●殺戮の夜 夜になっても蒸し暑さの残る公園の広場を、涼しげな風が駆け抜けていく。 本来なら心地好いその風にはしかし、強烈な……吐き気をもよおすほどの鉄の香りが含まれていた。 もっとも、それに実際に吐き気を催す者はいない。 本来なら吐き気を催したであろう者達は既にそういった事の一切ない、息をしないかつて人であった存在へと変わっていた。 息をしている者達は、この香りに吐き気など覚えない。 寧ろ心地好さを感じる者もいるし、何らかの想いを感じる者もいる。 そして、何も感じない者もいる。 「まあ、でも気持ち悪さは感じるかな」 少女は不満そうに言って、小さな刃物についた血を拭った。 彼女の周りの亡骸は、他の物に比べれば格段に原形を留めていた。 それは彼女が冷静さを保って作業を行った証だった。 つまりは酔えなかったのだ。 まるでブロイラーを卸してでもいるかのような気分だった。 刃を通して伝わってくる感触は最悪だった。つまらな過ぎた。 ぶよぶよしていて張りがなく、もちろん固さもない。 無造作にふるった刃物が簡単に狙った場所に突き刺さる。 態度も表情も情けなさ過ぎだ。無様に逃げまどい、無理だと思えば怯えて泣いて命乞いをする。 ほんの少しの怪我で大袈裟に痛がり泣き叫ぶ。 本当に……がっかりだった。 不満を取りあえず数をさばく事で和らげようとしたが、かえって殺せば殺すほど不満が募っていった。 せめて血とかで汚れない様に。大きな傷もなく原形を留めた死体の量産は、そういった残念さが生み出したものである。 「……久しぶりのこれが只のルーチンワークとか……もう、ね?」 テレビで見たあれに触発されて、期待があったのは事実だ。 「伝説の殺人鬼、かぁ。楽しそうだったよね。テンションやたら高かったし」 けれど、実際にこうしてみるとつまらない。屠殺より狩猟の方が自分の好みという事なのだろうか? そんな事を考えながら、少女はこの場にいる自分とは別の2人の殺人者達へと視線を向けた。 いつでも一緒……という訳ではないけれど、たいていは一緒に行動する相方、痛子の方は赤く染まった金属製の爪に頬ずりしながら夢見心地という表情でぶつぶつと呟いている。 大方、ジャックさま~とか言ってるに違いない。テレビを見た瞬間から彼女のテンションは異常だった。 「楽しそうだね?」 「あ、聖ちゃん? もちろんですよ。もう私は今もどうしよもなくて、どうにかなってしまいそうなくらいです」 血にまみれた格好で本当に幸せそうに痛子は口にする。 「こうやってズタズタにしながら、私もこんな風にジャック様に殺されちゃうのかな~とか、もう……でも今のままじゃ、気にも留めずに息をするように殺されちゃうでしょう」 「道は遠そうだね?」 「そうですね。でも無理だと分かっててもアタックしたいじゃないですか。こう、ザクッっと」 クローを振り回しながら、やっぱり笑顔の痛子になるほどと頷いてから、聖はもう一人の殺戮者の方へと視線を向けた。 彼女が目を向けた最後の1人がいるその一帯は、ありきたりな表現ではあるものの嵐でも通り過ぎたかのような有り様だった。 ひしゃげた地面や薙ぎ倒された樹木に混じるようにして、血が飛び散り、肉や骨がばらばらになって転がっている。 最も残酷で乱暴な破壊がまき散らされたその場所はしかしその破壊の激しさ故に、散らばる残骸がかつて人であったという事実を想像不可能にしているが故に、却って残酷さや猟奇さの失われた、ただのマナーの悪いゴミ捨て場のような雰囲気を漂わせていた。 「……もう本当に好き放題って感じですよね、陣内さんてば」 「うるせえ、馴れ馴れしく呼ぶな」 少女の呼びかけに破壊を齎した青年は鬱陶しそうな視線を向けた後で、吐き捨てるように口にした。 やや細身で背の高い青年の与える印象は、どちらかと言えば研ぎ過ぎた刃物だった。 もっとも、胴程に太くなり鋭い鉤爪を生やした片腕が、青年が確かにこの破壊を齎した本人なのだという事実に説得力を与えている。 「仕方ないじゃないですか、偶然会っちゃったんだしお互い妥協し合いましょうよ? 人間は有限なんです」 「なら、つまらなそうに殺すてめえが我慢しろ」 「陣内さんだってイライラしながら殺してたじゃないですが」 「てめえとは違う」 俺が苛立ってたのは、自分自身にだ。 モニター越しのヤツを見上げちまった、勝てないと思っちまった……自分の無様さにだ。 青年は、そう口には出さなかった。 「俺は、ヤツに負けねぇ」 代わりに、吐き捨てるようにそれだけ呟く。 聖は肩を竦めるしぐさをすると、ま、じゃあ今回は少し我慢しますよと呟いた。 男の人ってメンドクサイヨナ~とか思うが、そういうのは意外と嫌いではない。 摩擦があるから熱くなるが彼女の持論である。 「まあ、それじゃ取りあえず次の畜……獲物を探しましょうか?」 「……あっちだ」「むこうですね」 陣内が軽く鼻を鳴らしたのと、痛子が耳をぴこぴこさせたのはほぼ同時だった。 聖は頷いて、闇の先を見通すように目を細めた。 「それじゃ、屠殺にいきますか」 「破壊、だ」「もてあそびに、ですね」 好き放題に言いながら、3人のフィクサードは次の殺し相手を求めて歩き出す。 (あ~あ、つまんないなぁ) 次のはもうちょっと、殺し甲斐のある相手ならいいんだけど。 そんな事を思いながら、聖は何かに祈るように、期待するかのように夜空を見上げた。 できるなら、噂の正義の味方達にでも登場して欲しかった。 彼ら彼女らならきっと、自分を満足させてくれるに違いないのだ。 「ねえ? もし気付いたのなら、急いで僕達を止めにきてよ?」 全力で、死力を振り絞って。 滅茶苦茶に、メチャクチャに、お互いどうしようもないくらいに傷付けあって。 貫いて、抉って、殺し愛して。 「ねえ、一緒に狂気の夜(バロックナイト)と、洒落込もうよ?」 ●戦い 「フィクサード達が殺人事件を起こす。場所は……この公園」 『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)の言葉に続くように、緑豊かな公園と目的地までの地図がブリーフィングルームのディスプレイの1つに表示された。 「今から急いでも、被害そのものを防ぐ事は不可能だけど……」 そう言って少し俯いてから、でもと……イヴは顔を上げた。 「少なくともフィクサード達を倒せれば……倒せなくても撤退するくらいまで追い込めれば、これ以上の被害が出る事を防ぐことはできると思う」 真っ直ぐな目で集まったリベリスタ達を見回してから、イヴは詳しい説明を開始する。 フィクサードの数は3人。男性1人に女性2人。全員がかなりの実力者だ。 「男性の方は、陣内・武。外見は二十代中盤くらい。実力は今回の3人の中では1番だと思う」 デュランダルのスキルで戦闘を行う他、アーティファクトを所持しており、その力を使用して自身の能力を強化する。 「アーティファクトの名は『狂戦士の魂』ベルセルクコア。自身の運命と引き換えに所有者に強力な戦いの力を与える品物」 一番危険な存在だと思うから特に注意して欲しい。 そう言ってからイヴは続いて残りの2人の説明に入った。 「女性の方……ウサギのビーストハーフは、皆殺・痛子。外見は二十前後くらい。ソードミラージュのスキルを使用して戦闘を行う他、ホーリーメイガスのスキルを使用した事もあるらしい」 もっとも、あくまでメインはソードミラージュ。とにかく速度を活かした戦闘でイニシアチブを握ろうとしてくると思うとイヴは説明した。 「あと、もう一人の女性の方とコンビを組んでるらしく連携して戦闘をしてくると思う」 長所を活かし弱点を補い合う、そういう部分があると思うからこっちも充分に注意して欲しい。 そう言ってからイヴは、最後の3人目はナイトクリークとプロアデプトのスキルを使用すると説明した。 「名前は、邪・聖。外見は痛子と同じか、少し年下くらいの印象。背丈も痛子と同じくらいだけど、こちらは長い黒髪なので一目で区別は付くと思う」 笑顔で社交家的であったり、変に冷めていたり、口調も色々変わったりと掴み処のない性格だけど、とにかく冷静で状況を把握する能力に優れている。 「時々有利不利を考えないような無茶もするみたいだけど、少なくとも今回は普通に戦ってくるように思う」 そう言って説明を終えると、イヴはもう一度集まったリベリスタ達を見回した。 「気を付けて。皆なら、きっと……大丈夫。」 少女の言葉に頷くと、一行はすぐに準備を整え出発した。 事件を完全に防ぐことは、できない。 それでも。 最悪の中で、それでも最善を希求する……それは決して、無意味なことではない筈だから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:05 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●夜半邂逅 「フィクサード達は何処だ?」 『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)は呟きながら周囲を警戒する。 公園に到着したリベリスタ達は急いでフィクサード達を探していた。 三人の狂人。それぞれが恐るべき能力の持ち主であり、狂気に侵されたフィクサードだ。 「出来るだけ一般人が彼らの毒牙にかからぬよう、早急に対処しませんと」 『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)の言葉に、疾風は同意するように頷いた。 (理不尽な悲劇は一つでも無い方が良いからね) 一般人がいれば避難させようと思っていたが、幸いな事にそれらしい姿はない。 公園内は薄暗いが街灯によって照らされている。 その下を歩くフィクサード達の姿を確認したリベリスタ達は、急いで距離を詰めた。 (ろくでなしの殺人狂が3人集まってスーパー殺戮タイムッスか? 影響されやすいというか、しょーもないことで被害と仕事増やさないで欲しいッス) 「守護者の剣と名乗る以上、殺戮者共をのさばらせる理由はねぇッス」 『守護者の剣』イーシェ・ルー(BNE002142)は自身に言い聞かせるように、誓うように口にする。 「アタシ達が止めてみせるッス!」 同じように距離を詰めながら『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)は今回の敵について考えていた。 「どうも殺人が好きと言うよりは、戦闘狂みたいな気もするね」 (ちょっと誘ってみるか。どうせ失敗してもやる事は変わらないしね) 「それにしても、狂戦士の魂なんて面白そうな物持ってるのね」 出発前に聞いたアーティファクトの話を思い出し、付喪は鎧の内の目を輝かせた。 (私は、そういう呪いの装備みたいなのが大好きなんだよ!) 一方で、距離を詰めるリベリスタ達に気付いたフィクサード達も一行の側へと向き直った。 (敵は強敵なようだな) 距離を詰めながら『Voice of All』ネロス・アーヴァイン(BNE002611)は敵の様子を確認する。 (俺には手に余る相手だが、人に渾名するノイズを放置しておくことはできない) 「これは俺が望んだステージ(戦場)なのだから」 互いの攻撃が届く直前で、両者は立ち止まった。 「こんばんは、こんばんは、私罪姫さん」 今、あなたを殺しに来たの。 笑顔でそういった『積木崩し』館霧 罪姫(BNE003007)の言葉に3人の内の1人、黒髪の少女があれっという顔で首を傾げた。 「もしかして、どこかの勢力のフィクサードさん方?」 「違う」 「ああ、じゃあやっぱりアークのリベリスタの皆さんですよね?」 嬉しそうにそう言った少女は、リベリスタ達を見回すと、初めましてと自己紹介した。 「私は、邪・聖。こっちは相方の皆殺・痛子で、あっちでふてくされてるのが陣内・武さんです」 まあ、アークの人達ならとっくに調べは付いてると思うけどねと笑顔で言ってから、聖と名乗った少女は目を細めた。 「や、今夜は楽しい戦いができそうだよね? つまんないけどたくさん殺した甲斐があったな~」 笑顔で、とても嬉しそうな聖とは対象的に、陣内と呼ばれた青年の方は不愉快そうに鋭い視線をリベリスタ達へと向けた。 痛子と呼ばれた少女の方はというと、頭に生やしたウサギの耳をぴこぴこと動かしながら興味津々と言う感じで同じくリベリスタ達の方を眺めている。 「人を勝手に殺しておいて面白くないとか何を言っていやがる」 不愉快さを隠そうともせずに雪白 音羽(BNE000194)は真っ向から聖を見据えて吐き捨てるように口にした。 「そんなに殺したいなら、身内で殺し合いでもしてろ」 「……何だ、偽善者共。偉そうに説教かっ?」 いきり立った様子の陣内とは反対に、聖はますます嬉しそうな表情になる。 そんな時だった。 「まあまあ、ふたりとも。それより提案なんだけどさ?」 アークに入らない? そう告げた付喪に、その場にいた者達の視線が集中した。 「アークは弱小勢力だし、これからどんどん強い相手と戦ってくと思うよ? ジャックとも確実にぶつかるだろうしね、入ってみたくならないかい?」 まあ、指示には従って貰わないと困るけどね。そう言ってフィクサード達を見回した直後。 「ふざけるなッ!!」 凄まじい視線で付喪を睨んだ陣内が、吐き捨てるように口にした。 不満そうな者や不愉快そうな顔をする者は当然いるし逆に興味深そうにしている者や、楽しげな様子の者もいる。 無表情な者もいるが、その者達が内にどのような想いを抱いたのかは分からない。 「私達が勝ったら聞くとかでも良いよ? 正義の味方やってて、どれ位強くなれるかも分かるだろうしね」 それらを少なくとも表面上は気にしない様子で、付喪は更にそう付け加えた。 「何か本当に物分かりが良過ぎて怖くなる組織だね? 聞くと見るでは大違い?」 でも、それは解り易くて良いねと言いながら聖がナイフを軽くなでた。 「じゃあ、折角だし殺し合ってみようかな?」 「まあ、それが一番理解してもらえると思うしね?」 それが、会話の終わりを告げる一言だった。 両者は互いに戦闘態勢に入る。 「気に入らない、の一言ね」 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は不愉快そうに口にした。 (どいつもこいつも、こっちがどんだけ治すのに努力してるかも知らないで) 死んじゃったら、もう……治しようがないっていうのに。 そんな想いから生まれたツヨイキモチが、彼女の口から決意となってこぼれ落ちた。 「……ぶちのめしてやる。殺し合いになんてさせるものか」 ●破壊黎明 前衛達が二手に分かれ、それぞれフィクサード達へと対峙する。 痛子と聖の2人と向かい合うのは、疾風、ネロス、真琴、罪姫の4人。 対して陣内の前に立つのは、イーシェ1人。 音羽は後衛に、そしてやや後方にアンナと付喪が位置を取る。 周囲を、街灯に照らされた広場の風景を、敵と味方の位置を確認し、街灯やベンチ、植え込みの位置等も利用してアンナは特に、聖からの距離をできる限り正確に把握するように注意して、自身の立ち位置を確認した。 自分の役割を、少女は充分に理解していた。 怒り心頭であっても……冷静さを、判断力を失ってはならない。 張り詰めた空気のなか、先に動いたのはフィクサード達だった。 圧倒的な早さで動いた痛子がお試しという感じで真琴に斬撃を浴びせてくる。 真琴は盾を利用して直撃を避けたはしたものの、その一撃はかすめただけで彼女の守りを上回る威力を持っていた。 「あ、すごいですね? ザコちゃんだといまのでダメダメになったりするものですけど」 これは本気でいかせてもらわないと危ないですと、少し顔を真面目にして痛子がクローを構え直す。 その様子を見ながらフンと鼻を鳴らした陣内は、鋭い視線を自分の目の前に立つデュランダルの少女に向けた。 それだけで温度が下がるような、凶暴な威圧感が同じくデュランダルの青年から発される。 (実力者だってことは知ってるッス。危険なポジションだって事も知ってるッス) だからこそ。 アタシがコイツを引きつける! (仲間を無駄に傷つけさせねぇッス) 気合を入れ、決意と共に兜の下の表情を引き締め、イーシェはグレーターデーモンに向かって言い放った。 「こんな危険な夜は、悪魔退治に洒落込むのもいいッスよね」 「……一人で何とかする気か? ……いい度胸だ、簡単に壊れんじゃねえぞ」 化物のような片腕が大きく振り被られ、纏ったオーラが雷へと変換され光と音を響かせ始める。 乱暴に振り下ろされたそれを、イーシェは大型の盾を確りと構えて受け止めようとした。 受け止めた箇所から激しい衝撃が伝わり全身を貫く。 両の腕が砕けるような感触と、身体を打ち据える電撃の痛み。 それらをイーシェは歯を食いしばって堪え、崩れかけた態勢を整え直す。 「君達の好きにさせない! 変身!」 戦闘開始と同時に疾風が防御力を重視した強化外骨格を身にまとう。 「それじゃ、ホンキで行かせてもらうよ?」 聖がオーラで作りだした爆弾を、疾風に植え付け炸裂させる。 その痛みに動ずることなく、疾風は流れるような動きで戦いの為の構えを取った。 「楽しい戦いができそう? ふざけるな」 羽ばたき微かに身を浮かせた音羽は、魔力を組み上げながらフィクサード達を睨みつけた。 「勝てないかもしれない相手とやりあったことはあんのか? お前らがしてるのは所詮弱いもの虐めだろう? 怪我しない前提で戦闘といえるのかよ」 属性の異なる魔術を連続で組み上げ、痛子へと狙いを定め、解放する。 それぞれの色を伴なった四の光を、痛子は身体をしならせながら機敏に動き直撃を避けた。 ダメージを受けはしたものの、本来の威力に比べればそれは極めて軽微なものである。 その痛子に向かって、罪姫は吸血鬼の牙を剥いた。 「ね。我慢比べを、始めましょ」 そう言って喉笛に喰らいつこうとした唇を、痛子は素早く回避する。 「それじゃまず、私を捕まえてくれませんか?」 「良いわ、鬼ごっこね? 私が鬼、あなたが子」 吸血鬼の少女は笑顔で頷き、ウサギの少女に応える。 攻撃が交わされる中で、アンナは体内の魔力を循環させながら強力に、活性化させていく。 付喪も詠唱によって魔力を活性化させ、増幅する。 ネロスも身体のギアを一段階上昇させるように、スキルを使用し全身の反応速度を上昇させる。 真琴も強力な攻撃を防ぐために、光り輝くオーラで全身を覆い防御力を向上させた。 そして……総力戦が開始された。 ●殺戮転舞 「臆病者と罵るッスか? まともに戦いもしない卑怯者と嗤うッスか?」 アンタはこれから臆病な卑怯者に負けるんスよ。 「命も取れていない相手に驕ってんじゃねぇッス! 戦いから目を逸らすな半端者がっ!」 「目を逸らした、だと? 俺が? ……ふざけた事、言ってんじゃねえ……」 イーシェの言葉に、殺意が更に膨れ上がった。 「挑発に乗ってやるぜ、小娘。びびって目閉じて、避けそこなうんじゃねえぞ」 身体の自衛本能を外し限界を超えた力を求めて……陣内の全身の筋肉が張り詰め、血管が脈打ち始める。 更に威力の挙がった鎧すらひしゃげさせる圧倒的な破壊を、イーシェは懸命に受け止め悪魔の進路に立ち塞がる。 崩れ落ちそうになる身体を強い意志で繋ぎとめる彼女を支えるように、真琴が施した癒しの力が傷を少しずつ封じていく。 防御を固めた真琴も痛子の鋭い斬撃を懸命に凌いでいた。 守りのオーラによって直撃を避け、威力を削ぎ、反撃とばかりに膂力を爆発させた一撃を叩き込む。 充分な威力を持ったそれはしかし、ソードミラージュの機敏さによって避けられ、直撃せず、本来の威力を発揮できない。 同じように幻影剣を放って相手の実力を確認したネロスは数歩下がると攻撃の機会を窺うように敵の動きを確認し、神経を集中した。 タイミングをずらして魔力を増幅した音羽も、気を練りながら集中し、魔術の狙いを定めていく。 疾風も気を練りながら聖と対峙し、炎を纏った拳で一歩も引かぬ戦いを繰り広げていた。 そんな戦う仲間達を後押しするかのように、戦場に福音が響き渡った。 アンナの詠唱に応えるように戦場一帯を清らかな力が覆いつくし、リベリスタ達の受けた傷が癒され、回復していく。 「さて、それじゃこっちの実力っていうのを確認してもらおうかね」 増幅した魔力を利用して雷を収束させていた付喪は、慎重にその照準を定め直した。 「こんな形だけど、私は魔法使いでねえ」 呟きと共に放たれた強力な雷撃が、3人のフィクサードに襲い掛かる。 「やるね? それじゃ、こっちも……僕のとっておき、味わってねッ!」 纏わり付こうとする雷を振り払った聖が、全身から伸ばした気糸の狙いを周囲に向ける。 前衛達の動きで後衛達は狙われなかったものの、疾風、罪姫、真琴の3人の動きを正確に読んだ無数の気糸が、的確に急所を貫き塞がりかけた傷を拡げていく。 その傷を癒すべく、真琴が手の中に邪気を払う神々しい光を生み出し、味方全員へと投げかけた。 続くようにアンナが天へと詠唱を響かせ、癒しの福音で周囲を満たす。 集中していたネロスが生み出した幻影を利用して鋭い斬撃を痛子に浴びせ、同じく集中していた音羽が四属性の魔力で痛子を狙い撃った。 直撃を受けた痛子の身に痺れが走り、動きが不安定に鈍っていく。開いた傷口からは血が流れ出し、毒が全身に回っていく。 回避される事を、かすめる程度で傷つけられぬ事を、委細気にとめぬ様子で牙を振るっていた罪姫は、一瞬の隙をついて少女の首筋に牙を突き立てた。 「すごいですね? ……でも、それじゃ全然足りないんです」 血を奪われ力を吸い取られ、けれどそれを気にとめぬ様子で痛子が振るった鉤爪の一撃は、罪姫の動きを止め、全ての力を奪うだけの威力を持っていた。 けれど、無慈悲で残酷なその一撃を受けても、罪姫はそのまま何事もないかのように、立っていた。 だって、言ったでしょう? 我慢比べを始めましょって。 その言葉に、痛子は少し酔ったような笑顔を浮かべてみせた。 「ああ、あなたもステキですね? ……ねえ? 約束してくれますか?」 もっともっと、強くなって。 「私を、コロシに来てくれると」 ざくりと、更に残酷な、愛のこもった一撃が振るわれて。 吸血鬼の少女は笑顔で口を動かそうとした刹那、吐血し……そのまま公園の地面へと崩れ落ちた。 ●惨劇終幕 放たれた気の糸が前衛達を貫く。 限界を超えたネロスが無念の言葉をもらし、膝を折った。 同じく限界を超えかけた身体を、真琴は無理矢理に意志と運命の力で繋ぎとめる。 無限機関を稼働させてすら少しずつ消耗していたエネルギーを回復させ、仲間達の為にと再び邪気を払う光を生み出す。 そして、アンナの癒しが傷付いたリベリスタ達を回復させていく。 「……これは、撤退時かな?」 その様子を、そして痛子や陣内の様子を窺いながら聖が首をかしげながら呟いた。 「逃げたきゃ、テメエ等だけで逃げろ」 そうですねと即答した痛子の言葉を掻き消すような勢いで、悪魔のデュランダルが吼えた。 「って言うと思った。じゃあ、殿お任せという事で。結果的に」 「別にテメエ等の為じゃねえ。小娘になめられっぱなしでいられるかよ」 不愉快そうに口にして振るわれた一撃がイーシェの意識を奪いかけ……少女はそれを強引に引きとめ、倒れそうになる身体を支えた。 「易々と逃がすと思うか?」 「無理に追いかけるくらい判断力の無い人達だったら、そもそもここまで僕達を追い詰めてないと思うしね?」 「勧誘への答えは?」 「いや、分かってるんじゃない?」 皆とは敵でいた方が、楽しそうって思ったんだよ。 そう言って2人のフィクサードは、警戒しながら一気に後退した。 それを気にした様子もなく、陣内は凶器と化した腕を振りかぶる。 限界に近づいたイーシェを庇うように、疾風と真琴が前に出る。 「イイぜ? ようやく戦いらしくなってきたじゃねえか」 不敵に笑った狂戦士は、そのまま腕を振り回した。 生み出された激しい烈風が前衛達を薙ぎ払い、叩きのめす。 動きを鈍らせた前衛達に、さらに攻撃を仕掛けようとした陣内に対し、音羽が再度、充分に狙いをつけた四色の魔光を直撃させた。 激しく血を流し動きを鈍らせたその僅かな時間を利用して、疾風、イーシェ、真琴は、アンナの癒しを受け態勢を整える。 相手が一人であっても、その攻撃は圧倒的だった。 長引けば、勝ち目はない。 炎を纏った一撃が、そして二振りの刃が強烈な重みを以て、或いは電撃を纏って、繰り出される。 それに合わせるかのように四色の魔光が、魔力弾が、フィクサード目掛けて襲い掛かる。 それを受けて立とうとした陣内の体勢が自然に……まるで定められたかのように、崩れた。 全ての攻撃が、まるで導かれでもしたかのように陣内を直撃する。 斬撃が、打撃が、魔力によって生み出された破壊の力が、無防備なフィクサードに次々と叩き込まれ。 「なるほど……こういう、事……か……」 絞り出すように呟いたどこか楽しげなその一言が、狂戦士の魂を持った者の最後の言葉になった。 「……わざわざこっちまで相手の所に落ちていくことはないでしょ」 アーティファクトを回収し、傷ついた者達を支えながら、アンナは語りかけるように呟いた。 「これも数ある殺人鬼事件の一つなんスよね」 手を借りながら公園内を、かつて命あったものへと視線を向けながらイーシェが口にする。 (全てをアタシが止めることができればいいんスけど、やれる事に全力を尽くすことが重要ッスね) 「後始末頑張りましょーッス」 そんな声が、夜の公園に響き渡った。 先程までの喧騒が嘘のように静まり返った公園を、静かに風が吹き抜けていく。 涼しげな、秋の始まりを感じさせる、どこか乾いた風。 その風に送られるようにして。 ひとつの任務を果たした8人のリベリスタ達は、静かに、公園を後にした。 ひとつの惨劇を終幕させて。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|