●異形 異形とは何か? 一言で言ってしまえば、『ありえない』外見である。 しかしエリューションの存在を知り、それこそ常識外の存在を知るものにとって、異形の存在はまだ受け入れられる存在である。強さの度合いはともあれ、異形を見て足踏みする覚醒者はいない。意表をつかれるが、その程度だ。 その程度だ、と思っていた。 「ありえねぇ……!」 そのフィクサードは、その存在を見て嫌悪と恐怖の混じった声を出す。彼は覚醒した場なりのルーキーではない。それなりの戦場を経て、修羅場をくぐったフィクサードである。 見た目が怖いのではない。強そうで怖いというのではない。精神的に恐ろしいといえばそうなのだが、むしろ恐るべきはその発想なのだ。 「人間とエリューションを合体させるなんて、ありえねぇ……!」 その存在は身長3mもある二足歩行ののエリューション・ビーストの腹部に、人の体が埋まっている。そんな存在だった。 「合体ではないわ。融合よ。しかも融合率はまだ33%を超えていない」 叫びに答えたのは白衣を着た女性。レポートを片手に目の前の存在を見る。エリューションに埋まっている人と目が合った。 「ハロー。お元気かしら、リベリスタ」 「水原……静香ァ! 貴様、俺の体になにをした!」 「廃材利用よ。ちょうど死にかけたリベリスタがいたから、利用させてもらっただけ。 意識はあるでしょうけど、あなたの肉体も能力もこのエリューションのモノ。よかったわね、あなたが鍛えぬいた技術が死ぬことで無駄にならなくて。シンヤには遠く及ばないけど『穴熊』と呼ばれたあなたの能力は素晴らしいわ」 「この悪魔め……! 研究に溺れ、倫理を失ったか!」 「この技術は『塔の魔女』のものよ。それを借用しているだけ。そういう意味ではあなたの表現は正鵠を得てるわ。これはまさに悪魔の技術。素晴らしいわね」 うっとりとした顔で人とエリューションの融合した存在を見る。水原静香とよばれた女性は、振り返ると同時に冷徹な目になる。 「さぁ、殺人(おしごと)よ。ノルマは一人当たり五十人。リベリスタが来たら、最優先で殺しなさい。 安心しなさい。死んでもあなたたちの殺人技術は無駄にはしないから」 怜悧に微笑む水原。冗談か本気か取れないその発言に、同胞であるはずのフィクサードは背筋が寒くなった。 ●アーク 「フィクサードが大量殺戮を起こす。それを止めて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタたちに短く要件を告げた。 過日、ジャック・ザ・リッパーを名乗る存在が起こした事件があった。彼のカリスマに惹かれるように蜂起した殺人鬼系フィクサードが暴れる事件が多発し、神秘界隈の治安は大きく乱れていた。 「討伐対象はフィクサードが四名と二足歩行のエリューション・ビーストが一体。 ……そして一人のリベリスタ」 は? イヴが言葉を言いよどむことも珍しいが、出てきた単語も珍しかった。討伐対象に、リベリスタ? 「このエリューション・ビーストを見て」 拡大されるEビースト。その腹部に見える人のような模様……。 「『穴熊』加藤耕一。リベリスタよ。防御力に秀でたクロスイージス。 このエリューションは覚醒者と融合して、その能力を得ることができる」 「なんじゃそりゃ!?」 「そのままの意味。腹部にいる『穴熊』が生きている限り、このエリューションは『穴熊』の能力を使うことができる。 逆に言えば腹部にいる『穴熊』を殺すことで、エリューションを弱体化できる」 皆、声もなかった。常識外れのエリューションは何度も戦ってきたが、これはそれをさらに超える存在だ。 「……『穴熊』を助ける方法はないのか?」 「エリューションを倒せば可能性はある。 だけど時間の経過と共に『穴熊』は衰弱し、力尽きる。それまでに倒さないと意味がない。何よりもこのエリューションはタフな上に自己再生をする。火力をかなり集中させないと、きっと間に合わない」 助けられないわけではない。だけど助けようとすればリスクを負う事になる。 「それに加えて、フィクサードも精鋭。前衛が三人。後衛が一人。全てジーニアスのクリミナルスタア。 場所は郊外にある大学近く。彼らの目的は大学にいる人を殺すこと。今から行けば、ギリギリ間に合うわ」 「強敵ぞろいで時間もなし、か」 イヴは頷き、リベリスタたちを見る。 「フィクサードの戦意はそれほど高くない。このエリューションを倒せば撤退する。 作戦は皆に任せるけど、けして無理しないで」 イヴの言葉にリベリスタは頷き、ブリーフィングルームをあとにした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 大学のキャンパスに風が吹く。そこにいるのは学生ではない。日常を生きるものでもない。リベリスタとフィクサード。そしてエリューション。神秘という非日常を生きる者達。 「来たわね、リベリスタ」 フェイトの有無を確認し、フィクサードとEビーストは戦闘隊形を取る。白衣を着た女性が後ろに移動し、男三人とEビーストが前に。 「リベリスタ……か?」 Eビーストの腹部にある顔から声が漏れる。意識が混濁しているのか、状況の把握ができていないようだ。 『穴熊』加藤耕一。それがこの『顔』の名前。『融合体』と呼ばれるEビーストに取り込まれようとしているリベリスタ。時間と共にエリューションと融合し、命を奪われていく。 リベリスタたちはセオリーどおりに前衛後衛に分かれ――なかった。 「……何?」 フィクサードはリベリスタの動きに眉をひそめた。八人のリベリスタは全員が移動し、前に出たのだ。こういう構成のチームか、と思ったがそうでもない。数名がフィクサードを押さえ込み、全員がEビーストにその矛先を向ける。 「『穴熊』を放せぇぇ!」 『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)は鉄槌を構えて『融合体』に突撃する。 『融合体』のスキルの一部は『穴熊』のものだ。故に今腹部に融合している『穴熊』を叩けばEビーストの強さは減衰する。これは『万華鏡』のお墨付きだ。強力な相手の弱点がわかっている。それを狙わない道理はない。 道理はない。だが。 静は体に稲妻を宿らせ、武器に伝達させてEビーストの肩を穿った。『穴熊』には当てない。この瞬間、フィクサードたちはリベリスタの目的を看破した。 あえて不利な戦法を取ってでも『穴熊』を助ける気なのだ。 「優しいのねリベリスタ。『穴熊』を殺すのがベストの選択じゃないかしら?」 「ふざけんなよ! お前ら、そうやって命を弄んで楽しいのかよ」 後ろの白衣の女性に向かって『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が叫ぶ。あくまで意識は『融合体』に。その厚い皮膚に手を当てて、衝撃を中に通すように体全体を使って打撃を加えた。 「弄ぶ? 違うわ、有効利用よ。あのままだと死んでいた肉体を融合して再利用しただけ。むしろ感謝してほしいわね」 「次から次へと碌でもねえ事しやがるもんだな……」 『鬼』と『爆』と書かれたガントレットを打ち鳴らしながら『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)はエリューションに迫る。いつものように炎の拳を振るうのではなく、ガントレットを押し当てて、そこから気を押し流す。あまり使う気はなかった技だが、勝利の為にはとやかく言ってはられない。 「だからフィクサードの企みは潰しがいあんだよ……!」 「人と融合させるだなんて恐ろしい技術よね……」 来栖・小夜香(BNE000038)はビーストと『穴熊』を見ながらその技術に嫌悪感を示す。しかし真に恐るべきは、その技術を出す魔女。如何なる技術力が魔力が残忍さがそれを可能にするのだろうか? 想像すらできない。 小夜香が放つ光がフィクサードを襲う。清らかでそれでいて罰を許さぬ神々しい光。フィクサードの一人がその威光に負けて身を竦めるが、他は涼しい顔である。 「むかつくョ、命を弄ぶってのハ」 咥えタバコを上下に揺らしながら『盆栽マスター』葛葉・颯(BNE000843)は怒る。相対するは精鋭のフィクサード。一対一で押さえ込むには、些か分が悪い。だが、 「未熟も承知、その上で頑張るしか無いョ!」 颯は地面を蹴る。高く飛び上がり、近くの木を蹴ってフィクサードに一閃を与える。与えた傷は浅い。だが、颯の目的は足止め。相手の気がこっちをむいてくれればいい。 (粗雑と思われているなら繊細にやり、繊細と思われているなら粗雑にやる。――やれる) ワタリガラスの翼を広げ、『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は養父から受け継いだショットガンを構える。狙え、狙え、狙え。Eビーストの胸部。『穴熊』の少し上。動く対象の移動先を予測して狙え。 魔力を帯びて放たれた弾丸は胸部を貫き、『融合体』の自己再生を止める。あれだけ派手に散らばった弾丸でも『穴熊』に当てることはない。神秘の賜物か、ヴィンセントの腕前か。 Eビーストが吼える。その周りに光の球が生まれた。それは戦闘の補助をするようにリベリスタを牽制し、同時に使用者の活力をあげるスキル。『穴熊』と呼ばれるリベリスタのスキル。 「能力者を取り込んで、その能力を使う……Eビースト?」 『融合体』の能力に戦きながら、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は朔望の書を開く。ぱらぱらぱらと自然にページが進む。魔道式が展開され、稲妻の蛇が戦場を乱舞する。その牙は電荷を帯び、くらいつけば稲妻という毒を残す。『穴熊』に迫った稲妻は、急上昇して彼を避けてエリューションを襲った。 「この身を呈してでも奴等を駆逐する!」 炎の力を宿したトンファー『迦具土神』を回転させながら、『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)は『融合体』を睨む。回転させながら隙をうかがい、柄の短い部分を『融合体』に押し当てる。身体を一瞬深く沈め、上に押し上げるように衝撃を通した。毛皮の防御力を無視し、直接内部へと打撃を加える。 白衣を着た女性は、可笑しそうに口をゆがめる。 「面白いわ。その優しさも融合させれば『融合体』も優しくなるのかしら」 この戦場において、彼女は狂気に真摯に科学者であった。 ● 『融合体』に火力が集中すれば、自然とフィクサードへの対応が疎かになる。 小夜香、颯、悠月がフィクサードの押さえに入っているが、どちらかというと進路を妨害しているだけに過ぎない。あくまで火力は『融合体』へ。故に、フィクサードは一方的に彼女たちを殴り続ける。 「おとなしくしてな!」 フィクサードが放つ拳は充分な鍛錬を組んで鍛えぬいた拳。もとより前衛に立つことにはなれていない小夜香と悠月はすぐに疲弊する。 「きゃあ!」 打撃に苦しみながら、小夜香は回復の歌を奏でる。一番傷ついているのは自分なのだが、『融合体』に挑んでいる者を優先した。『融合体』を倒し、『穴熊』を救う。そのためのこの配置。 悠月も打撃に耐えながら雷撃を放つ。着ている黒衣はすでにぼろぼろで、自ら流した血が染み付いている。それでも注意を払うは『融合体』なのだ。捕われたリベリスタの件もあるが、昼間の大学であんなものが暴れれば大惨事だ。それは防がないといけない。 「とりあえずお兄さんには小生の相手をして貰うネ。未熟者だが颯さん超しつこいんでヨロシク」 三人の女性の中で善戦したのは、颯だ。素早い動きで翻弄し、時には避けきれずに拳を食らい、しかし身体を揺らし立っていた。タバコの煙のようにゆらゆらと。避けることに徹すれば、精鋭のフィクサードでも颯を捕らえることは容易ではない。 しかし、容易ではないだけだ。少しずつ颯も追い込まれていく。 「ヴォォォォォォ!」 響き渡る『融合体』の咆哮。守護光球が音波を増幅し、さらに強く響かせる。 耳をふさいでも音の衝撃そのものが『融合体』に相対するリベリスタを襲う。この程度で防げるものではないと思ってはいたが、想像以上に激しい衝撃に身を震わせる。 「こんな程度で!」 負ける気がしない。静は歯を食いしばってその衝撃に耐えた。『穴熊』を殺さず救う。半端な覚悟で挑んでいるのではない。その気力が静から震えを打ち払う。 「その両腕を、頭を、この鉄槌で砕き潰してやる!」 雷撃をまとった鉄の槌。紫電輝く一撃が『融合体』の腕を打つ。稲妻が静自身を焼くが、そんなことに構ってられない。『融合体』の防御力を突破するには、最大火力あるのみ。『融合体』を倒すまで体力が持てばいい。 「これを外せば……」 ヴィンセントは『融合体』のサポートをする光球をみる。直径四ミリにも満たない小さな神秘。しかしその存在は大きい。明らかにEビーストの火力とスピードが増している。あれを破壊しなければ、誰かが倒れる可能性がある。そうなれば『穴熊』救出はおろか、最悪全滅の可能性がある。 (いや、後のことは考えない) ヴィンセントの養父でもあり、師匠でもある男はかつてこう言った。『根性で当てろ』と。 そんな無茶な。普通はそう思うだろう。精神論で弾丸は曲がらない。考えるまでもない結論だ。だがそれは根性で弾丸を曲げろという意味ではないはずだ。やるべきこと。やらなくてはいけないこと。想いを込めて銃を撃て。 「……僕は、あなたを信じます。あなたのくれたこの銃なら、きっと」 葛藤が消え、心が穏やかになる。戦場の中において、周りはクリア。静寂の中でトリガーを引いた。 「……何!?」 驚愕の声を上げたのはフィクサードの男。『融合体』をサポートしていた光の球が、砕けるように消えたのだ。何があったはわかる。ヴィンセントの撃った弾丸が光球を壊したのだ。その事実に驚く。 そして光球のサポートを失った好機を逃すことなく、覇界闘士の三人が動く。 「あわせていくぜ!」 「了解だ。一気呵成に撃ち貫く!」 「はっ! そっちこそおくれるんじゃねーぞ!」 夏栖斗、優希、火車がそれぞれの武器を構えて『融合体』の間合いを詰める。夏栖斗が進めば、優希がビーストの注意を引きその進行を助け、優希へ振るわれた豪腕は、火車が横から拳を当てて反らす。火車が攻撃を当てやすいように、夏栖斗が『融合体』の足を払って体制を崩す。 三人同時に拳を構え、 「――土!」 「――砕!」 「――掌!」 同時に放たれるインパクト。三重の打撃がエリューションの内部で暴れまわり、逃げ場のない衝撃がもれるように『融合体』が血を吐いた。 しかし、まだ倒れない。 「不死身か、コイツ……!?」 「まさか。でもあの魔女ならそういうエリューションを用意できそうね」 白衣のフィクサードが指先を小夜香に向ける。放たれた弾丸が彼女の羽を赤く染めた。そのまま倒れそうになるほどの一撃。それを運命を燃やして耐えた。 「これぐらい……まだ寝てるわけにはいかないのよ」 押されるリベリスタ。肉体的に、精神的に、時間的に。 「おまえたち……」 焦れる心に響く声。フィクサードでもエリューションでもない第三者のリベリスタ。 『穴熊』加藤耕一。 「もう……い、い。無茶を、するな……。俺のことは諦めて、あの女を……」 戦略的にはそれが正しい。『融合体』を弱体化させ、フィクサードとの戦いに備える。その正しさは誰の目にも明らかだった。 ● 『穴熊』の言葉に口火を切ったのは火車だ。 「こっちの連中は手前を助ける事しか考えてねえみてーだぞ! グタグタ言ってたら士気が落ちるんだボケぇ!」 「ワリィな、諦めは悪いほうだ」 夏栖斗が唇を笑みに変え、『穴熊』に言葉を返す。 二人だけではない。颯がフィクサードの攻撃を避けながら、言葉を向ける。 「利用されるだけは嫌だろけど、小生は出来れば助けたイ。生きてくれないかい、穴熊のお兄さン」 「無駄に頑固な性分なので、引けと言われても引けない時は引けねーんですよ」 ヴィンセントが銃を操作しながらニヒルに微笑む。 「絶対助ける、オレ達も命を張る! 本当は前衛が苦手な女の子達も体を張ってくれてる。みんなアンタを助ける為なんだぜ!」 「あのような悪魔共に屈するな。生き続けることで死ぬ気で抵抗しろ!」 『穴熊』の間近、まさに目の前で静と優希が叫ぶ。 「私達が助力します。――戦う事を、諦めないでください」 肩で息をしながら悠月が言葉を続ける。目に見えて、彼女の限界は近い。だけど諦めるな、と彼女は叫ぶ。 「逆に取り込むぐらいのつもりで、気をしっかり持って頂戴。そうすればなんとかするから!」 拳による打撃に耐えながら小夜香が叫ぶ。むしろ心配されるのは彼女のほうなのに。 リベリスタは皆『穴熊』を鼓舞し、また鼓舞することで自らの戦意を高める。 「お前たち……何故、そこまで?」 愚問だ、とばかりに静が答えを返す。 「オレたちは、リベリスタだからだ!」 「理解に苦しむわね。私たちを倒して大量虐殺(おしごと)を止めたいのなら、最大効率は『穴熊』を見捨てることなのに」 「アンタには一生理解できないだろうな。効率とか打算じゃないんだ。 手の届く範囲で犠牲なんてこれ以上出したくない!」 拳を握り、激昂する夏栖斗。あの日、目の前で殺された母親。失われる命。届かなかった手。――そして残してくれた言葉。その言葉を胸に刻み、夏栖斗は今ここに立っている。 「心意気は認めてやるぜ。だがここまでだ」 フィクサードの一人が拳を振り上げ、悠月に向かって振り下ろす。その間に割って入ったのは、ヴィンセント。 「っ! ……捨て石になれるという強さもあります」 悠月へのダメージを肩代わりしながら、ヴィンセントは言う。自らの弱さを認め、おのれの役割を果たす。大丈夫。『融合体』は彼らが倒してくれる。そう信じて。 「捨て石なんかじゃねぇ! 活路はオレたちが開く!」 静が激しい稲光を纏う。彼も限界が近いが、かといって弱音を吐いてられない。両足を精一杯踏ん張って鉄槌を持ち上げ、大上段から叩き落した。まさに落雷の如くまっすぐに、雷鳴のように激しく叩きつけられる。紫電が『融合体』の肌を焼きその体力を大きく削る。 お返しとばかりに振るわれる豪腕。光球のサポートはないが、それでもその速度とパワーは並のエリューションを上回る。最前衛で拳を振るっていた優希が、その一撃で吹き飛んだ。 「負けるか……! この融合体もあのマッドサイエンティストも俺達が潰してくれる!」 自分自身が弱いことなどわかっている。しかしまだ力尽きるわけにはいかない。リベリスタとしての証であるフェイトを削り、優希はその場に立ち続ける。負けない。心に炎を燃やし、『融合体』を睨む。 「――天より降りし蒼き蛇。紫電の牙持ち威厳を示せ」 幻想纏いである女教皇のカードを揺らし、ヴィンセントの後ろから悠月が稲妻を放つ。円を描くように天に昇れば五つに分かれ、激しくフィクサードと『融合体』に振り下ろされる。女教皇の正位置は知性。逆位置は激情。高火力のマグメイガスが持つにふさわしい大アルカナ。 「まだ……倒れません」 小夜香が羽根を広げ、清らかなる存在に語りかける。声が神秘に届き、神秘が声を通じて優希を癒す。優希の傷の痛みが薄れていき、活力が戻っていく。 「まだまだ。颯さんはしつこいと言ったヨ」 度重なるフィクサードの拳に、颯が力尽きる。崩れ落ちそうになる足を運命を犠牲にして何とか持ちこたえた。まだ立てる。そして戦える。 「ヴィンセントさん……!」 「大丈夫……。僕はどうなっても大勢に影響はない」 悠月を庇っていたヴィンセントが限界を迎える。ワタリガラスの羽根を相手にさらし、傷つき膝をつく。しかし彼もまた諦めずに運命を燃やす。仲間が勝利を勝ち取ると信じているからこその自己犠牲。 白衣の女性が放った弾丸が火車の頭部に放たれる。首をひねって致命傷を避けるが、側頭部を掠めたのだろう。衝撃でその足が一瞬止まる。 「待ってろよ……こっち終わったら遊んでやるからよぉ……!」 それでも火車は倒れない。むしろここからが本番とばかりに肉体が発熱した。追い詰められて爆発的にギアがかかる身体。『融合体』の胸部に手を当てる。Eビーストの心臓の鼓動を感じた。 「あばよ」 そのまま拳を前に突き出す。衝撃が直接心臓を貫き、エリューション・ビーストはそのまま背中から地面に倒れ動かなくなった。 ● 「――退くわよ」 Eビーストの戦闘不能を認め、白衣の女性は撤退の指示を出した。足止めされていたフィクサードは逡巡したがその指示に従う。このまま戦えばおそらく勝てる。だけどこちらも相応の被害がでるだろう。それを察したのだ。 「逃がすか、悪魔め……!」 「水原静香! お前だけは絶対許さねえ!」 優希と静が風の刃を放ち、逃げるフィクサードを追撃する。しかし深追いはしない。疲労はこちらも大きいのだ。 「……へぇ。名前まで予知されてたのね。 あの『魔女』も完璧ではない、というところかしら」 声に侮蔑の感情を乗せて、白衣の女性は呟く。傷ついた肩を押さえ、そのままリベリスタの視界から消え去った。 後に残ったのは疲弊したリベリスタ。『穴熊』を含んで計九人。 「アークに連絡して、撤収ね」 座り込みながら小夜香が言う。ついでに治療班も呼んでくれ、と誰かが追加した。 『融合体』はまるで溶けるように液体化し、『穴熊』の肉体がその場に残る。元々死にかけていたところを融合された彼だが、すぐに治療を受ければ助かるかもしれない。少なくとも、今は息がある。、 その容態が、彼らの勝利を示していた。 車の音が聞こえる。待機していたアーク職員の車だ。それを耳にしながら、リベリスタたちはゆっくりと力を抜いた。 最良の戦略をとれば、フィクサードを全滅できていたかもしれない。 何かを捨てることが、最善である状況もある。 それでも人は足掻くのだ。何もこぼさない、たった一つの冴えたやり方を求めて―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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