●彼女が視たモノ 時刻は深夜。大きな月が、並び立つ建物の壁をほの明るく照らし出す。 ここは工場地帯。それも大きなものではなく、小さな町工場が密集している、とある町の一角だ。 昼間は様々な機械の駆動音と人々の活気に満ちた声が飛び交うこの一帯も、深夜ともなれば人気はなく、無機質が醸し出すあの特有の静けさを湛えている。 だがそんな静けさの中に耳を澄ますと、どこからともなく音が聞こえてきた。 がり。がり。がり。 何か硬い……例えるなら、金属を砕くような音。一定のリズムを刻むそれは、どうやら工場と工場の間にある路地裏から聞こえてくるようだ。 おそるおそる。 その音を発している主に気付かれぬよう、足音を殺して路地裏を覗き込む。 路地裏は入り口付近にはかろうじて月明かりや電灯の光が差し込んでいるが、奥の方ともなると、まるでそこだけバッサリと風景を切り取ってしまったかのように真っ暗で何も見えない。 だが、直感が告げている。何かがいる、と。 その証拠に、先程から聞こえている音は途切れることなく暗がりの中から響いている。 ちゃり、と音がした。 音のした方……自分の足元を見ると、そこには鈍く輝くボルト。しかしそのボルトは不自然に欠けている。まるで、何かが噛み千切ったように。 ちゃり、と音がした。 今度は暗がりの中から。どうやら、音の主に気付かれてしまったらしい。 何かが近づいてくる気配がする。逃げようとするが、体が動かない――なぜなら、暗闇に浮かぶ双眸から目を逸らせないからだ。 そうしてゆっくりと月光の下へ歩み入れたその姿は、黒い毛並みを持った、犬。 だがその体の各部は銀色の輝きを見せており、それが体の機械化によるものであると気付かされる。 眼前の犬が、威嚇するように低く声を上げる。ぽろり、とその口元から何かが落ち、地面とぶつかって軽い音をたてた。 視界に転がり込んできたそれは、先程見たボルトと同じような欠け方をした金属部品。 どうやら、この犬は廃棄された金属を食べているらしい。さらにその食事を邪魔されたことで、ひどく怒っているようだ。 二回、短く吼えると地面を駆けて犬が迫ってくる。 そして、襲いかかろうと跳び上がった黒犬の口には、チェーンソーのように激しく動く歯が輝いていた。 ●ガラクタ・イーター 「……というのが、私が見た光景」 アーク本部、ブリーフィングルーム。いつものように集まったリベリスタ達の前には、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の姿がある。 フォーチュナーと呼ばれる存在であるイヴは、現在を生きながらに過去を、そして未来をも視ることができる特別な力を持っている。 それは戦闘に直接用いる力ではないものの、実際に現場へ向かうリベリスタ達にとっては非常に大切な情報源であり、彼女の存在はなくてはならないものだ。 「さっき説明した通り、今回貴方達に倒してもらいたいのは体の各部が機械化した犬。フェーズ1のエリューション・ビーストよ」 イヴが薄暗い室内の中、光を放つモニターの方を向くと同時に、詳細が次々と表示されていく。 「なるほど。我々でいうところのメタルフレームのような存在でしょうか」 立ったまま壁に背を預け、静かに話を聞いていた『ディーンドライブ』白銀 玲香(nBNE000008)がイヴへ視線を送り、問いかける。 「その認識で、構わない」 小さく頷いたイヴは、そのまま説明を続ける。 エリューションの外見はドーベルマンの成犬の姿が最も近しい。しかし足と首、そして歯に機械化の傾向が見られる。 まず、全ての足に自走する車輪が付加されており、移動力が著しく向上している。しかしまだうまく扱えない様子で、一定時間だけの使用に留まるようだ。 次に首。少しではあるが伸縮機能が備わり、突進から杭打ち機のような頭突きを繰り出すことがある。 最後に歯。まるでチェーンソーのような歯が常に動き続けている。この歯で噛み付かれれば、ただでは済まないだろう。 「……このまま放置しておけば、ビームを出すようになるかもしれない」 「そ、それは恐ろしいですね」 イヴの言葉を聞いて、脳裏にその姿を思い浮かべた玲香が思わず唸り声をあげた。 「次に、戦場について」 イヴの操作で、モニターの表示が切り替わる。 犬が出現するのは、とある工場地帯の路地裏。しかし横幅が狭く、最大でも2人しか横に並ぶことができない。 また、エリューションは人目を避けて行動する傾向があるため、自ずと戦闘時刻は深夜になるだろう。 「この時間は路地裏でなくても人気がないから、路地裏から犬を誘い出して広い場所で戦うのがいいかもしれないわね。 金属を主食にしているみたいだから、それを使って誘い出してみるのはどうかしら」 イヴの提案には一理ある。だがこれに沿わずとも、他に作戦を考えてみるのも勿論良いだろう。 「詳細についてはこんなところかしら。人を襲った形跡は無いし、まだそこまで力を付けていないとはいえ、油断せずにお願い」 モニターの光が消え、室内の明かりが灯る。資料ファイルを静かに閉じるとイヴはそう締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月27日(火)21:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●夜 心地よい夜風が町を吹き抜け、日中に蓄えた熱気を冷ましていく。夜の帳が下りた中、静かな月明かりに照らされた8人の男女が歩みを進めていた。 これから戦いに向かう彼らではあったが、年齢が近い者が多いせいか、自然と会話に花が咲く。 「わんわんにもふもふしたいのじゃー! でもメカなのじゃー……。 否! メカでもわんわんなのじゃー!」 「流石にメカじゃ硬いんじゃねぇか? ま、脅威になる前にきっちり排除させてもらうぜ」 機械化した犬に想像を膨らませ一喜一憂している『白面黒毛』神喰 しぐれ(BNE001394)に、持参したスクーターを押しながら『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は思わず頬を緩ませる。 「メカ犬のペットは合体強化用のパーツとして必須アイテム! つーわけで、私のパーツになってもらうわー!!」 高笑いでも聞こえてきそうな勢いでグッと拳を握り宣言するのは、フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)。悪の首領を自称する彼女は、パーツを回収して自分に組み込むことにロマンを感じているようだ。 「私も、車輪を足に組み込めばもっと速く動けるのでしょうか」 真面目な顔で思いに耽る『ディーンドライブ』白銀 玲香(nBNE000008)だったが、その姿がとてもシュールなものになることに気付いているのだろうか。 「ペットと言えば昔、ロボットな犬のおもちゃが流行った……気がするわ。あれくらい可愛げのある奴だったら苦労しないんだけど、こっちは襲ってくるから洒落にならないわね」 すでに過去の物となった、懐かしの玩具に思いを馳せる『雇われ遊撃少女』宮代・久嶺(BNE002940)。 「……なんですか、そんなものがあったのですか」 夜の暗さとビン底メガネのせいで表情が読みにくいが、『ぜんまい仕掛けの盾』ヘクス・ピヨン(BNE002689)が訝しげであろう視線を久嶺に向ける。 え、知らないの!? という久嶺の言葉を皮切りに彼女の解説が始まる。だが、年齢を考えれば詳しいのも珍しいのかもしれない。 ちなみに件の玩具は今も根強い人気があるとか。 閑話休題。 「金属を食べちゃうって、すごく丈夫なお腹だね。私もそんな丈夫なお腹が欲しい」 賑やかな彼らの横で、おっとりとした調子で呟くのは『オオカミおばあちゃん』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)。一見すると十歳にも満たない少女に見えるが、実は齢八十の老女である。初見でそれを見破ることができる者はそういないだろう。 「ふむ……食われた金属はどこにいくのか……考えるだけで恐ろしいですね」 久嶺の解説が終わったのか、玖子の言葉にヘクスが相槌を打つ。 「迷い犬だったのかな? でも理から外れちゃったらずっとひとりぼっち……」 「誰かがちゃんと躾をしていれば、我らの力になったかも知れないのにな。だがそんな事を言っても仕方がない」 腰にくまのポシェットを揺らし、可愛らしい服装を身に纏った『夢見がちな』識恵・フォウ・フィオーレ(BNE002653)が寂しそうな表情で漏らした言葉に、『鬼雉子』雉子川 夜見(BNE002957)が鋭い眼光で真っ直ぐに前を見据え、返す。 「哀れむのはエゴだけど、被害が出る前に終わらせるの」 力強く頷いた識恵からは、か弱い女の子という印象は見受けられない。彼女に同意するように夜見は静かに目を閉じ、これから起こる戦いへと集中を高める。 「ここみてぇだな」 スタンドを下ろしエルヴィンがスクーターを止めた。彼の視線の先には暗く、狭い路地裏が伸びている。 「それじゃいってくるね」 怯むことなく路地裏へと近づいたのはフィオレット。彼女は敵を引き付ける囮役を引き受けたのだ。 おそるおそる、彼女は路地裏に足を踏み入れる。か弱い少女の振りをして相手の油断を誘う作戦だ。 演技をしながらも警戒を忘れず少しずつ進み、ようやく暗闇に目が慣れてきた頃、彼女の目の前に現れたのは説明に聞いた通りの黒い犬。廃棄されたガラクタの山を前にパタパタと尻尾を振っている。 ごくり、と唾を飲み込み、深呼吸。 「こ、ここどこー? 暗いよーう……」 弱々しく、相手の気を惹きつけるように上げたフィオレットの声が野路裏に木霊する。 途端、黒犬は跳ねるように耳を真っ直ぐに立て、声の方へ頭を向けた。 驚いたように見開かれた目が次第に細められ、地面をかくような仕草と共にその体勢が低くなる。 「そろそろいいよね……わああっ!」 踵を返して路地裏の入り口へと走り出したフィオレットの後ろから、軽快な駆動音と荒い息遣いが追い掛けてくるのが聞こえてきた。 「頃合いだね」 様子を窺っていたリベリスタ達が玖子の言葉に頷くと同時に、路地裏へと突入する。 背後からはエルヴィンのスクーターが強い光を照射し、各々が持つ懐中電灯も路地裏の暗闇を光で洗い流していく。 突然の人影と光に黒犬は踏みとどまり、慌てるように辺りを見回している。特に玖子としぐれの、外見とは裏腹の堂々とした佇まいに戸惑っているようだ。 「ほら、ご飯だよ」 ひらり、と玖子が手を振るとそこには山盛りの金属。思わず黒犬の視線が釘付けになる。しかしそれは玖子が見せている幻であり、実際には存在しないものだが、強力な幻影は黒犬に効果を見せている。 さらに後方からは識恵がフライパンとおたまを投げ込んでいる。食べるには少々大きいが、少なくとも興味は引けたようだ。 目の前に現れた好物と、迫ってくる複数の人間。 暫し思考の後、黒犬はくるりと方向転換し走り出した。本能的に命の方が大切だという結論に至ったようだ。 「あ、わんわんーっ!」 持ってきたバス停をしぐれがぶんぶんと振るが、すでに黒犬の眼中にはない。 一目散に路地裏の反対側へと逃げる黒犬。そして後、数駆けで出口に辿り着く所まで来たその時。 黒犬の目の前に空から一対の盾が降ってきた。重厚な音をたてて地上に降り立ったそれは、路地裏に砂埃を巻き起こす。 「あー疲れた、貴方重いわね」 「重いとか……干からびさせますよ……」 「アタシだって好きで運んでるわけじゃないわよ!」 そこにいたのは久嶺とへクス。黒犬を挟み撃ちにしようと上空を飛び、反対側へ回り込んでいたのだ。危ないところではあったが、正面から向かったリベリスタ達の時間稼ぎにより黒犬の逃亡は阻止できたようだ。 「間に合ったか……おいそこの2人。敵はすぐそばにいるぞ」 少し遅れて隣に降り立ったのは、同じく回り込んでいた夜見。彼の言葉にハッと2人は我に返った。 「え。ホントじゃない! 行くわよみんな! へクス、せいぜいその自慢の盾、食べられないようにがんばりなさいよっ」 「……あなたこそ、弾丸食べられてダメージ与えられないなんてやめてくださいよ」 武器を構える3人に怯んだ黒犬は後ろへ向き直るが、そこには当然のようにリベリスタ達がいる。 「準備万端なの。やっつけるなの!」 くまさんポシェット型のアクセス・ファンタズムを使って魔法少女のように変身した識恵が低飛行状態のまま、手にした十字架を掲げる。 明けない夜は無い。それを体現するために、戦う者達は始動した。 ●挟撃 路地裏に、金属同士がぶつかり合う鈍い音が響く。 「ぐっ……」 ヘクスの盾に頭突きが激突する。盾を貫通する勢いで放たれたそれに耐えきったヘクスだが、黒犬は逃走経路を確保せんと再び攻撃動作へ移ろうとしていた。 「わらわの魔法で、守護の魔法をシャランラなのじゃー!」 後方からはしぐれの援護が飛ぶ。彼女がロッドをくるりと回すと、防御の力が仲間達に与えられる。 「ありがと、しぐれさん!」 短く感謝を告げ、久嶺はライフルのスコープを覗き、引き金に力を込める。 「そこ動かないでよ……」 だがその一連の動きは常人とは一線を画す。凄まじい速度で狙いを付けると、路地裏を吹き抜ける夜風をものともせず、銃弾が黒犬の胴へと吸い込まれる。 苦痛を訴えるような高い悲鳴と共に、その動きが一瞬止まった。 「今なの!」 その期を逃すまいと、識恵がクロスで宙に陣を描く。そしてきらめく魔法陣から見た目は小さくも大きな力を宿した矢が放たれた。 しかし黒犬も撃たれてばかりではない。野生の勘とでもいうべき反応で身を翻し、矢の直撃を避け、足を少し掠る程度のダメージに抑える。 そして黒犬は勢いをそのままに地を駆け、次に狙ったのは、玖子。 黒犬の口からギラリと覗く、涎にまみれながらも激しく駆動する機械の牙に思わず身構えた玖子だったが、そこに割って入ったのは黒髪ロングのお嬢様。 「やらせない!」 騒音をまき散らして駆動する牙がフィオレットの腕に食い込む。シールドを使わない彼女に、どこか男気のようなものを感じざるを得ない。 牙はゆっくりと彼女の腕を削っていたが、次第にそれも止まり、空回りの音が周囲に空しく響く。 腕から口を外そうと黒犬がもがくよりも速く、動いたのはフィオレットの長槍。跳ね上げるように振り抜かれたそれは過たず、黒犬の腹部に強かに打ちつけられた。 「この距離なら絶対に外さないよ!!」 金属の破片と共に黒犬が宙を舞う。もちろん、その隙は見逃されない。 玲香が建物の壁を駆け上がり、壁を這うように配置された鉄管を蹴って上空から黒犬を強襲する。 弾くように打ち付けられ、軌道を強引に変えられた黒犬が飛ばされた先には夜見の姿がある。 集中を高め、その身を刃のように磨き上げたその姿が。 「孤独の辛さはわからんでもない。だが……!」 吐き出される息と共に振り抜かれる大太刀。繰り返すは三度。 頭に一、胴に二。 斬られた場所からは、オイルのようなどす黒い血液がこぼれ落ちる。 ようやく地上に帰還した黒犬は四肢を大きく広げ、痛みを堪えるように立ち、息を荒げている。 「もう一押し、ってとこか」 後方から状況を把握していたエルヴィンが負傷した者を確実に癒していく。 回復スキルを持つ者達の十分な活躍により、リベリスタ達の戦列は乱れることなく維持されていた。 「うん、もう少しだね」 ふわりと鉄扇を振るい、玖子が攻撃の体勢に移ろうとする。 だが、先んじて動いたのは黒犬の方。4本の脚部がそれぞれ円盤を展開、それを接地させず宙に浮かせたまま高速回転を開始。甲高い回転音が唸りをあげる。 斬り裂かれ、銀色が露出した頭部が鈍い輝きを見せた直後、有り余る動力を解放するように円盤が接地した。 チリチリと火花を散らし、駆動音を唸らせて黒犬がリベリスタ達へと一気に距離を詰める。 「――ん」 わずかに眉をひそめた玖子が構えを攻から防へと移したその刹那、速度を乗せた機械の牙が鉄扇を薙ぎ、抉る。 「落ち着きのない子。もっと前はよく見ようね」 斜めに構えた鉄扇がわずかに威力を逸らせたものの、防御を抜けた衝撃はその小さな身体に響き、わずかに後ずさる。 さらに攻撃はそこで終わらない。 制御を失ったラジコンのように黒い影が自在に動き回り、前方にいる者達に次々と襲いかかる。 防御に徹していた玖子とヘクスはダメージを極力抑えることに成功していたが、真っ向から迎え撃ったフィオレットは黒犬の動きにやや翻弄され、夜見は防御が遅れる場面もあり、大きな衝撃から来る一時的な麻痺に思わず膝をつく。 だが彼らはわかっていた。これが長くは続かないということを。革醒して間もないこのエリューションの力は発展途上故に。 清らかな微風が戦場の傷を癒し、聖なる光が撒かれた邪気を洗い流す。 そして、限界が来た。 路地裏に響いていた駆動音は徐々に収まりつつあり、我が庭であると言わんばかりに駆け抜けていた黒犬の速度は目に見えて衰えてきていた。 そして、ついに車輪がその役目を終えた時、 「これで決めるっ、シュート!」 その足に、楔が穿たれた。 停止するタイミングを待ち、極限まで集中を高めていた久嶺による高速の射撃が黒犬を地面に縫い止める。続けざまにもう一発。鋭い銃声が同じ足を撃ち抜き、黒銀の獣はとうとう地面に崩れ落ちた。 「ダメ押しなのじゃー!」 しぐれがロッドを振り下ろすと同時に、雲一つない空から無数の雫が黒犬へと降り注がれる。それは地面に滲み込むことなく魔力によって凍り付いて堆積し、その場に氷の牢を作り出す。 「えっへん! わらわの魔法に恐れ入ったか、なのじゃー!」 腰に手を当て胸を張り、満面の笑みを浮かべるしぐれ。 魔氷により完全に凍結された敵の姿に、ようやくリベリスタ達が安堵の声をあげた。 「終わった……なの?」 「ふあー、さっきはどうなるかと思ったよー」 ほっ、と息をついて識恵が地上に降り立ち、フィオレットが地面に座り込む。 しかし次の瞬間、彼らは破砕の音を聞く。 音はすぐそばから。飛び散った氷の破片が魔力へと昇華する中、そこには黒い――否、赤と、赤に染まった銀の姿がある。氷から強引に脱した為か皮は落ち、剥き出しになった機械と筋肉のコントラストが痛々しい。 それは死への抵抗か、生への執着か。息を飲むリベリスタ達に構わず、エリューションの獣は近くにいた先程の2人へと駆け出す。 玲香のソードエアリアルが骨肉を断ち、 ――零れ落ちる血肉は風に散り、 しぐれの鴉が鉄骨を砕く。 ――金属の骨子は軋みを上げる。 「……狙いはついてる。今度こそ、沈めワンコ」 言葉は静かに、エルヴィンが力強く振るった木刀の斬撃が魔の矢となり、過たずその眉間を撃ち抜く。 そして黒犬だったものは勢いをそのままに地面を転がり、今度こそ、沈黙した。 ●夜明けの前に 「かんぱーい!」 グラスのぶつかる軽快な音が室内に響く。 カウンター内にいた店長がその様子を窺っていたが、何事もなかったように仕事に戻っていった。 ここは玲香行きつけの喫茶店。戦闘後全員が軽傷だったこともあり、休憩と打ち上げを兼ねて訪れたのだ。本来ならば未成年の深夜来店について店長から注意があってもおかしくはないのだが、何もない所をみると玲香の方から言伝がなされているのだろう。 そんな裏事情はともかく、円卓を囲んで座るリベリスタ達は各々まったりとした時間を過ごしていた。 ころん。ころん。 テーブルに置かれたミルクコーヒーに、玖子が一つずつ角砂糖を投下していく。 「結構、入れるんだな」 好物の緑茶を注文した夜見がその様子に少し驚いた表情を見せる。 「そう? 疲れた時には甘い物。リラックス、できるしね」 そういって彼女は持参したお菓子をテーブルに広げる。ケーキやマカロンといった洋菓子から和菓子まで。よりどりみどりだ。 みんなも食べていいよ、と微笑みを浮かべる玖子の言葉に少なくない歓声が上がった。 「悪の首領とか言ってるけど実は……」 と、自分の活動について玲香に語っているのはフィオレット。玲香はといえば相槌を打ちつつ真剣に耳を傾けている。 「必要悪ってやつなのです。じーくえんぱいあー」 「じーくえんぱいあー……こうですか?」 ポーズまで付けて再現した玲香にフィオレットは満足そうに頷くと、グレープソーダを美味しそうに喉に流し込んだ。 そんな玲香に視線を送っていたのはイチゴパフェを頬張っていたしぐれ。どうやら玲香が注文した珈琲に興味があるようだ。 「一口、如何ですか?」 その言葉にしぐれは目を輝かせ、珈琲に口を付けるが、 「ううう! 苦いのじゃー……!」 口に合わなかったらしく、いつもは元気に動いている尻尾もしょんぼりとしなだれてしまった。 「やっぱりパフェが一番なのじゃ。玲香も食べるのじゃー!」 差し出されたスプーンからパフェを食べ、微笑み合う2人。 隣では、くまのぬいぐるみをテーブルに置き、識恵がオレンジジュースを飲みながら2人を羨望のまなざしで見ていた。 「かっこいいなの……わたしは眠れなくなるから飲めないなの」 「ま、もう少し経てば普通に飲めるようになると思うぜ?」 エルヴィンは玲香と同じく珈琲を飲みながら笑いかける。私物のスクーターが無事だった上に喫茶店の雰囲気が気に入ったこともあってか、上機嫌のようだ。 「はっ……エルヴィンさんも飲めるなの!?」 その後、識恵のエルヴィンに対するまなざしが変わったのはいうまでもない。 「みんなお疲れ様ー。ヘクスも、なかなかいい動きするじゃない。次もよろしくお願いしてやるわ! ほらっ!」 ヘクスの座っている席まで小走りで駆け寄ってきた久嶺が、彼女に全力でハイタッチをしていた。ばちん、と威勢の良い音が響く。 「あなた限度というものを知らないのですか……それになかなか、とは生意気ですね……ああ、それと」 「えーとお菓子食べてくるわねー」 だが逃げられない。 襟首を捕まれた久嶺はじたばたと抵抗していたが、それも虚しくヘクスのお説教の餌食となってしまった。ちなみに今夜の題目は「体重」だとか。 そんな賑やかな会話を眺めつつ、店長が時計に目を向ける。もう夜が明ける時間だ。自分用にと入れた珈琲から立ち上った湯気と香りが、音もなく霧散する。 夜が終わり、朝が始まる。当たり前のようだが、この不安定な世界ではそれすらも危うい。リベリスタ達の戦いはこうした日常を守ることこそに、意味があるのだろう。 朝日が、ゆっくりと町を照らし始めた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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