●大海の一滴 それは空から舞い降りた。 それは世界の底に開いた穴から滴り出た。 宛らリキッドオイルが滴るウォータータイマーの如く、欠片がぽつりと下に落ちた。 落ちた先は最下層。 穴が開いた理由を『それ』が知る事はない。知ろうとは考えない。 ただ、『それ』は己の小ささに酷く不安を覚えていた。 見渡す限りは全て『それ』だった。『それ』は世界そのものの一部であった。 だが、今の『それ』は広大な砂浜の、ほんの一握の砂。 元に戻りたかった。たゆたう海の一滴に戻りたかった。 感覚を研ぎ澄ませば、近くにはまだ『それ』がいるのが分かった。 一つになりたい。もう一度一つになりたい。 それにしては己の存在はあまりにも小さくて、心細かったから。 『それ』は周りのものを取り込み始めた。 周囲に一番多いものは、『それ』とは性質があまり合わなかった。 だから、小さくて効率は悪いけれど、跳ね回るものを取り込み始めた。 ずるずると這う中で、跳ね回るものよりも更に小さな欠片に触れた時、『それ』はほんの少しだけ懐かしさを感じる香りを嗅ぎ取った。 が、それだけ。 求める大きさには、まだまだ足りなかった。 ●大願の一滴 「アザーバイドが現れた」 集まったリベリスタを前に、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はそう告げた。 「先日。とあるフィクサードが『世界を壊す』という大層な目的を掲げて行った儀式。それによって呼び出されたアザーバイドの一つを、あなた達に倒して欲しい」 一つ。 現れたのは一体ではないのか、と問えば少女は頷いた。 「フィクサードは空に穴を開け、アザーバイドを召喚した。どうやらこのアザーバイドは元は巨大……というか、膨大な質量を持った存在だったみたい。今回現れたのは、底に開いた穴から滴った雫」 ゲル状のものがなみなみと入った鍋の底に、小さな穴が開いたのを想像すれば良いだろうか。 大きな意志から離されて、雫はそれぞれ意志の統率もできずこの世界を彷徨っている。 穴はすぐに塞がったので、これ以上の自然出現の心配はひとまずない、とイヴは言った。 「それぞれの個体……『欠片』の能力や強さはバラバラだけど、相手にできない程じゃない。ただ、この存在、どうも大方が『同類と寄り集まる』性質を持っているみたい」 出現したのは全部で五、六程度。 大元には及ばないとは言え、全て寄り集まってしまえば危険な存在となるのは間違いない。 「あなた達に向かって貰うのは、山中。『欠片』は周囲の動物を取り込んで大きくなろうとしている。もし町に辿り着けば、寄り集まる前でも非常に危険な存在になるのは間違いない」 山の動物よりも密集していて捕らえ易い人間は、『欠片』にとっては非常に取り込むのに都合が良いだろう。人間にとっては災厄以外の何者でもないが。 だから山にいる内に、そして他の『欠片』と出会う前に倒してくれ、と。 「この個体は、能力としてはそれほど突出したものは持っていない。完全に取り込んだものに特別な力があればそれを使用できるみたいだけど……今の所、取り込んだ中で特別といえるのは一つだけ」 イヴは真っ直ぐにリベリスタを見詰めた。 「儀式の際に身を捧げたフィクサードの死体。世界を歪めた際に、力の行使の反動で弾け飛んだせいで回収が叶わなかったそれを取り込んだ。……だから、マグメイガスの使うスキルに似た力を使ってくると思う」 性質は多少変わってはいるが、それでも対応できる範囲。 「……これを呼び出したフィクサードの願いは、世界の崩壊。そんな事は叶わないと、このアザーバイドの中にいる『彼』に教えてあげて」 『彼』の意識など『欠片』の中には存在しないだろうし、そもそも死した相手に話が通じるはずもない。 それでもイヴは、そう告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月29日(木)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●残夢 幾つもの明かりが夜間の山中に揺れる。 「こっちだ」 先日通ったばかりの道を『悪夢の残滓』ランディ・益母(BNE001403)が先導した。今回の対象へと向けた、いや、誰でもない相手へと向けた消化不良のむかつきは顔に出さずいつかの道を行く。真夏ほどではない温い気温、葉が擦れる音が人数分響いた。 「足元にゃ気を付けてな」 「やー、ありがてえなこの光」 各々暗闇に閉ざされた山を眩く照らすものを持ち――『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)に到っては彼自身が光源となり、真夜中の登山を少しだけ安全にしている。ツァイン・ウォーレス(BNE001520)が冗談めかして拝み笑った通り、高校生ながら仮にも仏法の徒である彼の光は何となく別の意味で効きそうだった。 「召喚されたアザーバイドか……興味深いといえば興味深いんだけどな」 同年代の仲間と比べれば小柄な部類に入る『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)が、丁度目に当たる高さであった枝を退けながらひとりごちた。最下層に穿った穴。穴から現れたモノ。異界の生物。知的好奇心の溢れるものから見たならば良い研究対象であったに違いない。 ただ。 「世界を滅ぼすために、ねぇ。んな訳わからん理由で召喚された方も迷惑だろ」 「せっかく呼び出されても、誰も祝福してくれない生命って哀れね」 『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)と『ナーサリィ・テイル』斬風 糾華(BNE000390)の呟き通り、唐突に望まぬ最下層に落とされ、母体に戻る事もできず朽ちる事を求められる『欠片』こそ見方によっては一番の被害者であろう。 「でも、仕方がないわ。この世界では厄介者でしかないのだもの」 肯定と否定は同じ唇から。糾華が感情の起伏の薄い声で紡いだ。欠片は存在自体がこの世界の負担。 欠片の意思は一つで無数。知能を持たず高度な思考をしこの最下層の事を何一つ理解せず己を求めた意志に微かな呼応を返し貪り蹂躙し遠き『空』を希う多くの一つ。 理解は無用。理解は不能。友好的に帰還頂くには相互の意思疎通が不可能。ゆえに本人――本体に非がなかろうが排除以外に道はない。 下手に理解できるよりも、その方が良かったのかも知れない。 己がこの世から排除されるべき異端だと知り、恐怖する事はないのだから。 「不幸の連鎖は止めなければならん、な」 『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)が開けた場所へと足を踏み入れる。今回のメンバーの多くはアザーバイドが発生した過程を確認済みであり、優希も同じく。だからこそ、元凶となったフィクサードには同情もする。けれど、彼はリベリスタだ。世界の崩壊などという願いは叶えられないし叶えさせるつもりもない。 「必ずここで……破壊する」 彼の隣で似た色の髪をなびかせて、『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)が皆の決意を言葉にした。 音が聞こえる。声ではない。大型の何かが近づいてくる音。 世界を超えて現れた生き物。排除すべき異物。 「来た」 簡潔に朱子が告げた。金属の指先でナイロールのメタルフレームを外す。戦闘の気配に奥底に情怨の炎を灯した赤い瞳が鋭く細められる。 現れたのはヘドロの塊。そう見える深緑の濁った塊。だがヘドロと違い、悪臭はしない。なぎ倒された木々の真新しい香り。 異界の生き物がそこにいた。 その『欠片』にとっては、立ち塞がるリベリスタすら自身を巨大にする為の材料でしかないのだろう。柔らかい生き物。自身の中に取り込みやすいもの。幸か不幸か、既に取り込まれたであろう動物は見えない。 濁った水面、流れの止まった夏の川面。 奥に何を潜ませているか分からない混濁。 明らかな異形ではあった。が、リベリスタにとっては今更悲鳴を上げるようなものでもない。 例え目の前の相手が自分達を『餌』と認識していたとして、食われてやる気もあるはずがない。 「残念ね。どんなに強力な能力を得ようとも、私達を殺し尽くすには圧倒的に足りないわ」 糾華の手に、剣が現れた。荊棘姫。蝶々型の幻想纏いから呼び出された彼女の武器。銀の薔薇が、白と黒の少女に輝きを付け加える。笑みすら浮かべず、ただ玲瓏に。 「援護は任せろ。存分にやってくれ」 「逃がしはしないぞ!」 フツが走る。優希が走る。攻撃を避ける為、囲む為、全員が定めた配置へと。 「始めるぞ。きっちり終わらせる」 レンの足元から、彼と同じくらいの背丈の影が立ち上がった。 ●『欠片』 「オウ、無茶はすんなよ!」 結ばれた印、与えられる守りは皆の体を包み、強靭なリベリスタの体を更に一段階上へと運ぶ。 相対するのがツァインであるのを確認し、フツは軽く笑って見せた。慢心からの油断ではなく、ただ気質から滲む信頼と心の余裕にツァインも笑みを返す。 「これ以上厄介な能力を手に入れる前に狩り尽くしてあげるわ」 銀から伸び上がった漆黒が、ヘドロの塊を打つ。一部を潰すように。齎される破壊に『欠片』は怯まない。これから壊されようとしている事にさえ意識が向かないのか。壊されるなどという概念がまずないのか。 少女の赤い瞳の中にヘドロの一部が抉れたのが映る、が、数秒後には埋まった。 「完膚無きまでに潰させてもらう!」 鉄黒色のコートが翻る。円を描くように裾が回り、瞬く間より早く繰り出された蹴りは不可視の刃を生み出し『欠片』を切り裂いた。いくつかは中心に当たり、細い穴を開けていく。 それも矢張り糾華の時と同じく数秒で埋まっていくが、形状から考えるとさしておかしな事でもないだろう。そしてこの敵は無敵ではない。イヴは告げた、リベリスタが相手にできない敵ではない、と。 ならば攻撃を重ねれば必ず体力を磨耗するはずなのだ。 「危なくなったらすぐ言えよ」 「おう!」 前に立つツァインに声を掛けながら、ランディが全身に闘気を迸らせる。この間と同じ、この間とは違う。彼は前に出ず、過去の敵を取り込んだ『欠片』を見る。少年と似通った場所はないか、攻撃を叩き込む隙はないか。ただ倒す為に、彼は見る。 『欠片』が微かに震えた気がした。気のせいだったかも知れない。 或いは歓喜だったのか。 先程まで『それ』が取り込んでいたものは効率が悪かった。 周囲に溢れる大きなものよりも小さいくせに動き回り、量的には余りにも少ない。 効率が悪い。他の『それ』に中々近付けない。元に戻れない。 だが、今周囲を囲むものは跳ね回っていたものと似た性質を持ちながら、跳ね回っていたものよりも明らかに大きかった。そして何より、あちらから多くが来てくれた。 これを全て取り込めば、求めるものに近付ける。 次の瞬間、地面が抉れた。 見えない巨人の爪に抉られたかのように――いや、今回は違う。爪先で無数に線を引いたかのように、リベリスタの指よりも細い線が無数に地面に描かれた。 「くっ……」 鉄の爪で引っ掛かれたかの様に、レンの腕に赤い線が引かれる。糾華の白い足を血が伝う。瀬恋の髪の一房がゆっくり地面に落ちた。 レンの頭に何かが響く、異界の混沌。混ざり合ったこの世界の悪意。足が動かない。動かせない。重い。コンクリートで繋がれたかのように、足が思い通りにならない。己の身を攻撃から守る体勢のまま、自分だけが時間から切り離されたかのように上手く動かない。 一人衝撃が訪れなかったツァインの前には、彼よりも小さな、しかし鉄壁の炎が立ちはだかっていた。巨大な剣、紅刃剣を手に朱子が肩越しに視線を送る。無事か、と。 「サンキュー鳳!」 「……宜しくね」 頷くと、朱子は前を見る。 言葉での応えではなく、ツァインは光で答えた。刃先で描かれた十字。それが宙に舞い上がり、拡散しリベリスタへと降り注ぐ。神秘の守りは上書きされ、与えられるのは強き覚悟を更に強固に導く意志。 たたん、とレンの足がステップを踏んだ。身軽になった体で攻撃を打ち込む位置を整える。 「因果応報、三世因果。世界を滅ぼすなら世界に滅ぼされるのを覚悟しな」 髪を後ろに払い、瀬恋が己の覚悟を唱える。意志は誇りを胸に極限まで固められる。少女に倒れぬ矜持を与える。信念を宿した少女は、銃弾に勝る鋭さで『欠片』を睨めつけた。 後ろの正面だあれ。 子供の遊び、囲まれたのは異界の物。 後ろは誰だ、前は誰だ、当たりも外れもありはしない、内にいるものの『正面』すら定かではないまま、リベリスタは攻撃の手を休めない。 「どーした焔、体力温存かー? 休憩にはまだ早ぇだろ!」 「……当たり前だ! すぐに叩きのめしてやる!」 呼吸を整えていた優希が、激励を含んだツァインのからかいに少しだけ眉を寄せて迦具土神を掲げ返す。彼の光に照らされた場所、ランディの放った一撃による傷は塞がらず、薄緑の液体がだらだらとそこから零れていた。あれが血なのか、内容物の一部なのか。何にしても、『欠片』を構成する一部分なのは間違いない。体の一部を失い続けている事もまた間違いない。 「どんなものであろうと、捕らえてみせる」 影と共に伸び上がる黒、打ち据える一撃。少年の瞳はヘドロと違い緑に澄み、水面の混濁ではなく水底の確固たる決意を映し続ける。フツの掌で符が羽ばたき、生命宿さぬ一羽の鴉となって敵を穿った。 「……ところでこいつの頭ってどこなんだい?」 攻撃を重ねた上での改めての疑問。普段ならば頭部を狙って放たれる一撃は、頭部どころか急所すらも分からない相手ではその威力も発揮できない――と思いきや、勘と推測で放たれる不可視の一撃は確かに的確に『欠片』の体力を削っている様子だった。 『欠片』が奏でる葬送曲。取り込むためのものの動きを止める不可解な旋律。音楽とは言えない。言えるはずもない。頭を乱す音。騒音。耳からだけではなく全身を震えさせるようなそれは、周囲の環境さえ異質に変えて季節外れの寒気を呼び、空気を毒されたものへ変化させる。 しかしそれを打ち払う意志の力は強い。歯を食いしばる仲間にはフツの光が舞い降りた。動けなくなる仲間は少なく、リベリスタは総力を以って『欠片』と相対する。 朱子の剣が『欠片』を裂いた。炎を纏いながら少女が舞う。巨大な剣に振り回されているようで、中心となっているのはいつだって細身の彼女に他ならない。金属の腕は炎を照り返し、赤く赤く。 切り裂いた、打ち付けた、溢れる気合は刃に篭っている。乗せている。火力が足りなければその分打ち込めばいい。倒れるまで切り刻めばいい。単純だ。破壊は単純だ。 赤い少女の付けた傷の上、白黒少女は銀を振るう。 刃先が『欠片』を浅く裂いた瞬間、植え付けられた死。死を捧げる破壊。内にいる誰かが望んだ破壊。単純な破壊。 弾けた。破片が散った。『欠片』は無数の『欠片』と化し、生命体として在り続ける事ができずに石の破片と同じ意味しか持たない欠片と為った。 あるものは少女の半身より大きく、あるものは彼女の掌よりも小さく、崩れて欠片の山へと。 「これにて終幕。さようなら」 糾華が振るった荊棘姫から、薄緑の水滴が刀身を伝って、一つ落ちた。 ●終夢 望んだのは時間の付け足しであり、会話時間の延長。 死したものは戻らない。動かないし喋らない。誰もが知っている。知っているが、理を超える手段をリベリスタ一つ持っている。 弾け飛んだ少年の体は大方が取り込まれたのか、見付けられたのは手首から先が一つだけ。 それをアザーバイドの死体の近くに置き、フツが交霊を試みる。 感傷じみた厄介事なんて下らない、と肩を竦めながらも少し離れて皆を見る糾華の視線の先、指先が印を切り、瞑目の内に語りかける。ほんの僅か、寄る眉。 「無事な部分が少ないせいか、アザーバイドに取り込まれたからか……ちょいはっきりしないな……」 曰く、ラジオの周波数が合っていない時の様に声が遠のいたり近づいたりするのだとフツが腕を組んだ。 しかし、聞こえない訳ではない。根気強くフツが心を通わせあう事を願う。川を越えた相手に呼び掛ける。 フツの横で黙ってランディが死体に目線を落とす。あの時千切れた服の一部。握り締めた掌から読み取るのは過去。そこから見えたのは見知らぬ女の顔。笑顔。穏やかな穏やかな笑顔の女が吐血し仰向けに倒れこむ様子。記憶の断片。呪縛の一筋。 『……何?』 少年の言葉をなぞるフツの声。頷いた彼に、ランディは同じものを返す。 「よう、坊主。話をしよう」 『……話、何、生きてるの』 断片的なのは、聞き取るフツが不明瞭な言葉を意味が通るように繋げているからか。こちらの声は普通に発しても聞こえている様子だった。 『……失敗、残念』 「あー……こういうのも何だが、お前は良くやったと思うよ」 フツの隣に進み出て、ツァインが言葉を考える。 「子供一人にこんだけ大勢が苦戦させられたんだぜ? ちょっと頑張る方向はすれ違っちまったけどさ」 「だが、世界は一人で壊せるほど脆くはない。俺たちはその為のリベリスタだ」 「壊す者がいれば、護る者もいる。……破壊を許さない者もいる。仮に世界が崩壊するとしても、最後まで足掻き続けてやるさ」 真っ直ぐ見詰めるレンと優希の瞳が、彼には理解できているだろうか。 過去に世界を護る為の一つの壁となった父親の気概を、少しでも思えただろうか。 『……僕、もう、関係……意味? ない、できない、できなかった?』 更に声が乱れたらしく、フツの並べる単語が文として意味を成さなくなっていく。 「……お前は……本当にこんな事がしたかったのか?」 思わず唇から零れた様に、朱子が問う。確かに世界を壊すというのは少年の願いであった。だが彼自身から湧いて出た欲求ではない。与え続けられ教え込まれ続けられた『目標』でしかない。 その為に引き起こされた事によって起きる犠牲も自分の命も鑑みず、何故ひたすらに突き進めたのか。フツが黙る。数秒の後、彼は拾った言葉を並べた。 『お母さんが、僕を信じてたから』 ランディが肩を竦めて息を吐く。読んだ記憶の笑顔、狂気の狭間の安堵。『出来上がったもの』に満足して死んでいく顔。 「母親は満足だったろうな。だが、お前はあの時、満足だったのか?」 『……、……できない、できた、もういい、壊れない、……お兄さん、壊れ、ない? 世界、……』 「世界か。俺は世界が大っ嫌いだ」 再び散り散りになっていく言葉を断ち切るように、ランデイが告げた。 「だが、殺した奴らと好ましい連中がこの世界にはいる。だから世界を守る。お前の事も憶えておくよ」 お前は俺に勝ったのだ、と。 『壊せなかっ、た……、……勝って、な、……失敗』 ランディは首を振る。儀式を止められず、アザーバイドを召喚させてしまった時点で彼にとっては負けなのだと。 呟かれた言葉に、少年が笑った気がした。 ――じゃあ、引き分けだと。存在しないはずの気配が揺れた気がした。 もう、自分の事を許してやれ、と、伝えられた言葉に、彼はまたきっと、笑ったのだろう。 フツが皆に視線を送る。そろそろ維持が難しくなってきたらしい。 世界の表裏を繋ぐのは、言う程に簡単な事ではない。 「天へと還り、両親と共に世界の行く末を見物しているといい」 「来世の幸せぐらいは祈ってやるよ」 腕を組んだ優希の隣、トリガー部分を指先でくるりと回しながら、瀬恋が首を振った。 沈黙。 聞こえた少年の最後の声を、ただ一人聞いたフツが苦笑を浮かべた。 「来世があるならもっとうまくやるから、また遊んでね。だとさ」 「……本当、とんでもない子供だな」 ツァインが浮かべたのもまた苦笑。 仮に来世があるとして、仮に彼が同じ両親の元に生まれたとして、彼らの人生を歪めた悪夢が丁度良く再来するはずもない。 『彼』は再びは現れない。だからただの、言葉遊び。 夢の残滓が、寝覚めに残した余韻に過ぎない。 悪夢から覚める子供が呟いた、最初で最後の冗談に過ぎない。 暁はまだ遠く、山の夜は深まるばかり。 だが、長い長い十年越しの悪夢が一つ、今宵終わりを告げた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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