●狂気 平凡な日の朝、突然世界は変わった。 母も父も祖父母もそれぞれに慌てていて、さらには誰かは気を失った。 3個198円だったプラスチック容器のヨーグルトをスプーンでかき回す。 チャンネルはちゃっかりと小脇に隠した。パニックになった人は主電源の存在を忘れてる。 てんやわんやのそれも笑えたけれど、私はそんな茶番劇よりも彼を見たかった。 「ジャック・ザ・リッパー」 ああ、叶うなら彼と『こい』をしたい。 ●ブリーフィングルーム 緊迫した空気の中、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が重い口を開く。 「……『こい狂い』夜久・レイ(やひさ・れい)。今回、皆に討伐をお願いするフィクサード」 画面上に明るい茶髪の女子高生が映る。真面目一辺倒には見えないが、薄めの唇と意志の強そうな双眸が理知的な印象を与える顔立ちだった。 モニターに向けて顔をあげた少女の横顔には隠しきれない疲労が滲む。 それでもなお、イヴは気丈にリベリスタ達に視線を投げかける。 「彼女はもう殺人鬼。家族も親友も手に掛けてる。道徳だとか常識は、たぶん通じない。 アーティファクト『贋刀・乱れ恋』にも浸食されてるみたい。 このアーティファクト、ときどき『魅了』を発揮するから注意してほしい。破壊もお願い」 言いながらイヴが椅子に座り直す。ななめがけのポシェットを膝の上に置いて、リベリスタの視線に頷いた。 「彼女はまた殺人を犯す。今度は近くの学校で、大量殺人をする。 でも彼女を相手取るのはまだ、ぎりぎり学校の外。そのまま逃したら……100人は危ない」 肩を強張らせる、顔をひきつらせる、感情のまま椅子から立ち上がる――十人十色のリベリスタに動じることなくイヴはマウスをクリック。 「学校外で対峙するのは夜久・レイを、西木・敦(さいき・おさむ)が引き止めるから。 皆はその直後、言いかえると彼が殺される直前に到着する。それで……彼の生死は問わない」 机上に置かれたファイルを手に取るとぱらりとめくり、何事かを目で追ったあと両腕で前に抱え込む。 少女の腕の中で、ピンク色をしたソフトカバーのファイルが緩く弧を描いた。 「夜久・レイと西木・敦は先輩後輩の関係。二人ともその学校の卒業生で、土地勘もある。 ……西木・敦。彼は二度、アークのリベリスタに命を助けられて、リベリスタから少し事情を聞いてるみたい。 一度はエリューションとも遭遇してる。だからある程度、状況への適応は早いはず」 そこまで言うと一度言葉を止めて思案する。 少しの逡巡の後に、視えた運命を言語化するべくイヴは小さく口を開く。 「彼が『彼女に』殺されなければ……もしかしたら運命を得る、そんな可能性もある。 けど、今は被害を最小限に留めるために、……お願い。 相手は一人だって油断しないで。気を付けて、行って来てね」 ●三度目 最近は閉め切られていたはずの学校の裏門が開いていた。 重い鉄柵の門のない裏口の前に立つのは、面影のある背中。 ―――手には日本刀のような、鋭く鈍い光の物体。 その姿に戦慄を覚えても、駆け寄って声をかけずには居られなかった。 「夜久先輩。どこ、行くんですか」 「……学校?」 自分で発した声の掠れや上ずりが普通なら恥ずかしいが、今は欠片もその感情が浮かんでは来なかった。 抑揚の無い声と気配に背筋がぞっと泡立つ。あまりに人間味が欠けている。 「午後から臨時休校ですよ」 「そう」 「先輩」 足を進めた先輩の前に慌てて回り込む。ついでに後悔をする。 刀を携えた姿も異質だったが、前から見たら酷い。校章入りの薄茶のベストも白いシャツも、四肢までもが赤黒く染まっている。 今までなら現実味がなかったその姿は、血生臭い朝の番組から始まった殺人ニュースのパレードを思えば……一種の現実を突き付けていた。 命の恩人から聞きかじった、目にしなければ全く嘘のような知識が無遠慮に背中を押す。 「邪魔しないでみんなに『こい』を教えに行くところなの。 ジャック様が言ってたじゃない何だか素敵な啓示を下さったじゃない。 そうでしょう? だからだからそうほら私は行くの。 小さい子にもちゃんと分かるようにそれを教えるの早く伝えないといけないわ。 私に教えられることなんて限られているから本能的な『こい』を教えるのだからねぇ」 狂ったように、とり憑かれたように彼女は一気に捲し立てる。 まるで恋をした乙女のように頬を染め、少しの恥じらいと凶器を持って彼女は息も継がずに捲し立てた。 今の彼女にはかつて自分が見ていた影は無い。 追い付かない思考を置いて、まずは引っかかりのあるフレーズを問う。 「『こい』……?」 「うん。こ(ろしあ)い」 リップの塗られた薄い唇が象った言葉を音にはせずに復唱して、まず目眩がして吐き気がした。 そして、諦めがつく。昔あこがれた人は『殺人鬼』である、と。 強引に深呼吸をすると、鉄臭さが口の中に広がる。 風が無いせいか、人が自分達以外にいないせいか、空気が淀んで感じる。 緊張、圧迫感、嫌悪のあらゆる感情が重く、呼吸が酷く苦しい。 それから両腕を広げて、頬をひきつらせて精一杯の笑顔。 勝てるはずが無いことなど知っている。誰かが助けに来る淡い期待が無いと言えば嘘だ。 けれど「ああそうですか」と彼女を素通りさせるわけにはいかない。少なくてもまだ、だめだ。 記憶が正しければHRの時間――つまり全校生徒が帰路につくまであと20分、校内に全校生徒がいる。 もちろん20分経てばまばらに、裏口から帰る生徒が来る。だがそれは少数で、多数が生き残る可能性は残る。妹も正門から帰る。 だから数秒でも遅らせたい。 古めかしくて懐かしいチャイムが鳴り響く。 初めて恋した人を前にするよりも、心臓はずっと早くてうるさい。 「先輩。……『こい』教える練習、しません?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:彦葉 庵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 双眸を縁取る長い睫毛がぴくりと震え、灰色の髪の隙間からオレンジ色が現れる。 車両に揺られながら眺める間もなく車窓の外を流れ行く景色の中、色香濃い橙色の金木犀が過る。 細く開けた窓から甘い香りが漂い――そして仄かに鉄の香りが紛れ込んだ。 「血の臭いがここまで来るってのは派手だね」 太眉を顰めて『男たちのバンカーバスター』関 狄龍(BNE002760)が悪態を吐く。本来なら御免こうむりたい『こい』の張本人の近さを感じ、うげ、と舌を出した。 渋面を作る『赤光の暴風』楠神 風斗(BNE001434)の横で、咥えタバコを上、下と揺らし『イエローシグナル』依代 椿(BNE000728)がポケットを探る。 「椿さん」 「うん、近いなぁ。気ぃつけていこ」 椿を姉貴分と慕う『中身はアレな』羽柴 壱也(BNE002639)が呼ぶ名に、ゆるりと椿が頷く。 これから対峙する事象も一般人にとっては超常・神秘(オカルト)に類しようと、彼女達にとっては覚醒した人間の為す事象に過ぎない。必要以上に怖じることはない。 静かに見守る廬原 碧衣(BNE002820)の視線の先、ライターの火先がタバコの先を焦がした。 甘く、苦く、香りが鼻腔を擽る。血の気配に入り混じり肺を満たす。 「それでは、狂人の討伐といこうか」 ● 学校裏門。 「なあにそれ。じゃまはだめよ?」 くすくすと綺麗な顔で微笑み、一切の躊躇なく贋刀を振りかざす。 夏が過ぎ、いくらか和らいだ秋の陽光は鉄を鈍く照らし黒い影を携える。 死を思わせる刃の光にうつむき目を逸らした。 鼓動の煩さで麻痺気味の耳に微か、急停車するタイヤの音が聞こえた。 通報を願って浅い呼吸。食われかけのカエルは生きた心地がしないらしい。 ガチッ――ギチリ。 ふいと影が差し、形容しがたい金属のかち合う音。 反射で先輩を仰ぎ、黒く虚ろな目と視線が重なって間もなく。 「どうも、こんにちは。『こい』を教わりに来ました」 振りかざされた刀を自重の支えにし、中空で倒立した格好のままでその人が述べる。 その人、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)によって、贋刀の動きが制されていた。 「誰かしらジャック様じゃないわねああ残念」 崩れぬ笑顔のまま『こい狂い』夜久・レイが力任せに胡乱者を振り払う。 うさぎは宙で身を返す。敦の後方に体操選手よろしく着地を決めた。 すかさずレイが追撃にアスファルトを蹴ると同時、敦が反応するよりも速くうさぎが腕を引く。 首を断絶する直前、不意にレイの動きが鈍った。視線が後方に流れる。 敦が咄嗟に体を庇った腕を贋刀が撫でるように赤い線を刻む。傷を負ったとはいえ、それだけで済んだ。 「お久しぶりです、西木君」 命中を優先しピンポイントに肩を穿った雪白 万葉(BNE000195)が平生と声をかける。うさぎの後ろに立った敦が目を見開く。アーティファクトによる傷はけして軽くは無いものの首は繋がっている。 ゆらり、レイの体が揺らぎ、壱也のデスサイズが虚空を薙ぐ。 そのまま勢いを殺さず学校を背に彼女は立つ。視線はレイに据え背を向けたまま、明るい声で振舞う。 「西木さん、初めまして。あなたを助けにきたリベリスタだよ」 「よう、少年! お前さんの時間稼ぎ、最高だったぜ!」 壱也の声に狄龍の声が、狄龍の声に重なって両腕のアタッチメントが唸った。 早撃ちのそれは回避しきれず皮膚を裂いて肉を抉り――肉の削れた腕をレイは観察する。 「安心して! あなたも学校の生徒達も、絶対守ってみせる。夜久さんも……救済、するよ。 それがわたしたちがここに来た理由なんだから!」 言い切る言葉に、敦は開きかけた口を閉じた。 狂気に身を浸したレイが嗤い、壱也がきゅっと唇を結ぶ。 「お前の相手はこっちだ!!」 一喝、風斗が肉厚の大剣を振るう。贋刀の刀身が重みに悲鳴を上げた。 「殺し合いがしたいんだろう? だが、今のお前じゃあダメだ。ダメダメだ」 「ちがうわ『こい』よどうダメかは知らないけど」 血濡れた刀身に手を添えてレイは微笑む。 滲み出る殺気が心地良いと言わんばかりに、レイは恍惚と目を細めて風斗を見た。 「お前の『こい』は、『ころしあい』じゃあない。殺しあいっていうのはな」 じりじりと刀を押しながら、普段は意図して出されぬ殺気が膨れ爆ぜる。 瞬間、均衡が崩れた。切っ先が逸れる。 「互いに互いを殺しうる、そんな状況でないと成立しないだろうっ!」 「何言ってるの? ジャック様のお言葉を聞かずにぐずぐずしてるからいけないの。 いつだってみんなお互い殺せる状況だったじゃない変なのいいわけしないで」 踏み込んだ贋刀の先が風斗の頬を掠め、レイと風斗の立つ場を入れ替える。 息つく間もなく集中力を高めた椿の呪縛の符と、碧衣の気糸が腕を捕えた。 「……一方的虐殺であっても殺し合いだと言うか」 「なんというか、一方的な『コイ』があったもんやなぁ」 片や怪訝に、片や呆れと声が注ぐ。 声の向けられた当人は己に向かっているとも知らぬのか無感動に周囲を見渡す。 均等ではないがそれぞれに距離を置いて、笑みを浮かべたままのレイが囲まれていた。 その異様な空気の中で 『億千万の棘茨荊』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の心は躍る。 (こんなに愉快な方が相手だなんて、ヤバいですね) エーデルワイスが感じるのは恐怖とは対極。殺人鬼・レイは彼女の愉快の枠に嵌ったらしい。 狂喜的心中に銃口を一点に定める。狙うのは小指。 「レッツマーダー! レッツブレイク! 私と一緒に『こ(わしあ)い』しましょう!!」 「こわすだけじゃ直せるわそうじゃないのそれじゃつまらないけどでもそうね。 退屈しない方が楽しいのよジャック様もきっとそう楽しいこいの方がお好きでああ少し寒いかも。 こいで暖まるべき? でも誰としようつまらないことは皆嫌なのよね」 風穴が開き始めた掌から血が滴る。 贋刀・乱れ恋を握る彼女の頭の中に筋道だった論理はない。脈絡も理由も意味を成さない。 混濁した言葉を丸のままぶつぶつと呟き、壊れた首ふり人形の如くかくりかくりと首を傾ける。 「こいしてする溶けるくらい熱い血の味のキスなんて素敵よあなたもきっとそう思うわ」 「誰も思いませんって」 ● うさぎの、音もなく間合いを詰める動きにレイの唇が歪んだ。 贋刀が身を縛る呪縛ごと肉を断つ。11人の鬼の牙が腹に食い込む。 車を飛び出す寸前、椿が施した見えぬ庇護の力がリベリスタの身を守る。 染み渡る毒の感触は魅了――眩む視界をぶるりと振り払う。 「ま、私は白黒小僧の前で魅了食らうのは癪なんで」 「誰が小僧だ!?」 一つのフレーズにすかさず白黒小僧、もとい風斗が噛みつく。 「喧嘩しか知らん様な男は幾つになっても小僧です」 贋刀と大剣が金属同士弾きあう。 「小僧じゃあない!」 外見上幼く見えるうさぎだが風斗と同年齢、リベリスタになって以来付き合いもそれなりに長い。 気心知れたやり取り――つまり、魅了下では出来ないやりとり――の内で互いの状態を確かめる。 「『恋』は何度だって教えられるけど、『殺し合い』は一回しか教えられないから。よーく体に刻んでね」 「『こい』は『恋』よ?」 柄を振るい大鎌が風を斬ってレイの肌を裂き。 バックステップを踏み、乱れ恋が手近な物全てを無差別に切り刻む。嬉々として血を浴びる。 「抵抗もできひん相手に、一方的に教え込むとか……自分がやりたいだけやろ」 贋刀の辻風に燻る煙が揺れた。 神経を研ぎ澄まし、実弾を有さぬラブ&ピースメーカーの銃口を定める。 「敦さん、一応言うとく。今の自分が盾になってもあの人は改心なんてせぇへんよ」 気持ちが分かるからこそ。 戦闘の区域から離れるよう万葉に誘導される敦の足が止まる。 「思う事はあるでしょうが、まずは此方へ。猶予がありません」 戦況を窺っていた万葉が後ずさる足を見咎めて手首を掴む。 一人分の足音と離れる喧騒の中でスーツ姿の青年は口を開く。 「過去の事から彼女をどうするか予想も出来ていると思いますが……」 「先輩は人じゃ……っ」 ――『人』か? 疑念が言葉を苛む。 さざ波も立てず万葉の黒瞳が静かに細まり、見透かされる感覚に身が竦み敦は黙り込んだ。 「私はこの後を見ない方がいいと思いますが」 ツインテールのリベリスタは助けると言い、灰髪の少女の言も信言であり、今も気遣わせている現状、自分の立つ場を感じざるを得ない。 「君が見届けたいと言うなら止めません。どうしますか?」 「……知らせて、きます。来ないように」 声を絞り俯いた頭にぽんと軽く確かな重みがかかる。 顔を上げる前に置かれた手が離れた。黒い手袋の裾を引いてはめ直し、スタッフを手に青年は踵を返す。 「私達は君を助けると決めて動いていますから、君もまずは自分の安全を確保していてくださいね?」 「……はい」 ――アスファルトの上で軽い蜘蛛の糸が煌めく。 神秘の糸が蜘蛛の巣となって蔓延り、靴底に絡み文字通りに足を引っ張る。 「おい! 落ち着……、いってぇ?!」 「アハハハハッハハハッハハハハハ! 壊して! 壊して! ぶっ壊してあげる!!」 魅入られる前よりハイな様子だった彼女に判断基準は通用しない。 それでも向けられる銃口の先は明らかに味方。 円を描いたデスサイズを紫扇鏡で弾く。体から遅れて灰が散った。 「っ……壱也さん、正気に戻りぃ!」 「まったく厄介な凶器だな。だが、罠を張るのはお前だけではない」 蜘蛛糸を介し魅了された壱也、エーデルワイスの攻勢を凌ぐ。 狂(くる)、狂(くる)と標的を変える格好の二人と一人を相手に、整えた陣形も崩れる。 「チッ……きりがねぇ」 「先に、大元を潰すべきだ」 狄龍と背を合わせ、乱戦の中、赤黒く染まった腹から腕を離し碧衣がボウを装填する。 刀を持つ左手の上皮膚はこそげ落ち筋肉が露出して、なおもレイはその手に握っていた。 遮断された痛覚と欠落していく思考能力に、損耗に気が付いていない。 「加勢します」 「うちも、な」 風斗と斬り結んだレイの身に呪縛の符が張り付く。重ね重ねて楔が穿たれた。 「狙うは一点」 贋刀は握られたまま。ぼろりと手首が落ちた。 魅了は所持者と贋刀が揃って為していたらしく、 瞳に光が射す。 「はっ、あ、ええ!?」 「ええから、後ろ!」 軽い混乱を覚えた壱也も、とっさに防御姿勢を取り体を反転する。レイが居た。 緑の髪と両腕を広げぐるり、円を描き、唇に張り付いた笑みが目を引く。 エーデルワイスが転がった手首を踏みつける。 「ふふふ、ああっ壊しそびれちゃった! でもこれ、壊してあげる!!」 ばしゃんと音をたて、血の塊に形を変えた物には両者が頓着していない。 目当ては贋刀『乱れ恋』。レイが手を伸ばす。 エーデルワイスが照準を定めた。鉛が贋刀の亀裂を正確に撃ち抜く。砕けた。 「お前ぇえええ!!」 幸福を失したレイが四本の槍穂のテラーオブシャドウを従える。 贋刀を粉砕するエーデルワイスの頸を掴んだ。 食い込む指で死の刻印を刻み、アスファルトに引き倒す。 「よそ見をしている暇はないぞ! 次の瞬間にでもオレの剣が貴様の喉笛を切り裂くかもしれんのだからな!!」 影が出来る。声を聞いた瞬間にはすでに喉を裂く寸前。全身のバネで転がり避ける。 気糸と銃弾が追い、時に捉えた。距離を取って立ち上がった。 その姿に柳眉を顰めて椿が煙草の端を噛む。物に食われた心は欠片も戻っていない。 「……あかんかなぁ」 表情も無くした少女の力を個の力で制し、確保できる算段はたたない。 灰が風に浚われる。 「遅れを取るなよ。うさぎ」 「無様とか、見目気にしすぎてドジ踏まないで下さいよ?」 「っ……!!」 図星だったなど口が裂けても言えない。 「図星ですか」 軽口を嗜みに、うさぎと風斗が同時に血溜まりを蹴った。 左右から挟み確かな感触が掌に伝わる。レイが唇に紅を差す。 「楠神さん、防いでください」 言うが早いか、レイが掻き消えた。 うさぎの長い緑布がしなる。黒い鏃を伴って、一方的な『こい』を謳歌する。 動く先々にレイとリベリスタの鮮血が舞う。無分別に災厄を振りまき、蜘蛛の猛毒を注ぐ。 陣形を整える間の無かった今、襲う『こい狂い』にメンバーのおよそ半分が傷を負った。 その内でも碧衣が特に深い。高い命中力で左手を最も傷付けた彼女を記憶しているのか――鷲掴まれた傷口に爪が食い込む。骨の軋みに意識が遠のく。 ――銃声。 【明天】【昨天】を構えた狄龍がニィっと口角を左右に引き上げる。 その手前、寝転がったままのマリオネットのように手を持ち上げたエーデルワイスが嗤う。 「……あっは。勝手に死んだと思わないでね?」 この場に在るのは運命に愛され、運命を代価にできる者達。 「俺らはリベリスタってやつだからな」 入れ互い、胸部に埋もれた銃弾が抉るレイの手を止めた。 弛緩し、一度落ちた腕で腹を裂いたレイを掴む。途端、腕と表情がこわばった。 凛とした力を取り戻した青が、腕を引き抜こうとするレイの動揺に薄く笑う。 「……お前は人の話を聞くべきだ。『よそ見をしている暇はないぞ』」 聞いた台詞 「なにを」 「小僧の話も聞いとけってことで」 「おい!」 『こい』の芽を刈る刃――断頭の鉄槌が降る。 「じゃっくさま」 「夜久さん」 もうこいする乙女には戻れない。 「終わりです」 ● 「お。青春君」 「青春君って誰ですか」 大なり小なり――決して軽くない傷を負った面々が顔を上げる。 うさぎが呼称に突っ込みを入れた頃には狄龍 が青春君こと敦の肩を組んでいた。 「あの一瞬を作りだした、その勇気。そいつは運命に愛される資格アリってヤツだ。痺れたね。 俺の方が惚れちまいそうだぜ。青春君!」 アークの万華鏡までは知らず、理解の追いついていない敦は曖昧模糊に笑って返す。 かつ、かつとエーデルワイスが歩み寄る。敦の前で足を止めた。 「あなたはただ単に運良く生き残っただけ……次あるとは思わないこと。 まだ手を煩わせるようなら……ね!」 フィンガーバレットが眉間に当たる。冷たい声と熱の残る銃口が語る。 今後、故意に危険へ身を晒すことを回避するためだった。 「……わかって、ます。妹が危なくなければ、何も」 怖じた声と身は震え途切れ、エーデルワイスと敦の間にひょっと顔を出したうさぎの声で潰えた。 「はい。革醒の有無等無関係に、貴方は本当に『強い』。見習わせて頂きたい所で……」 妹がいるという理由だけだったと聞こえた。だが行動は事実、評価は正しい……はず。 「……ん?」 「どうした」 「いやなんでも」 いつものきょとんとした顔で首を傾げ、それでも風斗には肩を竦めておちょくる。 行き場の無くなった言葉に惑う内、傷癒術を施して回っていた椿が歩み寄る。 「夜久さんのことは残念や……。けど、世間にはこんな不条理がまだまだ満ちとるんよ」 「……西木君も何度か巻き込まれている通りです」 言いながら、万葉も彼がその運命のもとにあるのか否かは伏せておく。 「アーク、来る? こんな不条理を少しでも減らすお仕事やけど……まぁ、返事は急がんでもえぇけどな」 椿が肩を叩く。彼女の傷癒術が皮膚を作り替え、瞬く間に傷を塞いでいく。 当惑と心中に巣食う陰鬱に惑う。ただ、血に混じる甘い煙の香りは荼毘を思わせる。 頭を下げた少年の、髪が秋風に揺られ金木犀色に染めていく。 「いかせてくださ、いっ!?」 返事の途中。狄龍の腕で前のめりに転びかけた姿に壱也が笑い、碧衣が目を細める。 「よろしくね、西木くん!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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