●赤い熱狂 ライブハウスは熱狂の渦に包まれた。 地下に作られた小さな箱は歌声と歓声に彩られ、低音と足音で細かに震える。演奏しているバンドはインディーズながらコアな人気を勝ち得ており、箱を埋める聴衆を恍惚とさせるだけの実力を備えていた。 彼等の呼んだ熱は、聴衆に煽られ激しく揺れる。だがある意味理想的な関係が成り立つそこに、誰かが一滴赤を加えた。 変化は小さく、だが急速に渦を巻く。歓声はやがて悲鳴と怒号に塗り代わり、暗闇に踊るライトの下で、光を反射し赤が舞う。ステージの上の彼等が気づいた時には、狂乱の宴はその足元まで迫っていた。 「……ッ」 言葉を失い、演奏は止んだ。彼等が集めていた視線は千々に乱れ、逆に彼等が釘付けになる。 男が女に襲い掛かり、逆に女が男の首を噛み千切る。生まれた赤い噴水には、また幾人もの人間が顔を突っ込む。 骨を噛み砕く音、くぐもった断末魔、咀嚼される肉と滴る血。先ほどまで死だの地獄だのと歌っていた彼等は、目の前の光景と流れる音色に引きつった表情を浮かべた。 ともする内に、食事は終わる。囲まれていた男の息の根が止まったようだ。血が吹き出なくなったものを捨て、血塗れの人々は互いに獣欲に満ちた目を向け合った。 逃げる以外にどうすれば良いというのか。すんでのところで逃れた四人はステージ上から袖へ、楽屋へと抜ける。 「や、元気だったァ?」 そこには見覚えの無い男達が、思い思いの姿勢でくつろいでいた。声をかけてきたのは、部屋の中心に居た黒ずくめの男。 「な、何だよあんたら」 動転したまま尋ねると、彼は軽薄に笑って答えた。 「えー? ……あー、うん。ファンだよ。サイン頂戴。ははは」 ●招待状 「ジャック・ザ・リッパーだっけ? アレはすごいね! 俺も感銘を受けちゃったよ、柄にもなく! そんで模倣犯ってのも考えたんだけどさ、やっぱあれはちょっと俺には合わないみたいなんだよ。ほら俺ってば人助けが趣味みたいなもんだし? 一方的だとゲームになんないっていうかさぁ。 ま、そういうわけで俺流にちょっとアレンジ利かせようと思うわけ! ちょっと聞いてくれる?」 ……。ふう、と室内に小さなため息が漏れた。 「先日のジャックの犯行。あれを引き金にして暴走を始めるフィクサードは後を絶ちません。……この輩もその内一人と言えるでしょう」 アークに送られてきたというビデオメールを一時停止し、天原和泉(nBNE000024)がこめかみを押さえる。蜂起する者の多さに比例し、彼女の仕事も嵩んでいるのだろう。 頭をはっきりさせるように左右に振り、彼女は動画の方へと目を向ける。 「この男の名前はクロエ。以前にもこのような形で犯行予告を行っています。……話が長いので私がかいつまんで説明しますね」 犬のビーストハーフが大半を占めるフィクサード集団『グリィズ・チャーム』。彼はその一員である。 以前と変わったところと言えば、首輪のように巻かれた包帯と、右腕を覆った歪なガントレットだろうか。 「彼の右腕にあるのはアーティファクト『B・レイビーズ』。傷つけた者を特有の病にする力があります。 病に冒されたものは、理性を失い、生き物の血肉を求めるようになるんだとか。……厄介なのは、その病は血や体液を介して感染するという点です」 つまり、使い方次第では大規模な感染拡大を起こしかねない。どうしてそんなものが彼の手に渡ってしまったのか、その辺りの情報は得られなかったと和泉は言う。 「これを、某市のライブハウスで使う、という予告です。この点についてはカレイドからも裏付けが取れました」 現れる敵は5名。組織での行動というより、一部の者の暴走と見るべきか。 「恐らくは右腕の爪とは対になるものでしょう、病を治療する効果のあるアーティファクトもこの男が持っています。……止めてみろ、ということでしょうね」 「――ってー事だけど分かってくれたぁ? いやー、良い曲だと思うんだよねあれ。あの曲聞き終わったら始めるからさ、君等も早めに来てよ。 飽きたら皆一緒に帰るつもりだから、飽きない内にお願いね。それじゃ、待ってるよー」 画面の向こうで、クロエがひらひらと手を振る。 「……こんな輩に構っている場合ではないのかも知れませんが、誰かが何とかしなければなりません」 表情を曇らせながら、和泉は一同の顔を一通り見回す。『皆一緒に帰る』、それはつまり感染者を町に放つという意味だろう。その後の展開は予想したくも無い。 「皆さんにお願いしたいのはこの厄介なアーティファクトを破壊し、今後このような事態が起きないようにする事です。 多くの一般人の被害が予測されますが……アークとしては、彼等の救出までは求められないと判断しました」 苦い顔のままそう告げて、彼女はリベリスタ達を送り出した。 「ですが、できれば、……いえ。健闘を祈ります」 ●Let's Dance! 「おい、クロエー。サイン書いてもらうのは勝手だけどどうすんのそいつら?」 「え?」 「逃がす?」 「なんで?」 「いや、ファンなんだろ?」 「俺こいつらの事そんな好きじゃないし」 「あっそ」 四人はまとめて、ステージの上へと蹴り出された。投げ出してきた楽器の上に倒れこみ、四人は顔を見合わせる。 「……で、サインはどうすんだよ」 「あー……受け取るの忘れたわ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ハニィ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●地下の闇 防音性の分厚い扉が、力ずくで開け放たれる。封鎖はされていたようだが、常人ならぬリベリスタ達にそんなものは通用しない。 開かれた地下には淀んだ空気が滞留しており、生暖かい濃厚な血の臭いが嫌でもリベリスタ達の鼻を刺した。 「ここに愉快な駄犬が居るって聞いて 暇潰しに来てやったんだけどもー?」 赤黒い底に響く生々しい音色を打ち消すように、『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)が声を上げる。 地獄の釜の蓋と言うのは、開ければこんな光景が広がっているのだろうか。ライブハウスへと乗り込んだ彼等が見たのは、目を血走らせ、唸り声を上げながら相喰らう多数の獣の姿だった。 ここに蔓延する病の名は『狂血病』。アーティファクトによって生まれたそれは、人の理性を侵して血肉を求めるモノへと変える。 (この人達は巻き込まれただけの可哀想な一般人――わかってるけど) もはや、そこに人としての姿は見出せない。入ってきた扉をワイヤーで再度封鎖し、飛び込んだ『存在しない月』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)が、血に飢えた獣と化した人々を文字通り斬り捨てる。盛大に上がった血飛沫が床に撥ね、ウーニャの全身を包む着ぐるみを汚した。 彼等を「どうでもいい」と断じて彼女が優先した使命、それは後に続く『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)を前へと無事送り届ける事だった。それでも、彼女がどことなく不満気なのは出発前にルカルカの放った一言が原因だろう。 零れた血にまみれ、気味悪い粘性を帯びた床を踏み、それでもルカルカの意識の先は別の方向にあった。ステージの上に向けられた顔が、自然と綻ぶ。 照明の具合で僅かにライトアップされたステージには、感染を免れていた四人の男が。そしてそこに―― 「――クロエ」 「やぁ、いらっしゃい! 意外と早かったねぇアークの皆様方!」 事の首謀者、クロエとその仲間のフィクサード3名が現れた。 「ああ、この間の子も居る? よく見えないからさっさとここまで来てよー」 ステージに這い上がってきた狂血病の人間の頭を踏み抜きつつ、クロエがけたけたと笑う。 「マッテロ」 「遊びで人の命の奪うような奴を……許してなんかおけるか!!」 話の間に寄ってきた狂血病の人間を『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)が斬り伏せ、その場所から『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)が面接着で壁へ、そして天井へと駆け上がる。返り血が、朱子のレインコートの上でパラパラと軽い音を奏でた。 「任務を開始する」 クロエ達がステージに上った頃合で、ライブハウスの別の入り口の扉が開く。慎重に、そして素早く侵入した『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)は、付近の罠の有無を確認して仲間達を招きいれた。 広がるのは、客席側とは似ても似つかない普通の光景。ただし、それは飽くまで「客席側と比べれば」という話。扉をワイヤーで固める『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)にも血の臭いは十分に嗅ぎ取ることが出来たし、通路を曲がろうとした『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)はすぐに病に侵された人間に遭遇した。 服装からするとこのライブハウスのスタッフか何かだろうか。牙を剥いたそれに、アンデッタの符から生じたカラスが飛びつき頭部を砕く。 「放置すると戦闘中に背後を取られかねないからね」 誰にとも無く言うアンデッタに、宗一が分かっていると頷いて返す。 「イカれてやがる。こんなん……本当に地獄じゃねぇか」 それでも、そう言わないではいられない。客席側ではこれが何倍にも濃縮された状況になっているのだ。 「これ以上は絶対にさせないぜ……!」 決意を新たに、三人は細い通路を進んでいく。道中に蠢くモノ達を排除しつつも、三人はすぐにその場所に至る。 もうすぐステージに辿りつくであろうそこには、フィクサードが一人、椅子の上で雑誌に目を落としていた。 「……ふつーに殺しながら来たわけ?」 「きしし、映画みたいに苦悩するって思った?」 「意外だったよ。俺はそっちのが嬉しいけど」 雑誌を投げ出し、拳を固めた男が好戦的な笑みを浮かべる。どうやら、無条件でクロエ達の背後を突くというわけにはいかないようだ。 「……墓守舐めんな。死は安息だって教えてあげる」 ●吹き込む風 火車の炎を纏った拳が立ち塞がる感染者を殴り飛ばし、拓いた道を一行は進む。迅速に、そして負傷者を出さないように。元が一般人である以上ダメージは大した事は無いだろうが、それらの攻撃を受ければ感染する恐れが生じるのだ。 まだここで理性を飛ばすわけにはいかない。火車に噛み付きかかった者をウーニャが仕留め、彼等は進む。踏み出す一歩は肉片を踏みつけ、ぬるりとした血の滑りを感じさせた。 「……ッ」 飛び掛ってきた――否。飛んできた感染者を咄嗟に朱子が剣で受け、血の雨をあえて受けることでルカルカを庇う。 「梶原、コントロール上手いねぇ」 「だろぉ?」 ステージの上のフィクサード達が愉快気に笑う。どうやら梶原と呼ばれたフィクサードが感染者を放り投げて来ているようだ。 「お前達……!」 怒りに震える朱子をよそに、梶原はステージ上で動けなくなっている非感染者達に歩み寄る。 「今度はテメェ等が飛んでみるか?」 それを止めたのは、天井を走るリュミエールだった。庇うように降り立った彼女は牽制がわりの一撃を叩き込む。 「コノ間のお礼参りッテヤツダ。ツブシテヤル」 「あー、君、前に会ってる?」 痛みに悶える梶原の後ろで、クロエが首を傾げる。顔見知りと言えば顔見知り。ただしクロエと彼女は映像でしか互いを見た事が無いのだが。 「リュミエール」 「あっそ、よろしく」 彼女の名乗りに女のフィクサードが銃弾で応え、クロエが右腕のアーティファクトの具合を確かめるように蠢かせる。そして臨戦態勢を取った彼等に、客席の感染者を乗り越えたルカルカが飛び掛った。 「クロエ、また会いにきたよ」 「ははっ、大歓迎だよリピーター!」 繰り出されるバールの連撃をガントレットで受け止めながら、クロエが笑い声を上げる。 「首の包帯、おしゃれ、ファッション?」 「良いでしょ? 記念だよ。危うく死ぬトコだったしさぁ」 包帯の下には前回の傷跡でも残っているのだろう。軽口を叩く彼に、火車が追撃をかける。炎の拳はまともにクロエの顔面を捉え、歪んだ顔に火車が蔑んだ笑みを投げかけた。 ルカルカを追うウーニャの前には、爪を手にした梶原が立ち塞がる。彼女の放った気糸に巻かれ、それでもなお前進を続けた梶原はメガクラッシュでウーニャを吹き飛ばす。客席手前で踏みとどまった彼女を飛び越え、代わりに前へと出たのは赤い刃を振りかざした朱子だ。技自体は同じメガクラッシュ。だがその威力は梶原のそれの上を行く。 「お前達悪は……私が全て滅ぼす!」 叩きつけられた刃と梶原の爪が噛み合い、甲高い音色を上げる。だがそれに押されつつも、梶原は薄い笑みを浮かべていた。 朱子の刃に必要以上にかかる力。そしてその目に宿る敵意と、もうひとつ。 「お前……感染してるな?」 戦場と化したステージ上には、行き場の無い非感染者が居た。ただでさえ降りることができないそこで激しい戦闘が始まり、彼等は追い詰められていく。 死体を乗り越え、客席から上がってきた感染者を退けたのは、最初にこの場所に至ったリュミエールだ。クロエの方に目をやり、襲い掛かる隙を窺いつつではあるが、彼女は彼等を守っていた。 「ネム、あいつ抑えとけ」 「命令すんなよコウ」 ネムと呼ばれた女フィクサードが拳銃を躍らせ、リュミエールの鼻先に銃弾をぶっぱなす。 「どけておこうぜ。お互いにとって邪魔じゃねぇか」 一瞬足の鈍ったリュミエールを回り込み、コウと呼ばれた男が非感染者に歩み寄る。無造作にぶら下げたナイフが刃を閃かせ―― 「――うおっ!?」 その瞬間に、コウの頭部を襲ったのは一羽の鴉。 それと同時に、バックヤードからウラジミールともうフィクサードが雪崩れ込んだ。盾とは守るだけの物ではない。ウラジミールの全力を込めた一撃に押され、裏に居たステージ上に転がる。 「テツ! 何やってやがる!?」 「いや、三人相手じゃさすがにね?」 引っくり返ったフィクサード、テツが言い返しながらコウの後ろを指差す。 「お前らの相手は俺たちだぜ?」 アンデッタの鴉を振り切ったコウに、宗一の巨大な剣が迫っていた。ナイフとグレートソードでは喧嘩にならないと見たか、コウは刃から身をかわすのに専念する。 「……オソカッタナ」 「そ、そうかな」 同じく駆けつけたアンデッタにリュミエールが声をかけ、非感染者をそちらへ押し出す。 何にせよ、これでようやく鎖は解けたか。 ●病の在り処 非感染者、そしてそれを守るアンデッタ、宗一、ウラジミールの三人がバックヤード側に下がる。それを追うテツを除き、ステージの上では乱戦じみた状況が続いていた。 時折紛れ込む感染者の存在もあり、隊列を組んでいるわけにもいかないというのが正直な所だが…… 「つまらんモン持ってるらしいじゃねーか?」 こうして自由に襲いかかれるのは好都合な面もある。ルカルカと共に拳を交えつつ、火車がクロエに水を向けた。 「……うん? ああ、ごめん忘れてたわ」 実際に忘れていたのだろうか、ワンテンポ遅れてクロエはそう言い、握り締めていた拳を解いた。 「それじゃ、いただきまぁす」 獣の顎の如く右手を開き、撓めた全身のバネを解き放つようにして前へ。五指の爪がルカルカの喉首に食い掛かり、柔肌に牙を埋めた。 「これで、感染だ」 そのまま床へと押し倒し、クロエがにんまりと笑う。だがそれに対して、ルカルカは当然の如く頷いて返した。 「構わない」 「?」 「好きな人が感染源なら贈り物にも等しいの」 「……はい?」 「これは恋だと思うの。好きよクロエ、殺したいくらいに」 呆気に取られているクロエの腕に手を重ね……抱きしめるように、ルカルカが組み付く。 「オメデトウ。玩具は卒業しろよクソ駄犬」 そしてそれを待っていた火車が接敵し、アーティファクトへと腕を伸ばす。 タイミングは完璧だった。が、ルカルカの身体が力任せに振り回され、深い裂傷と共に放られる。火車の一撃は何とかB・レイビーズを捉えたものの、その半分を破壊するのみに留まる。 しくじった。それを悔やむよりも先に火車の眉根が寄る。繰り出されたクロエの無頼の拳が、見切る事すら叶わぬまま彼に迫る。速度も膂力も遥かに上。 「そうか、テメェ」 「ざーんねん♪」 言いかけた言葉は半ばで断ち切られる。血走った目で、牙を剥くような笑みを浮かべて、とうに自らを感染させていたクロエは火車を殴り飛ばした。 「……遊びじゃねえんだよ、遊びじゃあよぉ」 予想以上の一撃を負いつつも火車が無理やり立ち上がる。 「ヤだなぁ、遊び以外の何だってのさ?」 先の火車の業炎撃の成果だろう、右半分が焼け焦げた上着を脱ぎ捨て、クロエが笑う。そんな彼に追撃を加えようとしていたリュミエールだが……思わず、その状況にタイミングを逸する。 「うん? どしたの、探し物?」 リュミエールの視線に気付き、クロエが軽く両手を広げて尋ねる。ずたずたになった上着の下に、何かを隠し持っている気配は無い。ポケットの類も同様。ならば、彼女が奪取を目論んでいた病を治すアーティファクトは。 「……モッテナイノカ?」 「ないよ?」 あっさりとした回答に、驚いて振り返ったのは他でもない、フィクサード達だった。 「まさか、お前、また……!」 「どういう事だクロエぇ!」 ネムは目眩がするように銃口を揺らめかせ、ナイフをクロエに向けたコウが吠える。梶原の方はと言えば、危機感無くげらげらと笑い声を上げていた。 「だーかーらー、言ったじゃん返してもらうの忘れたって」 「っ……後で殺してやる!」 「これはこれで悪かないのに、ねぇ?」 狂血病の飢えに半ば身を任せながら、クロエが問う。問いの先はもちろん、新たな感染者だ。 「……っ」 感染から発症までにはタイムラグがある。だが首筋に、あれだけ深く刻み込まれればそんなもの極わずかに過ぎない。ルカルカの出血が驚くべき早さで止まり、充血した目に飢えが宿る。 「やぁ、ははは。俺も今の君は大好きだよ!」 獣の交わりと言えば聞こえは良いが、始まったのはただの血みどろの殺し合いだ。 ●病の扱い 病の治療薬が存在しない。その事実に最も大きく反応したのは、コウと言う名のフィクサードだった。 「どけよ! 俺が皆殺しにしてやる!」 ウラジミールにブロックされて攻めあぐねていたテツを押し退け、コウが前へと躍り出る。狙うのはこの場の三人と言うよりは、その先か。盾を回り込むようにナイフが踊り、さらにコウはウラジミールを飛び越えて非感染者を狙う。 「やらせねぇよ!」 庇いに入った宗一がそれを受け止め、下がらせる。その身を抉るナイフに苦悶の表情すら見せないのは、その使命感ゆえだろうか。 「くそったれがぁ!」 さらにアンデッタが守護結界を張り巡らし、越え難くなった壁にコウが吠える。 そのあからさまな動きに、リベリスタ達も事態を悟る。フィクサードとしては高い実力を示すこの男だが今の必死さを見るに、彼も既に感染しているのだろう。そして、アンデッタが自らの守る非感染者達を振り返る。 「あいつらから何か受け取ってない!?」 「そ、そういえば、これ……サインくれって」 差し出されたそれは、言うなればアイスピックのような形状をしていた。奇妙な装飾の施された柄には、ご丁寧にもこの男の名前が書かれている。 「こんな所に……!」 「それを、寄越せぇ!」 コウが必死で手を伸ばすが、立ち上がったウラジミールに阻まれ届かない。その様子を見て取り、アンデッタは口の端が不吉な上がり方をした。 「これが無いと、君もゾンビの仲間入りりりり」 多分最悪の相手に見つかった。それを悟る程の余裕はコウには無かったが。 「ふざけるなああああ!!」 血走った目、叫ぶ口から唾が飛ぶ。頃合を見計らい、ウラジーミルと宗一がフィクサード二名を押し出した。 「ちょ…・!?」 理性を飛ばしたフィクサードが自らの仲間へと食らいつく。 「W・レイビーズはこっちの手の内だそうよ?」 「やってくれたもんだ」 ウーニャの言葉に、梶原は動じた様子を見せない。病に対する意識は皆それぞれという事だろう。幸い、動じさせる必要も無く梶原を追い詰めることはできていたが。 ウーニャとは反対側に位置した朱子が赤い刃を振りかぶり、なりふり構わず叩きつける。狂血病による強化を乗せた彼女の攻撃に、梶原の表情が歪む。 「殺されたくなかったら客席に飛び込めば? 生き残れる保証はしないけどね」 位置取りを一歩間違えば、朱子はウーニャに襲い掛かる。所詮は綱渡りなのだ。言葉を重ねるウーニャだが、その口調には余裕が見えない。 「……良い案だ」 動揺を誘う言葉にふと笑い、梶原は二人の手を取る。虚を突かれた二人は対応しきれず、三人は揃って客席にダイブした。 革醒者による度重なる攻撃と、共食いによって人間の数は激減していた。だがそれでもステージ下には何人もの感染者が餌が落ちてくるのを待っていた。複数の噛み付かれる感触がウーニャを襲い、彼女の意識に血の飢えが浮かび上がる。 爪と歯が合わさる音が何度かした後、暴風が三つ、感染者達を薙ぎ倒す。発症した革醒者の攻撃に、元が一般人である彼等が耐え切れようはずもない。 盛大な血の嵐を巻き上げ、三人は互いに近寄る。 ウーニャのダンシングリッパーが朱子と梶原をまとめて刻み、反撃した梶原がギガクラッシュでウーニャを地に叩き伏せる。さらに朱子も刃を向けるが…… 「私の存在は、悪を滅ぼすためにある」 病の衝動に打ち勝ったのは、彼女を突き動かす怒りだった。連続した斬撃で梶原を刻む。もはや返り血など気にもならなかった。 ●病の終わり 「クロエ、まずいよ」 ネムが、焦ってクロエに声をかける。視線の先では、味方に噛まれたテツが宗一に斬り倒されている。命を落としたのは、誰が見ても明らかだった。 「えー。ダメっぽい?」 病に酔っていたクロエも顔を上げ、残念そうに言う。ステージ上は彼等と、そしてリベリスタの血で鮮明に染まっていた。 「逃ガサン」 壁を走ったリュミエールがネムの後ろに着地し、音速の刃で無数の斬り傷を負わせる。返り血を避ける彼女の横に、力尽きた女フィクサードが沈む。 「あーあ……いや、帰るよ」 火車を地面に這わせて、クロエはバックヤードの側へと下がる。 「よう、どこに行くんだい、お嬢さん」 「ちょっとそこまで、ね」 宗一が揶揄して注意を引くが、意識の飛んだコウの相手をしている彼には止める余裕は無かった。彼等の脇を抜けたクロエはウラジミールの突破を狙い、シールドの隙間を縫う一撃を放つ。 度重なるブロックで疲弊していた彼に、これを耐え切る余力は無い。 「命がある限り血の一滴までもただ未来のために!」 「え」 クロエの失敗は、その一撃で爪を立ててしまったこと。フェイトを消費して立ち塞がり、さらに病で限界を超えたウラジミールがクロエを押さえる。 「おいおいおいそういうのは嫌いじゃないけどさぁ!?」 振り払うこともできない内に、追撃をかけたのは。 「クロエ、ルカの、ものに……!」 意識の有無すら怪しいルカルカだった。血塗れながらもその体は確たる一撃を放つ。 「……が、あ!?」 アーティファクトを纏ったクロエの右腕が、ものの見事に千切れ飛んだ。 ●致死率 宗一の手でコウが果てるのを確認し、アンデッタが今にも同士討ちを始めそうなルカルカとウラジミールに針を突き刺し、狂血病を解除する。病によるブーストが外れ、限界を超えた彼等はその場に膝をついた。 「クロエ……ルカを殺すんでしょう?」 朦朧として呟くルカルカに言葉を返すものはいない。右腕と、そしてアーティファクトを置いて逃げ果せたクロエも、払った犠牲の大きさからしてそう長くは無いだろう。 朱子と、ウーニャと、そして生き残っていたわずかな感染者の病を消し去り、アンデッタは足元を見渡す。 墓所と呼ぶにはおあつらえ向きの立地だが……。 流れた血が乾き切り、こびりついたそれが消える日はくるのだろうか。悪夢の夜は、こうして終わる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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