● ――カシャリ。 軽いシャッター音。腕に収まる程度の、赤い表紙のアルバム。その一ページに一枚。写真が増える。 惨劇の舞台。既に元の色が分からない程赤に塗れたカーペットの上。 少女は実に、実に嬉しそうな表情で、哂った。 一番最初は、小学生の時だった。 ふわふわの毛並みで、暖かい。可愛い可愛い仔猫のみぃちゃん。 滑る肉も、ひくつく内臓も、真っ赤な血も、やっぱり全部あったかかった。 次は犬で、その次はうさぎ。みんなみんな、あったかくて可愛かった。 ――カシャリ。 一番楽しかったのは、大好きなあの子の時。 みぃちゃんの時よりずっと大変だったけど、やっぱりあったかくて。 手を中まで入れてぐちゃぐちゃしたら、その度に小さく跳ねるあの子がすごくすごく、好きだって思った。 いつも公園にいたおじちゃんも、お友達の女の子も、あったかくて大好きだったけど。 あの子より好きな子はやっぱりまだ、いない。 五分程、経っただろうか。 惨劇の後の消えた部屋の中で、少女は独り、愛おしげにアルバムを見つめる。 飛び散った赤。滑る内臓。色の抜けた肌。散らばる手足。 どろり、濁った瞳を此方に向ける女性の写真。それをじっと、見つめて。 「――だいすきだよ、まま」 ぽつり。幸せそうに、呟いた。 ――次はあの人。ままは怖いって言ってたけれど、すごくすごく素敵なあのひと! 少女はそっと、玄関の外へと脚を踏み出す。 この間のテレビの人。素敵な、素敵なひとごろしのあの人に、会う為に。 ● 「……今すぐ、殺して欲しいフィクサードがいるの」 青ざめた表情。何時に無く硬い声音で、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はリベリスタ達に告げた。 「対象はアーティファクトを持ったフィクサード。ジーニアスでマグメイガス。……例の放送に当てられた、殺人鬼って奴よ」 決して覚醒者としての力は強くないと、彼女は続けた。恐らく良く言っても下の上。リベリスタの手を煩わせる程の相手ではないだろう。 しかし。 「……そのフィクサードは、10歳程度の女の子なの。それも、……自分のしていることを可笑しいと思っていない。純粋に、……好きなものの全部、そう、中身まで自分のものにしたいって、だけで」 モニターに映し出されたのは、黒いボブヘアーの幼い少女。その笑顔は何処にでもいる子供とひとつも変わらない。 まさか、と動揺の走るリベリスタ達に、フォーチュナは追い討ちをかける様に資料を差し出した。 「最初はペットの仔猫。次は犬。次は兎。……ジャックの放送を見てからは立て続けに、少女、少年、ホームレスの男性。そして」 最後に母を、殺したの。無理に抑揚を押さえ付けた声が淡々と、被害を並べる。 「それが見つかってないのは、アーティファクトの能力。…彼女の持っているアルバムは、彼女の好きなものの最後を、閉じ込めているわ」 少女が自分の愛するものを全て自分のものにする、即ち――それを殺した、その瞬間にアーティファクトは能力を見せる。 苦味を隠しきれていない無表情。フォーチュナはそっと、目を伏せる。 「更生は不可能。母親も助からない。だけど、殺す事で被害は、減る」 どれだけ後味が悪いとしても。それが、義務だ。そう暗に告げて、幼いフォーチュナの瞳はリベリスタ達を見つめた。 「彼女は今、次の好きな人、……ジャックの元へ、向かっている」 他に目が向く前に、早く終わらせてあげて。小声でそう付け加えたのは、せめてもの慈悲だろうか。 出て行くリベリスタの背を、フォーチュナの色違いの瞳がじっと、見つめていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:13 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●純粋 きぃ、きぃ。 錆びた金具が擦れて鳴る。灯りの殆ど無い、寂れた公園。その一角で、少女は一人、ブランコを揺らしていた。 もうまっくら。早くいかなきゃ、あのひとのところに。でも。 「……つかれたよ、ママ」 ぽつり。漏れた声に返事はない。一抹の、寂しさが胸をよぎる。けれど、どうしてさみしいのか、彼女には理解出来なかった。 だって、ママはみんな、こゆきのものになったのに。無意識だろうか。小さな手がアルバムを抱え直す。 大好きなみんな。みんなこの中だから。だから、こゆきは、べつに。言葉を漏らそうとする少女の前に、ゆらりと、人の影が落ちた。誰だろう? 慌てて顔を上げる。 きらきらした髪に、まっかな目。――知らない、おねえさん。 「おねえさん、だぁれ?」 まだ幼い、舌足らずの声。実に不思議そうな、何の疑念も含まぬ瞳に、『右手に聖書、左手に剣』マイスター・バーゼル・ツヴィングリ(BNE001979) は優しげな微笑を浮かべて応じた。 「今晩は、可愛い黒狐さん。こんな時間に歩くのに、お腹は減っていませんか?」 甘い葡萄は如何ですか? そんな言葉と共に、差し出される葡萄。おいしそう。少女は幾度か、瞬きして。嬉しそうにブランコを飛び降りた。 少女とマイスターが会話を始めた頃。 少女を待ち構えていた残りのリベリスタもまた、静かに動き始めていた。 『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は、幻想纏いに向けて事前に入れた知識と、現在の周辺の様子を報告する。 神秘は秘匿すべし。静かに結界を巡らせながら、これから先を思う彼女は、その愛らしい面差しを僅かに曇らせた。 彼女は無邪気だ。恐らく、それは同年代の子供と変わらない。けれど、その純粋さを、彼女は許されざる方向へ昇華してしまった。 ――もし覚醒していなければ。そう呟きかけて、小さく頭を振った。もしも話なんて、既に意味を成さない。 「……子供とは、無邪気が故に残酷ですね」 気持ち自体は分からなくはない。シエルの言葉に微かに頷きながら、2つある入口のひとつ、少女の後ろ側にあたるそこを塞ぐ雪白桐(BNE000185)もまた、思う。 けれど、それを制するのが人で。それに、もし形を手に入れたって。見えない心は何処にあると言うのだろう。 雪色の髪も、身につける衣服も黒。闇に溶ける彼の表情からは、その胸中を窺い知る事は叶わない。しかし、少なくとも。その紅の瞳に、同情や揺らぎは見えなかった。 「小雪ちゃん……あんなに小さくて、可愛いのに……」 もう一方の出入口。『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)が思わず、そんな呟きを漏らす。 どうして、あんな小さな子を。殺さなくてはいけないと分かっていながらも、迷いは消えない。出来るなら直にでも泣き出してしまいたかった。じわり、視界が滲む、気がする。 けれど、泣かない。 だって、今から彼女を殺そうとするのは、他でもないわたしなのだから。 必死に決意を固める文の隣で、『半人前』飛鳥零児(BNE003014)もまた、自らの胸中を振り返っていた。 彼女が殺したのは、何の罪もない人達。あまりに理不尽な死。それを許す訳にはいかず、また、それを与えた彼女自身も、許してはならない。 だから、殺す。そこに躊躇など存在しない。否、――しない、筈なのだ。 そう、折り合いを付けて。けれど何処か引っかかる思いを握り潰す様に、結ばれた零児の冷たい拳がきしりと、音を立てた。 「……好きな人がいます」 だからアルバムを、少しだけ貸してはくれないだろうか。引き離すことなどしないから。 少女の警戒心を解こうと、暫し会話や戯れを繰り返していたマイスターは不意にそう告げた。 公園の一角、マイスターに連れられ草花を弄んでいた少女は、驚いたように顔を上げ、しかし即座に後ずさった。 「ねぇ、おねえさんはどうして、こゆきのアルバムのこと、知ってるの?」 当然の疑問だった。何故、今日会ったばかりの他人が、自分の持ち物なんかを借りたがるのか。 しかも、それの効果を多少なりとも知っているようなことを言うのか。 先程からは想像も出来ない、警戒心に満ちた瞳を前に向け、少女は再度口を開く。 「……こゆきのだもん。これも、みんなも、こゆきのだもん!」 小さな身体からは想像もつかないような、絶叫。直後。 それに呼応するように、召還された魔の炎が、マイスター目掛けて炸裂した。 ぐらり、と。マイスターの華奢な身体が傾いで、地面に倒れ込む。 リベリスタ達の懸念は、間違いではなかった。少女の抱えるアルバムが、淡く燐光を纏っている。 ――下手をすれば、此方が危ない。 本人自身は大した事が無かったとしても。彼女が綴り続けたアルバムは、間違いなく脅威だったのだ。 「ねぇ、おねえちゃん。貸してはあげられないけど、こゆき、おねえちゃんすきだから」 おねえちゃんも、こゆきにちょうだいね? ふわり、花が綻ぶ様に微笑んで。ポケットにでも入れてあったのだろうか、引き抜いたナイフを、握る。 突然の攻撃に、声が出ない。嗚呼、此処までか。痛む身体を動かす事も出来ず、マイスターは緩やかに目を閉じた。 ●無邪気と無知 「っ……マイスターさん!」 駆け寄る、足音。今まさに刃を振り下ろそうとしていた少女の腕が、空中で止まる。 足元から湧き出す漆黒の従者。攻撃を見て即座に駆け寄った文が、全身から放たれる細い糸で、少女の身体を固定していた。 危なかった。酷い寒気を覚えながらも、少女を見据え直す。――せめて、わたしに出来ることを。 そんな決意を秘める文の後を追う様に、潜んでいたリベリスタ達も動き出す。 真っ先に少女に駆け寄ったのは、桐だった。突然の状況の変化に付いていけていない、少女の表情。確りと、見据えて。 ばちんっ。 高い音を立てて、振り抜かれた桐の手が少女の頬を叩く。 「……痛いですか? 貴女がそのアルバムに閉じ込めた人達はもっと痛かったのですよ?」 貴女の様に、反撃も出来ないのだから。凛、とそう告げる。 揺らがない。揺らいではならない。そう、何度も心の中で繰り返して。 大好きだから全部手に入れたい、全てを知りたい。 その姿を、温もりを、時間を、存在を、 全て、自分の物にしたい。 理解出来る。出来てしまう。けれど、それでも。 これは、許していいことではないのだ。 「これは教育、そしてここからは……仕事です」 呆然と頬を押さえる少女に、冷たく一言告げる。 その隙に、全身に魔力を巡らせ終えていたシエルが、倒れ込んだマイスターの様子を確認していた。 意識こそあるが、戦闘は不可能。少女から少しでも離れた位置へ、何とか連れて行く。 間に合って良かった。甘く見てかかれば、自分達さえもアレに綴られかねない。 儚げな和装の胸元を押さえて、シエルは安堵の溜息と共に危機感を抱き直した。 「いやあ、最終的に殺さなきゃいけないとは、気が滅入りますね」 軽い、そして何処かこの戦闘を楽しむような声。拘束された少女には、『孤独の暴君』狐塚凪(BNE000085)は煌めくオーラと共に、鉄槌を振るっていた。 これも依頼。仕方の無いこと。すみませんね、と小さく添える彼に、躊躇いの色は欠片もない。 「なんで、なんで?こゆき、悪いことなんてしてない!」 突然襲い掛かる痛みに、少女が涙と共に叫ぶ。自身が積み重ねてきたことの重さを、一つも理解していない彼女。 自分が無理矢理に奪い取った人々の恐怖を、痛みを、理解出来ていない彼女。 ――許しちゃいけない。迷いの消えた零児の纏うオーラが光り輝く。放たれる幾重もの斬撃が、鋭く少女を切り裂いた。 「っいた、痛いよう、やだ、やだあ…!」 怯えきった、声。一瞬、リベリスタの動きが鈍る。しかし今度は音も無く、正確無比な射撃が少女の手を貫いた。 優れた弓兵とは何か。それは、亡き自分の父の口癖だったと『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759) は思い返す。 いや、でも。 「――今日は、それが正しいと思いたいのじゃ」 腕に繋がった弓は、自らの誇り。自分は弓兵。完璧な、弓兵。だから、今日は。 遠くから、何も聞かずに、何も考えずに。ただ只管に、弓を射る。 きっと今日だけは、これが正しい、筈だ。 全てが欲しい。思ったことが無い訳ではない。 けれどそれは、くだらない。とても、くだらないことなのだ。 『殲滅砲台』クリスティーナ・カルヴァリン(BNE002878)はそんな事を思いながら、少女を見据える。 本当にくだらない。だってもし、得ることが出来たって。その人は。 既に、人間なんて呼べるものではないのだ。 僅かな憐憫を覚えながらも、クリスティーナは全力を込めて十字の閃光を放つ。 再び、悲痛な絶叫を上げた少女はしかし次の瞬間、拘束された状態ながらも必死に、涙に濡れた瞳を見開いた。 「あげない!あげないんだから!痛いことしたって、これはこゆきのだもん!」 小さな身体からはとても想像出来ない程の、絶叫。凄まじい執着に、クリスティーナは怯える事無く応じる。 「あら、怒ったの? おかしいわね。だってそれ、貴女がして来た事と一緒じゃない?」 淡々と、告げる。好きだから全てが欲しい。自分で言ったはずだ。だから、貴女だって私に全部、頂戴? 色素の欠けた、血液を透かす瞳が真直ぐに少女を見詰める。――嫌なんて言わせない。だって。 「貴女だって拒否なんて、させなかったでしょう?」 そんな言葉も、少女の理解には及ばない。欲しいものは欲しい。嫌なことは嫌。幼さ故の単純さは、他人を省みる事をさせない。 不意に、少女の身体が動く。拘束が、解けたのだ。一歩、踏み出して。 「みんな、きらい。きらいよ、こゆきからだいすきなひとをうばう人なんて、だいっきらい!」 不味い。そう思う暇も無かった。アルバムが再び燐光を放った、瞬間。 放たれた荒れ狂う雷撃が、リベリスタを等しく貫いた。 ●終結 アルバムの加護を受け続ける少女の攻撃は、凄まじいものだった。 しん、と、辺りが一瞬静まり返る。これでもう、だいじょうぶ。少女の顔に、安堵が浮かぶ。しかし。 不意に、近寄る気配が少女の身体を抱き締める。ゆらり、揺らめくオーラ。 「小雪ちゃん、大好きだよ……わたしは小雪ちゃんが、大好き……」 文の、僅かに震えた声が囁く。直後、文が身を削って生み出したオーラの爆弾が、本人諸共炸裂した。 ぐらつく視界、悲鳴を上げる少女に突き飛ばされながらも、文は何とか体勢を立て直す。 ――出来るなら、ずっと抱き締めていてあげたい。 これから、殺さなければならない少女。けれど、せめて、愛を伝えてあげたかった。 同じく、攻撃を回避していた桐がその少女のような体躯に不似合いな大剣を振り上げる。 全身に纏うオーラを、爆ぜる雷撃に変えて。自らも痛みを受けながらも、全力で少女を薙ぐ。 「もうやだ、やだ、怖いよう、いたい、やだよう…」 悲鳴と共に地面に倒れ伏して、少女は泣きながらリベリスタに、目の前の桐に懇願する どうして、こんな事をするのか。どうして、こゆきをこんなにもつめたい目で、みるのか。 少女には分からない。理解が出来ない。だから尚更、怯えと恐怖は広がるばかりだった。 震える身体。何とか、起き上がって。涙で濡れる瞳がじっと、見上げる。 「貴女は彼らのそれを聞き入れましたか?自分だけなんてずるいでしょう?」 耳を貸さないと決めている。だから、揺らがない。 桐の冷ややかな返答に、怯えきった少女の表情が泣きそうに歪む。けれど、それに同情するような気持ちは、既に無かった。 「皆様のお怪我……幾度でも癒します……」 シエルが、自らの傷の痛みを堪えて微笑む。 その唇から紡がれる呼びかけに応じて鳴り響いた清らかな福音が、リベリスタ達の傷を癒やしていった。 皆の攻撃や行動が、上手くいくようにするのが私の役目。そう信じて後衛に徹するシエルには、この戦いの終わりが見えつつあった。 凪が、零児が、煌めきと共に幾度も切りかかる。その度に少女のワンピースは血に塗れ、上がる悲鳴もか細いものになっていく。 ――限界が、近い。そう悟った与市は、怯え後ずさる少女を逃さず魔弾を撃ち込む。 辛いのだろうか。怖いのだろうか。微かにしか聞こえない声に、そんな考えが頭を過ぎりかける。けれど、即座に打ち払った。 一度正しいと信じたのだ。完璧な弓兵。今日の自分は、きっとそうなのだから。 絶対に、耳を貸したりなんか、しない。 武器と繋がる手を、生身の手で撫でて。与市もまた再度、少女に照準を合わせ直した。 もし、大切な人を彼女と同じ様に全て、自分のものにしてしまったとして。 けれどやはり、それはくだらない事だとクリスティーナは思う。 得た時には、その大切な人は人ではなくて。そして、それを繰り返していったら、最後には。 誰も、残らないと言うのに。 「――ひとりぼっちは、寂しいじゃない」 小さく、呟く。届けばいいなんて思わなかった。届いたって、きっと少女には分からない。 目の前の少女は、既に立っているのも覚束ない様子だった。嗚呼きっと、これで終わり。仲間を巻き込まない辺りに確りと、目をつけて。 クリスティーナの召還した魔炎が、少女を中心に凄まじい火柱を上げた。 「いやあああああああああっ、熱い、あついよう、たすけっ……!」 少女のけたたましい程の、悲鳴。恐怖に満ちたそれに、リベリスタは応えない。 応えてはいけない。それを、もう痛いくらいに、彼らは理解していた。 少女には分からない。彼女が今何故寂しいのかも、彼女が一体、何をしてしまったのかも。 そして、それを分からないのなら。 決して、生かしておく訳にはいかないのだ。 「最期に教えておいてあげるわ。貴女のは愛じゃない、ただの我侭よ」 欲張りな子。小さく添えられたクリスティーナの声と共に、炎はゆっくりと勢いを失う。 倒れ伏す少女と、煤けたアーティファクト。 皮肉にも、最初と同じ炎が、この戦いの最後を告げた。 ●何も知らないと言う事 静けさを取り戻した、深夜の公園。早く立ち去るべきなのは分かっている。けれど、その足は重たく、動かなかった。 「まあ、汚いお仕事も世界の為ですしね」 仕方ないでしょうと、凪は呟く。 不幸な彼女。申し訳ないし、哀れだとは思う。けれど必要だったから。これは、仕方の無いことだったのだ。 けれど、凪の様に割り切る事が出来ないのもまた、人間だった。 「ごめんね……ごめんね、小雪ちゃん……っ」 泣いてはいけない。少女の命を間接的にでも奪ったわたしが、泣くなんて駄目。 そうは思っても、溢れる涙を堪える事は、文には出来なかった。 少女の遺体の傍らで泣く彼女の隣に、アークへの連絡を終えたシエルがそっと、膝を付く。 「死は万人に平等です……安らかな眠りが得られますように」 十字架を抱き締めて、犠牲者と少女の安らかな眠りを願う。その隣で文も、泣きながら手を合わせた。 完璧な弓兵になれていたと、思う。 与市は少女の遺体を遠目に見ながら、ぼんやりと思考を巡らせる。 なれるなんて思って居なかった。けれど今、自分はこうして弓を射ている。 褒めて、欲しかった。誰かに。父に。お前は完璧な弓兵だと。お前は、正しかったと。 頭を、撫でて。 「……わしは、ただしいかぇ?」 その問いに応える者は、居ない。 「……小雪様を、……その、アーティファクトに、綴って差し上げては、どうでしょうか」 仲間の手を借り、ベンチに身体を預けていたマイスターが、不意に口を開く。 彼女が大好きだった人々を綴った、それ。きっと、そこに綴られるのならば、彼女も本望なのではないだろうか。 零児もまた、そう告げる。最後まで怯え続け、何故こうなるのかわからなかった彼女。 救う事は叶わなくとも、せめて、大切だったものと一緒に居させてあげられるのなら、それが。 そっと、アルバムがクリスティーナに手渡される。 煤けた、絹張りの表紙。最後を齎したクリスティーナだけが、少女を此処に綴ることが出来る。 純粋すぎた少女。自分の欲が、どれだけ恐ろしいものかを知らなかった少女。 勿論、彼女だって悪い。けれど。 「それがいけない事だって教えなかった事だって、いけない事だったのよ」 ――カシャリ。 軽い音を立てて、少女の姿は掻き消えた。 大好きだから全部手に入れたい、全てを知りたい。 その姿を、温もりを、時間を、存在を、 全て、自分の物にしたい。 そんな、誰しも抱くことがあるかもしれない思いを、突き詰めすぎた少女は。 最後の最後まで何も知らないまま、そっと、本の中で眠りについた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|