振る。けれど、彼女の様子を気にする風もなく、衝吾は絵画の前に引きずっていく。 毛先が彼女の白い首に触れると、赤い絵筆は少女の血を一気に吸い上げ始める。 悲鳴をBGMに、芸術家は絵画の仕上げに入った。 ●ブリーフィング アークの一室に集まったリベリスタたちの前に、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が姿を現した。 「これが、今回起こる事件です」 モニターに映っているのは、完成した鮮血の絵画。 ジャック・ザ・リッパーが先日朝のニュースで起こした事件はまだ記憶に新しい。 彼に触発されて、フィクサードたちが事件を起こしているというのだ。 「フィクサードは地野海衝吾という人物です。今までは尻尾を出さないように慎重に行動していたようですが……今回は、保身を考えず、派手に事件を起こすつもりのようですね」 それだけジャックの放送は影響力があったということだ。 「地野海自身、優秀なマグメイガスです。ただ、彼の持つアーティファクトはそれ以上に厄介です」 それは『鮮血の絵筆』、と呼ばれている。 アーティファクトには2つの効果がある。1つは、近距離にいる他者の血を吸い上げ、『鮮血人形』と呼ばれる人形を作り上げること。 人形は強力な近接戦闘能力を持つ上、ダメージを与えると血を吸った元の人間もダメージを受ける。 もし人形が戦闘不能になれば、元が一般人なら死亡するだろうし、リベリスタでも戦闘不能はまぬがれない。 もう1つは、所有者の血流を制御して体力を大きく回復する効果だ。とは言え、2度も3度も使えるわけではないようだが。 「人形は、絵筆を破壊すれば消滅します。もちろん地野海も警戒しているでしょうが、使用時には攻撃する機会があるでしょう」 もちろん、簡単に壊れる代物でもない。ただ、攻撃する人数にもよるが、数回使わせれば壊しきれるだろうというのが予測だった。 「人形は最初5体現れます。残念ながら、一般人5人を事前に保護するのはまず不可能でしょう」 アークとしては、その5人の生存に関しては諦めてかまわないという結論のようだ。ただ、他の一般人が巻き込まれないよう、結界などで人払いはしておくべきだろう。 そのほか、3人のフィクサードが地野海に雇われている。 クロスイージス、スターサジタリー、プロアデプト。いずれも銃器で武装している。 彼らは地野海が生きている限りは士気が高い。しかし、もしも地野海が倒れたなら逃亡をはかるだろう。命をかけてまで仇を討つような義理は彼らにはない。 倒す順番によっては、逃がさないように工夫する必要があるだろう。 戦場は3階建てのビルだ。階段はビルの外にある。外装は綺麗だが立地が悪いため、テナントはほとんど入っておらず、ビルの利用者はもう帰宅後なので考えなくていい。 特に、戦闘の障害になるようなものは周囲にはないようだ。 クロスイージスは地野海のそばにおり、スターサジタリーは1階から2階に上がる階段の踊り場に立っている。プロアデプトは入り口付近で見張り役だ。 地野海はともかく他の3人は警戒しているので、奇襲は難しいだろう。 「フィクサードによる虐殺がいくつも発生しようとしています。どの事件も、放っておくわけには行きません。よろしくお願いします」 和泉の言葉に見送られて、リベリスタたちは出撃した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青葉桂都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月04日(火)23:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●人気のない小さなビル 地野海衝吾がいるはずのビルに、リベリスタたちは慎重に接近していた。 「なんとこれまた悪い奴! 一般人さんたちの無事も含めて必ず守ってみせるのデス!」 ピンクのアーマーを身につけた『超守る守護者』姫宮・心(BNE002595)が気合を入れる。 幼い少女ながら、正義を守ろうとする意思は人一倍だ。 そして、彼に対する感情は、集まったリベリスタたちの多くに共通していた。 「血で描いた絵だと? そんな胸クソ悪ぃもん完成させてたまるかよ!」 双眼鏡でビルを観察しながらツァイン・ウォーレス(BNE001520)が吐き捨てる。 建物の外にいる2人のフィクサードの姿ははっきりと見えていた。とはいえ、彼らは死角をなるべく作らないように立っている。 近づくにはやはり、建物の真裏から行くしかない。 (地野海の芸術がどれ程のものか知らないけど……人の命を使うのは許せないよ……) ゴシック&ロリータに身を包み、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が心の中で呟く。 「行ってくるよ……」 メンバーの中でもっとも幼い少女だが、リベリスタの実力は年齢では計れない。 少女の気配が仲間たちにさえ感じ取れなくなったかと思うと、彼女は音を立てないように建物の背後に回りこむため移動し始めた。 「今までコソコソしていたというのなら、堂々と表に出ればどうなるか、わかっていたのでしょう? つまらない煽りに乗ったこと、後悔させてあげるわよ」 冷めた表情で『プラグマティック』本条沙由理(BNE000078)が言った。 「ジャック・ザ・リッパーの行いは芸術ではない、ただの殺戮だ。どのような理由が有れ、他者の命を奪う理由には匹敵しないのだよ」 『アンサング・ヒーロー』七星卯月(BNE002313)はいつものようにヘルメットで顔を隠していた。 その下で彼がどのような表情をしているかわからないが、フィクサードを快く思っていないことだけは間違いない。 「ルカは嫌いじゃないけどね、血のゲイジュツ」 ただ1人、地野海に不快を表していないのは『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)だ。 それをあえて言葉にするのは、空気が読めない……というより、読まないマイペースな彼女ならではの行動だった。 もっともルカルカにしても、彼を肯定するために来たわけではない。 「でもね、影響されてじゃないと自分を解き放てないなんてカッコ悪い。ルカカッコ悪いの嫌いなの」 そう切り捨てて、羊の少女は肉食系の笑みを浮かべる。 「あたしも芸術の表現方法に理解はある方だよぅ、色んな国の色んな芸術を見てきたからねぃ。けれどこれは……あまりにも下劣で残酷で不快」 オレンジの髪を三つ編みにした女性が、タレ目がちな瞳を寄せた。 「こんな創作活動、さっさと止めてもらわないと……ねぃ!」 拳を握って『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)が言う。 透視でビルを観察すると、1階の壁の前で絵筆を握る男の姿が見えた。窓からさす日が、男のそばで捕縛された一般人たちを照らしている。 おそらくは、近づけば入り口のガラス戸から彼の姿を見ることもできるだろう。 ルカルカの張った結界のおかげで捕縛されている以外の一般人は周囲に存在しない。 「……状況は困難、ですが負ける訳にはいきません」 褐色の肌のネコミミ少女、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が眼鏡のつるを押す。 アンジェリカがビルの屋上に上がり、無表情に手を振ってくる。 それを確認して、リベリスタたちは行動を開始した。 ●ビルの外のフィクサードたち リベリスタたちは2手に分かれる。 声を出させずに外にいる敵を無力化すれば、地野海との戦いが楽になると考えてのことだ。 レイチェルが狙うのは、外にある階段に立つスターサジタリー。 沙由理や卯月と共に、敵の狙撃手を狙える位置へと移動する。 敵の頭上にいるアンジェリカが、壁を駆け下りる。攻撃行動に移った時点で敵はその存在に気づいたようだった。 少女が気糸を放つ。 階段を飛び降りて回避しようとしていたが、糸は敵を逃さない。敵を縛り上げ、麻痺させる。 「気をつけろ、敵が来たぞ!」 とはいえ、縛り上げて麻痺させても言葉まで封じられるわけではない。彼は動けないまま、仲間に敵の存在を知らせていた。 「仕方ありません、せめて合流する前に倒しましょう」 少し困ったように眉を寄せた後、言葉と共にレイチェルは閃光を放つ。 うめき声を上げる敵。 動きを鈍らせたところに、次の瞬間卯月と沙由理の気糸が確実に命中していた。 4人がスターサジタリーと戦っている間に、残る4人はビルの入り口へと移動している。 心は重たい装備で身を守りつつ、一歩遅れて仲間を追う。 ルカルカが瞬く間に距離を詰めたかと思うと、瞬きもできないほどの動きで連撃を繰り出す。 バールのようなものが澱みなく高速で動いて敵を打つ。 それに追いついたアナスタシアがブーツを一閃し、カマイタチが敵を切り裂いた。 捕縛されたスターサジタリーの男が上げた声が、こちらにも届いた。 高速の攻撃で動きを止められていた敵を、1階の奥から放たれた光が癒す。 さらに地野海の絵筆が怪しく動き、5体の人形を作り出した。 倒れていた一般人たちがうめき声を上げる。 「ちっ……胸くそ悪ぃことしやがって!」 ツァインの剣が十字を描き、仲間たちに守りの加護を与えた。 心は一番遅れて、プロアデプトの男の目の前まで距離を詰めていた。 「私はまだ未熟者デスが、せめて邪魔くらいはさせてもらうのデス!」 「なんだこのガキは……邪魔なんだよ!」 防御姿勢を取りつつまとわりつく心。不愉快そうな声を上げたフィクサードが、ほとばしる思考の奔流をリベリスタたちに叩きつけてきた。 心は弾き飛ばされたが、二重に防御を固めた少女が受けたダメージは大したものではなかった。 沙由理たちは、その間にスターサジタリーの確実に体力を削っていた。 痛打を与えているのは卯月くらいだったが、それでも戦いはリベリスタたちに有利に進む。 気糸の捕縛を振り解いて銃弾の雨がリベリスタたちに降り注ぐこともあった。その威力はけして弱いものではない。 それでも、4人がかりの攻撃で受ける傷のほうが、当然ながら大きい。 卯月が付与してくれた小さな翼で、狭い階段の上しか動けない敵を囲んで追い詰める。 「逃がしはしないのだよ」 一閃する気糸が敵の怒りを誘い、さらに敵が逃れる隙を減らす。 ばら撒かれた銃撃が沙由理の体力を削るが、まだ倒れるほどではなかった。 「あんな男に協力したのが、失敗だったわね」 気糸に貫かれた男が階段を転がり落ち、踊り場に倒れこんでいた。 ルカルカはそれなりの広さを持つビルの入り口部を、縦横無尽に飛び回る。 連打はプロアデプトの男を捕らえており、敵は十分な動きが取れていなかった。 「私の芸術を邪魔しないでいただきましょうか」 地野海の指先から血が流れ、黒い鎖として実体化する。 仲間たちはもちろん、動きの早いルカルカさえも鎖は捕らえていた。 濁流に飲み込まれながらも心が光を放ち、黒鎖に蝕まれたリベリスタたちを癒す。 「私はみんなを守るんデス!」 しかし、次いで地野海のそばにいたクロスイージスが放つ十字の光が彼女を撃ち抜き、人形たちの攻撃が動きの早いとはいえない彼女を捕らえる。 心は倒れながらもプロアデプトになおまとわりつこうとしていた。 地野海の背後にはまだ描きかけの絵がある。 「赤い、朱い、紅い、緋い、赫い絵の具で。白い壁に理不尽を」 口から呟きが漏れる。 「夕闇にけぶるせかいは何よりもあかくて……不条理」 感性は悪くない。 けれど、心根の見苦しさが、絵の裏に透けている。 「ねえ、あいつは貴方が命をはって守る程に大切?」 傷ついているフィクサードに問いかける。 一瞬の迷い。答え代わりに銃口が向けられた。 引き金が引かれる前にルカルカは得物を叩き込む。 敵は崩れかけた身体をギリギリで支えていたが、そこに流れるようにもう一撃。 「迷わなかったら、少しカッコよかったかもね」 倒れたプロアデプトを、ルカルカは一瞥もしなかった。 ●白い壁のビルの中 入り口にいたプロアデプトを倒しても、そのまま近づくというわけにはいかなかった。 アナスタシアは地野海に作られた人形たちに行く手を阻まれる。 5体の人形たちの向こうには2人のフィクサードがいて、その背後には真っ赤な絵があった。 「それが、絵……? あまり理解はしたくないねぃ」 「ふむ、ご理解いただけませんか……。理解できないのが芸術とは言いませんが、残念ながら感性が異なるのは仕方のないことです」 スターサジタリーを倒した仲間のうちアンジェリカ以外の3人が合流してくる。 彼らもまた壁の絵を目にして不快な顔をしていた。卯月だけはヘルメットの下なのでわからないが。 護衛としての仕事をまっとうするつもりなのだろう。クロスイージスのフィクサードが、地野海をかばうように立つ。 その男に、アナスタシアは蹴りでカマイタチを放った。正面から受け止めた敵は、揺るぎもしない。 地野海が4つの魔光を放ってきた。 吸い込まれるようにアナスタシアを打つ魔光。 アナスタシアは静かに呼吸を整える。ビルの壁を越えて、自然に眠る力が彼女の中に流れ込む。 魔光によって受けた痛打が、呼気と共に薄れていく。 「素晴らしい。では、そちらのお嬢さんはどうですかな。白いの肌に赤い血が映えるでしょう」 今度は光が沙由理を貫く。 一瞬膝をつきそうになった彼女だが、ぎりぎりのところで身体を支えていた。 「……諦めるなんてこと、したくはないの」 その間にも、卯月たちはイージスに攻撃を重ねていた。 だが、なかなか倒れる気配はない。 ツァインは人形たちの間を抜ける隙をうかがっている。 彼は敵が厄介なまでに頑丈だということがわかる。同じクロスイージスだからだ。 そして、けして狭くはないとはいえ限定空間に5体の人形が並べば突破するのは難しい。ルカルカも先ほどから隙をうかがっていた。 人形たちの戦力も、5体いれば侮れない。1体1体は弱いものの、5体がかりの攻撃を防ぎきれるものではない。さらに、当たれば体が動かなくなることもあるのだ。 そして、動きが取れないうちに後方から地野海とイージスが攻撃をしてくるのだった。 用意しておいたカラーボールをツァインは投げつけた。フィクサードたちがそれを回避するが、それは想定のうち。 「は! 見ろよ! テメェのラクガキより、真っ白のキャンパスの方がよっぽどか芸術的だぜ!」 「ほう……面白いことをしてくれる」 地野海の目が細められる。4つの魔光がツァインを打った。 鎧の下で血が吹き出し、動きが封じられる。5体の人形に攻撃を受け続けていた彼だったが、その攻撃でとうとう限界が訪れていた。 けれども、そこで、ようやくルカルカが人形たちを突破した。 金属塊の連撃がイージスを打つのを見届け、ツァインは出血で意識を失った。 その頃、アンジェリカは1階の窓から地野海の様子をうかがっていた。 閉まっている窓にはガムテープが貼ってあった。音を立てずに割るためだ。鍵のあたりを割って、すでに窓は開けてある。 だが、どうやらしばらく絵筆を使う気はないらしい。 「腕が使えなければ、絵筆は使えないよね……」 建物の中に踏み込み、漆黒の気塊で地野海の腕を狙う。転がるようにして、地野海に攻撃を回避された。腕を狙っていなければ当たっていただろうが、それを考えても仕方がない。 アンジェリカの行動は無意味ではなかった。 近づいてきた彼女を見て、地野海が絵筆を取り出したのだ。6体目の人形が作られるが、卯月と沙由理、レイチェルの気糸が相次いでアーティファクトを狙い撃つ。 まだ絵筆が壊れるほどではなかったが、確実にフィクサードは動揺していた。 「今ので壊せなかったのはまずいね。だが、まだ諦める理由にはならないのだよ」 卯月は地野海が絵筆をしまったのを確認し、再びイージスに気糸の狙いを定める。 ルカルカの攻撃も、無尽蔵にも思えるイージスの体力を削っていく。 消耗も大きかったが、卯月は気糸を使うだけでなく彼女に意識を同調して力を分け与えていた。 人形を壊さないというのはリベリスタたちの共通認識だった。だが、壊さないまでも無力化することを考えなくてはまずかったかもしれない。 けして強いわけではないのだ。しかし、弱い敵だからといって放置できるわけではない。数が集まれば強敵を打ち破ることもできるとよく知っているのはリベリスタたちのはずだ。 沙由理が気糸の罠で動きを止め始めたのにならい、卯月も人形を捕縛する。 そこで卯月は気づいた。地野海が自らの血を黒い鎖に変えていっていることを。 津波のように流れ出す鎖の奔流がリベリスタたちを巻き込む。人形が巻き込まれていないことが救いだが、そのダメージは大きかった。 ルカルカとアンジェリカが倒れている。 壁に手をついて身体を支えたレイチェルがなにかを願う。 けれども、なにも起こらない。奇跡はそう簡単に起こるものではないのだ。 卯月は倒れなかった。 気を抜くと崩れそうな脚を必死に支えていた。 「まだ戦える……立ち上がれるというのに、戦わない道理はないだろう」 奇跡に頼れないならば、戦うしかない。 アナスタシアもどうにか立ち上がっているようだ。 ルカルカの攻撃で倒れかけていたイージスに、卯月は気糸を放つ。 そして、ヘルメットの下で彼は地野海をにらみつけた。 ●鮮血の絵筆 まだどうにか立っている4人を地野海が見回す。 「4人、残りましたか。仕方ありませんね……」 後退しながら、フィクサードは絵筆を取り出した。 アンジェリカの気糸や気塊で傷ついていた彼の身体が癒えていく。 おそらくは、これが最後の機会だった。 3本の気糸が絵筆を狙う。 あえて使った以上、まだ壊れないと地野海は読んでいたのだろう。 けれど、狙い撃ちに長けた気糸の一閃は、わずかながら致命的な部分に命中する可能性が高い。3人がかりで使えばなおさらだ。 「ろくでもない玩具は壊させてもらうわ」 アーティファクトにひびが入った。 そのまま砕け散る。 「馬鹿な……」 「人の命を吸って何が芸術だ。そんな物、許される行為ではないのだよ」 人形が消える。 アナスタシアが距離を詰めながらカマイタチを放った。 「……いや、侮っていたということですかな。これがないと絵の具が作りにくくて困るのですが……高い授業料だと思っておきましょうか。ですが……借りはいずれ返しますよ」 切り裂かれた地野海の体から血が流れる。 傷口を押さえて、彼はアンジェリカが開けた窓へと走った。 「逃がしませんよ!」 レイチェルが追おうとするが、窓から出ようとしたところで魔光を受けそうになる。 牽制の攻撃で動きを止めた地野海は、そのまま姿を消した。 「絵筆がなければ、あの男もしばらくは動けないのだよ。それに……認めたくはないが、あのまま戦っていて勝てたとは限らない」 絵筆で体力を全快させた強敵と、満身創痍のリベリスタたち。 死に物狂いで来られれば、倒しきれたかどうかわかったものではない。 「一般人を守れて、絵筆を壊せたんだ。成果はあったと思うしかないねぃ」 アナスタシアが言った。 沙由理とレイチェルが意識のない一般人たちに駆け寄り、救急車を呼ぶ。 卯月は倒した3人のフィクサードたちを捕縛していた。 借りは返すと地野海は言い残した。いずれまた、なにか仕掛けてくるだろう。 倒れている仲間たちを助け起こして、リベリスタたちも撤退した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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