●Drive in a nail 暗い暗い部屋で彼はずっと赦しを乞うていた。 狭い狭い部屋で釘を穿って4162935分と27秒。 連れ込んだ罪人には全て打ち尽くした。 闇の中で延々と、白い粉に向かって彼は釘を打ち続ける。 永劫の永劫。償わねばならぬ罪。罪。罪。 穿たねばならない。罪を穿たねばならない。 自身を穿った。自身をも穿った。 鋭く尖った先が、柔らかい瞼の皮膚を貫く感触を、穴を開けた眼球から生温い液体が流れ出すのを、彼は感じた。初めて感じた。一度しか感じられない己の目を潰す瞬間。 暗闇に閉ざされた彼には闇しか存在しなかった。 救いは、97869分と38秒前に現れた。 釘で閉ざされた扉で封じた彼の元に、一人の男が現れた。 彼にとっては神の使いであった男は、正に神に仕えているかの如く崇拝の念を込めて一つの存在を語った。 彼にはその使いが『見えた』のだ。 その存在は、神の使いが崇拝する神は、罪人を穿つ事を望んでいると言う。 男の言葉は、彼にはそう聞こえた。そう聞いた。 流される画像から、彼は神の声を聞いた。 罪人を自ら血の海に沈め、彼と同じく罪に震え行動を伴えない弱き者に赦しを与えた。 故に彼は、彼の忠実なる下僕として罪を穿つ。 コンクリートに、アスファルトに、並ぶ車に、男と女と大人と子供と腕と手と足と頭と胴体と舌と指と爪と頭皮と足首と腸と目玉と心臓と唇と肉片と。 穿たれた罪人が並んでいる。 悲鳴を上げ血を流し赦しを乞うている。 だが、神の使い――シンヤは言った。 神は供物を必要としていると。 だから彼は耳を傾けない。誰の言葉も聞きはしない。 神は与えて下さった。 彼が処刑を執行する際に、罪を食らう獣を与えて下さった。 4731分と2秒前、本来ならば従うはずもない、知能を失った凶暴なだけの愚かな忌まわしい獣を従順にさせ、三体与えて下さった。 これこそが神秘。 理性のない獣をも従わせる、これこそが神の体現。 獣は穿った獲物を端から食らい、血と悲鳴を捧げていく。 皮膚が噛み千切られる音と筋組織が引き千切れて行く音がぶちぶちぶちと聞こえる。 骨が噛み砕かれる音が聞こえる。 生きながら体を食われて泣き叫ぶ声が聞こえる。 自身の長い内臓を牙で引きずり出されるのを見て泡を吹きながら笑い出す声が聞こえる。 三つの獣に三つの道。 中心に立ち、彼は無数の供物を捧げ続ける。 釘に打たれた腕を引き千切り、逃げようとした愚かな一人が、血で滑って転ぶのが彼には見えた。 一人を再び釘が穿つ。 仰向けに倒れた供物が口を開いた。 喉に向かって穿つ。 余りうまいやり方ではなかった。 これでは悲鳴が足りない。 まだ足掻く供物の手を穿つ。 足を穿つ。 腹を穿つ。 足りない。 足りない。 捧げよ、神に。罪人の血を。罪人の命を。罪人を。罪を。 時が来たと知らしめよ。罪人に時が来たと知らしめよ。 現せ。 神の望みを、命令を、断罪を。 彼は釘を打った目で、今は見えぬ神を思い恋う。 何れ神が慈悲を持って、己に死を齎してくれる事を希う。 ――彼は畏れ多くて、名を呼ばないが。 神の名は、ジャックと言った。 ●Pull out a nail 「放送、見たよね」 何の、とは言わない。 「あのお陰で、神秘界隈に潜む殺人鬼連中が感化されてそこら中で事件を起こし始めた。故にアークは、治安回復の為に彼らの排除を開始する」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタを見詰めた。 「あなた達に向かって貰いたいのは、『釘打ち』と呼ばれていたフィクサード。快楽殺人犯といって差し支えなかった手合い。釘で獲物の手足を打ち付けて、じわじわ嬲り殺すのが趣味だった」 過去形。 語られる言葉に違和感を覚えて問えば、イヴは微かに頷いた。 「ええ。簡単に言えば、オルクス・パラストによって致命傷を与えたという記録があったのだけれど、生き延びていたみたい。で、死に掛けた際に激しく後悔して自分を罪人と思い、地下に篭っていた、のだけど」 その後悔自体は正しかったのかも知れない。 だが、彼は更に『贖罪』の方法を間違えた、と少女は告げる。 「自分だけじゃなくて、そもそも人間全員が罪人だと考えるようになった。それで、自分にできる贖罪は、その罪人を討つ事だと考えた。……結局の所は己の行為に対して、趣味以上の意義を見出してしまった」 己の行為を悔い、罪を嘆きながら他者を罪人と断じ、罪人とした自身でその罪を裁く。 矛盾に満ちた行動は、彼にとっての正当。 考えない方が良い、とイヴは息を吐く。逸脱してしまったものに常識の筋道など有るはずがない。 「ずっと地下に篭っていたみたいだけど、覚えてる? 蝮の事件の時に時村邸を襲ったフィクサードの一人、シンヤの一派が彼を見付けた。彼は、シンヤを神の使いと考え――彼が従うジャック・ザ・リッパーを『神』と考え、件の放送に従い『処刑』を始める。 ……残念だけど、開始前には間に合わない。今から急いで向かって、なんとか凶行直後に滑り込んで貰う」 シンヤ同様、大多数に己の犯罪を示し広めたがる自己顕示欲の強いカリスマに、彼はすっかり心酔した。 派手好きな演出家に焦がれて熱狂的に付き従った。 理性を伴い行われる狂気に魅せられ信者となった。 「彼は更に、強力なE・ビーストを三体連れている。場所は、三つの道が交じり合う交差点。このE・ビーストの能力で交差点から50m離れた位置までは強結界よりも強い陣地が作られるから、外部からの一般人の侵入はないと考えていい。……知ってる人もいるかも知れないけど、以前に『塔の魔女』が使ったものと似ている」 けれど、彼女が使ったものとは少し質が違う、とイヴは補足する。 神秘に耐性のない一般人の外部からの侵入を防止するのと同時、内部にいる人間を逃がさない様にする為だと。 どうやら彼は、余計な邪魔を入れず、その一帯を奇妙な大量殺戮現場に仕立て上げる気らしい。 一般人ならば入れないが、あなた達なら大丈夫、と述べてから少女は目を伏せた。 「……細かい地形や、そこで彼に囚われている人の数までは把握できなかった。ごめんなさい、これ以上、予知の時間と人員を割けないの」 不完全な情報でリベリスタを送り出す事に、イヴは僅か心苦しげに眉を寄せる。 「彼はアーティファクト『咎打ちの釘』を所持している。代償と引き換えに強力な能力を与え、無数の釘を空中に打ち出し、その場に縫い止める。強力」 ならば、とリベリスタが言う。 せめてアーティファクトを手放させればまだ楽なのではと。 だがイヴは首を振った。 「アーティファクトの奪取は、無理。……彼は目と掌、肩にそのアーティファクトを刺している」 目。 頷いたイヴは、閉じた自身の瞼に細い指先を触れさせた。 刺さっている、と。 運命を共有し、彼自身とほぼ同化したアーティファクトは引き抜く事もできない。 「代償として自身で目を穿って、それで人よりも鮮明に彼は見られるようになった。常時発動360度の千里眼。気を付けて。最低でもあなた達の攻撃の届く範囲で、彼に見えない場所はない」 溜息。 「……『釘打ち』自身も厄介だけれど、この三体のE・ビーストが強力。彼を倒してもE・ビーストを倒し切れなかった場合、制御を失った獣が街中で暴れる事になる。『釘打ち』は自分が不利ならば逃げる程度の頭はあるから――もしもの際も考えて、ね」 彼が巻き起こす凶行は許せないものではあるが、彼一人に、彼の『神』に、あなた達の命を捧げる訳にはいかないのだと。 ――無事で。 少女の声を背に、リベリスタはブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:42 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●悲鳴と苦悶と苦痛の宴 阿鼻叫喚の地獄絵図。良く聞くフレーズが目の前にあった。 赤子の指程度の太さか、もっとか、肉の合間に埋まるのは鈍色の金属。 縫い止められたまま大人しくしていたならば流血も抑えられようが、いきなり釘で穿たれて驚愕に身を捩じらせぬ人間などは早々いない。 少し離れた場所にいる子供の柔らかい肉に食い込んでいる釘を抜こうとしたのだろうか。 掌をアスファルトに縫い止められたまま、懸命に足掻く女性がいる。 片手を車のドアに打ち付けられた男性は、引き抜こうとよほど強く掴んだらしい逆の掌からも薄く血を滲ませ俯いている。彼が顔を上げれば視界には体の中身を撒き散らした女性が入るだろう。それから目を逸らしたのか。 臓物をぶちまけたのは釘ではなく、巨大な獣。 伸びた牙の先に内臓を引っ掛けた人食い狼。狼よりもおぞましい獣。 咀嚼の音がする。生温い温度が場に満ちている。人の内容物が零れる悪臭がする。 薄皮一枚で日常と隔てられた先は、地獄だった。 「おぞましい光景だな……」 踵を返し悪夢と忘れてしまいたい惨状を目に、『背任者』駒井・淳(BNE002912) は深く息を吐く。 行きたくない。生存欲求と苦痛への忌避が錘となって彼の足を重くする。 行かねばならない。本能に逆らう理性が足を進める。戦を厭い逃げるのは簡単だ。 だがそれでは、いざという時に何もできない恐怖が襲い来る。 大切な人を前にした時に無力である絶望という恐怖はより深く強く彼の心を侵食し、此度の地獄を眼前に広げさせた。 隣では柳眉を逆立てる事もなく、『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234) が情景を遠目に眺める。敵の領域はもう少し先。かの獣が作り上げた陣地のお陰で人はいない。 ジャックの放送の効果は絶大。煙で巣から焙り出された虫の如く、潜んでいた殺人鬼が、殺人鬼の素質を備えていた者が一斉に牙を剥き出した。 その思考の差に少女は興味はない。彼らは押し並べて一般人に害を振りまき、世界へ悪影響を与えている。それらを排除する事が任務ならば、それ以上に必要とする理解などない。 ――それにどうせ最初から、理解できるような思考ではないのだ。 「あ奴の狂気……絶対に阻止してやるわい!」 細腰に手を当て断言してみせる『エア肉食系』レイライン・エレアニック(BNE002137)の言う通り、少しマトモな精神、つまり良識を持つものであれば乗る必要もない言葉だったのだから。 壁一枚の遠い先を踏み越えた者の思考は狂気と称されて仕方ないだろう。 「そのまま閉ざされていればよかったのに」 溜息すらも血臭で汚されていく気がする。『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)の呟きはもっとも。 的外れな罪人の意識を抱えたまま、地下に死人の如く潜んでいれば良かったのだ。 そうであれば、こんな風景は引き起こされなかっただろうに。 思っても仕方がない。時は戻らない。完全なる地獄と化す前に間に合ったのは僥倖だった。 「ま、出てちまったもんは潰すだけだな。今度こそ俺が引導を渡してやるよ……ヒャハハハ!」 惨劇も、起こった後に悔やんでは仕方ない。起こったならば元凶を潰せばいい。『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)はそう笑う。倒せばいい。潰せばいい。徹底的に完膚なきまでに叩き潰せばいい。 世界に害を為すのは『悪』である。『悪』に相対するのは『正義』である。 彼の信条であり信仰。守り通した先に己の望む姿が在ると信じ、サングラスの奥に鋭い瞳を隠したまま、彼は嗤う。 「ああ。ちゃっちゃと片付けてこの茶番に幕と行こうか」 『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)が首肯した。幼くして世界の裏も表も眺めた少女の顔はどこか達観を帯び、ぐるりと回した首の横、肩に黒い塊が乗る。 贖罪などとよく言えたもの、釘打ちの行為はただの殺人。 『神』の『啓示』の元で行われる『断罪』は酷く酷く身勝手だ。 「釘は罪咎を打つといいますが……何を以て罪となし、何を以て贖罪と為すのか」 憂いに『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)の睫が微かに伏せられる。 人を殺した己の罪を嘆きながら、罪人として贖罪の為に人を殺す。 その矛盾を問うた所で、きっと彼女の求める答えはないのだろう。 思考の基盤を異にする以上、いつまで経っても平行線だ。 だから。 「もはや、私達にできる事は止める事だけですね」 悠月の声に、エリス・トワイニング(BNE002382)が頷いた。 「エリスは……エリスに……できる事を……するのみ」 小柄な少女はじっと、先を見詰める。 失われていく命。嘆いても取り戻せないもの。 「間に合わない……命が……ある事は……知っている……から」 けれどまだ、命は在る。 反論。ここは地獄ではない。 悲鳴が聞こえる。 啜り泣きが聞こえる。 それらを上げる人々がいる。 死者の国ではない。泣いて呻いて温かい血を流し、死の腕から逃げようとする生者の領域だ。 それを守る為、リベリスタは行動を開始した。 ●咆哮と歯牙と爪痕の歓待 飛び込んだリベリスタの視界に入ったのは、顎を広げる一体のE・ビースト。 素早く視線を奥に向ければ、三叉路に対し一体ずつの獣がいる。 想定通り。 ハンドルを取られたのか横転した車の先に、呻き地に伏し、或いは壁や車に張り付けられる人々の中心に一人佇んでいる男が釘打ちであろう。 だが、それよりも。 「獣なんぞに食わせてなどやらぬわ!」 極限まで振り切ったスピードで、金色が目前で閉じようとする牙の間に滑り込んだ。 白い腕に牙が刺さる。が、『獲物』ですらない『餌』をただ千切る為に動かされた顎に大した力も篭っているはずがない。 肉と思って噛み付いたら石であった。 そんな反応を見せて一歩後ずさる獣に、恵梨香の放った魔法の弾丸が突き刺さった。展開された魔法の平面から生み出された魔力の塊は、狙い違わず頭を撃つ。 予想外の反撃に獣が唸る。リベリスタの何倍もある巨躯がしなやかに筋肉を脈動させる。 割れたアスファルトを蹴って、零六が跳んだ。 「いくら大きかろうが、獣如きが人間様に勝てるわけねぇだろ」 ――格の違いを教えてやる。 抱えた巨大な盾、要塞の名を掲ぐ得物、彼の思想を体現する砦で押し潰す様にして力を込めた一撃を放つ。 「くそったれの駄犬が! 調子づいてるんじゃないよ!」 毒吐く瀬恋が放った弾丸は容赦の一欠片もなく獣の頭の一部を抉った。 突然の外敵、現れた食事時の邪魔者に獣が怒りの声を上げる。 一体ずつ、確実に打ち倒していく為に、残る仲間は己の力を引き上げた。 そこまでは想定内。想定通り。うまく行った。 だが、そこからはうまく流れてくれなかった。 釘打ちが動き出すのは、リベリスタの想定よりもずっと早かった。 彼とて足に根が生えているわけではない。耳が聞こえない訳ではない。 全てを見通す彼の目はある程度限定的であるが故に、連れているのが知能を伴わぬ獣であるが故に、本能のままに『罪人』を貪るはずの獣が威嚇を発した事に対して彼はいち早く自身で確認する為に歩き出した。 倒れ伏す人々の合間を縫う様に近付く彼の歩みに迷いはない。 彼の目は見えてはいないが、手にいれた別の『目』は周囲の認識に関しては生来の目よりも優れているのだから。 棺桶に眠る死者の如く両腕を交差させ肩に打ち付けた男が、接近してくる。 リベリスタが見逃すはずもない、牙を爪を避けながら、一瞬だけ仲間同士で絡め合わせられる視線。 「その『目』とやらで、捉えられるものなら捉えてみるがよいわ!」 獣の間を抜け走り、進行方向に立ち塞がるレイライン。 釘打ちは足を止める。時間にすればほんの数秒、何かを悟った様に唇を薄く開いた彼は、しかし言葉を発する事をなく頭を前に振った。 答えるように、奥の二体の獣が吼える。 「……厄介な」 レンが忌々しげに眉を寄せた。 二体の獣がリベリスタへ向けて走ってきているのは、明白であった。 「早めにこちらを倒してしまいましょう」 祈るかの如く柔らかに組まれた掌。悠月の体を囲む様に円が現れ、複雑な文様を書き描く。呼び出された神秘、形を成し織り上げたそれが最初に遭遇した獣へと叩き込まれる。 確認した一般人の位置を共有したかったのだが、現状では多く転がる人の位置を逐一報告する間もない。 逃げろと声をかけた所で、釘で打たれた彼らは身動きもままならない者が多いのだ。 それに気付いてレンが唇を噛む。 「やるしかない、な」 うっすら汗の滲んだ掌を握り込み、淳が息を吸って、吐いた。 ●釘打たれ人の決心と血身 猛攻。 三体揃ったE・ビーストはそれぞれ前にレン、零六、淳を置き、その体に大きく傷を付けていた。 「おすわり!」 悲鳴に似た声が戦場に響く。 破れかぶれの迷い言ではない、言葉と共に淳が展開させた呪いの印は獣に刻まれ、その動きを止めていた。だが、これは討伐の為のものではない、これは動きを止められはするが傷付ける事はできない。 「大丈夫……治す」 レンから散った赤に目を見開いた淳の後ろ、エリスの声と呼び起こされた神秘の歌が戦場に響く。 彼女の唱う天上の歌の効果は大変に高かったが、敵の殺傷力もまた警告されていた通りに高い。 治し切れない傷が、少しずつ少しずつ溜まっていく。 だが、もっとも早く危険な状態へと追い込まれたのは、釘打ちと一人相対したレイラインだ。 危惧していた各個撃破の的に、早くも彼女自身が為ろうとしている事実。 彼女は確かに、仲間の中では群を抜いて素早く、攻撃を見切る事に掛けては誰よりも長けていた。 だが、決して硬くはない。一身で狙われ続ける以上、全て避け切るという訳にもいかない。 一度深く釘で抉られれば、流れる赤を止める術もなく、彼女の役目は釘打ちの射程外へ仲間を置くことであれば更なる後ろに控える回復手からの援護も届かない。 「簡単に倒れる事など……あると思うてか!」 彼女は不敵に笑い、運命を燃やす。削る。巻き戻った命の時間を再び早送り。終わりを告げる時計の秒針がかちりと進む。 それでも時計は止まらない。強制的に進められ、足元に広がるは流れる命の一部。 全身に穿たれた細い穴。余りに多く血を失ったか、抉られ続けた肉が無常な金属の温度に慣れたのか、冷えて動かない体を抱えてレイラインはアスファルトに沈んだ。 地響き。倒れたのはE・ビーストも。 仲間が一体倒すまで持った。状態から考えれば十分に持った方であった。 歩き出す。釘打ちが歩き出す。 獣の後ろで足を止めた彼は空を仰ぐように顔を上げる、次の瞬間リベリスタに向かい降り注いだ釘は地に赤の模様を増やした。 血が止まらない。降り注ぐ釘の雨が止まない。 牙が踊る。骨の一部が砕ける音がする。 血を吐き捨てた零六が、降『釘』確率の高さに折れかけた膝を運命を削り立て直す。 「この程度……痛くも痒くもねぇよ!」 高笑い。虚勢ではない、追い込まれて発揮する彼の胆力は今発揮され、目の前を掠めた爪を嗤う。 例えそれが数撃の後に再び沈むまでの悪足掻きだとして、運命を削り状況を引っ繰り返せる力を持つと信ずる彼は自身の傷を省みずに一撃を放った。 「……くそ、すまな、」 獣の動きを再び封じようとした淳が、横殴りの一撃に力を使い果たし意識を途絶えさせる。 倒れる彼に寄り添う様に、悠月の一撃で命を失った獣が倒れ込んだ。 残り一。 牙は減ったが釘は止まない。 「昼寝の気分じゃないんだけど、ね……」 動きを阻害され、結果的に更なる釘を浴びる事になった瀬恋が回る視界に沈んだ。 撤退すべきと定めたラインは超えた。 だが、回復手であるエリスは未だ健在。一度は倒れ掛かったものの、己の呼んだ歌に加えて悠月の招いた優しい風によって体勢を立て直している。 釘打ちの攻撃に対し瀬恋よりも耐性のあったエリスと悠月、そして恵梨香はまだ十分に戦闘続行可能な状況であった。 前では一人、レンが獣を睨み付けている。 そして獣も、もはや無事とも軽傷とも言いがたい。 行ける。 判断したエリスと恵梨香は頷き合い、重ねる回復を、重ねる攻撃を編み上げた。 「これ以上、好き勝手にやらせるものか……!」 レンの放った黒い破滅。 それは彼の身長よりも少し小さい位の獣の頭を、見事打ち砕いた。 ●釘打ち人の回想と潰走 ガラスの割れる音。もしかしたら、神秘と隣り合う者だけに聞こえたのかも知れない。 薄皮一枚の異界と化していた交差点に、日常の音が響き始めた。 どこか遠くでサイレンが聞こえる。 日本各地で起こっている無数の殺人鬼の蜂起、その内の別の一つに向かっているのか。 倒れる仲間を視界に入れたまま、恵梨香が口を開く。 「――撤退を勧めるわ」 淡々と告げる彼女の言葉はある意味もっとも、半数が倒れ残りも痛んではいると言え、数としては四対一。リベリスタに旗が揚がる。 不安要素があるとすれば、釘打ちの負った傷はほぼレイラインによってつけられたものだけであり、致命傷には程遠い事と、自力で動けない怪我人の存在。 釘打ちがこの場のリベリスタを甘く見れば、恵梨香の言葉など聞き入れられず攻撃は続行されるだろう。 だが、彼は覚えているはずだ。 かつて欧州のリベリスタ集団に飲まされた苦汁、転機の時を。 そして悟るはずだ、騒ぎとなった場所に留まれば、更なるリベリスタが応援に来る可能性を。 巻き上がり極限まで張り詰める緊張。 怪我人を背後に、視線の中に入れ、いざという時の撤退線を脳内で引く。 キリキリと沈黙の弦が引き絞られる。 「……ああ」 放たれたのは矢ではなく言葉。 初めて釘打ちがまともな声を発した。低い掠れた声。同意か独白かも分からない。 肩から掌が落ちた。打ち付けていた釘が消えた。目に刺さった二本の釘だけ未だ異彩を放ちながら、彼は存在しない瞳でリベリスタを見据えている。敵意でもない。殺意でもない。宛ら、行き先もなく彷徨っていた時の唐突な悪天候。そんなものへ向ける雰囲気。 呻き声に、レンが足元にいた一般人へ一瞬視線を送った。と、その手足から先程まで生えていた釘が失せている。 楔が消え去った事で、比較的軽傷――とは言え病院への搬送は必要ではあろうが――の人々がよろよろと身を起こし始めた。 そして急ブレーキの音。 はっとリベリスタが視線を向ければ、陣地が消失した事で通常通りに道を進んできた車が倒れ付す人の手前でギリギリ止まっている。 広がる血溜まりに真っ青な顔をして降りてくる運転手から顔を戻せば、既に釘打ちの姿は消えていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|