●最高の調味料 動けない自分をそっと椅子に座らせ、男は料理を運んできた。 「美味しそうだろ?」 目の前の男はそう、にこやかに聞いてくる。 目の前にはポトフがある。小さな玉葱は丸ごと、赤い人参は大きめに乱切りで。ジャガイモの横にある肉の塊は、ほのかに湯気を立てている。何も知らずに出されたならばきっと何の疑いもなく美味しそうだと思ったに違いない。 男の言葉に頷いていたに違いない。 だが今は、吐き気しか催さない。それでも食べなくてはならない。 「ほら、どう?」 肉の塊を丁寧に一口大に切って男は差し出してくる。 歯の根が合わない。うまく口を開けない。小さく小さく開いた唇に、肉が押し込まれた。 味など分からない。ガチガチと震える歯でロクに噛みもせずに必死で飲み込んだ。 男は微笑んで問う。吐き気のする問いをする。 「自分の脚、美味しい?」 吐く事も許されない。 眩暈がする。ここに監禁されて既に何日が経過したか分からない。 ただいきなり見知らぬ部屋で、いやに狭い視界の中、男が運んできたスープに眼球が浮いているのを見た。 食べたくない。食べたくなどない。だけれど食べなければいけない。 朝か夜かも分からず目が覚めた時には体の一部が欠けている。 そして男が持ってくる料理の中に、その一部だというものが入っている。 不思議と痛みはない。左耳が削がれていたのには頭を抱えた時に気付いた。右目がなくなっていたのには鏡を見た時に気付いた。左腕がなくなったのには起き上がろうとした時に動かせなかったから気付いた。そして右脚がなくなった今は、ベッドの上から動けないから気付いた。 何でこんな事をするのかと聞いたけれど、男は妙な熱の篭った薄気味悪い眼でこう言っただけだった。 『俺には届かない高みが、自由に在れと言ったから』 『稀代の殺人鬼が甦る世だ、何が在っても良いだろう』 意味が分からない。何を言っているのかが分からない。 それよりも、左耳と右目と左腕と右脚と。無くなって、次は。 考えたら、もう食べられなかった。 「どうしたの、ほら」 笑顔で男がフォークを差し出す。肉の刺さったフォークを差し出す。 思わず残った片腕で払い除けた反動で、椅子から落ちた。 床に転がり落ちた。なくなった部分は痛くないのに、打ち付けた部分が痛い。痛い。痛い。 でも、構っていられない。 私が死ぬから。もう死ぬから。殺して下さい。許して下さい。私が死ぬから、妹は帰して下さい。 転げ落ちた床に額を擦り付けてそう懇願すれば、男は初めて笑顔を消した。 「なんだ。つまらない。それじゃ妹さんだって可哀想だよ、ほら――」 ぱちりと点けられたモニター。 それは今までと同じ様に、何事も無く眠る妹の姿を映すのだと思ったら。 「ああ。間違えちゃった」 また、吐き気のする笑顔で、男はそう言った。 モニターの上には、カメラが設置されていた。だから、今はきっと、画面の向こうからもこちらが見えているのだろう。やはり、呆然とした顔がこちらを見ている。 自分と対照的に、左目を抉られ、右腕を切られ、左脚を落とされた少女が、こちらを見て、 『……おねえ、ちゃ』 自分を、呼んだ。 きっと、自分と同じように、自分と対照的に、右耳も削がれている、のだろう。 「ごめんね、俺ちょっと嘘ついてたんだけど」 男はそれを面白がっている。 間違えたなど嘘だ。それ自体が嘘だ。いや、何もかも嘘だ。 だって、ちゃんと食べたら、あっちは、助けてくれる、なんて。 「お互いの肉、美味しかった?」 今度こそ吐いた。 モニターからも同じ音が聞こえる。妹も吐いている。今まで食べた姉の肉を吐いている。 ごめんね、ごめんね。自分がこんなに異常な事態に晒されているというのに、平和な顔で眠らされている妹を憎く思う瞬間があったのは事実だ。 けれど、ごめんね。一緒だった。一緒だった。嘘ばかりだった。何もかも。 「もっと頑張ってくれるかと思ったのに、つまんないなあ」 男の声が遠い。足音が近い。爪先が近くに見える。 吐瀉物でうまく動かない舌で罵倒をしようと見上げた先に映ったのは、ナイフの刃先で、 ●最悪の猟奇ショウ 映像は途切れた。 「……過程はオーライ?」」 黙ったリベリスタに、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は椅子から腰を上げてそう尋ねた。 「この変態の名は『外岡・理樹』……ここ最近の例に漏れず、あの『ジャック様』の放送に感化された殺人鬼(バカ)の一人だ」 言葉に皮肉を乗せて、青年は笑う。 面白い訳ではない、面白いはずがない。 だが伸暁は、あくまでいつものペースを崩さない。 「お互いを大事に思っている二人……親子じゃなくて、恋人や親友同士、兄弟姉妹とか――比較的対等に相手を思い遣っている二人を同時に拉致監禁し、彼らの体の一部をアーティファクトで切り取った上で『調理』して食べさせるのさ」 これは切り取った君の体だよ。 君が食べなければ、君の大事な人に同じ事をする。 君がちゃんと食べ続ければ、君の大事な人は助けてあげる。 ああ、君の大事な人がちゃんと食べてくれれば、君は助かるね。 それがいいか。それでいいね? 君の大事な人に自分の肉を食べて貰って、君は無事なのがいいよね? ……頷いてしまったら、その時点で二人揃ってゲームオーバー。 「ただし、素直に言う事を聞いて助けてくれるかって言えばそんなはずもない。 何しろこの男は、『二人に同じ事』を言ってるんだからね」 一度この狂った取引を受け入れさせてしまえば、後は男のペース。 後は精神をやられて面白い反応を示さなくなるか、完全に音を上げるかまで行為を止めない。 「飽きたら最後の悪趣味な種明かしさ。今まで『自分の体』だと思って食べていたもの――それでも十分に悪趣味だってのに、それが『助けたいと思っていた相手の体』だと教えるんだ」 最後の支えにしていたものが崩れるのを見てから、男は完全に二人を殺す。 どちらも助ける気など、最初からない。 「……さっきの二人はもう助けられない。残念だけどね。彼女らはE・アンデッドとなって男の命令を聞いている」 他にも二つ、合わせて三つのE・アンデッドがいると青年は言う。 姉妹に加えての二で、何故三になるのか、と首を傾げれば伸暁は笑った。忌々しげに。 「このアンデッドは『二人分で一つ』なのさ。他の二つも同じ。相手を思い遣って死んだ二人は死しても一緒――そんな空々しい理由でね」 被ったパーツは無造作に捨てられて、昨今町を騒がす猟奇的な殺人事件の一つとなっている。 「そして今、新しい『獲物』がコイツの元にいる。まだ何もされていないが、時間の問題だ。さっさとコイツを殴り倒して助けてやってくれ」 男がその二人を人質にする危険性はないのか、と問うリベリスタに、伸暁は首を振った。 「予知するまでもない、確率はゼロ。アブソリュートにね。……この男にはそもそも、『関係のない他人を命懸けで助ける者がいる』なんて発想はないんだよ」 親しい相手でも、見捨てる人間は多いのだから。 見知らぬ他人を助ける人間など、物語の中だけであると――。 「教えてやってくれ、リベリスタ。現実は物語以上にロックで熱いソウルがあるってな」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●頂くのは、愛 沈黙する建物。 看板を下げカーテンの閉じられた元歯科医院の中で何が行われているか、通り掛かった人間には分かるはずもない。 いや、日本各地で相次ぐ猟奇殺人にそもそも外出自体が控えられている今、治療の為でもなくこの建物に近付く人間すらいなかったかも知れない。 結果として被害者の悲鳴と絶望はこの建物に封じ込められている。 死しても尚、この狭い建物と元凶から解放されない。 「しかし、なんともまぁ、フザけた野郎です」 「目立つ馬鹿を叩くのに遠慮はいらないデスね!」 『ガンランナー』リーゼロット・グランシール(BNE001266)が呟いた言葉に『靴の下の桃源郷』タオ・シュエシア(BNE002791) が明るく拳を握った。 良い趣味、桃色の少女に笑顔で以って皮肉られるそれを受け入れる者は一人たりとてこの場に居はしない。 行き場を異にしたカニバリズム。 まだ、自身が食べるというのならば別だったかも知れない。 倒錯した食欲、倫理的に許されざる偏食に、飢えに渇き突き動かされて貪ったのならば、まだ別の見解を持つ者も現れたかも知れない。 外岡・理樹に関してはそれすらない。 ただ精神の蹂躙の為に利用される体、掌で弄ばれ飽きたら棄てられる玩具。 何が満たされるのかも分からない彼の満足の為に貪られる命。 「泣いて命乞いしようと絶対に許さないわ」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)が冷厳たる声で告げた。 数多存在するフィクサード。それらを憎み相対してきた彼女であったが、性質の悪さという点では外岡は出会った中でも指折りだ。同情の余地はなし、理解の必要もなし。 人の道を逸脱し切ったこの世の害悪に手加減する必要など欠片も存在しない。 破壊された幸福に一瞬思いを馳せ、細い溜息が漏れた。 「アタシャ許せないねぇ。ああ、許せる訳がないさ」 怒髪、天を衝く。 そう形容するのが正しい怒りが声に滲むのだけは避けられず、『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)が唇を噛んだ。 料理は人を喜ばせるものであるべきだ。 彼女の信念と真っ向からぶつかり合う外岡の所業は、決して看過できるものではない。 人に絶望を齎し喜びと尊厳を根こそぎ奪う『料理』など料理であって良いはずがない。 「気持ち悪いとかそういうの以前に思うんだけど、よくそんなもの調理できるよね」 腕を組んだ『悪夢喰らい』ナハト・オルクス(BNE000031)が呆れた様子で一言。 自身の食欲に因るものでもなく、ただただ他人の絶望の為に丁寧に丁寧に作られる料理。 ある意味では何よりも彼の屈折した愛情が篭っているのかも知れないそれ。 だとしたら何だ。どうでもいい。馬鹿らしい。 銀鎖のグラスコードを下げた眼鏡の位置を直し、建物を見る。 例えばそれが愛と言うのならば、同じものを返してやればいい。愛という名の茶番を以って殺し合おう。 「まあ、個人の性癖だし好きにやれば良いと思うけど」 痩身が並ぶ。翳り始めた空に長い影が伸びる。 空と似た色を鈍い陽光に照り返す『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)の言葉は寛容の様で、しかしそれを許容するものではない。 行うならば自己責任。それによって導かれる結果を受容できるのならば行えばいい。 他者を傷付けるのならば、自身が他者によって傷付けられる事も存在し得るという事は理解しておかなければならない。 「馬鹿が自分を馬鹿だって悟るまで待ってあげる義理はないわね」 『Krylʹya angela』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)が白い翼を揺らした。 そうでしょう、と天使の様相を持つ少女の姿をした彼は、救いや悔悛を齎しに来たのではない。 警告も呼び掛けも、更正の余地があればこそ。外道に堕ちた相手には、親切に忠告して正してやる必要性すら感じない。 「ホント、傍迷惑な話よね」 ざっくりと切り捨てた『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)の台詞は、この場にだけに向けられたものか、各地で蜂起する『便乗した逸脱者』全てに向けられたものか。 「ミンチ」 呟かれた単語は判決。 愛しい彼の名を冠した武器を手に、黒髪少女は歩き出した。 ●騙るのは、愛 極力音を殺して破壊された鍵、踏み込んだ先は受付兼待合室。 貼り付けられたまま色褪せた、数年前のカレンダー。 外岡がここに何らかの縁を持っていたのか、単に都合の良い場所だからと手に入れたのかは分からない。 ただ、ざっと見た限りではそれほど特殊な構造もしていない様子だ。 ミュゼーヌの視界には今の所熱は感じられない。 ドアノブに手をかけて進もうとした所で、ミカサの声が掛かる。 「気を付けて。何かいる気がする」 研ぎ澄まされた勘は曖昧ながらも確かな事実として皆に何らかの存在を伝えた。 慎重に開かれた扉。いくつかの診療用の椅子ががそのまま残る部屋には、何の姿も見えない。 警戒しながら部屋へと進みだす富子の足がフローリングを踏む。 一歩、二歩、散歩。 「――足元!」 掛かった鋭いミカサの声に、中心へ進み出ていたリベリスタが一斉に床を蹴って退避した。 跳ね上がったのは床の一部。 伸びてきたのは真っ白な腕。血の気を失った真っ白な腕。 力強い男の腕が次に導き出したのは、線の細い女性の顔。 床下に押し込められていたのか、侵入者を葬るのが役目なのか。 空ろな目でこちらを見ているのかも分からないまま、男の体に不釣合いな女性の頭を乗せた彼であり彼女は唇を動かした。 「……食べ、食べ、あなた……?」 小さな顎が開かれる。アンバランス。 存在しない不自然な構成で成り立つそれに、富子の顔が泣きそうに歪んだ。 自分達をこんな存在にした相手の異常を満たす為、死者は未だに食べたくもない肉を求め続けるのか。 エレオノーラが楔を外す。一段飛びの進化、神秘の躍動。早く断ち切るために、自身の体を縛る全てを解き放つ。 ミカサが張り巡らせた糸は、走り出そうとしたアンデッドの足を引っ掛け蜘蛛網の如く絡んだ。 男性の腕を、女性の足をばたつかせもがくアンデッドを前に、ナハトが精神を集中させる。巡る力は一瞬ごとに力を増し、毛細血管を通じるかの如く全身に、爪先にまで魔力を張り巡らせる。 「終わらせてあげるわ……!」 ミュゼーヌの中折れリボルバーが火を噴いた。 胸を穿ち、アンデッドが数歩よろめく。 「頑張りますよ!」 タオが腕を振るった瞬間、目にも止まらぬ間に放たれた銃弾が穴を増やした。 「痛々しいですね、早く解放してあげたいところです」 リーゼロットが射手としての感覚を研ぎ澄ます、最適化される。 望まぬ姿のまま、傀儡にされる被害者を眠らせるために、速やかに眠らせる為に意識を集中させる。 「殺された上、利用される。虚しいわね」 ひとりごちるように呟かれた言葉は、相手に通じたのか。更に連なる無情を断ち切るべく、こじりは己の得物を振るった。 浜辺に打ち上げられた魚、暴れるアンデッドの背後で扉が開いた。 十代後半か二十代だろうか、色合いの違う肌を繋ぎ合わせた男が一人と、小柄な少女。 ぱたりぱたりと、零れる少女の涙は赤。 血の涙と形容したいそれも、ただ単に押し込まれた異物で皮膚のどこかが切れただけなのかも知れない。 どれが姉のものでどれが妹のものかも分からないが、それは確かにブリーフィングルームで見たあの『姉妹』に他ならなかった。 「患者さんかな。見ての通り、営業はしてないんだけどね」 笑う顔。扉に寄り掛かりリベリスタを見て尚も笑い続けるその男こそ、外岡・理樹。 温度が下がる。 敵の増加に熱を増す戦場とは別に、冷えたリベリスタの目が外岡を刺す。 彼は気にした風もない。吐き気のする程平常の笑顔でアンデッドを従える。 「臆病なぼうやのお出ましだよ」 幾らその行動が異常染みていようが、結局はジャックの呼び掛けがなければ行動に起こす事もなかったのだろう。便乗による異常の発露。 切欠がなければ踏み越える事さえできなかった相手を揶揄して、ミカサが目を眇める。 「虎の威を借る狐じゃないけど、他人に煽られて調子に乗るとか典型的な日本人ね、だから言われるのよ。『Yellow Monkey』だなんてさ」 「ほんっとデスよねー。趣味の良し悪しはともかく、他人の行動に影響されて始めたとかカッコ悪いデス」 鼻で笑うこじりの言葉に、無邪気を装うタオが続く。 逸脱すらも横並び。右を見て左を見て、付いていく先が見付かれば一歩進む。 だが、それにも外岡の表情は揺るがない。 「分からないかい。コレだけ多くの人間が突き動かされるものに対して『影響を受けるのが恥ずかしい』というならば、それこそ無駄なプライドの為にチャンスを捨てる事じゃないか」 死者の中で一人熱を孕んだ彼は、恐らく姉にもそうしたのであろう陶酔した言葉を、妄言を吐き出した。 ある意味では開き直り。 「アンタだけは……許さないよ!」 富子が吼えた。 数多の愛を踏みにじった男は、向けられた怒りにもただ、笑っている。 ●語るのは、愛 死者が震える。まだ解放されない恐怖に震える。 濁った目には何が見えているのか、未だに在りし日の絶望を繰り返しているのか。 少女の歯が、こじりの白い肌に突き立てられて肉の一部を奪っていく。 ガチガチと、震える歯で噛んでいる。 飲み込めない。もう食べられない。震える歯の間から、結局肉は落ちた。 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――! 女性の声が謝罪の言葉を吐き続け、どんどん高音となっていく悲鳴がリベリスタの足を止める。 殺してくれ、と男が哀願する。 もう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い。 早く早く殺して殺して殺して殺してころしてころして! 男の指先が己の胸を腕を掻き毟り、皮膚を抉って自分の体に傷を作る。 瞳の奥に刻まれた恐怖。 既に彼は死んでいる。生命を放棄させられた。なのにまだ彼は乞う。殺してくれと死者が乞う。 誰が生きて誰が死んでいるのか。 リーゼロットは銃口を向ける相手が分からなくなる。それでも体は動かない。殺してくれとの言の葉が、彼女の体を縛って止める。 満ちる悲鳴、哀願、嫌だと彼らは叫び続ける。叫び続けて安らぎを願い、恐怖に縛られ肉を食らう。 異様な光景に身と心を絡め取られそうになるリベリスタに、光が降り注いだ。 ナハトの放った異常を癒す光。満ちる白光。多くが己の役割を意識に引き戻し、得物を向ける先を定める。 ひどいなあ、と外岡が笑う。 何一つ感情のこもっていない棒読みで笑う。 手に持ったフォークが宙を突いた。 意味もない空振りに見えるそれも、神秘の発現によりナハトの体に食らい込む。 そのフォークで滅多打ちにされたかの如く、鋭い痛みと共に腕に無数の穴が開いた。 通常の人間よりもよっぽど痛みに慣れているはずのリベリスタさえ、一瞬息を詰めて吐き出す程に痛覚を焼く極悪。 愛は鏡。暴力によって伝えられる愛には暴力を。 「それ、寄越せよ。てめえの四肢ぶつ切りにして口ん中に突っ込んでやるから、さ」 長い髪を背後に流し、ナハトは嗤う。ああ、ならばこれも愛だ。愛だと思え。 悲鳴の中で銃弾が踊る。 リーゼロットとミュゼーヌの蜂の群れの如き弾丸の雨が重なり合って敵を打つ。 倒れた。 最初に攻撃を受けた、歪な彼と彼女が床に倒れた。 安らかに、とリーゼロットが瞑目する。今度こそ安らかに眠り給えと。 「終わりデス、よ」 未だ体を掻き毟り続ける男性は、タオが優しく首を掻き切った。 「もう、食べなくていいの。おやすみなさいな」 柔らかな労りを込めてエレオノーラが紡いだ。 優しく鋭いナイフの一撃が、姉妹の胸に小さな薔薇を咲かせる。 噴出すことすらなくなった赤がじわりじわりと服に滲み、濁った瞳がぐるりと白目を剥き緩やかに倒れていく。 ひどいな、とまた外岡が笑う。 「折角一つになったのに、壊すなんて」 「だまらっしゃい! あの子らはあんたのおもちゃじゃないんだよ!」 富子の一喝。 不自然な生で在り続けさせられる者へと、正しき終わりを。 笑い続ける外岡に、ミカサが小さく息を吐いた。 「なんだか君、自分を慰めてるみたいだね」 愛など脆いと。人の愛など恐怖の前には裏切られて見捨てられるものだと。 蹂躙する確認、絶望に追い込んでの再確認。 愛など存在しないと思っている彼が利用するのは、存在しないはずの愛。 気に食わない。心の何処かが気に食わないと不満を吐き出す。何が気に食わないのかは分からない。 自分を動かすものは正義感ではないはずだ、だとしたら気に食わないのは何なのか。 織り交ざる感情は常の通りに流して押し込み、無表情のまま彼は外岡の耳を貫いた。 「せめて一発は殴らせてよね」 生きてる内に。言外に『その後』も滲ませナハトが描いた魔法陣から矢を放つ。 「貴方名前は、ええと……ま、良いわ」 こじりが一瞬思い出そうとして、いや、思い出そうともしなかった。言ってはみたが、覚える必要を感じなかったものを思い出せるはずがない。 聞いた所で意味などない。外岡を生かす気など最初からない。 アンデッドが倒れた事で、八人のリベリスタの攻撃は一人へと集中する。 戦闘には不釣合いなナイフとフォークが踊り、裂かれる苦痛、切り裂かれた所に火を当てられてかき回される様な苦痛に何人もが眉を寄せ息を吐くが、止まりはしない。 富子の振り回した冷凍マグロから光が弾ける。 至近距離から放たれる苦痛の四毒がメロディを刻む。 痛いな、と外岡が笑った。 「他の子たちだって、痛かったんだよ――!」 何故それが理解できなかったのかと、富子が歯噛みする。 何故と問うても意味などないのは、知ってるけれど。 積み重ねられる苦痛。痛み。 「貴方。命を投げ出せる程愛しい存在が今までにいた事はある? 今すぐ叱ったり許したりしてくれる人の名前が言えて?」 彼が内に抱く人への愛しさ。生きる以上、時には自身とて人の心の動きを利用する事はあるけれど、愛を利用し命までも弄ぶ下衆に対して向ける寛容さは持ち合わせない。 外岡の返事はない。そうだろう。存在するはずもない。 綺麗に磨かれた刃は今は血に塗れているが、それでもエレオノーラの手の中で敵を裂き、美しく光っている。 大きくよろけた。そこにミュゼーヌが滑り込む。 足を引っ掛け蹴り倒す。 鋼鉄の一撃に床に頭を撃ち付け、立ち上がるのもままならない外岡の肩を少女は踏み付けた。 向けられる視線。まだ笑っている。殺す事などできないと思っているのか、それとも虚勢か。 富子が顔を俯けて、倒れた姉妹の体を抱き起こし髪を撫でる。 墓前には良い物を備えよう。悪夢を忘れられる程に飛び切りの何かを。 深く深く息を吐く富子の後ろ、残るリベリスタの視線は一点へと向いている。 「ね、理樹が楽に死ぬのを望んでる人って、少ないと思いません?」 「丁寧にバラしてでもあげる?」 「そうね、でも」 明るい声であるタオのそれと、冗談ではないナハトの提案に否定は返さず、ミュゼーヌは踏みつける足に力を込める。 ぎりぎりと鋼の足が肩を押す。骨がひび割れる感触が伝わってきた。 薄らと開いた口に銃を向け、気高い少女は冷め切った目線を落とす。 「……これ以上息をさせるのが嫌よ」 地獄に堕ちろ。 銃撃音で掻き消された通告。 最後の最期、放たれる間際だけ――外岡の笑みが引き攣ったのは、多少なりともリベリスタに満足を与えただろうか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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