●Youth must be served. (青春は満たされるべきもの) ――アメリカのことわざ ●『青く青い日々ヴァーダント』 「貴方たちに頼みたいことがあるの――リベリスタである貴方たちに」 アーク本部にあるブリーフィングルーム。 その場所に集まったリベリスタ達を前にしてフォーチュナの少女――真白イヴは静かな声音で口火を切った。 手短な返事や首肯で了解の意を示すリベリスタ達を軽く見回すと、イヴは再び口を開いた。 「今回はとある女性から『アーティファクト』回収し、それを破壊してほしいの。当然、今回のも、放っておけばフェーズが進行して大変な事になるから……」 ――破界器(アーティファクト)。 他チャンネルの侵食因子の影響を受けたことによりエリューション化した物品の総称だ。 無機物そのものが意志を持って独立行動するエリューションゴーレムの場合とは違い、通常は『それそのもの』が自発的に何かを起こす事は無い。 だが、フェイトを持たない人間に扱われる場合は、エリューション特性を喪失しないアーティファクトは結果的に世界崩壊を引き起こす一因となってしまうのである。 それだけではなく、物品がただ単純に危険な効力を得てしまう場合も存在する為、どちらにせよ放っておくわけにはいかない代物である。 常軌を逸した力で奇跡を容易に引き起こすアーティファクト効力は、この世界にとっては大きすぎるのだ。 そうした力は時に社会のバランスさえ脅かし得る。 使い手の善悪もさる事ながら、到底その力は普通に人間社会に野放しにしておくにはいかない。 リベリスタ達の目は一様にイヴへと問いかけていた。即ち、今回の事件の渦中にあるのはどんな代物なのか? ――と。 無言の問いかけに答えるように、イヴは一度言葉を切ってからゆっくりと口を開いた。 「『青く青い日々ヴァーダント』――アークは……そう呼ぶことにしたようね」 イヴが告げた名前を聞いたリベリスタ達は一斉に首を傾げる。その顔は一様に、一体それが何であるかを問いかけていた。 「特定の対象に流れる時間を操作する――局所的とはいえ、強大な力を持ったアーティファクト。当然ながら、使い続ければ危険な事態を誘発するわ――」 そこまで言うと、彼女は端末を操作してメインモニターに映像を映し出した。 ――戻ってるっ! 肌のハリも、唇のツヤもっ! これならっ!―― モニターの中では一人の女性が喚起の声を上げている。 映像の背景は滲んでおり、薄ぼんやりしたディティールであることから、この映像はフォーチュナが見た光景の投影である事が分かる。 イヴは端末を操作して映像を一時停止すると、更に端末を操作して女性の顔をアップにした。 拡大された女性の顔はなかなかに美人のようだ。女優かモデル、あるいはアイドルだと言われても万人が納得するだろう。 「知ってる人もいると思うけど、彼女は若林青葉(わかばやし・あおば)。十数年前、当時二十歳過ぎだった頃に一世を風靡したアイドルよ。今は、メディアで見なくなって久しいけど」 イヴは女性の名を口にしつつ端末を操作し、アップになっていた映像を一時停止する。 先程イヴが言ったことの通りなら、それなりの年齢になっている筈だが、画面の中の彼女はどう見ても二十代としか思えない若さだ。 「芸能界を引退して結婚したけど、少し前に彼女は離婚しているわ。そして、彼女はとあるアーティファクト――そう、ヴァーダントを偶然手に入れたの」 いつもの淡々とした声音の中に一抹の感情を滲ませながら、イヴはなおも語り続けた。 イヴはもう一度端末を操作し、画面に冊子、あるいはメモパッドに見える何かを映し出す。 「これがヴァーダント。アーティファクトらしく、珍妙な見た目をしているわ」 そう語りながら、イヴがなおも端末を操作すると、青葉がその冊子のページを捲っている手元がアップで映し出される。どうやら、中身は日めくりカレンダーのようで、不思議なことに、その日めくりは日付が逆に進む順番で印刷されていた。 「このアーティファクトのおかげで、彼女は欲しいものを手に入れた。だけど……」 遠い目をしながら悲しげに語るイヴの様子に事情を察したのか、リベリスタたちは一様に黙り込む。そして、イヴはリベリスタたちの察した通りであると示すように、静かな声音で告げた。 「効果は持ち主の時間の逆行。即ち、若返り――ただし、一度発動したらもう止められないわ。やがては子供まで戻り、更に胎児まで、それを経ていずれ彼女は消滅する」 リベリスタたちは事の重大さを嫌というほど理解したのか、重々しい所作で一様に頷いた。 「任務は――『ヴァーダントの回収、もしくは破壊」 そこまで言うと、イヴは心なしか口調を変え、続く言葉を唇に乗せた。 「ただし、今回は更に厄介なことになっているわ」 端末を操作しながらイヴは淡々とした口調で語り続けているが、その声はどこか苛立っているように――或いは、焦っているようにも感じられる。 「最近、活動が確認されたフィクサード集団――異能の力を使ってアーティファクトを集めている連中の一人がヴァーダントを奪いに現れるのが見えたの」 そう前置きしてからイヴが操作したモニターには、白い燕尾のドレスシャツに黒いジーンズ、シャギーの入った顎までの髪という姿の青年が映し出された。 「彼等は『キュレーターズギルド』を名乗っている。そして、映っているこの人はその一員――三宅令児(みやけ・れいじ)」 青年――令児の手元がアップとなるようにモニターを操作しながらイヴは話し続ける。 「彼は他のチャンネル……即ち、異世界の一つ――『喧乱業火なる炎界フィアンマ』に触れ、その力を研鑽した異能者よ」 その言葉と共にイヴがモニターに呼び出した令児の手元では、手の平から炎が吹き上がっていた。 「異能は炎やそれに関係した現象を自在な操作――こと戦闘力に関しては強力な相手だから気をつけて」 イヴはリベリスタたちに向き直ると、勤めて感情を抑えた淡々とした声で言った。 「今回の目的を達成する方法で、私が思う方法は三つ。一つめは、青葉から力づくで『ネクロウル』を奪うこと。二つめは青葉に自分から『ヴァーダント』を手放させること。そして、三つめは一つめと二つめ以外の方法、私も思いつかなかった方法」 リベリスタたちが頭の中で方法を吟味しているのを見て取りながら、イヴは付け加える。 「回収が完了したら、すみやかに破壊して。一度、動き出した『ヴァーダント』たとえ使用者の手を離れても動き続ける」 イヴはここで一呼吸置くと、更に続けた。 「きっと、令児との争奪戦になるでしょうね。でも、今回の目的はあくまで『ヴァーダント』の回収と破壊。だから、それさえ果たせれば、無理に彼の相手をする必要は無いわ」 イヴはリベリスタたちを見回しながら、彼が今いる場所を告げていく。 「厄介で危険だけど……青葉を犠牲にしない為にも、そしてアーティファクトをフィクサードに奪われない為にも――この仕事、お願い出来るかしら?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月13日(火)21:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ユース・マスト・ビー・サーヴド 「若返った外見相応の服飾を見繕うんじゃないかと思ってたけど、やっぱりそういう店に入っていったわ。服選びともなると、すぐには出てこないでしょうから、今のうちに集まって」 アクセス・ファンタズムの通信越しに『現役受験生』幸村・真歩路(BNE002821)は仲間たちへと告げた。彼女たちはアーク上層部のコネで割り出した青葉の自宅へ向かったものの、あいにくと青葉は留守だった。そして今、真歩路たちは街中を手分けして探し回っていたのだ。 真歩路がアクセス・ファンタズムをしまうと、ほどなくして仲間たちが合流してくる。 「女性は常に美しくありたいものだ。過去の美しさにとらわれる……ボクは未だ少女だからよくわからない」 青葉が店から出てくるのを待ちながら、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は呟いた。 「女性はいつまでも若さと美しさを求める生き物だと思うです。あたしもそう強く願う時が来るかもです。だってあの人……」 雷音の言葉に応えるように語り掛けたのは、隣を歩く『ぴゅあわんこ』悠木・そあら(BNE000020)。そあらは頭の中に浮かんだ考えを断ち切るかのように、考えるのを止め、口をつぐむ。 「彼女の判断を否定することは出来ません。ただ事実を真摯に伝えて、もう一度だけ考え直してほしい。 生きていればこそ、何かを新しく得ることだってできるのだから」 確固たる意志を込めた声で告げたのは、店の入り口をじっと見つめている『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)だ。彼女の瞳にも、声と同じく強い意志が込められていた。 「そらまー、キレイでいたいって気持ちは分からんでもないけどさー」 どこか投げやりな口調で喋るのは『スカーレットアイの小夜啼鳥』ジル・サニースカイ(BNE002960)。もしもの時はアーティファクトの奪取と破壊という大役を担うのが彼女だ。 「かつてのブラウン管越しの夢が、あんなモノに消される。やるせないものだ」 そう『悪手』泰和・黒狼(BNE002746)は一人ごちた。 「若くなる、か……まあ、確かに若さを求めるのもわからなくもないけども。でも、自然の摂理に反して……て言うのはどうなんだろうな。こう、魅力的に歳をとっている人ってそれはそれで素敵だと思うのだけれどもな。まあ、学生である俺が言ってもアレか。嫌味にしかならんか」 車輌進入防止のバーに座る『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)も誰にともなく話す。 「若さ、か。個人的には、特に利点は感じないが……女性なら、特にかつて持て囃された経験を持つ者なら、望んで止まないものなのだろうな」 『錆びた銃』雑賀・龍治(BNE002797)も口を開く。彼は青葉を探すのにも貢献した『集音装置』を活用し、今も厳重な警戒の最中だ。 ややあって両手にロゴの印刷された紙袋を持って出てきた青葉を見て取った真歩路たちは、中心街から住宅街へと歩いていく青葉の後をそっとつけるように歩き出す。 青葉の姿は既に二十代前半――彼女にとって全盛期である頃の若さを取り戻していた。それに合わせて、服装も露出度が高く、肩から提げたポーチも女子高生や女子大生の持ち物を思わせる。 人気のあまり無い路地に青葉が差し掛かったのを見計らって、真歩路は小走りに駆け寄り青葉へと声をかけた。 「若林青葉さん、あなたにお話が有ります」 ●ドント・ビー・ヤンガー 「最近手に入れた不思議なカレンダーを渡して欲しいんです」 その一言に目に見えて青葉が反応する。それを見逃さず、真歩路は更にまくし立てた。 「あのカレンダーはアーティファクトと言って……とても危険な物品なんです」 効力を受けているだけあって、あれが超自然的な存在であることは分かっているようだが、危険と言われても今ひとつ釈然としないのだろう。青葉は訝しげな顔で真歩路を見る。 「『青く青い日々ヴァーダント』――それがあのアーティファクトの名前です。効力は、持ち主に流れる時間の逆行……だから、あなたは若返ることができたんです」 真歩路の説明を継ぐように口を開いたのは舞姫だ。青葉の瞳を見つめながら、真摯な態度で説得していた彼女だが、一旦言葉を切ると、悲しげな表情を浮かべ、沈痛な声で青葉へと告げる。 「……でも、壊さない限り一度逆行した時間は止まらない。このまま放っておけば青葉さんは子供になって、それでも止まらずに胎児まで戻り……そして、最後は――」 舞姫の言葉が悲痛に途切れたのを見て取り、今度は雷音が口を開く。 「貴方が今めくっている、そのカレンダーが普通のものではないことは気づいていると思う。それは、良くないものだ。あなたの命の逆行はとまらない」 雷音に続くように、そあらも口を開いた。彼女も二人と同様に、真摯な態度で青葉へと訴えかける。 「そのアイテムは見た目を元に戻してくれるですが歴史までは戻してくれないです。それどころか貴方の都合のいい時間で止めてくれるわけじゃない危険な物。このまま体が時間を遡ると行きつく先は貴方の体は存在しなかった時代まで……あとは言わなくてもわかるですよね?」 だが、青葉は彼女たちの言葉を突っぱねるように言い放った。 「ヴァー何とかだか何か知らないけど、放っておいて頂戴! 私は今、欲しかったものを手に入れてるの! それで良いじゃない! 貴方たちに何の関係があって!」 青葉を引きとめようと、彼女の腕に舞姫が手を伸ばしながら言う。 「待ってください! 危険な集団が『ヴァーダント』の強奪を狙ってるんです!」 しかし、青葉は舞姫の手を乱暴に振り払うと、なおも言い放つ。 「邪魔しないでよ! さっさと帰って、買った服を着ないといけないんだから!」 『ヴァーダント』を持ち続けるデメリットを聞いてもなお変わらない青葉に、真歩路が口を開きかけた時だ。弾かれたように目を見開いた龍治がその場の全員に向けて早口に告げる。 「声や足音の調子……そして、微かな火の粉の弾ける音――間違いない、来るぞ!」 ●ヴォルケイノ・イズ・レイジング 龍治が火縄銃を構えて臨戦態勢を取ると同時、路地の向こうに青年が一人現れる。白い燕尾のドレスシャツに黒いジーンズ、シャギーの入った顎までの髪――令児に違いない。 事前の打ち合わせ通り、黒狼と涼、そして龍治は真歩路たちから離れて令児へと近付いていく。 「三宅令児――だな?」 目の前を通り過ぎて行こうとする令児を黒狼は静かな、だが威圧感を込めた声で呼び止めた。 「何者だ、アンタら?」 訝しげな顔で振り向いた令児に黒狼はすかさず告げた。 「すまないが、『ヴァーダント』は渡せない」 その一言で事情を察したのか、令児は強暴そうな笑みを浮かべると、右の拳を握りながら口を開いた。 「なァるほど、アンタらはリベリスタ。ってことは一般人と違って、遠慮は無用ってことだよなァ!」 黒狼は素早く能力を発動し、結界を張った。すると、それを戦闘開始の合図ととったのか、やおら令児は握った右拳を軽く振りかぶる。 「あの動き……泰和! 神城! 気をつけろ!」 いち早く反応した龍治が叫ぶと同時、令児の右拳がアスファルトの路面を殴りつけた。すると、黒狼たちが立っている場所のすぐ近くで数メートルの火柱が上がる。 ――火山砲(ヴォルカノン)。常に灼熱の業火が燃え盛る異世界たる『喧乱業火なる炎界(けんらんごうかなるえんかい)フィアンマ』に触れて得た力を地面に伝導させる、令児の能力の一つだ。 「できることなら俺も戦いたくはねェけどよ、次は当てるぜ? 当たりゃあ丸コゲじゃあすまないかもなァ!」 だが、黒狼たちは些かも退くことはなく、戦闘態勢を取る。まず動いたのは龍治だ。令児の足元へと一瞬で狙いを定め、間髪入れずに引き金を引く。 「危ねェだろうがよ!」 亜音速で迫る銃弾。だが、令児は背中や肘、そして踵から炎を噴射すると、それによって生じる推力で高速移動して銃撃を間一髪で避けてみせる。 「もとより、お前と戦うことが目的ではないが、その異能には――興味がある」 黒狼は令児を真っ直ぐに見据えると、構えをとりながら言う。 「所謂、通行止めってヤツだ」 涼も黒狼の隣に立つと、同じく構えをとりながら令児と相対する。 「上等ッ! 消し炭になりなァッ!」 裂帛の気合と共に叫んだ令児は異能の力を込めた右拳で地面を殴りつける。黒狼と涼が立っていた辺りで火柱が上がり、周囲の空気を焼いていくが、既にその場所に二人の姿は無い。 火柱が上がるよりも一瞬早く、黒狼と涼は凄まじい速度でその場から飛び退いていた。 「オラオラオラァッ! 俺の能力で燃やしてやらァな!」 彼が地面を三連打するのに呼応し、彼と黒狼たちの間に三本の火柱が上がる。 黒狼は令児との間に上がった火柱を、超絶なるスピードで移動することにより、まるで消えるようにして回避すると共に令児の背後へと回り込み、令児の首をかき切るように攻撃する。 だが、令児も攻撃を受けるその瞬間、背後に火炎を噴射。炎熱の噴射とそれに伴う前方への高速移動で何とか黒狼のバックスタブをしのぐ。 「あの人も『ヴァーダント』を狙っています」 眼前で展開される超常の戦いに、思わず呆けたように見入っていた青葉へと、舞姫が声をかける。 「そして、あの三人――黒狼さん、涼さん、龍治さんは、あの危険な相手と命がけで戦っています。青葉さんを……助けるために」 その言葉にはっとなるように、青葉は肩から提げたポーチを抱きしめる。そして、雷音の超直感はその一瞬の所作を見逃さなかった。 「そあら、もしかすると彼女、あれを今も持ってるかもしれないのだ」 隣に立つそあらに小声で告げる雷音。そあらは小さく頷くと、青葉の心を読むその時に備えて、能力発動の準備を始める。 「で、でも……あれを手放したら……私……また老いて……!」 ポーチを抱きしめたまま、まるで子供が駄々をこねるように、幾度となく首を振りながら青葉はわめいた。そして、それを見た真歩路は堪りかねたように、つかつかと歩み寄って言う。 「その姿で芸能界に返り咲きたいのかしら? それとも愛する人を取り戻しに行くの? 説明したように、奇跡が奇跡のままでいられるのは一瞬でしかないわ。その対価は自身の消滅」 辛辣な言葉のショックで呆けたように黙り込んだ青葉に向けて、真歩路はなおもまくし立てた。 「それだけなら自業自得で済むわよね。あなたが消えるまで誰とも関わる気が無ければの話。たかが一瞬の為に、あなたを好きになってくれた人に大切な人を喪う悲しみを刻むつもり?」 ついには涙ぐみだした青葉に雷音が優しく声をかける。 「貴方は、今でも美しい。それは貴方がこの世界で生きてきた年輪だ。逆行することで、今までの人生を否定するのか? 出会いと、別れ、それは今までの美しいあなたを構成したもの。それを否定はしてほしくない」 雷音はなおも優しく語りかける。 「ボクみたいな若造にいわれても説得力はないかもしれない。ボクもつらいことがあったけどなかったほうが良かったとは思わない。大切なひとに出会えたから――貴方ならきっともう一度ほしい物を手にすることができると思う」 そして、彼女に続くようにそあらも優しげに声をかけた。 「同じ女性ですから何時までも若く美しくいたいお気持ちはわかるです。ですが、刻んだ歴史も貴方にとって必要なエッセンスでありスパイスなのです。あたしは辛かった事も含めて今があると思ってるです」 優しげに微笑みながら舞姫も青葉に語り掛ける。 「失ったものを取り戻すためなら、命を対価にしてもかまわない……そんな思いは、わたしにだってあります。青葉さんが求めた青春と、わたしの求めるものは違う。だけど……わたしだって、同じ立場なら悪魔――アーティファクトに魂を売ったかもしれない」 そして舞姫は説明が真実であることの裏付けとして、目の前で幻を見せる能力を解除した。普段は幻で右腕と右目を偽装している彼女の真の姿――隻腕隻眼の姿があらわになる。 「失うことは辛い……ですよね。けど、それに囚われたら、新しいものは掴めないです」 涙を拭いて顔を上げる青葉。しかし、今度は戦闘中の令児が声を上げて語りかけた。 「青葉の姉さんよ、俺は別にアンタを傷つけるつもりはねェし、モノさえ渡してくれりゃあそれでいい。俺らとしても、モノは壊さず保管したいんでね。別にアンタが持ってなくても、一度発動した効力は止まらねェよ」 火柱を出して黒狼たちを牽制しながら、なおも令児は語りかけた。 「だからとっとと渡してくれ。さっきも言ったように、俺は青葉の姉さんに手荒なマネはしたくねェ。それに、アンタの気が済むまで俺らの組織がモノを壊さないように守ってやらァな」 令児の提案は青葉にとっては魅力的な誘いだ。青葉は令児を見据えると、何かを決心したようにポーチのジッパーに手をかけた。 「いけないっ!」 思わず叫んだそあらは咄嗟に青葉の心を読んだ。『ヴァーダント』の隠し場所がポーチであることを読み取った彼女はテレパスを用いてジルへとその情報を伝達する。 青葉がポーチを開けるより先に『ヴァーダント』を奪取しようとするジル。 「あたしらもこれが仕事だから。悪いけどそれ、渡してもらうわよ!」 だが、ポーチの中身を青葉が出すのが僅かに速い。そして青葉は投げ渡すように『ヴァーダント』を放り投げた。 しかし、そあらの予想に反して、令児に渡されると思われた『ヴァーダント』はジルの方へと投じられた。反射的にそれを受け取ったジルは思わず問いかける。 「どういうこと?」 その問いに対し、青葉は苦笑すると、ジルに告げた。 「貴方たちの言う通りよ……さっきからの言葉に気付かされたわ」 ●ユール・ビー・モア・ヴューティフル ジルの瞳を見つめながら青葉が頷く。彼女の意図を汲み取ったジルも頷くと、手にしたダガーで『ヴァーダント』を切り裂いた。綴じの部分を切り裂いたせいか、日めくりのページがまるで紙吹雪のように散らばっていく。 「見ての通りアーティファクトはもうない、戦う理由ももうない。ひいていただけないか? お互い無駄な消耗は是とはしないだろう」 令児に向け、雷音は精一杯の虚勢を張るが、令児はそれを鼻で笑って一蹴する。 「ハッ! どこが『見ての通り』だ? モノは無事そのものだぜ?」 はっとなって雷音は『ヴァーダント』に目を向ける。それと同時に、青葉によく似た声がジルの耳に届いた。 「あのかれんだーをこわせばだいじょうぶだっていってたじゃない!」 舌足らずな幼い声には、一世を風靡した妖艶さは微塵もない。ジルが声のした方を振り向くと、そこには袖の大きく余った服を着た、一人の少女が立っていた。否、むしろ少女というより幼女と言ったほうがいいだろう。 幼女――年齢が逆行した青葉を見た後、急いで自分の足元に転がる『ヴァーダント』を見たジルは驚愕に凍りつく。足元に散らばっていたページはまるで映像を逆再生したかのごとく、ひとりでに元の状態へと戻っていった。 「時間を逆行させるアーティファクト……まさかこんな自己修復機能があるたァな!」 それを見た舞姫は咄嗟に愛刀で『ヴァーダント』を切りつけ、用意していたライターで点火する。だが、破れ、燃えるそばからページは復元されていく。 「通常の炎では『ヴァーダント』の持つ神秘の力を上回れない……なら!」 何かに気付いた舞姫はジルに目配せすると、『ヴァーダント』を持って走り出す。 「分かったよ。若林さんが消えちゃうまで、もう時間がないからね」 舞姫に応え、ジルも走り出す。 「待てよッ!」 すかさず、行かせまいと令児が火柱を上げる。それを紙一重で避け、舞姫はジルに向けて『ヴァーダント』をパスするように投げる。 「させるかよッ!」 そうはさせまいと令児はジルに向けて火柱を放つ。しかし、ジルが『ヴァーダント』を受け取る方が一瞬早い。そして、ジルは受け取った『ヴァーダント』をすぐ近くに立った火柱へと投げ込んだ。 「火力も神秘の力も、市販のライターより当然上だよねー……これでミッション完了、よっ!」 「喧乱業火の炎、破界器を燃やし尽くせ!」 ジルと舞姫、二人の声が重なる前で『ヴァーダント』は灰となり、跡形も無く消滅した。 「ったく、やられたぜ。とんだ嬢ちゃんたちだ」 令児は苦笑すると、舞姫とジルに背を向けた。 「もう戦う理由は無いんでね」 そう言い残し、令児はシャツの裾を翻して去っていく。 「どうやら、元に戻っちゃったみたい」 その声に八人が振り向くと、本来の年齢に戻った青葉が吹っ切れた笑みを浮かべていた。 「おねえさん、綺麗ですよ。これからもきっと、綺麗になれます」 微笑みながら言うのは舞姫だ。 「できれば貴方自信でその壁を乗り越えてほしいです。年を重ねた貴方もまた輝けるです」 そあらも優しげに微笑みながら青葉を祝福する。 「過ぎ去った時間は重いけれどとても尊い物よ。皆を悲しませて得る美しさより、時間の重みを背負って生きる方がずっと魅力的だわ」 真歩路もそう言うと、静かに微笑む。 依頼を無事解決し、一息ついた雷音は義父へとメールを送る。 『あなたに、出会えてよかったです』 その短い文面をタイプする雷音の顔は、爽やかな微笑みに彩られていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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