●Snuff movie 「スゲェ、切り裂きジャックだよ」 「あの首無し死体。やっぱり人形ではないようですね」 狭い一室の中、携帯に備え付けられたテレビを食い入るように眺める2人。 彼らはここ数日ある悩みに苛まれていた。 山積みの宿題こそ解消できたものの、まだ自由研究が残っている。残っているが今ひとつ格好のネタがなくて悶々としていた。 「このパニックに乗じれば……」 「お、何かいいアイデアが出たか斉藤!」 「全く調子がいいですね。えぇ、自由研究は人体解剖にしましょう!」 斎藤と呼ばれた青年はメガネを上げ、非常に物騒な事を高らかに宣言する。 「しーしー、でもバラバラにするのってゾクゾクするよな」 禁忌に手を出す事に躊躇せず、逆に楽しみにしている口ぶりを見せる黒髪の少年。 「ゾクゾクじゃないですよ。もし失敗しても混乱に乗じて逃げられるし、僕達なら法は寛大。 やるなら年を取らない内でしょう」 それとは対照的に、斎藤は至って冷静に行動するにあたっての根拠を挙げる。 法の優しさを、大人の希望をも平気で踏み躙る。非常にしたたかなやり方を以て彼らは自らの行為を正当化する。 「じゃ、決まりだな」 「えぇ、メンバー集めて狩りに行きましょう」 意見が纏まれば後は早かった。工藤はスマートフォンを取り出し、早速文面を打ち始めた。 そして、次に見えた光景は正視に堪えうるものではなかった。 「オラなめんじゃねェ」「死にさらせや!」 狂乱の坩堝と化した駅前広場。そこは彼らと同じ事を考えた者達で溢れていた。 アスファルトは黒く染まり、スーツ姿の男女は逃げ惑い、口舌表せぬむごたらしい死体があちらこちらに転がっていた。 そこに2人、一際若い彼らが次々に凶刃を振るう。 「警官の頭ゲットと、そちらはどう?」 「やーわりぃ、頭砕いちまったぜ! 次どうする?」 「採取してる所がバレない内に戻ろうか。 人の解剖死体だけど入手経路は口裏合わせってことで」 「マジかよー。猿と人って吹っ飛び方違うから勘弁してくれって!」 まるで遊び終わった後のように、談笑しながらその場を去る2人。 後に残るのは首は飛び、頭が砕け、胸が爆ぜた死体が無造作に転がるのみだった。 ●凶行を止めろ 「皆さん、こんなチェーンメールが届いていませんか?」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)がスマートフォンを投影機の上に載せ、ピントを調整すると問題の文面が現れる。 === To:天原和泉 Subject:自由研究しませんか? 添付:ズバッとモーニング_1.wav まずは動画を御覧ください。 この人物はジャック・ザ・リッパーという イギリスで汚らしい娼婦を大量殺戮した伝説の殺人鬼です。 何故今になって再来かはわかりませんが、現在も中心部ではパニックで機能マヒを起こしていると友人から聞いています。 私もジャックのファンで、今回の一件は酷く興奮してしまいました↑↑。 伝説の殺人鬼の再来ですよ! 興奮しないわけがありません!! 失礼しました、ここから本題です。 この機に乗じて殺人行為を体験しませんか? 興奮を収める意味合いもありますが突発オフみたいなものです。 対象は15歳以下、大人の同伴は厳禁。 7時に●●駅前正面口に現地集合、おやつや武器諸々の持参は自由です。 黒服を着た黒髪とアッシュ、サングラスにゴルフバッグ持ってるのが自分達です。 最後に、このメールを受け取った後、 『5分以内に友人全てに転送してください』 時間が過ぎると添付してあるウィルスプログラムにより 『個人情報が全てインターネット上に流出します』 それではお待ちしてます! === 「届いた瞬間驚きましたよ。ウィルスは全くの嘘でしたが、動画は本物でした」 内容だけ見れば幼稚なチェーンメール。 しかし、これの根拠となる事象はまさに現在進行形で行われている、正真正銘の惨劇。 「視たものとメールを照会し、当案件をフィクサード事件と認定。 これが犯人のデータですが、思った以上に厄介な相手のようです」 渡された資料に記された2人は共に中学生。 ジャックの狂気とメールの表題である『自由研究』が混ざり合い、彼らを外道にまで落としてしまったのだろうか。 「時間帯を考えると一般人が大挙していると考えていいでしょう。 加えてこのチェーンメールによって2人とは無関係のフィクサードも来る可能性も考えられます」 そして、更にダメ押しを加えるかのように1枚の絵をスクリーンに映す。 指のない黒いレザーグローブを彼女は『焔火の手』という名のアーティファクトであると説明する。 フィクサードとアーティファクトの処理、一般人の退避。 これまで以上にやることが多く、そして一般人の命を握り合う戦いになることは必至だろう。 「フィクサードを処理することも大事ですが……くれぐれも気をつけてください」 和泉の発した不安げな言葉は、一層リベリスタ達の気持ちを引き締めた。 ● 午前7時55分、駅前広場。 辺りを見回してもそれらしき人が居ないことに、工藤は不快な表情を見せる。 「うーわ、俺らだけ? つまんね」 「漁夫の利狙いかな。まぁ僕達は特別なんだから大丈夫、アレも使っていいよ」 「あぁ、『アレ』な。この前不良にかましたら目から火ぃ噴いてすっごいの何の――」 「ま、邪魔したら同じようにしてやればいいですよ」 そんな工藤を諌めるように言葉を遮る斎藤。 くるくると紡ぐは白銀の気糸。工藤が身につけるは漆黒の指ぬきグローブ。 「ゲーム・スタートまであと3分、かな」 感情の見えない、ひどく落ち着いた斎藤の瞳は、その時を待ちわびていた。 夏休み最後の自由研究が今、幕を開ける。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カッツェ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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◆7時前の人々 午前6時48分。 駅前には朝早くから通勤しているサラリーマンが多く、このゴミゴミとした朝の一幕はもはや日本の風物詩といえる。 何か惨劇が起こるかもしれない――そんな予感を抱えつつも、彼らは生活のため、はたまた家族の為に会社に出なくてはならない。 悲しい民族性と言う無かれ、彼らもまた生きるために戦う身である。 「それじゃぁ、上手くやって頂戴ね」 「おぬしらもしっかり頼むぞ。でないと、わらわがここまでした意味が無いからのぅ」 電車を降りた『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)が問いかけるのは、髪を黒く染め、服装も今風な黒服。さらにゴルフバッグを担いだ『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)。 彼女の体躯とあいまってゴルフバッグは大きく見え、言われなければ一目見て瑠琵だと気づくものは早々居ないだろう。 「解っているわ。子供とはいえ、容赦はしない」 『エーデルワイス』エルフリーデ・ヴォルフ(BNE002334)は至って冷静に場所の確保に当たる。 念には念を。仮に作戦が失敗したときには即座に動かなければ、この人波が瞬く間に血の海と化すだろう。 まだ、工藤と斎藤らしき人物は見当たらない。決行するなら今しかない―― その一方、西側から捜索に当たっていた桐生 武臣(BNE002824)ら3人は、早速フィクサードの一塊と接触を図っていた。 アタリを付けずとも、その集団から溢れ出る空気は抜き身の刀。 知らず知らずのうちに人が避けて通るほどの殺気の中を掻き分け、武臣はフィクサードの1人に声をかける。 「あんたら、メール見てきたヤツらかい?」 「工藤か」 「あぁ、やる前に頼み事が出来た」 迂闊に口を滑らせれば、ミンチにされるほどの暴力的な殺気。 『早く人を殺したい』という意思が狂気となって渦巻く空気の中、武臣は交渉を進める。 邪魔者の排除とそれに対する報酬、そして殺害に対するボーナス。同種の空気を帯びていることから来るある種の信頼感。 それらが合わさり、集団の空気が1つの結論に辿り着く。 「乗らないわけねぇだろ。でソイツらはどこだ」 「まぁ待ちなさい。リベリスタも潜んでいる以上下手に暴れるのはよくないわよ」 『自称:アイドル教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)の言葉に動揺が生まれる。 察するに、彼らの技量は半人前どころか5人でようやく1人前といったところか。 「気にするな。どうする、乗るか乗らないか」 そこからは非常に早く、そして手綱を握るのは容易いことではなかった。 暴走を抑えながら、集団と共に捜索を始めるのはリベリスタ3人の力でも難しく、一般人に絡むフィクサードを無理に引っ張り、連れ戻すという作業を何度も繰り返した。 「いつ暴れだしても不思議じゃないわよ」 「それによく喋ることができたですね」 やや疲れ気味のソラは超直観で辺りを見回すも、特に目立ったものは見当たらない。 終始気圧されて無口だった来栖 奏音(BNE002598)はようやく口を開き、エネミースキャンで確かめた5人の能力をフィクサード達に漏れないように話す。 やはり予想通りの強さのようで、このチームだけでも十分片付けることはできるが、まだ倒す訳にはいかない。 「まぁ慣れたものだ。あとはどれだけ喰い合ってくれるか……」 この集団ならば3人で十分だが、今となっては大事な駒。 中央口を素通りし、東側へと一行は向かう。 そして、その東側に固まっていたフィクサード集団の相手をしていた瑠琵の交渉は思わしくなかった。 「おい、そうやって警察にチクるつもりじゃないだろうな」 「塔の魔女ってどこで聞いたっけな……なぁ、何か隠してないかお前さんよぉ」 出だしこそ上々だった。塔の魔女のブラフも反応はマチマチだった。 しかし、メールを撤回する内容には流石の彼らも不信感を覚えたか、ガラの悪いフィクサード共が自然と工藤――もとい瑠琵の退路を塞ぐように動き出す。 「(見送ろうにも逃してくれそうにないのぅ)」 「どうした、5人でなら1人潰すのぐらい容易いぜ?」 「なかなか可愛い顔してるしなぁお前、ギャハハ!」 ここでスキルを繰り出すは容易いが、自らこの騒乱の引き金を引いてしまうか。 だが、不信から嘘が露呈するのも時間の問題。ならば―― 「全く、ノリが悪いのぅ」 5対1。逃げ場のない状況下で、瑠琵を中心に氷の雨が吹き荒れた。 ◆少年とリベリスタ 6時55分、1本の電車がホームへと到着する。 アッシュと黒髪の少年2人は、予め用意していたサングラスを2人とも身につけて中央口へ通り、早速辺りを確かめる。 メールに感づいてか――同じ者を持っているのが4人集まってはいる。 男性1名女性2名。そしてフルフェイスでよく分からないもの1名が自身の所在を示すように合図をしている。 素性はともかく、この中には明らかな『タブー』が含まれているのは間違いない。 全く、大人はいつも姑息で厭になる。 「来たね、ここだよ」 手を挙げて合図するのは『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)。フルフェイス姿が一際この人波の中で目立つ。 「さて、どうも内容を読んでない人が居るようだね」 アッシュ髪の少年こと斎藤が言う『読んでいない人』とは、おそらくと言わず『気焔万丈』ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)の事だろう。 卯月も目立つがこちらも目立つ。朝からギャランドゥな空気全開である。 「ごめんなさい興味があるという事でして。 ……大人同伴厳禁という事でしたけど、なんとかなりませんか?」 「ひゅう、いいよいいよ気にしないで!」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の言葉に斎藤は表情を崩さないままだが、それを遮り工藤は快諾する。 「ハゲオヤジとはご挨拶だな。俺はあれだ、見届けに来ただけさ」 「見届け?」 「あぁ。お前らと、あとこいつらが伝説の殺人鬼のように、新しい伝説となれるかどうかを、な」 その様子を見てソウルも話を始め、2人の中二病をくすぐるかのようにおだて始める。 「それで、まだ数人来てない連れがいるのでもう数分待ってもらえないでしょうか?」 「こうも持ち上げられたらしかたないなー! こっちの斉藤君と一緒なら伝説超えは間違い無いだろうしな。 「……」 上機嫌な工藤に対して斎藤は頑なに表情を崩さず、煽れば煽るほどに2人の感情差が顕著に現れる。 「まあ、景気づけだ、一杯お前らもやるか?」 取り出した瓶には『Killing God』と描かれたラベルが施されており、誰が見てもそれが酒だというのは否応なしに分かる。 「お、気前いいなおっちゃん! じゃぁ栓抜いて、いただき――」 「結構です、僕達は未成年ですのでこのままお返しします」 「んあ?」 指で栓を抜く気満々だった工藤が動きを止め、斎藤がその瓶をひったくる。 彼は歳相応の、爽やかな笑顔をまったく崩さないままソウルに瓶を返す。 「おっと悪かったな。 で、アレに感化されただけじゃないんだろう? なぜ――」 ソウルが瓶を受けとろうと手を伸ばす。 「――!」 しかし、それを傍目で見ていた『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)は、そんなただ瓶を返すだけの斎藤の動きを見逃さなかった。 『逃げて』と、沙希がハイテレパスを通じて反射的に伝えた瞬間、ソウルは有無をいわさずその身をとっさに反らす。 同時に斎藤の手から白銀の気糸が飛び出し、微塵に砕けた瓶は破片と中身を地面に撒き散らかす。 まさに紙一重。一瞬でも判断が遅れていれば、確実にソウルの心臓を捉えていただろう。 「……」 卯月が、リセリアが身構える。仄かに漂う洋酒の香りも、先ほどのやり取りも、まるで関係ないフリをするかのように人々は無視していく。 ◆少年、かく語る (……チッ) 長く、重い沈黙を打ち砕いたのは1本のアナウンス。 それと共に斎藤は心の中で1つ舌打ちをし、重い口を開いた。 「アレ? ジャック様はあなたに『アレ』と呼ばれるほどの人物ではありません ジャック様は汚らしい娼婦を、科学と退廃で穢れきったロンドンの街から退廃の象徴である娼婦を放逐しようとした立派な善人ですよ」 時は16世紀、光化学スモッグによって霧の街と化したロンドンにおいて、切り裂きジャックことジャック・ザ・リッパーは娼婦のみを狙って惨殺し、やがて姿を消した。 ――しかし、その正体はリベリスタだけでなくもはや万人が周知の通りである。 にも関わらず、口から放たれるのはジャック・ザ・リッパーを崇拝する言葉の数々。 それも信望と狂気に満ちあふれた、どこか狂ったような冷淡な目をしたまま話を続ける。 「あのメールを書いたのは貴方でしょうか?」 「えぇ、これで自由研究の手伝いをしてくれるというのであれば有難かったのですが―― あなたは綺麗だから、斬り落とすには本当に惜しいですよ」 若干ではあるが、ソウルと見る目が違うのはお世辞ではない証拠だろうか。 いずれにせよ、リセリアにとって許容しがたい発言には代わりない。 「……命のやり取りをゲームのように扱うのが、貴方の望む世界だと?」 「えぇ。望む世界にするには、まずは薄汚い大人の排除が必要だと思います。 ゲームはその延長線、まずはあのような汚れた大人は消えてもらわないと」 そう言い、斎藤はソウルに視線を向ける。 自分がどれだけの我儘を言っているのか解っているだろうか。 その崩れぬ表情からは本当の意図は読み取れない。 『最近の若い者は』などという数千年前から使われていた常套句すら、ソウルの頭を掠めるほど、斎藤の言葉は生ぬるく聞こえた。 「仕方ないですね……では、始めましょうか」 「その凶行、未然に阻止させていただくのだよ」 卯月が結界を展開し、それぞれがAFより武器を展開していく。 これだけの人波だ、気休めになれば良い方か。 「工藤君、こいつらは敵だよ。早く武器を」 「げ、汚ったねぇ。そらよっ」 工藤がすかさずブラックコードを渡し、自身はゴルフバッグから『焔火の手』と鉄パイプを取り出す。 「きなよ、ガキども」 「ゲーム・スタート。援護宜しく」 「わかってらぁ! さっさとやること済ましてぇしな」 「おいあいつら……」 「もしかして――」 その光景を、どれだけの人が見ただろうか。 膨れ上がる『嫌な予感』は次第に伝搬し、人々に緊張が走る。 「殺される、逃げろ!!」 「うわぁあああああ!!!」 そして誰かが放った言葉ひとつで、一般人は容易くパニックに陥る。 駅前から逃げるもの、タクシーに殺到するもの、前後不覚に陥り戦う中を突っ切ろうと試みるもの。 その場に居たリベリスタを除いては、誰一人として正常な思考を持つ者は居なかった。 ◆ 『お客様にご案内いたします。 中央正面口におきまして現在点検作業を行なっております。 お急ぎの中大変ご迷惑をお掛けしますが、南口側より乗降をお願致します』 「これでばっちり。あとは――」 魔眼の光を瞳に燻らせ、その場を立ち去ろうとしたおろちの耳に届く喧騒と悲鳴。 「少し急がなくちゃ」 嫌な予感を感じつつ、おろちは瑠琵の向かった東口へと急ぐ。 東口、その一角では一方的な暴力が繰り広げられていた。 エルフリーデの遠距離支援もあって全体的に消耗しているものの混乱とまではいかなかった。 技量こそ取るに足らない一撃だが、数の暴力で圧倒する彼らに対し、瑠琵に疲れの色が見え始める。 「このままではまずいのぅ……」 「何がまずいって? まずはテメェからだ!」 後悔している間もなく更に加えられる容赦なき一撃を避け、次の攻撃に備える。 そして、エルフリーデの双眼鏡越しに見えるもう一つの集団。 「あれは……」 彼女にはそれが何者なのか察しがついていた。しかし、囲まれていて把握の難しい瑠琵の五感からは、その足音がどれだけの恐怖に感じたことか。 (わらわの身を以て、場を収められぬか……) 運命の加護すら投げ捨て、刺し違えることすら覚悟した――その時だった。 「なんだぁ! このガキのお守りか!?」 「うるせぇ死ねや!」 新たに来た集団の一人が、有無を言わさずその場に居たフィクサードに一撃を加える。 「こ、殺せー! 2人とも殺せー!」「抜け駆けさせんな、全員潰すぞ!」 まさかの挟撃にパニックに陥る者もいる中、その場は瞬く間に血で血を洗う抗争へと発展していく。 「……な、なんじゃ?」 いきなりの事に目を丸くする瑠琵。これは一体、どういうことなのか? 「瑠琵、大丈夫?」 その答えを知る人物こと、ソラが合間から彼女を手招く。 「すまぬな。とすると、そっちは上手く行ったようじゃな」 「でも、このまま野放しにはできないのよね」 傷を負ったものの当初の目的は果たせた。 だが、今でこそ彼らは利を求めて潰し合っているが、これが終えれば一般人を対象としたボーナスステージが待っている。 言葉のアヤとはいえ、きっちり潰しておかねば。 「派手にやっていると思ったら……こいつらが邪魔モン?」 おろちも短剣を隠すように握ったまま落ち合い、エルフリーデも遠くからその様子を見て、眼を研ぎ澄まし、ライフルを構える。 「それでは纏めて、先生によるお仕置きタイムと行きましょうか」 「先の傷、たっぷりと返させてもらおうかのぅ」 「近づくヤツはブっころしちゃうわよん!!」 そこからは、ただフィクサードを薙ぎ払うだけの軽微な作業だった。 一塊の集団となったフィクサード達を巻き込み、力量差で叩いてすり潰す。 武臣に嵌められたと感づいたフィクサードが慌てて騒ぎ立てるも、その人物は当人の一撃によってしっかりケジメを付けられた。 ソラの雷光に焼かれて1人、また1人と落ち、もはやリベリスタの敵ではなかった。 「思い通りに行くと思ったら大間違いじゃぞ」 「そうそう、コロしそこねたらコロされるぐらいじゃないと」 蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事か。おろちは自らの欲望を満たすかのように破滅的なオーラを伸ばしていく。 「ま、まて。俺はまだ……」 「んじゃ、コロすわね」 おろちから伸びた黒が彼の頭を抉り、あとに残るのは転がるフィクサードの死体とパニックを起こす人々。 広い場所でドンパチやるからにはもはや仕方の無い事だったが、これ以上は時間をかけられない。 自分たちが元凶にされてしまうことだけは避けなければ。 時計の針は、6時58分を指したばかり。 今もなお首謀者と戦う仲間の下へと、彼女らは向かう。 ◆Blood Blood 「まったく、向こうも派手にやりやがる」 「じゃぁこっちも派手にやろうぜ、なぁおっさん!」 数では有利なリベリスタ。だが相手の力も相当なもので、容赦なく打ち付ける重く、気の篭った一撃はソウルの胸板を貫き、内部から壊していく。 斎藤も排除せんとピンポイント・スペシャリティで改めて攻勢に打って出る。 白銀の気糸が4人を貫き、ソウルの身体が痙攣する手応えに殺害という確信を持った瞬間、彼の視界が白く曇った。 「貴方の凶行は、必ず阻止します」 「この程度で退くと思わないでください」 戦場で獲物を振るうものとして、斎藤のような物は負けられない。リセリアの放った一撃は見事に斎藤の眼鏡の一部を砕き、困惑へと導く。 「ガキの想いを受け止めてやるのは、大人の義務だ。心配するんじゃねぇ」 工藤の3発に加え、斎藤の強烈な一撃を一矢に受け、血塊を吐き出すソウル。 翼の加護、コンセントレーション、ハイスピード……準備を行う間にも彼らは情け容赦なく攻撃を仕掛け、沙希の天使の歌だけでは回復も追いつかない。 「所詮ゲーム感覚。けど油断は出来ません」 跳躍。そして小さな羽根を広げ、リセリアは斎藤を惑わせるように愛剣『セインディール』を振るう。 軽い一撃ではない事を自身で確かめ、リセリアを叩き落とそうとしたその時だった。 突如、パンと軽い音が彼の耳に飛び込んでくる。この4人の中に銃を持つものは居ない とすれば―― 「てめぇ、2対10とかやりすぎだろ!」 「アウトロー気分もここまでよ」 「先生によるお仕置きタイムと行きましょうか。 それに、潰されるくらいの覚悟はあるのでしょ?」 ライフルに次弾を装填するエルフリーデと、獲物を手に身構えるソラ。 勿論彼女達だけではない。別行動をとっていた6人が中央口に集結し、ようやく全員揃うこととなった。 「あとはどっちかイクまでがっつりオシオキしなくちゃね」 おろちが舌なめずりをし、斎藤を見据える。 状況は不利で、一刻も早く逃げ出すべき状況下ではある。 しかし―― 「ここを凌がないとジャック様に到底及びません」 「やるだけやってみっか。リベリスタの首も悪かねぇし」 彼らは笑っていた。それは余裕か、それともただの慢心からくるものなのか。 いずれにせよ、降伏という文字はまだ見えそうにない。 「でも、早く逃げないと僕達も危ないかな」 リセリアに加えたさらなる一撃をきっかけに、リベリスタは動き出す。 6時59分、狂乱の中で時間だけは穏やかに進んでいく。 ◆少年は憧れ、焦がれ、そして真似る 状況は一進一退だった。 ソウルのブレイクフィアーに加え、瑠琵の守護結界や傷癒術は確かに功を奏している。 だが決め手に欠けていた。 前準備に手間をかけている間にも彼らはどんどん攻撃を仕掛けるため消耗戦と化し、加えて斎藤もフェイトで起ち上がるので、手間がかかればかかる程に追い込まれていく。 「やっぱり結界を張って人払いをしていましたね。飛び込むのなら狙っても構わないか」 「そのようなことが許されるはずがない、防がせてもらうのだよ」 何より危惧していた一般人への被害、これを防ぐために身を呈すという行動もリベリスタ達の足枷となっていた。 人質としての価値の問題ではなく、ただ崇高な目的のために『自由研究』という手段を選んだに過ぎない。 その為に解剖法なども本や動物で学んできた斎藤の崇拝心もかなりの物だが、それ故に彼が狙う者も限定されていた。 視線が一点に集中し、構えが変わる。 「その技、私が貰って正しく使ってあげる」 ソラが彼の前に立ちはだかる。 「さて、使えるかどうかは判りませんが――」 斎藤はあくまでも落ち着いていた。その腹の底ではどれだけ憎悪で煮えくり返っていても、それを表立って出すことは彼の美徳に反する。 だからこそ、彼はその吐き場を探す。 「ちょうどいい所に」 腰を抜かしている女性に目を向け、斎藤はブラックコードで瞬時に拘束する。 金髪にネイルを付けた、いかにも今風の女性。斎藤はこのような女性を娼婦になぞらえ、狙っていたのだ。 「その人を離しなさい!」 「いえいえ、使いこなしたいというのでレクチャーですよ。 よく見てください、こうやって――」 体の至る箇所に巻きつけた糸を、無慈悲に引く。 「!!」 その瞬間、女性の身体はバラバラに崩れ、不揃いな輪切りの肉塊に変わる。 「一気に引いて食い込ませれば綺麗に斬れますよ。次はあなたの番です」 顔色ひとつ変えず、ソラを拘束する斎藤。 その残虐性までは、彼女は模倣しきれそうにないと悟った瞬間だった。 「それにしても、何故一息に叩き潰そうとしないのですか?」 「間違った道を歩もうとしている子を潰さず、正しく導くのが教師の役目。 けど手心は加えない、あなたが更生の道を歩んでくれなければなおさらよ」 「……そうですか、僕はそんな先生が青臭くてあまり好きじゃないですね」 斎藤はそう告げ、再び糸を引いた。 「オラオラオラ! 丸焼きになっても知らねぇぞ!」 一方で、工藤も厄介な存在だった。 前に出た彼は『焔火の手』から吹き出る暴力的な炎を撒き散らし、リベリスタも一般人も関係なく辺り構わず攻撃するさまは恐怖さえ感じる。 「力にはならないが、動きを止めることならできるのだよ」 卯月が足元に展開する気糸の網を展開すれば、工藤の脚に食い込み動きを阻害する。できるだけ捕縛も視野に入れていたが、まずはこの窮地を乗り切ることが肝要だ。 「はめやが――いってぇ!」 更にダメ押しの1$シュートが、工藤の身体ではなくアーティファクトを直接狙い撃つ。 「く、このままでは不利か」 工藤の足が止まったことでおろち・武臣・リセリアの3名が弱った斎藤を集中的に狙い、更に傷を負わせる。 「あんたもシツコイのね。少しは楽しめそうだわ」 「……楽しまれる筋合いはないですね」 急所を突かれ、いよいよ余裕がなくなったか彼の表情に陰りも見え始める。フェイトが残っていたとしても、これ以上は立ち上がれまい。 「自由研究なぞ、適当な本でも丸写しすれば良いじゃろうに」 「これも付き合いってやつさ、あいつも俺も気が合うからな」 気が合うと言うよりも、同じくフェイトを持つもの同士惹かれ合ったというべきか。工藤も斎藤も力のベクトルは違っても、それを他者にぶつけるという点では同じ事が言える。 「だからと言って見過ごす訳にはいかないのだよ。対抗する力を持つ者が倒れるわけには行くまい」 「要するに好きにやらせねえってわけだろ? 解いたら覚えてろよ」 それはいくら詭弁を並べても反社会的行為であり、立派な罪でもある。 故に戦う、対抗するものは居なければ惨事は免れない。 ならば、自分のできることをやるまで。 卯月は改めて敵対の意志を示し、赤い宝石の付いた術手袋に魔力を込めると光の粒子が生まれては消え、武臣の意識と同調しあいその力を分け与える。 「助かる、こいつで決まるかどうか」 集中し、次に備える彼を尻目に工藤はますます暴れるばかり。 「わりーが、俺はてめぇらの嫌う古臭いタイプの人間だ。 体罰と思うな、愛の鞭と思えよ」 ボロボロの体を動かし、ソウルが工藤に対しパイルバンカーを横殴りに叩きつける。 平時であれば余裕で避けられる一撃も、友人のピンチに血が上りすぎていたせいか直撃を受けて地面に倒れる。 「て、め……ぶっ殺してやる」 這うように立ち上がる工藤、愛の鞭を受けて更生とはなかなか行かないものだ。 「まだ倒れる訳にはいかないわよね」 「あれ、死んだかと思いましたよ」 傷だらけの身体を奮い立たせ、なんとか立ち上がるソラ。 それを無関心そうに一瞥した後、斎藤が時計を見る。針は丁度7時を指したばかりだ。 すでにパニックを起こしていた人もまばらで、戦いに巻き込まれた一般人も少なく自由研究の題材になるような者も居ない。 (そろそろ潮時か。いざとなれば工藤を盾にしてでもにげるとしよう) 攻撃を仕掛けるおろちに、ソラと同じく気糸を絡める斎藤。 戦いは最後の局面を迎えようとしていた。 ◆ゲーム・オーバー ゲームも戦いも、いつしか終りを迎える。 非常にあっけないものだとしても、それは終わりにすぎない。 「ここまでアタシを追い詰めるなんてイケないコ達よね、ゾクゾクするわん」 ブラックコードが食い込んだ身体をフェイトの力を借りて解き、神経を研ぎ澄ましたおろちの一撃が斎藤の胸を打つ。 「……何をした」 限界を超えて戦い、体力を消耗しきっていた斎藤はそのままアスファルトに倒れる。 同時に、おろちが心臓に植えつけた死の爆弾が、静かに時を刻み始めた。 「これでオシマイ、もっと素敵な顔が見たかったわ」 「あなたに見せる顔なんてありません、視野に入るのも穢らわしい」 「ツレナイわね」 おろちはやれやれと、仰向けに倒れた斎藤の顔を見る。 「力を揮うなら、貴方達がそうしてきたように…… 自分がこうなるかもしれないという事、考えた事がありましたか?」 もう残る時間が少ないことを承知で、リセリアが尋ねる。 「考えたことはなかったですね。 目を零して欲しくもなかったし、止めて欲しくもなかった」 「……それって、寂しくないのでしょうか?」 「……」 その問いに斎藤は答えない、それは彼自身の定めた美徳を最期まで貫く、固い意志の現れでもあった。 「もう日本は終わりですよ、僕が死んでもジャック様が必ず果たしてくれる。 穢れ無き、理想の――」 そして、全ての言葉を吐き終わる前に斎藤の心臓は爆ぜた。 運命の加護から見放されてしまえば、こうもあっけなく人は死んでしまうのだ。 その様子を、工藤は止めることも出来ず眺めるだけしか無かった。 「……許さねぇ。 ぜってぇ許さねぇ! 1人1人炭にしてやらぁ!!」 解けたときには遅かった。だが敵は討てるかもしれない。 その矛先を向けたのが、足を止めていた卯月と、古臭いハゲオヤジことソウルだ。 「甘ったれんな! てめぇはてめぇだろうが!」 させるかとばかりに目の前に立ちふさがるソウル。 「うおわああああああ!!」 工藤は慟哭のままに首もとを掴み、アーティファクトから生み出される膨大な熱量をソウルへと送り込む。 人間であれば脳が沸騰し、死に至らしめてもおかしくない高熱が体内を駆け巡り、それが体の至る場所から炎となって吹き出す。 「爆ぜやがれえぇぇ!!!」 「爆ぜる、かよ!」 無限機関を無理に動かし、体の熱を放出する。運命の加護を燃料に、ソウルはまだ耐える。耐えて、耐えて――そして、工藤の動きが止まった。 「くっそう……」 アーティファクトに力を入れ過ぎたか、工藤はソウルにしがみついたまま動けない。 「……ふざけた自由研究なんざする必要はねぇ、良かったな」 武臣はそんな工藤の首筋にバールのようなものを当て、彼に残る意識を首の骨ごと打ち砕いた。 ◆ 「これだけの被害で済んだだけ、良かったと思うのだよ」 工藤の腕からアーティファクトを取り外す卯月。 遠くからサイレンの音が聞こえ、徐々にこちらに向かって近づいてくる。 これだけの騒動を起こして警察を呼ばれないわけがない。このまま居続けるのも賢明とも言えない。 「目につきにくいルートは把握している、付いてきて」 エルフリーデの言葉に急いで中央口を後にするリベリスタ達。 背後では大多数の人員が車から降りてくる音が聞こえる。少しでも遅れていたら―― そんな考えがふとよぎりながらも、彼らはその場から立ち去ったのであった。 ◆そして、また一日が始まる 死傷者数名を出した駅前の惨劇は、かくして幕を閉じる。 救えなかった命は確かにあった。だが、それ以上に救えた命もある。 「ジャック・ザ・リッパー、必ず私達が止めて見せます」 斎藤の最後の言葉を思い出し、決意を固めるリセリア。 たとえ凶行が繰り返されようとも、リベリスタはフィクサードを止めなければならない。 それが運命の巡り合わせなのだから―― 時計の針は7時30分を指す。 今日もまた、撮れたての新しいニュースが飛び込んでくる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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